大人にも学校は必要だ

上谷満丸

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第一章 大人に必要な学校

合言葉

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『コミュニケーション科一組原田律君、職員室に来てください』

 そんな校内放送が流れた。時計を見るとあの騒動のあとに都先生がくれた自由時間を過ぎていた、というか怒られるのかな? あんな喧嘩のように授業を台無しにしてしまって……やばい、緊張してきた。

「ミヤちゃん怒っているのかもねえあの人いつもだらしなくニコニコしている事が多いけど締めるところ締めるし怒る時はマジで怖いからな、ウチも何度かあの笑顔の奥の修羅を見たことがあってねクワバラクワバラ骨は拾ってやるぞリツよ」

「怖いこと言うなよ! じゃあ行ってくるよ、皆はもう放課後だから帰っていいからな」

 そして一階にある職員室に向かう、恐る恐る扉を開けて、

「すみません、呼ばれた原田ですが……」

「こっちに入ってきていいよう」

 やはり呼んだのは都先生のようだ、そしてニコニコしている。怖い!

「ええと、すみません。なんで呼ばれたんでしょうか?」

「なんでだと思う?」

 絶対怒ってるよ! 声のトーンは変わってないけど今までの経験上『なんでだと思う?』とか聞いてくる場合は相手が怒っているだよ! まあ特に新牧との経験なんだが。

「じゅっ授業を台無しにしたからですかね?」

「ふーん、そうなんだ。台無しにしたんだ」

「すみません、だけど譲れなかったもので、あのその、ええとですね」

「くくく、ごめんごめん。別に怒っていないんだよ、君の反応が面白くてね。つい意地悪をしたくなってしまった。でも相手の気持ちを読むのって大変だろう?」

「あんたは人で遊ぶのが好きなのか!」

「どっちかと言うと好きだねえ。君のようなタイプは特にね、だって君期待通りの反応をしてくれるんだもの」

 あっ遊ばれている、絶対に絶対にいつかギャフンと言わせてやる!

「さて本題に入ろうか」

「本題? 怒ってないなら何の要件なんですか?」

「根本優君の事だ、プライバシーもあるからあまり喋りたくはないのだが……彼女は危険でね」

「危険? 優がどうして危険なんだ? あいつほどまともな奴はあのクラスには西村さん以外にいないだろう」

「彼女は入学してから。その彼女が君に興味を持った、だからその君には合言葉を教えておかなければいけない」

 その話が嘘のように思える、だって優は話しやすいしぐいぐいと距離を詰めてくるタイプだ。あれ? そういえばあいつ、西村さんや羽田とはあまり喋らないな。そして羽田の『優しいから優なんだろう?』はなんだったのだろうか? 深く追求できなかったがもしかして。

「優しいから優なんだろうっていうのがその合言葉ですか?」

「おや、もう羽田君辺りが使ったかい? そうそれが彼女に異変を感じたときに言ってほしい合言葉だ。彼女はとても不安定だ、病状については伏せるが根本優はとても危険な症状を持っている。私からのお願いだ、彼女と仲良くしていくといつか君は彼女の本性を知る。その時」

「あいつは私を親友と言ってくれた、だから私もあいつを親友だと思っている。どんなことがあっても私は友達を自分から裏切ることはない。だって、少ないんですよ友達」

 私が少しおどけて宣言すると都先生はまた笑いだす。

「そうかそうか、君友人少なそうだもんね。だけど笹川君は友達じゃなかったのかい? 少しずつ仲良くなってきたと思ってたんだが」

「むっ、痛いところを突きますね。だけど笹川となんで意見が合わないのか、わかった気がしますよ。根本が似ているのに答えが違う」

「ほう、それは興味深いねえ。似ているのは認めるんだ」

「はい、だから同族嫌悪するし、意見も合わない。だから」

 私は覚悟と意地を通すために宣言する。

「あいつを言い負かしてやりますよ。そして私が信じる正しいを主張します」

「君の信じる正しいを見させてもらうよ、じゃあ一週間後の午後の時間で二つのチームによるディスカッション大会を催すよ。ルールはあえてきっちりしないでおくよ、そのほうが君も嬉しいだろう?」

「ありがとうございます」

 お礼を言って職員室を後にする。


 玉田都は面白いことが好きだ、ルール通りと言いながらルールの上で暴れまわる彼が最近のお気に入りだ。だが彼には様々な問題を押し付けてしまった。根本優、西村ここの、この二名の問題は根が深い。羽田君は西村君を守ることしかできなかった、進ませることはできなかった。そして根本優は……彼女の障害が書いてあるカルテを見る、

「玉先生、珈琲飲むかい? ってまた彼女のカルテを見ているのか」

「琴吹先生……? 私は彼女が入学してから何回か面接しているが、彼女は無気力だった。逃げている、逃げ続けている、そんな彼女が何を思って今原田君と笑っているんだろう」

「本当に玉先生は根本君が嫌いなんだね」

「まあ私が未熟で彼女のために何もできなかったから悔しいだけなのかもしれないがね」

 もらった珈琲を飲もうとしたら思ったより熱かったので少しふうふうと冷ます。原田律、まだ入ってきたばかりの新入生に重荷を押し付けたことを後悔する日はいつか来るだろう。謝らなければいけない日が来るかもしれない、だけど。

「頑張ってくれよ、君の正しいが私にはできないことをできると信じているよ」

 誰に言うでもなく私は呟いた。
 
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