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06 ―Amelia―
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ライブ配信も何度か見てはみたけれど、やっぱりまだ頭がついていかないところがあり、ライブよりは動画の方が幾分か落ち着いて見られる安心感があった。
それでも今の私には、動画だって十分すぎるほど自分の日常とはかけ離れた、強い《刺激》を与えてくるものだった。それは、外の世界を見ることができるという喜びであり、同時に……外の世界と自分との違いを思い知らされる苦しみでもあった。
『いつも見てくれてありがとぉ。初めての人ははじめましてぇ。今日は動画で、おすすめのクレンジングオイルを紹介しまぁす』
私と同じくらいの年頃の少女が、動画の中で無邪気に微笑む。画面の中に収まっている彼女を見ても、屋敷の使用人の少女達を見た時のような嫉妬心は湧いてはこない。けれど……――
『ニャー』
『あ! ミーちゃん入って来ちゃったのぉ? おいで~』
「!!」
少女が彼女の猫を抱き上げた時、一瞬だけ、私の時間が止まった。
「……」
大きく息をつくと、部屋を見回し、……眠っている愛猫の姿を確認した。
「グレイシー……」
独りでいるのが寂しいと言ったら、去年の誕生日に父が買い与えてくれた、可愛らしい子猫。両親よりも使用人達よりも心を許している、一番大切な私の家族。
……わかっていたことではあるけれど。その動画を見て、……この子が本当にどこにでもいる普通の猫なのだと実感して、……とても【ショックを受けた】。
こんなふうに、インターネットを通じて外の世界を知る行為は、ささやかな夢を叶えるとともに、心の安寧をおびやかす危険と常に隣り合わせだった。
そんなある日。いつものようにウィンディを開き、毎日確認している「日常」というジャンルタグをクリックしようとして、間違えて隣の「クリエイト」というタグを押してしまった。
「……わぁ、凄い…」
するとそこには、それまで見てきた動画とは全く違った種類の動画が沢山並んでいて、偶然開いてしまったそのページに新鮮な気持ちで興味を引かれた私は、クリエイトタグに集められた様々な創作品を扱う動画にしばらく見入っていた。
「……」
……本当に、「人間」というのは様々なものをつくり出して生きているのだなと思った。ちょっとしたハンドメイド雑貨から、果ては城の建築まで、あらゆるものには制作過程がある。それは、私の周りにあるものだって同じこと。私のこの孤独な部屋で日常をともにしている「物」たちも、そのほぼ全てに誰か人間の手が施されているのだ。
私は猫を探した時と同じように、部屋の中をぐるりと見回した。その視線は、自然と一番愛着のあるものの前で止まる。
「…………」
物心ついた頃から、この部屋で一番慣れ親しんできたもの。それは「本」だった。
本の世界に飛び込んでしまえば、少しの間はこの孤独から抜け出せた。私の人生において何よりも欠かせないのは本だった。物語を紡いでくれる作家に思いを馳せることは何度もあったけれど、活字の並びに制作過程の映像を求めようとは、さすがの私も思わない。そこで私の関心は本の挿絵に向かったのだった。
物語の世界を所々視覚的に表現してくれる挿絵も、当然外の世界の人間達の手によって描かれているはずだ。「クリエイト」のページ内にある絞り込み検索欄に【本】【挿絵】と入力し、すっかり慣れた手付きでスクロールして、新着順に並べられた無数のサムネイルを流し見る。いくらかページを追ったところで、私が幼少期から気に入って読んでいる童話のシリーズの挿絵に、何となく似た雰囲気を持っているサムネイル画像が目に止まった。
「あ……これも、制作過程の動画なんだ」
私は迷うことなく、自然とその動画を再生していた。
――この時、その動画に出会っていなければ、私はあんな愚かなことを考えたりせずにいられたのでしょうか?
――いいえ、それは判りません。もしもその動画に……彼の動画に出会っていなくても、いずれどこか別の場所で、別のきっかけで、結局は求めてしまうことになっていたのかもしれないのですから。
その動画を見た時、自分の中に希望の光が差したのを感じた。いつも傍にあった、物語を彩る絵という存在が、1から生み出されていくのを、今、目の当たりにしている。生み出しているのは、画面に映っている「人間の」手。細くしなやかな指を持つ、人間の男性の手が、私のよく知るものを確かに創造しているのだ。
それを見ていたら……絵を描く彼がいるのは【外の世界】などではなくて、同じひとつの世界に彼も私もいるのだと、最初からずっとそうだったのだと、いま初めて教えられたようだった。
それでも今の私には、動画だって十分すぎるほど自分の日常とはかけ離れた、強い《刺激》を与えてくるものだった。それは、外の世界を見ることができるという喜びであり、同時に……外の世界と自分との違いを思い知らされる苦しみでもあった。
『いつも見てくれてありがとぉ。初めての人ははじめましてぇ。今日は動画で、おすすめのクレンジングオイルを紹介しまぁす』
私と同じくらいの年頃の少女が、動画の中で無邪気に微笑む。画面の中に収まっている彼女を見ても、屋敷の使用人の少女達を見た時のような嫉妬心は湧いてはこない。けれど……――
『ニャー』
『あ! ミーちゃん入って来ちゃったのぉ? おいで~』
「!!」
少女が彼女の猫を抱き上げた時、一瞬だけ、私の時間が止まった。
「……」
大きく息をつくと、部屋を見回し、……眠っている愛猫の姿を確認した。
「グレイシー……」
独りでいるのが寂しいと言ったら、去年の誕生日に父が買い与えてくれた、可愛らしい子猫。両親よりも使用人達よりも心を許している、一番大切な私の家族。
……わかっていたことではあるけれど。その動画を見て、……この子が本当にどこにでもいる普通の猫なのだと実感して、……とても【ショックを受けた】。
こんなふうに、インターネットを通じて外の世界を知る行為は、ささやかな夢を叶えるとともに、心の安寧をおびやかす危険と常に隣り合わせだった。
そんなある日。いつものようにウィンディを開き、毎日確認している「日常」というジャンルタグをクリックしようとして、間違えて隣の「クリエイト」というタグを押してしまった。
「……わぁ、凄い…」
するとそこには、それまで見てきた動画とは全く違った種類の動画が沢山並んでいて、偶然開いてしまったそのページに新鮮な気持ちで興味を引かれた私は、クリエイトタグに集められた様々な創作品を扱う動画にしばらく見入っていた。
「……」
……本当に、「人間」というのは様々なものをつくり出して生きているのだなと思った。ちょっとしたハンドメイド雑貨から、果ては城の建築まで、あらゆるものには制作過程がある。それは、私の周りにあるものだって同じこと。私のこの孤独な部屋で日常をともにしている「物」たちも、そのほぼ全てに誰か人間の手が施されているのだ。
私は猫を探した時と同じように、部屋の中をぐるりと見回した。その視線は、自然と一番愛着のあるものの前で止まる。
「…………」
物心ついた頃から、この部屋で一番慣れ親しんできたもの。それは「本」だった。
本の世界に飛び込んでしまえば、少しの間はこの孤独から抜け出せた。私の人生において何よりも欠かせないのは本だった。物語を紡いでくれる作家に思いを馳せることは何度もあったけれど、活字の並びに制作過程の映像を求めようとは、さすがの私も思わない。そこで私の関心は本の挿絵に向かったのだった。
物語の世界を所々視覚的に表現してくれる挿絵も、当然外の世界の人間達の手によって描かれているはずだ。「クリエイト」のページ内にある絞り込み検索欄に【本】【挿絵】と入力し、すっかり慣れた手付きでスクロールして、新着順に並べられた無数のサムネイルを流し見る。いくらかページを追ったところで、私が幼少期から気に入って読んでいる童話のシリーズの挿絵に、何となく似た雰囲気を持っているサムネイル画像が目に止まった。
「あ……これも、制作過程の動画なんだ」
私は迷うことなく、自然とその動画を再生していた。
――この時、その動画に出会っていなければ、私はあんな愚かなことを考えたりせずにいられたのでしょうか?
――いいえ、それは判りません。もしもその動画に……彼の動画に出会っていなくても、いずれどこか別の場所で、別のきっかけで、結局は求めてしまうことになっていたのかもしれないのですから。
その動画を見た時、自分の中に希望の光が差したのを感じた。いつも傍にあった、物語を彩る絵という存在が、1から生み出されていくのを、今、目の当たりにしている。生み出しているのは、画面に映っている「人間の」手。細くしなやかな指を持つ、人間の男性の手が、私のよく知るものを確かに創造しているのだ。
それを見ていたら……絵を描く彼がいるのは【外の世界】などではなくて、同じひとつの世界に彼も私もいるのだと、最初からずっとそうだったのだと、いま初めて教えられたようだった。
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