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最後の逢瀬
緋雨の妻となり、しばらくの時が経った。
まだ身体が人間からそうでないモノへと変わったことに慣れていないらしく、何度も高熱を出し、その後に緋雨から精を貰う生活だった。
時が解決すると聞かさてれているけれど、寝込むたびにヤエ達にも世話になってしまい申し訳ない気持ちになった。
……ちなみに、緋雨の嫁になったあの日、目覚めてすぐに報告しなかった緋雨は後日ヤエ達にこってり絞られたらしい。
それはさておき、ヤエ達は甲斐甲斐しく身の回りを整え 龍神さまに添い遂げる伴侶がいるのは幸せなのだ と伝えてくれた。
そんなある、緋雨と出逢ってから一年経とうとした初夏の日。
「おとめちゃん!!!!」
「どうしたの? 三国くん」
最近は元気な日が続いていたので、縁側で緋雨とお茶をしてたところに、三国が血相を変えて飛び込んできた。
息を切らす三国を撫でて水を差し出す。
「こ、こ、これを……」
「あ、お母さんから? いつもありがとう」
「早く読んで!!」
「?? うん、ちょっと待ってね」
龍神の嫁になった と母のトヨには手紙で伝えてあった。そして、その返事を次郎が届けてくれたことによって、こうしてトヨとの文通をしている。
無事でいること、愛する人と添い遂げられることをトヨは心から喜んでくれていた。何より、遠くに嫁に行ったわけではないのだから、近くに居てくれて心強い――なんて言うほどだ。
ついでに、ゆきとこうとも文通をしている。
その情報により、湖を含む山は女人禁制が解かれ、なんと湖は天候を司る龍神と縁結びの女神が住むということになっていると知った。
勝手に女神にされていることに目玉が飛び出す思いをしたおとめは、またきっと村長が村興しで何かしでかしたのだろうかと思いつつ、トヨからの手紙を開いた。
「………………………………………………」
「?? おとめ??」
最初の一文を見て、おとめは身体が硬直した。その様子から、緋雨はおとめの手元を覗き込む。
「――これは」
「……お父さん、本当にお母さんを迎えに来るつもりだったんだ…………」
それは、トヨの夫……おとめの父が英国行きの切符を送ってきた。という内容だった。
しかも、船の出発は明後日の夜。
この村からだと、明日朝早くに経たないと間に合わない。
……だから……トヨ……母は明日の日の出前に村を出る。
顔も知らない、自身にそっくりだという父。トヨは何度も迎えに来るからさと嬉しそうにしていたが、そんことがあるはずないとおとめはずっと思っていた。
手紙とたまに外国の茶色いお茶の葉やおもちゃを送ってくる父。何度か菓子も送ってきたが、独特の甘さで歯が悪くなりそうだとトヨが断ったのでそれからは文具を送ってくるようになった。
いるようでいない人。
そんな人が、大切な母を……。
しかし、きっとトヨはおとめがどうやって止めても出発するのだろう。
おとめが緋雨と夫婦になったように、トヨもまたトヨの愛を貫いて生きていたということだ。
「――私は、母の娘なんだなぁ……」
「おとめ……」
「ねぇ、龍神様」
「あぁ。会いに行こう。もうすぐ日暮だ。夜になったらこっそりと」
送りだすことは変えようがないけれど、ざわざわと騒ぐ胸の中も変えることができない。落ち着きたくて、キツく着物を握る。すると緋雨がそっと抱き締めてくれた。
暖かい胸に抱かれ、緋雨の心が流れ込んでくる。大丈夫だ……と心まで撫でてもらっているようだ。
「ありがとうございます」
無言で抱き締め続ける緋雨に、おとめはしがみつくように抱き締め返した。
夜、日がすっかり落ちてから緋雨の腕に抱かれて実家に向かう。
最初は一人で向かうのだと思っていたが、緋雨は自分も行くと言って、こうして空中散歩のように向かった。
山を歩けばそこそこの距離も、緋雨に抱かれれて飛べば一瞬だ。
懐かしい実家の扉を前に、手が止まった。
叩けない。怖い。これを叩けば別れの挨拶しかない。
「……おとめ?」
「!? お、母さん……」
中からの人の声に思わずおとめは返事をしてしまった。すると、扉が勢い良く開き、トヨが飛び出しおとめを強く抱き締めた。
「おとめ!! おかえりなさい!! よく頑張ったわね!! あぁ、久しぶり……よく顔を見せて? あぁ、たった数ヶ月ですっかり大人の女性になったわね。しっかり食べてる? 龍神様に無理にされてない? 男は調子に乗るからね? 嫌な日は魔羅を蹴り上げるのよ? それから、しっかり寝るのよ? 女は身体の丈夫さが全てだからね? 子供を産みたいと思っても身体が弱ってたら無事に済まないこともあるのよ? あ! あと私の若い頃の良い着物を全て渡すわ。私はそんなに持っていけないし、あっちでは着物じゃないことも多いだろうからね。おとめに似合う着物が沢山あるのよ? 村だと着飾ってると畑仕事ができないから渡せなかったけど、龍神様の所なら着れるし着る機会もあるでしょう? 神様の集いとかあったら、一張羅の着物があるから」
「お、お母さん!!」
一気に話を進めるトヨに、おとめは口を押さえた。
ハッとした顔をし、今度はおとめをきつく抱き締めた。
「ごめんなさい。会えると思わなかったから……」
「遅くなってごめんね。……ただいま」
「おかえり、おとめ」
涙声のトヨにおとめも涙が溢れ出す。
ひとしきり泣き終え、トヨはようやく緋雨の存在に気付いた。
部屋に入り、すっかり片付いた部屋で机を三人で囲む。
「ごめんなさいね。明日の早朝に出るからお茶もないのよ」
「お気になさらず」
緋雨が微笑むと、トヨはふふふと笑い声を漏らした。
「ふふ、おとめも私と一緒で整った顔が好きね」
「お、お母さん!?」
「いいじゃない。性格はもちろんだけど、生涯ともにするなら顔も体も大事よ? ねぇ、龍神様。おとめ可愛いわよね?」
「もちろん。愛らしく美しい。どんな宝玉もおとめには劣るだろうな」
「ね?」
嬉しそうに笑うトヨと、当たり前だと頷く緋雨。
「おとめは? 龍神様のどんな所が好きなの?」
「え? ……その、えっと……全部……」
どこと言われるとどこでもない。月並みな答えにおとめは自身の語彙力の少なさに悲しくなるが、目の前の二人は大満足の表情だ。
そして、優しく微笑んだトヨは、私もよと言葉にした。
「私も、あなたのお父さん……アルバートの全てを愛してるの」
「お母さん……」
「お父さんの話、殆どしてないのはね……あの人、本当は――あの国ではとっても偉い人なのよ」
「えぇ!?」
「ふふ。驚くわよね。私も手紙で知ったのよ? あの人ね、王族の血筋らしいの。王位とかの継承権はないけど、貴族として様々なことをしていたらしいわ。でも、自由が好きでね……日本に向かう調査船に勝手に乗り込んで、私の住む村に来てたらしいのよ」
そんな事が有り得るのか? と思わないでもないが、トヨが嘘をついてるようには思えない。
「そこで一年の間を過ごしたけど、見つかってしまってね。連れ戻されてしまったわ。私が妊娠していると分かってすぐよ? 酷いでしょう? それで、私とおとめを呼び寄せるって言ったけど、彼には婚約者がいたの。一年も行方不明だった男に、彼の婚約者は死んだものだと思っていたらしく、他に男がいたからすんなり解消。でも、彼の祖父が……日本人との婚姻を認めなかったの」
言葉に詰まったトヨは、少しだけ目元を伏せた。
「貴族の令嬢でないとダメだってね。でも、彼は諦めなかったわ。彼が跡を継いで、十年で領地を豊かにしたら認めるって約束をこじつけたの。で、本当に豊かにしたらしいわ。でも……ここ数年は日本でも外の国でも様々なことがあったでしょう? だから、来ることも迎えることも難しくなっていたの。……こんなに時間が経ってしまったけど、ようやくって切符を送ってくれたのよ。嬉しくて日付を見たら、出港が目前よ。驚いたわ。きっとあの人のことだから、この切符が到着するのがこんなに時間がかかるなんて思ってもいなかったのよ」
そう言いつつ、トヨの顔はどこか晴れやかだ。
「もう、二十年近く経つわ。アルが私の顔を忘れていたらどうしよう?」
ふふふとまたトヨが笑うが、今度は微かな不安が垣間見える。その時、緋雨が 大丈夫だ と呟いた。
「え?」
「あぁ。悪い。ふと思い出したんだ。何年前だったかは覚えてないが、次郎が村から帰ってこないとヤエが騒いだ時に、村の近くまで迎えに行ったことがある。その時、金の髪の子を背負った母親が居てな。珍しいと思ったのを思い出した。あの頃から、トヨは今と変わらないな」
トヨは目を瞬かせ、満面の笑みで 嬉しいわ と言った。
それから、トヨはおとめに渡したいものを全て押し付け、話したいことは全て話し切った。
最後にトヨは切符を二枚、机に置いた。
「船の切符よ。アルはおとめも来ると思っていたのだけど……」
「私は――行けないよ」
「えぇ。わかってる。でもこっちの切符は持っておいて。おとめも龍神様も長生きするのでしょう? 何年かして、龍神様が日本を離れられるなら、遊びにいらっしゃい」
「お母さん……」
「この切符でどの港が良いのかはわかるでしょう? 私もあっちに着いたら手紙を出すわ。そうね、あ!! こうちゃんとゆきちゃんなら次郎君達のこと知ってるのでしょう? それで良いかしら?」
トヨが緋雨を見上げると、それならと頷いてくれた。
「今度、次郎達にも伝えておこう」
「ありがとう。おとめをよろしくね、龍神様」
その言葉に、胸がジンと熱くなる。
涙が出そうなのが緋雨に伝わってしまったようで、机の下にある手がギュッと握られた。
「必ず幸せにする。何に変えても」
「頼もしいわ。おとめ、幸せになってね」
「はい。お母さんも……お父さんとお幸せに」
「えぇ!! 離れていた分、たんと甘えさせてもらうわ!!」
トヨの軽やかな笑い声で、その場の雰囲気は明るくなる。そんなトヨが大好きだ。将来、子供を持てたなら……トヨのように大らかな母になりたい。そして、あなたの祖母は素晴らしい人だったのだと伝えよう。
胸が詰まり、思わず立ち上がりトヨに抱きついた。
「お母さん!! お母さん!! お母さん!!」
「はいはい、おとめ。大丈夫よ。私はいつまでもおとめのお母さんよ。どんなに見た目や年齢が変わっても、それだけは変わらない事実よ」
「うん、うん!! お母さん、大好きだよ!!」
「私もよ。何よりも大切なおとめ。愛してるわ」
母の愛の深さを知り、おとめは目がすっかり腫れて真っ赤になるまで泣き続けた。
まだ身体が人間からそうでないモノへと変わったことに慣れていないらしく、何度も高熱を出し、その後に緋雨から精を貰う生活だった。
時が解決すると聞かさてれているけれど、寝込むたびにヤエ達にも世話になってしまい申し訳ない気持ちになった。
……ちなみに、緋雨の嫁になったあの日、目覚めてすぐに報告しなかった緋雨は後日ヤエ達にこってり絞られたらしい。
それはさておき、ヤエ達は甲斐甲斐しく身の回りを整え 龍神さまに添い遂げる伴侶がいるのは幸せなのだ と伝えてくれた。
そんなある、緋雨と出逢ってから一年経とうとした初夏の日。
「おとめちゃん!!!!」
「どうしたの? 三国くん」
最近は元気な日が続いていたので、縁側で緋雨とお茶をしてたところに、三国が血相を変えて飛び込んできた。
息を切らす三国を撫でて水を差し出す。
「こ、こ、これを……」
「あ、お母さんから? いつもありがとう」
「早く読んで!!」
「?? うん、ちょっと待ってね」
龍神の嫁になった と母のトヨには手紙で伝えてあった。そして、その返事を次郎が届けてくれたことによって、こうしてトヨとの文通をしている。
無事でいること、愛する人と添い遂げられることをトヨは心から喜んでくれていた。何より、遠くに嫁に行ったわけではないのだから、近くに居てくれて心強い――なんて言うほどだ。
ついでに、ゆきとこうとも文通をしている。
その情報により、湖を含む山は女人禁制が解かれ、なんと湖は天候を司る龍神と縁結びの女神が住むということになっていると知った。
勝手に女神にされていることに目玉が飛び出す思いをしたおとめは、またきっと村長が村興しで何かしでかしたのだろうかと思いつつ、トヨからの手紙を開いた。
「………………………………………………」
「?? おとめ??」
最初の一文を見て、おとめは身体が硬直した。その様子から、緋雨はおとめの手元を覗き込む。
「――これは」
「……お父さん、本当にお母さんを迎えに来るつもりだったんだ…………」
それは、トヨの夫……おとめの父が英国行きの切符を送ってきた。という内容だった。
しかも、船の出発は明後日の夜。
この村からだと、明日朝早くに経たないと間に合わない。
……だから……トヨ……母は明日の日の出前に村を出る。
顔も知らない、自身にそっくりだという父。トヨは何度も迎えに来るからさと嬉しそうにしていたが、そんことがあるはずないとおとめはずっと思っていた。
手紙とたまに外国の茶色いお茶の葉やおもちゃを送ってくる父。何度か菓子も送ってきたが、独特の甘さで歯が悪くなりそうだとトヨが断ったのでそれからは文具を送ってくるようになった。
いるようでいない人。
そんな人が、大切な母を……。
しかし、きっとトヨはおとめがどうやって止めても出発するのだろう。
おとめが緋雨と夫婦になったように、トヨもまたトヨの愛を貫いて生きていたということだ。
「――私は、母の娘なんだなぁ……」
「おとめ……」
「ねぇ、龍神様」
「あぁ。会いに行こう。もうすぐ日暮だ。夜になったらこっそりと」
送りだすことは変えようがないけれど、ざわざわと騒ぐ胸の中も変えることができない。落ち着きたくて、キツく着物を握る。すると緋雨がそっと抱き締めてくれた。
暖かい胸に抱かれ、緋雨の心が流れ込んでくる。大丈夫だ……と心まで撫でてもらっているようだ。
「ありがとうございます」
無言で抱き締め続ける緋雨に、おとめはしがみつくように抱き締め返した。
夜、日がすっかり落ちてから緋雨の腕に抱かれて実家に向かう。
最初は一人で向かうのだと思っていたが、緋雨は自分も行くと言って、こうして空中散歩のように向かった。
山を歩けばそこそこの距離も、緋雨に抱かれれて飛べば一瞬だ。
懐かしい実家の扉を前に、手が止まった。
叩けない。怖い。これを叩けば別れの挨拶しかない。
「……おとめ?」
「!? お、母さん……」
中からの人の声に思わずおとめは返事をしてしまった。すると、扉が勢い良く開き、トヨが飛び出しおとめを強く抱き締めた。
「おとめ!! おかえりなさい!! よく頑張ったわね!! あぁ、久しぶり……よく顔を見せて? あぁ、たった数ヶ月ですっかり大人の女性になったわね。しっかり食べてる? 龍神様に無理にされてない? 男は調子に乗るからね? 嫌な日は魔羅を蹴り上げるのよ? それから、しっかり寝るのよ? 女は身体の丈夫さが全てだからね? 子供を産みたいと思っても身体が弱ってたら無事に済まないこともあるのよ? あ! あと私の若い頃の良い着物を全て渡すわ。私はそんなに持っていけないし、あっちでは着物じゃないことも多いだろうからね。おとめに似合う着物が沢山あるのよ? 村だと着飾ってると畑仕事ができないから渡せなかったけど、龍神様の所なら着れるし着る機会もあるでしょう? 神様の集いとかあったら、一張羅の着物があるから」
「お、お母さん!!」
一気に話を進めるトヨに、おとめは口を押さえた。
ハッとした顔をし、今度はおとめをきつく抱き締めた。
「ごめんなさい。会えると思わなかったから……」
「遅くなってごめんね。……ただいま」
「おかえり、おとめ」
涙声のトヨにおとめも涙が溢れ出す。
ひとしきり泣き終え、トヨはようやく緋雨の存在に気付いた。
部屋に入り、すっかり片付いた部屋で机を三人で囲む。
「ごめんなさいね。明日の早朝に出るからお茶もないのよ」
「お気になさらず」
緋雨が微笑むと、トヨはふふふと笑い声を漏らした。
「ふふ、おとめも私と一緒で整った顔が好きね」
「お、お母さん!?」
「いいじゃない。性格はもちろんだけど、生涯ともにするなら顔も体も大事よ? ねぇ、龍神様。おとめ可愛いわよね?」
「もちろん。愛らしく美しい。どんな宝玉もおとめには劣るだろうな」
「ね?」
嬉しそうに笑うトヨと、当たり前だと頷く緋雨。
「おとめは? 龍神様のどんな所が好きなの?」
「え? ……その、えっと……全部……」
どこと言われるとどこでもない。月並みな答えにおとめは自身の語彙力の少なさに悲しくなるが、目の前の二人は大満足の表情だ。
そして、優しく微笑んだトヨは、私もよと言葉にした。
「私も、あなたのお父さん……アルバートの全てを愛してるの」
「お母さん……」
「お父さんの話、殆どしてないのはね……あの人、本当は――あの国ではとっても偉い人なのよ」
「えぇ!?」
「ふふ。驚くわよね。私も手紙で知ったのよ? あの人ね、王族の血筋らしいの。王位とかの継承権はないけど、貴族として様々なことをしていたらしいわ。でも、自由が好きでね……日本に向かう調査船に勝手に乗り込んで、私の住む村に来てたらしいのよ」
そんな事が有り得るのか? と思わないでもないが、トヨが嘘をついてるようには思えない。
「そこで一年の間を過ごしたけど、見つかってしまってね。連れ戻されてしまったわ。私が妊娠していると分かってすぐよ? 酷いでしょう? それで、私とおとめを呼び寄せるって言ったけど、彼には婚約者がいたの。一年も行方不明だった男に、彼の婚約者は死んだものだと思っていたらしく、他に男がいたからすんなり解消。でも、彼の祖父が……日本人との婚姻を認めなかったの」
言葉に詰まったトヨは、少しだけ目元を伏せた。
「貴族の令嬢でないとダメだってね。でも、彼は諦めなかったわ。彼が跡を継いで、十年で領地を豊かにしたら認めるって約束をこじつけたの。で、本当に豊かにしたらしいわ。でも……ここ数年は日本でも外の国でも様々なことがあったでしょう? だから、来ることも迎えることも難しくなっていたの。……こんなに時間が経ってしまったけど、ようやくって切符を送ってくれたのよ。嬉しくて日付を見たら、出港が目前よ。驚いたわ。きっとあの人のことだから、この切符が到着するのがこんなに時間がかかるなんて思ってもいなかったのよ」
そう言いつつ、トヨの顔はどこか晴れやかだ。
「もう、二十年近く経つわ。アルが私の顔を忘れていたらどうしよう?」
ふふふとまたトヨが笑うが、今度は微かな不安が垣間見える。その時、緋雨が 大丈夫だ と呟いた。
「え?」
「あぁ。悪い。ふと思い出したんだ。何年前だったかは覚えてないが、次郎が村から帰ってこないとヤエが騒いだ時に、村の近くまで迎えに行ったことがある。その時、金の髪の子を背負った母親が居てな。珍しいと思ったのを思い出した。あの頃から、トヨは今と変わらないな」
トヨは目を瞬かせ、満面の笑みで 嬉しいわ と言った。
それから、トヨはおとめに渡したいものを全て押し付け、話したいことは全て話し切った。
最後にトヨは切符を二枚、机に置いた。
「船の切符よ。アルはおとめも来ると思っていたのだけど……」
「私は――行けないよ」
「えぇ。わかってる。でもこっちの切符は持っておいて。おとめも龍神様も長生きするのでしょう? 何年かして、龍神様が日本を離れられるなら、遊びにいらっしゃい」
「お母さん……」
「この切符でどの港が良いのかはわかるでしょう? 私もあっちに着いたら手紙を出すわ。そうね、あ!! こうちゃんとゆきちゃんなら次郎君達のこと知ってるのでしょう? それで良いかしら?」
トヨが緋雨を見上げると、それならと頷いてくれた。
「今度、次郎達にも伝えておこう」
「ありがとう。おとめをよろしくね、龍神様」
その言葉に、胸がジンと熱くなる。
涙が出そうなのが緋雨に伝わってしまったようで、机の下にある手がギュッと握られた。
「必ず幸せにする。何に変えても」
「頼もしいわ。おとめ、幸せになってね」
「はい。お母さんも……お父さんとお幸せに」
「えぇ!! 離れていた分、たんと甘えさせてもらうわ!!」
トヨの軽やかな笑い声で、その場の雰囲気は明るくなる。そんなトヨが大好きだ。将来、子供を持てたなら……トヨのように大らかな母になりたい。そして、あなたの祖母は素晴らしい人だったのだと伝えよう。
胸が詰まり、思わず立ち上がりトヨに抱きついた。
「お母さん!! お母さん!! お母さん!!」
「はいはい、おとめ。大丈夫よ。私はいつまでもおとめのお母さんよ。どんなに見た目や年齢が変わっても、それだけは変わらない事実よ」
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