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2.天狗の里
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華月にとって、蓮という元人間は非常に興味深い存在だった。
当時はよくいたらしい捨てられて死にかけの人間だったという蓮は、生命の塊のような存在から命を吹き込まれ蘇り、その生命そのものを継承していると聞いていた。
しかし、全く表には出てこない。その上、死にかけた山に引きこもっているらしく外に出たと聞いたことは無かった。
そんな不思議な男に初めて会ったとき、本当に驚いた。
手紙を届けろと天狗の長であり父の蘇芳の命令で向かった屋敷に住むのは、八百歳を超えた男だと聞いていた。なので、てっきりヨボヨボの年老いた奴が出てくるのだろうと華月は思っていたのだ。
それが、戸を開けたのはまだ若い……二十にも満たないような見目の男だった。その男は全身白の着物と羽織を纏い、帯も白い。戸に触れたままの指先は怯えるように震え、更にその指先ですら雪のように白く、女のように華奢な体付きが着物の上からでも分かってしまった。
蓮と名乗る男に長からの手紙を差し出すと、怯えた指先が手に触れた。しかし内容を読むとニコリと笑い、返信を書くから中でお茶を飲むように言われた。
出された茶は……色が凄く薄かった。白湯のような色だが、茶の味はする。そして、不思議と心が落ち着いたのをよく覚えている。
しかし、それも今から二百年前の話だ。
それからはごく稀に……ほんの数回だけ、用事の時にしか訪れることはなかったが、それでもその数回の返信内容を気に入ったのか、長はいつか蓮を華月の嫁に迎えようと言い始めたのだ。
長には六人の息子がいる。なぜ、多くの息子がいる中で華月の嫁にと言い始めたのか。それには天狗なりの理由があった。
まず天狗という存在は長命だ。蓮ほどではなくとも、妖の類の中では群を抜いている。さらに天狗の持つ妖力は神と同等、いや、成り立ての神ならば天狗の妖力のほうが強いこともある。
その中でも華月の妖力は素晴らしいものだった。まだ父親であり、長である蘇芳には満たないものの、その後を追っている。
しかし、人気順でみると蘇芳よりも華月の方が人気がある。もちろん若さもあるが、今は亡き母親譲りの美しい黒髪は普段は結んでいるが、解くと腰下まで真っ直ぐと落ち墨のように美しい。肌は真珠のように艶やかだが、血色が良く健康的な肌色をしている。
逸話といえば、高身長ゆえに高下駄を履くと高くなり過ぎてやたらと目立つ。それが嫌で高下駄の歯を半分以上切ってしまったことがあった。長に散々叱られ、今も渋々履いている。
そんな華月だが、決して長になることは出来ない。
それは天狗の里のしきたりがあるからだ。
天狗の序列は妖力ではなく、産まれた順を重んじる。故に、二番目に産まれた華月は天地がひっくり返るか、長子が亡くなりでもしない限り長にはなれない。
しかし幸いなことに、華月を含め他の弟達も全く長の座に関心が無かった。むしろ華月は、その座に就く父親と兄を尊敬していた。面倒な会合、他部族とのやり取り、稀に華月が駆り出されることもあるが、長の気苦労はその比ではない。
さらにそのしきたりの中に、婚姻に関する事柄も組み込まれている。それは天狗の長となる長子は、天狗としか婚姻が出来ないということだ。それは純血の天狗の血を絶やさないことが理由だが、これが長が華月と蓮を勝手に結婚させたい理由でもあった。
華月の兄であり、次期長である悠月(ゆうげつ)は、一見美しさは華月と似ているが、妖力に関しては雲泥の差があった。
皆無では無いものの、飛ぶこともままならない。背にある美しく大きな双翼がただの飾りと揶揄されるほど、妖力が乏しいのだ。
その上、他家の純血である女天狗と結婚したが、やはり産まれた長子も妖力は少なかった。その後、悠月は例外で四人の嫁を迎えたが、それぞれに産まれた子もまた、妖力に恵まれなかったのだ。
そして妖力がない故に、悠月は知識を求めた。膨大な知識は天狗や妖、神、鬼の領域だけではなく、人間界の知識も得ていった。
今は抜群の頭脳と知識量で妖力の無さを補っているが、長である蘇芳は少しでも力のある者を次男である華月の嫁にしたかったのだろう。
最初こそ好きな奴と結婚させろと思った華月だが、白羽の矢が立ったあの白い雪のような蓮を思い浮かべ、蓮と結婚をするのも悪くないだろうと思っていたのだ。
そして、そろそろ婚姻の話を進めるかと考えていた矢先に……蓮があろうことか、何も持たない……蓮と同じ元人間と結婚し、更に出産したと知らせが来たのだ。
もちろん、天狗側の勝手な予定ではあったが、心に穴が空いたような心地を華月はこの時初めて経験した。
当時はよくいたらしい捨てられて死にかけの人間だったという蓮は、生命の塊のような存在から命を吹き込まれ蘇り、その生命そのものを継承していると聞いていた。
しかし、全く表には出てこない。その上、死にかけた山に引きこもっているらしく外に出たと聞いたことは無かった。
そんな不思議な男に初めて会ったとき、本当に驚いた。
手紙を届けろと天狗の長であり父の蘇芳の命令で向かった屋敷に住むのは、八百歳を超えた男だと聞いていた。なので、てっきりヨボヨボの年老いた奴が出てくるのだろうと華月は思っていたのだ。
それが、戸を開けたのはまだ若い……二十にも満たないような見目の男だった。その男は全身白の着物と羽織を纏い、帯も白い。戸に触れたままの指先は怯えるように震え、更にその指先ですら雪のように白く、女のように華奢な体付きが着物の上からでも分かってしまった。
蓮と名乗る男に長からの手紙を差し出すと、怯えた指先が手に触れた。しかし内容を読むとニコリと笑い、返信を書くから中でお茶を飲むように言われた。
出された茶は……色が凄く薄かった。白湯のような色だが、茶の味はする。そして、不思議と心が落ち着いたのをよく覚えている。
しかし、それも今から二百年前の話だ。
それからはごく稀に……ほんの数回だけ、用事の時にしか訪れることはなかったが、それでもその数回の返信内容を気に入ったのか、長はいつか蓮を華月の嫁に迎えようと言い始めたのだ。
長には六人の息子がいる。なぜ、多くの息子がいる中で華月の嫁にと言い始めたのか。それには天狗なりの理由があった。
まず天狗という存在は長命だ。蓮ほどではなくとも、妖の類の中では群を抜いている。さらに天狗の持つ妖力は神と同等、いや、成り立ての神ならば天狗の妖力のほうが強いこともある。
その中でも華月の妖力は素晴らしいものだった。まだ父親であり、長である蘇芳には満たないものの、その後を追っている。
しかし、人気順でみると蘇芳よりも華月の方が人気がある。もちろん若さもあるが、今は亡き母親譲りの美しい黒髪は普段は結んでいるが、解くと腰下まで真っ直ぐと落ち墨のように美しい。肌は真珠のように艶やかだが、血色が良く健康的な肌色をしている。
逸話といえば、高身長ゆえに高下駄を履くと高くなり過ぎてやたらと目立つ。それが嫌で高下駄の歯を半分以上切ってしまったことがあった。長に散々叱られ、今も渋々履いている。
そんな華月だが、決して長になることは出来ない。
それは天狗の里のしきたりがあるからだ。
天狗の序列は妖力ではなく、産まれた順を重んじる。故に、二番目に産まれた華月は天地がひっくり返るか、長子が亡くなりでもしない限り長にはなれない。
しかし幸いなことに、華月を含め他の弟達も全く長の座に関心が無かった。むしろ華月は、その座に就く父親と兄を尊敬していた。面倒な会合、他部族とのやり取り、稀に華月が駆り出されることもあるが、長の気苦労はその比ではない。
さらにそのしきたりの中に、婚姻に関する事柄も組み込まれている。それは天狗の長となる長子は、天狗としか婚姻が出来ないということだ。それは純血の天狗の血を絶やさないことが理由だが、これが長が華月と蓮を勝手に結婚させたい理由でもあった。
華月の兄であり、次期長である悠月(ゆうげつ)は、一見美しさは華月と似ているが、妖力に関しては雲泥の差があった。
皆無では無いものの、飛ぶこともままならない。背にある美しく大きな双翼がただの飾りと揶揄されるほど、妖力が乏しいのだ。
その上、他家の純血である女天狗と結婚したが、やはり産まれた長子も妖力は少なかった。その後、悠月は例外で四人の嫁を迎えたが、それぞれに産まれた子もまた、妖力に恵まれなかったのだ。
そして妖力がない故に、悠月は知識を求めた。膨大な知識は天狗や妖、神、鬼の領域だけではなく、人間界の知識も得ていった。
今は抜群の頭脳と知識量で妖力の無さを補っているが、長である蘇芳は少しでも力のある者を次男である華月の嫁にしたかったのだろう。
最初こそ好きな奴と結婚させろと思った華月だが、白羽の矢が立ったあの白い雪のような蓮を思い浮かべ、蓮と結婚をするのも悪くないだろうと思っていたのだ。
そして、そろそろ婚姻の話を進めるかと考えていた矢先に……蓮があろうことか、何も持たない……蓮と同じ元人間と結婚し、更に出産したと知らせが来たのだ。
もちろん、天狗側の勝手な予定ではあったが、心に穴が空いたような心地を華月はこの時初めて経験した。
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