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【第一部】五章 ロイのポーション屋さんと工房
76 薬草と薬瓶、スライムと僕【第一部・完】
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「それじゃあお前ら、行くぞ」
ギュスターヴさんが突然席を立った。
「え?」
「えっ?」
『プルル?』
「店の話をしがてらベアトリス主催の前祝だ。ほら、早く行くぞ」
「えっ、お祝い? どこで!?」
「あ? 下だ、下! 今日は『迷宮トロ角牛』を丸々一頭、焼肉だ!」
「焼肉!?」
お肉嬉しい! あっ、でも『迷宮トロ角牛』って迷宮城の中層階にいて、身の丈は人の三倍はある強敵のはずだけど!? それにその肉は魔素も豊富で味もいい、最高級品だよ!? 僕なんか、骨で出汁を取ったスープしか口にしたことはない!
僕はギュスターヴさんの後を追い掛けトタタッと階段を下りていく。
「そんな高級品、よく下の食堂に入りましたね!」
「いや、ベアトリスとククルル君が獲ってきたんだ。二人じゃ食べ切れないから、みんなで食べようってお誘いだ」
「二人で獲ったの!?」
あんな巨大牛をケットシーの子猫と二人で狩なんて、ベアトリスさんってさすが『白夜の錬金術師』だね!?
「ベアトリスさんって本当に凄いのね! どうやって狩ったのかお話し聞いてみなきゃ!」
『プル! プルル~!』
リディはベアトリスさんの活躍に、プラムは『にく! うしのにく~!』とはしゃいでいる。
「そうだね、すごく聞きごたえがありそうな話だけど……。僕、そんな人の弟子になるのかあ……」
一体どんな鍛え方されるんだろう? 魔法薬師には体力も必要よぉ、とか言って迷宮に放り込まれそうな気がする。
「どうしよう。憧れの錬金術師さんが師匠になってくれるのは嬉しいけど、ちょっと自信がないかも……」
僕は迷宮トロ角牛に囲まれる想像して思わず身震いした。
身体強化とか防壁とか、そういう身を守る系の薬、作れるようになっておこう。
『ねえねえ、ロイ? うし、おいしいかなあ?』
「うん! 絶対に美味しいよ!」
『やった~』
このプラムが一緒なら、迷宮トロ角牛も怖くなさそうだけど!
◆
それから十日後。
驚きべき速さで僕の店が用意された。
その場所は、僕の元奉公先『バスチア魔法薬店』だった建物だ。
ひとまずは師匠から弟子へ、修行の場を貸すという形でいくらしい。
でもベアトリスさんは、成人したらちゃんと僕のものになるようにと、何枚も何枚も様々な契約書を交わしてくれた。ちょっと強引だし癖のある人だけど、僕のことを見守ってくれる大人の一人で、師匠なんだなあ……って嬉しいけど照れ臭かった。
「うふふ。ここ、買ってよかったわぁ」
「しかしまあ、ロイがまたここへ戻るとはなあ」
正面から建物を見上げ、ギュスターヴさんはちょっと複雑そうな顔で言った。
リディとククルルくんはちょっと緊張した顔で見上げているし、近所の皆は驚きの顔で見守っている。
それはそうだろう。ベアトリスさんという目立つ存在の人と、街で有名な冒険者ギルド長が僕の両脇を固めているのだ。何事かと思って当然だ。
「まさか僕も、ここに戻ってくるとは思っていなかったです……」
それにしてもこれは……この変わりようはどうしたの!?
軋んでいた床板や開かずの窓、ひびが入っていた壁やタイルまで綺麗に補修されている。それだけじゃない。薄汚れていた壁は真っ白な漆喰が塗り直されてるし、店の棚やカウンターも一新されていた。衝立のある相談スペースまで作られてるし!
「細かい部分はこれからよぉ。ぼくの好みもあるでしょお? 最低限、魔法薬店として恥ずかしくないよう補修しておいわぁ」
「えっと……ベアトリスさん? これ、補修じゃなくて改装されてませんか!?」
そもそも外観も変わっていた。同じところに戻ってきた感じがしないくらい、趣味がよくて落ち着いていて、前とは違って街に馴染んでいる。
前は装飾が派手だったんだよねぇ……。
あのお金大好きバスチア親子は、見栄を張る人たちでもあった。だから建物も、外観は整えられ装飾でゴテゴテと飾られていた。でもケチなので、見栄え重視で実は張りぼて。
お客さんの目に入らないところは、なかなか年季が入っていた。僕らの部屋は酷いものだったけど、この様子じゃきっと、まともに改装されているんだろう。
「やぁだ。改装するに決まってるじゃない。このベアトリスの弟子の店だものぉ。どお? 気に入ったかしらぁ?」
「はい! すごく綺麗になってて最高です!」
外から見える窓にはすべて花籠まで飾られていた。まだ見ていない台所や中庭、倉庫、そして僕の部屋も! どう変わっているのかワクワクが止まらない。
「あの、僕ちょっとひと回りしても……」
「待て待て、ロイ。その前にこれを渡させてくれ。俺と冒険者ギルドからの餞別だ」
「えっ!」
ギュスターヴさんは、小脇に抱えていた包みを僕に差し出した。
「わっ、重い……!」
白い布に包まれたそれはズシリと重く、カチャン、と音がしたので金属製の何かのようだ。
「開けてみろ」
「うん。…………わぁ!」
出てきたのは看板だった。通りにある店先には必ず掛けられているもので、扱う品物がデザインされている。
僕の手にある看板には、薬草と薬瓶、それからスライムがデザインされていた。
「わぁ! すごい、これプラムだよ! ほら、プラム見て!」
『プル! プルル!』
プラムが僕だけに聞こえる声で『わあ! ほんとだ!』と喜んでいる。
「ギュスターヴさん、ありがとう!!」
「おう。あとでギルドの皆にも言ってやってくれよ?」
「はい! もちろんです!!」
そして僕は、リディとプラムの手を借り軒先にそっと看板を吊るした。
そこに書かれている文字は――『ロイの錬金薬店』
【製薬】スキルも【創薬】スキルも、魔法薬師の力とはちょっと違う。でも、だからといって錬金術師というわけでもない。
で、どうしようか悩んだ僕は、師匠になったベアトリスさんに相談した。
そうしたら「そおねぇ……『錬金薬師』とでも名乗ればいいじゃなぁい?」と言ったので、そう名乗ることにした。
錬金術師ということにすれば、薬師ギルドはますます何も言えなくて、とっても都合がいいからね! それに扱う魔法薬は、遡れば錬金薬だ。僕は何にも嘘は吐いてない。
「よし! 看板はこれで大丈夫……っと!」
落ちないようにしっかり留めた看板を、僕は少し離れて見上げた。
薬草と薬瓶、スライムの看板が、眩しい太陽と青空の下で揺れている。
「素敵な看板ね! ロイ」
「うん」
『プル!』
ここが僕のお店かぁ……。
正直まだ実感は薄いし、色んなことがあったし、これから何があるかもまだ分からないけど、でも……嬉しい!
「プラム、リディ、お店に入ろっか!」
見上げる窓は大きくて、花籠まで飾られている。
あの鉄格子のはまった小さな窓じゃない。
『プルプルン!』
「うん!」
『錬金スライム』だった僕は、生まれ変わって『魔法薬師』見習いになった。
そして今日は、『錬金薬師』としての僕の一歩目。新しい始まりだ――!
【第一部・完】
*****
◆ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
この後は番外編を数話用意してあります。楽しんでいただければ幸いです。
第二部については、準備はできてますが開始時期は未定です。時間を見つけて書けたらいいなと思っています。
お店運営とか迷宮探検とか採取とか……もっと書きたい!
ギュスターヴさんが突然席を立った。
「え?」
「えっ?」
『プルル?』
「店の話をしがてらベアトリス主催の前祝だ。ほら、早く行くぞ」
「えっ、お祝い? どこで!?」
「あ? 下だ、下! 今日は『迷宮トロ角牛』を丸々一頭、焼肉だ!」
「焼肉!?」
お肉嬉しい! あっ、でも『迷宮トロ角牛』って迷宮城の中層階にいて、身の丈は人の三倍はある強敵のはずだけど!? それにその肉は魔素も豊富で味もいい、最高級品だよ!? 僕なんか、骨で出汁を取ったスープしか口にしたことはない!
僕はギュスターヴさんの後を追い掛けトタタッと階段を下りていく。
「そんな高級品、よく下の食堂に入りましたね!」
「いや、ベアトリスとククルル君が獲ってきたんだ。二人じゃ食べ切れないから、みんなで食べようってお誘いだ」
「二人で獲ったの!?」
あんな巨大牛をケットシーの子猫と二人で狩なんて、ベアトリスさんってさすが『白夜の錬金術師』だね!?
「ベアトリスさんって本当に凄いのね! どうやって狩ったのかお話し聞いてみなきゃ!」
『プル! プルル~!』
リディはベアトリスさんの活躍に、プラムは『にく! うしのにく~!』とはしゃいでいる。
「そうだね、すごく聞きごたえがありそうな話だけど……。僕、そんな人の弟子になるのかあ……」
一体どんな鍛え方されるんだろう? 魔法薬師には体力も必要よぉ、とか言って迷宮に放り込まれそうな気がする。
「どうしよう。憧れの錬金術師さんが師匠になってくれるのは嬉しいけど、ちょっと自信がないかも……」
僕は迷宮トロ角牛に囲まれる想像して思わず身震いした。
身体強化とか防壁とか、そういう身を守る系の薬、作れるようになっておこう。
『ねえねえ、ロイ? うし、おいしいかなあ?』
「うん! 絶対に美味しいよ!」
『やった~』
このプラムが一緒なら、迷宮トロ角牛も怖くなさそうだけど!
◆
それから十日後。
驚きべき速さで僕の店が用意された。
その場所は、僕の元奉公先『バスチア魔法薬店』だった建物だ。
ひとまずは師匠から弟子へ、修行の場を貸すという形でいくらしい。
でもベアトリスさんは、成人したらちゃんと僕のものになるようにと、何枚も何枚も様々な契約書を交わしてくれた。ちょっと強引だし癖のある人だけど、僕のことを見守ってくれる大人の一人で、師匠なんだなあ……って嬉しいけど照れ臭かった。
「うふふ。ここ、買ってよかったわぁ」
「しかしまあ、ロイがまたここへ戻るとはなあ」
正面から建物を見上げ、ギュスターヴさんはちょっと複雑そうな顔で言った。
リディとククルルくんはちょっと緊張した顔で見上げているし、近所の皆は驚きの顔で見守っている。
それはそうだろう。ベアトリスさんという目立つ存在の人と、街で有名な冒険者ギルド長が僕の両脇を固めているのだ。何事かと思って当然だ。
「まさか僕も、ここに戻ってくるとは思っていなかったです……」
それにしてもこれは……この変わりようはどうしたの!?
軋んでいた床板や開かずの窓、ひびが入っていた壁やタイルまで綺麗に補修されている。それだけじゃない。薄汚れていた壁は真っ白な漆喰が塗り直されてるし、店の棚やカウンターも一新されていた。衝立のある相談スペースまで作られてるし!
「細かい部分はこれからよぉ。ぼくの好みもあるでしょお? 最低限、魔法薬店として恥ずかしくないよう補修しておいわぁ」
「えっと……ベアトリスさん? これ、補修じゃなくて改装されてませんか!?」
そもそも外観も変わっていた。同じところに戻ってきた感じがしないくらい、趣味がよくて落ち着いていて、前とは違って街に馴染んでいる。
前は装飾が派手だったんだよねぇ……。
あのお金大好きバスチア親子は、見栄を張る人たちでもあった。だから建物も、外観は整えられ装飾でゴテゴテと飾られていた。でもケチなので、見栄え重視で実は張りぼて。
お客さんの目に入らないところは、なかなか年季が入っていた。僕らの部屋は酷いものだったけど、この様子じゃきっと、まともに改装されているんだろう。
「やぁだ。改装するに決まってるじゃない。このベアトリスの弟子の店だものぉ。どお? 気に入ったかしらぁ?」
「はい! すごく綺麗になってて最高です!」
外から見える窓にはすべて花籠まで飾られていた。まだ見ていない台所や中庭、倉庫、そして僕の部屋も! どう変わっているのかワクワクが止まらない。
「あの、僕ちょっとひと回りしても……」
「待て待て、ロイ。その前にこれを渡させてくれ。俺と冒険者ギルドからの餞別だ」
「えっ!」
ギュスターヴさんは、小脇に抱えていた包みを僕に差し出した。
「わっ、重い……!」
白い布に包まれたそれはズシリと重く、カチャン、と音がしたので金属製の何かのようだ。
「開けてみろ」
「うん。…………わぁ!」
出てきたのは看板だった。通りにある店先には必ず掛けられているもので、扱う品物がデザインされている。
僕の手にある看板には、薬草と薬瓶、それからスライムがデザインされていた。
「わぁ! すごい、これプラムだよ! ほら、プラム見て!」
『プル! プルル!』
プラムが僕だけに聞こえる声で『わあ! ほんとだ!』と喜んでいる。
「ギュスターヴさん、ありがとう!!」
「おう。あとでギルドの皆にも言ってやってくれよ?」
「はい! もちろんです!!」
そして僕は、リディとプラムの手を借り軒先にそっと看板を吊るした。
そこに書かれている文字は――『ロイの錬金薬店』
【製薬】スキルも【創薬】スキルも、魔法薬師の力とはちょっと違う。でも、だからといって錬金術師というわけでもない。
で、どうしようか悩んだ僕は、師匠になったベアトリスさんに相談した。
そうしたら「そおねぇ……『錬金薬師』とでも名乗ればいいじゃなぁい?」と言ったので、そう名乗ることにした。
錬金術師ということにすれば、薬師ギルドはますます何も言えなくて、とっても都合がいいからね! それに扱う魔法薬は、遡れば錬金薬だ。僕は何にも嘘は吐いてない。
「よし! 看板はこれで大丈夫……っと!」
落ちないようにしっかり留めた看板を、僕は少し離れて見上げた。
薬草と薬瓶、スライムの看板が、眩しい太陽と青空の下で揺れている。
「素敵な看板ね! ロイ」
「うん」
『プル!』
ここが僕のお店かぁ……。
正直まだ実感は薄いし、色んなことがあったし、これから何があるかもまだ分からないけど、でも……嬉しい!
「プラム、リディ、お店に入ろっか!」
見上げる窓は大きくて、花籠まで飾られている。
あの鉄格子のはまった小さな窓じゃない。
『プルプルン!』
「うん!」
『錬金スライム』だった僕は、生まれ変わって『魔法薬師』見習いになった。
そして今日は、『錬金薬師』としての僕の一歩目。新しい始まりだ――!
【第一部・完】
*****
◆ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
この後は番外編を数話用意してあります。楽しんでいただければ幸いです。
第二部については、準備はできてますが開始時期は未定です。時間を見つけて書けたらいいなと思っています。
お店運営とか迷宮探検とか採取とか……もっと書きたい!
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