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3.祝詞
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華月は昔のことを思い出しながら、天花の後ろを歩く。
天花に初めて会った時は、膝下位の背丈の小さな幼鬼だった。玄関先で背丈が何倍も違う華月に怯えつつ、それでも警戒心を解かず「蓮さまにごようでしゅか」と舌足らずなことを言われたのを覚えている。
その後に一度か二度は会ってはいるはずだが、少し背丈が伸びただけだった。なので、今こうして大人の姿になっているのは感慨深いものがある。
(親戚の叔父さんになった気分だな)
その顔を見てやろうと並んで歩くが、桶に沢山入った洗濯物が邪魔して拝めない。ふっと笑い、その桶を取り上げた。
「何するんですか!?」
「持ってやるよ」
眉間に皺を寄せ酷く嫌そうな表情をされているが、華月はようやく見れた顔に嬉しさが込み上げた。その理由は分からないが、警戒心ばかりの天花が少しだけ近くなったように感じたからかもしれない。
高下駄のせいもあって、天花の頭は肩より下の胸の辺りに頂点がある。見上げてくる視線の高さの違いに華月は思わず吹き出しそうになった。
「お客様にそんなことさせられません!」
取り返そうとしてくる手を軽く避け、桶を両手で高々と上げる。
「俺がしたいの。天花のそんな細腕に、この量はきついだろ?」
「細くない!! 鍛えてますから!!」
「ぷっ、ハハッ!! 俺と比べたら天花は鈴蘭の茎みたいだ」
「はぁ!? っていうか、何故鈴蘭なのですか!!」
「ん? 細くて長くて綺麗な茎に、鈴蘭の小さな花が咲いてるだろ? 似てるじゃん。細くて長くて綺麗な腕に、小さくて色白の綺麗な顔」
そう言うと、天花はカッと顔面を赤く染めた。
「鈴蘭って毒がありますよね!! 私にも毒があるかもしれませんよ!!」
「俺は毒の耐性付けられてるから大丈夫。それに天花の毒なんて可愛いもんだろ」
「~~!! 猛毒です!!」
こいつでも照れたりするのかと珍しいものを見た気分になり、華月はこれから会う蓮のことから少し気が紛れ楽しい気持ちになったのだった。
楽しい気持ちになったが、やはり目の前に幸せそうな夫婦を見せつけられのは、それなりにキツいものがある。
「この度は、赤様の御生誕誠におめでとう御座います。長の名代として天狗の里一同、お慶び申し上げます」
向かいに座った三人に向かい頭を下げる。
「ありがとう。華月様、顔をあげてください。それに、言葉遣いもいつも通りで結構ですよ」
その蓮の言葉に甘えて頭をあげる。
赤子は蓮の腕の中でスヤスヤと眠りについていた。その安らかで何も心配するところのないという顔は、きっと蓮の寝顔に似ているのだろう。
(それにしても……旦那の方は本っ当に普通の奴だな)
座っているが身長はそれなり、蓮よりは高いが180cmには満たないだろう。顔も特別秀でてはいないが、悪い場所もない。かけている眼鏡が唯一特徴的になっているが、似合っているか似合っていないかといえば……普通だ。無くてもあってもどちらでも良い。
こんな奴の何が良かったのだろうか、俺の方がよっぽど良かったのではと華月は臍を噛む思いでその光景を見ていた。
「そうだ、華月様。この子を抱いて頂けませんか?」
「へぁ? 俺が?」
蓮の言葉に素っ頓狂な声が出てしまった。
「はい」
「いいのか? その」
「是非! 天狗の里は幼子が多いと聞きました。華月様なら扱いもお上手でしょう?」
確かに天狗の里では常に幼子が修練しているが、こんな小さな赤子を抱くのは初めてだ。
「しかし」
「是非」
立ち上がった蓮に圧される形で赤子を抱くと、蓮は自分の席に戻ってしまった。
腕の中で寝ている赤子は、抱いている相手が変わったと悟ったらしく目を覚まし薄らと瞼を開く。こちらを伺うように見つめる瞳は透明のビー玉のように黒く輝き、美しい。
そして、ゆっくりと確実にこちらを見て微笑んだ。
「――ッ」
その微笑みが、あまりにも純粋無垢で涙が出そうになる。いかに己が穢れた思想を持っていたのか、祝いに来ていながら比較し見下し……最低だ。
赤子がこちらに手を伸ばし、何やら楽しげし声を発している。意味を持たないその言葉に、蓮とその夫は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やはり、華月様は扱いがお上手ですね。こんなにも喜んでいる」
「そうだな。俺は最初抱っこするのも怖かったから」
「ふふふ、恭吾さんも今は慣れたものですね」
「さすがに毎日何時間も抱っこしてれば慣れるさ」
夫婦の仲睦まじい会話に別の感情が生まれそうになった時、盆に茶を乗せた天花が部屋に入ってきた。
「失礼します」
丁寧に茶と茶菓子を配り終え、退室しようとする天花を思わず呼び止めた。
「まてまて、お前もそのまま居てくれよ」
「何故ですか」
感情を殺したような、先程とは打って変わった声に思わず苦笑いをする。きっと、天花も多少なりとも同じ想いがあるのはないかとそう考えてしまう。
「ほら、こんな幸せな二人の姿見てたら独り身が長い俺なんかは寂しくなっちまうだろ?」
「私には関係ありませんね」
「確かに」
そう言った直後、赤子がモゾモゾと動き出す。
「おっ? お? どうした? 母君のところに戻りたいか?」
すると、すぐに近付いた天花は「おしめですね」と言った。ごく自然に赤子を渡すと、天花はすぐに部屋の隅で処理をして戻ってきた。
「凄いな。まるで早業だ」
「そうなんです。天花さんは誰よりもこの子の状況に早く気付いて、対処も早いんですよ」
自慢気な蓮は天花に笑みを向ける。それに頬を染めながら、天花は首を振った。
「たまたまですよ。それに、蓮様のようにはいきません」
謙遜、褒められたことによる幸福感、そして、それによる苦しみ。天花がこの家にいる限りそれを感じ続けるのかと思うと、華月は胸がギュッと締められる思いがした。
なので、努めて明るくこの場を笑いに変えてやろうと思った。
「そりゃぁ、お前は母君じゃねぇからな。でも、天花ならすぐにでも良い母にも父にもなれるだろうよ」
「そんなこと」
「いや、本当だ。どうだ? 俺のところに嫁にくるか? それとも、俺の弟も選り取りみどりだ。天狗の里はお前みたいな美人ちゃんなら大歓迎だぜ?」
「はぁ!? いきませんよ!! それに、結婚なんて考えたことはありません!」
「いつでも来いよ~、天狗の里は飯も美味いからな」
「い、き、ま、せ、ん!」
焦ったように答える天花と笑う華月のやり取りに、蓮とその夫は笑っている。その様子を見た天花は華月と見比べ、そしてこの場を明るくするための話だと気付いたようだ。
華月には天花がすこし口を尖らせてから、音を出さずに口元を どうも と動かしたように見えた。
「今日はありがとうな」
赤子がぐずったので、蓮とその夫には部屋で別れの挨拶を済ませ、玄関先には華月と天花だけがいた。
聞くと風花と六花は買い出しに昨日から出ているらしい。この山はすぐ麓に家はいくつかあるが、ごく稀に買い出しに街へ行くこともあるようだ。
しかし、街と言っても田舎の商店街には変わりないのだろう。
「いえ、それより……先程はありがとうございました」
「ん? あぁ、いや。俺の方こそ、天花が居てくれて助かった。あの空気に吸ってるのはなかなかの拷問だな」
「ふふふ、華月様でもそんなこと思うんですね」
笑った天花が可愛らしく手を口元に当てている。本当に、鈴蘭のように小さく愛らしい顔だなと改めて思った。
「華月様、是非またいらして下さい」
「え?」
「あー、その、蓮様が喜びますから!! それに、その」
「どうした?」
「私も……ホッとしたので。秘密、絶対に守ってくださいね」
思わず目を瞬かせる。また来てくれというのも意外だったが、ホッとしたと言ったその表情は全く嘘をついていなかったからだ。
心からの本音が出たというような、自然な微笑み、でもどこか困ったような、そんな表情だ。
「分かった。あぁ、そうだ。天花」
「なんでしょう?」
「お前さ。素直な方が可愛いぞ」
すると天花はその困った表情から、今度はムッスリと頬を膨らませる。
「可愛さよりも、男らしくなれるように頑張りますので」
「ムッキムキのお前とか嫌なんだけど……」
「ムッキムキになって華月様を抜かしますから!」
「「ぷッ、あはははは!!」」
ここに来るまでは、こんなに笑えるとは思わなった。明るい気持ちにしてくれた天花の頭をグシャグシャと撫でてから歩くように空を飛ぶ。
「またな!!」
「ええ、お待ちしてます!!」
良い友人が出来たと、華月は口元を綻ばせた。
天花に初めて会った時は、膝下位の背丈の小さな幼鬼だった。玄関先で背丈が何倍も違う華月に怯えつつ、それでも警戒心を解かず「蓮さまにごようでしゅか」と舌足らずなことを言われたのを覚えている。
その後に一度か二度は会ってはいるはずだが、少し背丈が伸びただけだった。なので、今こうして大人の姿になっているのは感慨深いものがある。
(親戚の叔父さんになった気分だな)
その顔を見てやろうと並んで歩くが、桶に沢山入った洗濯物が邪魔して拝めない。ふっと笑い、その桶を取り上げた。
「何するんですか!?」
「持ってやるよ」
眉間に皺を寄せ酷く嫌そうな表情をされているが、華月はようやく見れた顔に嬉しさが込み上げた。その理由は分からないが、警戒心ばかりの天花が少しだけ近くなったように感じたからかもしれない。
高下駄のせいもあって、天花の頭は肩より下の胸の辺りに頂点がある。見上げてくる視線の高さの違いに華月は思わず吹き出しそうになった。
「お客様にそんなことさせられません!」
取り返そうとしてくる手を軽く避け、桶を両手で高々と上げる。
「俺がしたいの。天花のそんな細腕に、この量はきついだろ?」
「細くない!! 鍛えてますから!!」
「ぷっ、ハハッ!! 俺と比べたら天花は鈴蘭の茎みたいだ」
「はぁ!? っていうか、何故鈴蘭なのですか!!」
「ん? 細くて長くて綺麗な茎に、鈴蘭の小さな花が咲いてるだろ? 似てるじゃん。細くて長くて綺麗な腕に、小さくて色白の綺麗な顔」
そう言うと、天花はカッと顔面を赤く染めた。
「鈴蘭って毒がありますよね!! 私にも毒があるかもしれませんよ!!」
「俺は毒の耐性付けられてるから大丈夫。それに天花の毒なんて可愛いもんだろ」
「~~!! 猛毒です!!」
こいつでも照れたりするのかと珍しいものを見た気分になり、華月はこれから会う蓮のことから少し気が紛れ楽しい気持ちになったのだった。
楽しい気持ちになったが、やはり目の前に幸せそうな夫婦を見せつけられのは、それなりにキツいものがある。
「この度は、赤様の御生誕誠におめでとう御座います。長の名代として天狗の里一同、お慶び申し上げます」
向かいに座った三人に向かい頭を下げる。
「ありがとう。華月様、顔をあげてください。それに、言葉遣いもいつも通りで結構ですよ」
その蓮の言葉に甘えて頭をあげる。
赤子は蓮の腕の中でスヤスヤと眠りについていた。その安らかで何も心配するところのないという顔は、きっと蓮の寝顔に似ているのだろう。
(それにしても……旦那の方は本っ当に普通の奴だな)
座っているが身長はそれなり、蓮よりは高いが180cmには満たないだろう。顔も特別秀でてはいないが、悪い場所もない。かけている眼鏡が唯一特徴的になっているが、似合っているか似合っていないかといえば……普通だ。無くてもあってもどちらでも良い。
こんな奴の何が良かったのだろうか、俺の方がよっぽど良かったのではと華月は臍を噛む思いでその光景を見ていた。
「そうだ、華月様。この子を抱いて頂けませんか?」
「へぁ? 俺が?」
蓮の言葉に素っ頓狂な声が出てしまった。
「はい」
「いいのか? その」
「是非! 天狗の里は幼子が多いと聞きました。華月様なら扱いもお上手でしょう?」
確かに天狗の里では常に幼子が修練しているが、こんな小さな赤子を抱くのは初めてだ。
「しかし」
「是非」
立ち上がった蓮に圧される形で赤子を抱くと、蓮は自分の席に戻ってしまった。
腕の中で寝ている赤子は、抱いている相手が変わったと悟ったらしく目を覚まし薄らと瞼を開く。こちらを伺うように見つめる瞳は透明のビー玉のように黒く輝き、美しい。
そして、ゆっくりと確実にこちらを見て微笑んだ。
「――ッ」
その微笑みが、あまりにも純粋無垢で涙が出そうになる。いかに己が穢れた思想を持っていたのか、祝いに来ていながら比較し見下し……最低だ。
赤子がこちらに手を伸ばし、何やら楽しげし声を発している。意味を持たないその言葉に、蓮とその夫は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やはり、華月様は扱いがお上手ですね。こんなにも喜んでいる」
「そうだな。俺は最初抱っこするのも怖かったから」
「ふふふ、恭吾さんも今は慣れたものですね」
「さすがに毎日何時間も抱っこしてれば慣れるさ」
夫婦の仲睦まじい会話に別の感情が生まれそうになった時、盆に茶を乗せた天花が部屋に入ってきた。
「失礼します」
丁寧に茶と茶菓子を配り終え、退室しようとする天花を思わず呼び止めた。
「まてまて、お前もそのまま居てくれよ」
「何故ですか」
感情を殺したような、先程とは打って変わった声に思わず苦笑いをする。きっと、天花も多少なりとも同じ想いがあるのはないかとそう考えてしまう。
「ほら、こんな幸せな二人の姿見てたら独り身が長い俺なんかは寂しくなっちまうだろ?」
「私には関係ありませんね」
「確かに」
そう言った直後、赤子がモゾモゾと動き出す。
「おっ? お? どうした? 母君のところに戻りたいか?」
すると、すぐに近付いた天花は「おしめですね」と言った。ごく自然に赤子を渡すと、天花はすぐに部屋の隅で処理をして戻ってきた。
「凄いな。まるで早業だ」
「そうなんです。天花さんは誰よりもこの子の状況に早く気付いて、対処も早いんですよ」
自慢気な蓮は天花に笑みを向ける。それに頬を染めながら、天花は首を振った。
「たまたまですよ。それに、蓮様のようにはいきません」
謙遜、褒められたことによる幸福感、そして、それによる苦しみ。天花がこの家にいる限りそれを感じ続けるのかと思うと、華月は胸がギュッと締められる思いがした。
なので、努めて明るくこの場を笑いに変えてやろうと思った。
「そりゃぁ、お前は母君じゃねぇからな。でも、天花ならすぐにでも良い母にも父にもなれるだろうよ」
「そんなこと」
「いや、本当だ。どうだ? 俺のところに嫁にくるか? それとも、俺の弟も選り取りみどりだ。天狗の里はお前みたいな美人ちゃんなら大歓迎だぜ?」
「はぁ!? いきませんよ!! それに、結婚なんて考えたことはありません!」
「いつでも来いよ~、天狗の里は飯も美味いからな」
「い、き、ま、せ、ん!」
焦ったように答える天花と笑う華月のやり取りに、蓮とその夫は笑っている。その様子を見た天花は華月と見比べ、そしてこの場を明るくするための話だと気付いたようだ。
華月には天花がすこし口を尖らせてから、音を出さずに口元を どうも と動かしたように見えた。
「今日はありがとうな」
赤子がぐずったので、蓮とその夫には部屋で別れの挨拶を済ませ、玄関先には華月と天花だけがいた。
聞くと風花と六花は買い出しに昨日から出ているらしい。この山はすぐ麓に家はいくつかあるが、ごく稀に買い出しに街へ行くこともあるようだ。
しかし、街と言っても田舎の商店街には変わりないのだろう。
「いえ、それより……先程はありがとうございました」
「ん? あぁ、いや。俺の方こそ、天花が居てくれて助かった。あの空気に吸ってるのはなかなかの拷問だな」
「ふふふ、華月様でもそんなこと思うんですね」
笑った天花が可愛らしく手を口元に当てている。本当に、鈴蘭のように小さく愛らしい顔だなと改めて思った。
「華月様、是非またいらして下さい」
「え?」
「あー、その、蓮様が喜びますから!! それに、その」
「どうした?」
「私も……ホッとしたので。秘密、絶対に守ってくださいね」
思わず目を瞬かせる。また来てくれというのも意外だったが、ホッとしたと言ったその表情は全く嘘をついていなかったからだ。
心からの本音が出たというような、自然な微笑み、でもどこか困ったような、そんな表情だ。
「分かった。あぁ、そうだ。天花」
「なんでしょう?」
「お前さ。素直な方が可愛いぞ」
すると天花はその困った表情から、今度はムッスリと頬を膨らませる。
「可愛さよりも、男らしくなれるように頑張りますので」
「ムッキムキのお前とか嫌なんだけど……」
「ムッキムキになって華月様を抜かしますから!」
「「ぷッ、あはははは!!」」
ここに来るまでは、こんなに笑えるとは思わなった。明るい気持ちにしてくれた天花の頭をグシャグシャと撫でてから歩くように空を飛ぶ。
「またな!!」
「ええ、お待ちしてます!!」
良い友人が出来たと、華月は口元を綻ばせた。
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