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4.交流
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天狗の里に戻った華月は、早々に呼び出しをされた。相手は父であり長である蘇芳と、次期長の兄の悠月だ。
どうせ何処かの部族闘争を取り持てとかなのだろう。面倒な話は嫌だが、それも天狗の里の役割なので仕方がない。
「華月、参りました」
「入れ」
中に入ると、沢山の紙が床に散らばり足の踏み場も無い。
(どうやって入るんだよ)
数枚の紙を拾い上げ、空いた場所に立って戸を閉める。
「父上、兄上、これは?」
「華月。この数十年で憂うべきことはなんだ?」
面倒な問い掛けなどいらないから、早く本題に入れよ……と思いつつ、華月はちらりと拾い上げた紙を見た。そこには部族名とそこに所属する妖の名前、妖力の有無、第何子なのか等々が事細かに書かれている。落ちている紙にもそれらと同様の事柄が書かれているようだ。
こんなものを集めている時点で、長のやりたいことは一つしかないだろう。
「……憂うべきは弱体化ですね」
「その通り。人間が増え、知識と力が増せば増すほど、我ら妖や鬼、神までも力が弱まっている」
「天狗の里で修行者を募り、更に妖力を強める……と」
「そうだ。しかし、ある程度はこちらから依頼をかける。その人選はこちらだ。目を通してみろ」
投げられた書物を受け取り目を通す。パラパラと頁をめくるたびに出てくるのは、有名な一族の名前とその中でも妖力の強い者の名ばかりだ。妖力を強めるのだから、それもそうだろう。
更にめくると、最後の一人に驚いて目を見開いた。
「て、天花も呼ぶんですか!?」
「来るかは分かりませんが、蓮様には先程連絡の烏を飛ばしました」
悠月の言葉に溜息を吐く。
「……先程、そこから帰ってきたんですが」
この件を知っていれば、華月自身から天花を誘ったというものだ。それに、もし断ってもその場で説得することが出来る。
しかし、断りの連絡があったとしても訪問すれば良いのではと考え直し、蘇芳に顔を向けた。
「これらの人選と、あとは、希望者ですか?」
「あぁ、各部族一名であれば受け入れる予定だ」
「そうですか。修行者への教育はどなたが?」
「座学は悠月、実技修練は華月に任せる。人手が足りぬ時は適任者を選出し私に報告を」
「……かしこまりました」
「期間は皐月から霜月までの半年間、入念な準備をするように」
「はい」
人に教えるなんて、面倒極まりない。それならば、部族闘争の仲介をしていた方が余程気楽というものだが、これは長の命令だ。
頭を下げて退室する。
しかし、もし天花が来たら半年は共に天狗の里で過ごすことになる。
「…………来るかねぇ」
蓮の赤子のお守りをしているし、あの屋敷ではきっと鬼の三兄弟の中で一番頼りになるのは天花だろう。そんな天花を蓮が送り出してくれるか、それに天花自身も修行なんて望むだろうか。
先程まで説得すればと考えていたが、その説得は何より難しいもののように思えてきた。
皐月から霜月までの期間。たった半年されど半年だ。赤子の半年はみるみる大きくなるだろう。そんな時に来るとは想像し難い。
「ふぅ」
まだ寒さの残る空気をそっと肺に満たし、やるべき事をしようと前を向いた。
準備期間はあっという間に過ぎていった。
やはりこの天狗の里で学べるという利点と、あらゆる部族との関わりを持てるだろうという期待で参加の希望はすぐに埋まった。約百名を半年間受け入れるための寝所や食料の手配等々で、動ける者は休む間もなく働いた。
正直、天狗達は修行者が来る前から疲れ果てている。しかし、天狗達は文句を言わなかった。
それは度重なる蘇芳や悠月の呼び出し、下の者への指示やあらゆる会議で一番疲れているであろう華月がその様子を微塵も見せなかったからだ。
既に集まった修行者達は、座学に使われる講堂で好きな場所に座っている。
その前にある教壇に蘇芳が立った。
「よく集まってくれた。たった半年だが、この天狗の里にある知識を存分に吸収してほしい。我々はこの後の世で生き抜くために知識を共有し、交流を深めていこう」
その言葉に、蘇芳の隣に立っていた華月はハイハイと適当に心で相槌を打った。
確かに今回は知識やあらゆる書物も公開する。それに修行により各部族が妖力を増すのは望ましい、しかし、それよりも後半の「交流を深める」方が蘇芳にとって重要なのだろうと華月は知っていたからだ。
でなければ、座学や修練だけでなく季節の行事への参加を許可することはないはずだ。
それに、修行に参加したそれぞれの部族も交流目的が半数……いや、大半だろう。
まだ名族と言われる強い部族は別として、数を減らし、妖力が弱まっている部族は、あらゆる部族と縁をどうにかして結びたいと考えているのだろう。
(だから、もう席で色々と見え見えなわけで)
誰と縁を繋げたいか……それが初日の席で分かるのは少し滑稽で、半年間の修行など不要に思えてくる。
そんな中、二人がけの長机にも関わらず中央最前列で一人で座っている天花は余計に目立っていた。きっと誰とも知れない白い着物に赤い帯、白い羽織の端正な顔の男鬼が何者か分かっていないのだろう。
スラリと伸びた背筋、腰まで伸びた黒い髪を今日は緩く真ん中で縛っているが、その結び方だけ見ると蓮とそっくりだ。
姿形は人と同じだが、額から出た艶やかな薄い黄色を帯びた角で鬼だと分かる。華月も天花の角を見たのは初めてであり、その造形の美しさに思わず目を細めた。
少し見すぎていたのか、天花が視線だけでこちらを見た。ニコリと笑ってみたが、天花は視線を蘇芳に戻し表情一つ変えない。
きっと天花は、本当にただただ知識と妖力を増すための修行に皆が集まっていると思っているのだろう。殆どの者がそうではないと知った時、天花はどうするのだろうか。……いや、我関せずで得られるものを全て得ようと勉学に励むのだろう。
目に浮かぶ光景に、横で教えてやる自分を想像し華月は思わず頬を緩ませた。
その時、強い風が講堂に吹き込んだ。
「うわっ!!」
修行者の驚きの声と一瞬の風が止むと、講堂の中央に一人の男が立っていた。
「いやぁ、参った。久しぶりにこぎゃん遠出ばした! ぎゃん行ってぎゃん行ったっちゃも、まーったく着かんで遅るるかて思うた!! ははははっ!!」
田舎の方言丸出しの男は、背に立派な鳥の羽があり鳥類の妖だと分かる。あとは黄土色の着物にそれと同じ羽織、帯は白みがかっているが……何故か……こう……ダサい。しかし顔がやたらと整っていて、二重がハッキリした目は大きく、笑った頬に出来たエクボはとても好感が持てる。
誰だこいつと華月は思ったが、蘇芳はすぐに思い当たったようでゴホンと咳払いをした。
「九州の梟、翡翠殿だな?」
「おー! そうや! 間に合うて良かった!!」
「遅れてますよ」
補佐役として、同じように蘇芳の横に立っていた悠月が落ち着いた声で諭すと、翡翠と呼ばれた男はキョトンと目を瞬かせた。
「ほんなこつね? こら失礼!」
「好きな席におかけ下さい」
「そうと! ……おお! 一番前が空いとるやなかか! こぎゃんよか席に座るるなんて、運がよか!!」
そう言って、ドカドカと足音を立てて翡翠は天花の隣に座った。
「俺は熊本ん梟、翡翠ばい。よろしゅう」
隣の天花に手を差し出し、握手を求める。礼儀正しい天花はもちろんそれに応えた。
「紫龍山(しりゅうざん)、蓮の使い鬼。天花です」
その瞬間、室内がざわめいた。天花と握手をする翡翠も驚いたように目を開き、華月は思わず舌打ちをしそうになった。
しかし、当の本人である天花は何も気付いていないのか、普通に握手を終えて前に向き直る。
「ぬしゃが」
「翡翠様、個人的な話は後にして下さい」
華月が言葉を遮ると、翡翠は素直に口を閉じた。
最前列の二人に好奇の目が向けられているのが、教壇の上からだとよく分かる。これは面倒なことになったのかもしれないと、華月は今度は隠さずに盛大に溜息を吐いたのだった。
案の定、天花は真面目に真面目と札を掛けたように勉学に勤しんだ。
他部族との関わりがこれまで無かった故に、座学、実技修練共に他の修行者より遅れていたが、一度学べば忘れず完璧にこなすので、すぐに教えることもなくなりそうだ。それは修練を担当している華月だけでなく、座学の悠月、稀に開催される希望者だけの特別講義で教壇に立つ蘇芳も同意見だった。
しかし、そんなことは関係ないといわんばかりに、天花は講義が無い時は書庫や空いている修練場で修行を重ねていた。
最初こそ他部族からの好奇の目により声を多くかけられていたが、二週間経った今は大分落ち着いているようだった。。ただ……ただ一人を除いては、だが。
どうせ何処かの部族闘争を取り持てとかなのだろう。面倒な話は嫌だが、それも天狗の里の役割なので仕方がない。
「華月、参りました」
「入れ」
中に入ると、沢山の紙が床に散らばり足の踏み場も無い。
(どうやって入るんだよ)
数枚の紙を拾い上げ、空いた場所に立って戸を閉める。
「父上、兄上、これは?」
「華月。この数十年で憂うべきことはなんだ?」
面倒な問い掛けなどいらないから、早く本題に入れよ……と思いつつ、華月はちらりと拾い上げた紙を見た。そこには部族名とそこに所属する妖の名前、妖力の有無、第何子なのか等々が事細かに書かれている。落ちている紙にもそれらと同様の事柄が書かれているようだ。
こんなものを集めている時点で、長のやりたいことは一つしかないだろう。
「……憂うべきは弱体化ですね」
「その通り。人間が増え、知識と力が増せば増すほど、我ら妖や鬼、神までも力が弱まっている」
「天狗の里で修行者を募り、更に妖力を強める……と」
「そうだ。しかし、ある程度はこちらから依頼をかける。その人選はこちらだ。目を通してみろ」
投げられた書物を受け取り目を通す。パラパラと頁をめくるたびに出てくるのは、有名な一族の名前とその中でも妖力の強い者の名ばかりだ。妖力を強めるのだから、それもそうだろう。
更にめくると、最後の一人に驚いて目を見開いた。
「て、天花も呼ぶんですか!?」
「来るかは分かりませんが、蓮様には先程連絡の烏を飛ばしました」
悠月の言葉に溜息を吐く。
「……先程、そこから帰ってきたんですが」
この件を知っていれば、華月自身から天花を誘ったというものだ。それに、もし断ってもその場で説得することが出来る。
しかし、断りの連絡があったとしても訪問すれば良いのではと考え直し、蘇芳に顔を向けた。
「これらの人選と、あとは、希望者ですか?」
「あぁ、各部族一名であれば受け入れる予定だ」
「そうですか。修行者への教育はどなたが?」
「座学は悠月、実技修練は華月に任せる。人手が足りぬ時は適任者を選出し私に報告を」
「……かしこまりました」
「期間は皐月から霜月までの半年間、入念な準備をするように」
「はい」
人に教えるなんて、面倒極まりない。それならば、部族闘争の仲介をしていた方が余程気楽というものだが、これは長の命令だ。
頭を下げて退室する。
しかし、もし天花が来たら半年は共に天狗の里で過ごすことになる。
「…………来るかねぇ」
蓮の赤子のお守りをしているし、あの屋敷ではきっと鬼の三兄弟の中で一番頼りになるのは天花だろう。そんな天花を蓮が送り出してくれるか、それに天花自身も修行なんて望むだろうか。
先程まで説得すればと考えていたが、その説得は何より難しいもののように思えてきた。
皐月から霜月までの期間。たった半年されど半年だ。赤子の半年はみるみる大きくなるだろう。そんな時に来るとは想像し難い。
「ふぅ」
まだ寒さの残る空気をそっと肺に満たし、やるべき事をしようと前を向いた。
準備期間はあっという間に過ぎていった。
やはりこの天狗の里で学べるという利点と、あらゆる部族との関わりを持てるだろうという期待で参加の希望はすぐに埋まった。約百名を半年間受け入れるための寝所や食料の手配等々で、動ける者は休む間もなく働いた。
正直、天狗達は修行者が来る前から疲れ果てている。しかし、天狗達は文句を言わなかった。
それは度重なる蘇芳や悠月の呼び出し、下の者への指示やあらゆる会議で一番疲れているであろう華月がその様子を微塵も見せなかったからだ。
既に集まった修行者達は、座学に使われる講堂で好きな場所に座っている。
その前にある教壇に蘇芳が立った。
「よく集まってくれた。たった半年だが、この天狗の里にある知識を存分に吸収してほしい。我々はこの後の世で生き抜くために知識を共有し、交流を深めていこう」
その言葉に、蘇芳の隣に立っていた華月はハイハイと適当に心で相槌を打った。
確かに今回は知識やあらゆる書物も公開する。それに修行により各部族が妖力を増すのは望ましい、しかし、それよりも後半の「交流を深める」方が蘇芳にとって重要なのだろうと華月は知っていたからだ。
でなければ、座学や修練だけでなく季節の行事への参加を許可することはないはずだ。
それに、修行に参加したそれぞれの部族も交流目的が半数……いや、大半だろう。
まだ名族と言われる強い部族は別として、数を減らし、妖力が弱まっている部族は、あらゆる部族と縁をどうにかして結びたいと考えているのだろう。
(だから、もう席で色々と見え見えなわけで)
誰と縁を繋げたいか……それが初日の席で分かるのは少し滑稽で、半年間の修行など不要に思えてくる。
そんな中、二人がけの長机にも関わらず中央最前列で一人で座っている天花は余計に目立っていた。きっと誰とも知れない白い着物に赤い帯、白い羽織の端正な顔の男鬼が何者か分かっていないのだろう。
スラリと伸びた背筋、腰まで伸びた黒い髪を今日は緩く真ん中で縛っているが、その結び方だけ見ると蓮とそっくりだ。
姿形は人と同じだが、額から出た艶やかな薄い黄色を帯びた角で鬼だと分かる。華月も天花の角を見たのは初めてであり、その造形の美しさに思わず目を細めた。
少し見すぎていたのか、天花が視線だけでこちらを見た。ニコリと笑ってみたが、天花は視線を蘇芳に戻し表情一つ変えない。
きっと天花は、本当にただただ知識と妖力を増すための修行に皆が集まっていると思っているのだろう。殆どの者がそうではないと知った時、天花はどうするのだろうか。……いや、我関せずで得られるものを全て得ようと勉学に励むのだろう。
目に浮かぶ光景に、横で教えてやる自分を想像し華月は思わず頬を緩ませた。
その時、強い風が講堂に吹き込んだ。
「うわっ!!」
修行者の驚きの声と一瞬の風が止むと、講堂の中央に一人の男が立っていた。
「いやぁ、参った。久しぶりにこぎゃん遠出ばした! ぎゃん行ってぎゃん行ったっちゃも、まーったく着かんで遅るるかて思うた!! ははははっ!!」
田舎の方言丸出しの男は、背に立派な鳥の羽があり鳥類の妖だと分かる。あとは黄土色の着物にそれと同じ羽織、帯は白みがかっているが……何故か……こう……ダサい。しかし顔がやたらと整っていて、二重がハッキリした目は大きく、笑った頬に出来たエクボはとても好感が持てる。
誰だこいつと華月は思ったが、蘇芳はすぐに思い当たったようでゴホンと咳払いをした。
「九州の梟、翡翠殿だな?」
「おー! そうや! 間に合うて良かった!!」
「遅れてますよ」
補佐役として、同じように蘇芳の横に立っていた悠月が落ち着いた声で諭すと、翡翠と呼ばれた男はキョトンと目を瞬かせた。
「ほんなこつね? こら失礼!」
「好きな席におかけ下さい」
「そうと! ……おお! 一番前が空いとるやなかか! こぎゃんよか席に座るるなんて、運がよか!!」
そう言って、ドカドカと足音を立てて翡翠は天花の隣に座った。
「俺は熊本ん梟、翡翠ばい。よろしゅう」
隣の天花に手を差し出し、握手を求める。礼儀正しい天花はもちろんそれに応えた。
「紫龍山(しりゅうざん)、蓮の使い鬼。天花です」
その瞬間、室内がざわめいた。天花と握手をする翡翠も驚いたように目を開き、華月は思わず舌打ちをしそうになった。
しかし、当の本人である天花は何も気付いていないのか、普通に握手を終えて前に向き直る。
「ぬしゃが」
「翡翠様、個人的な話は後にして下さい」
華月が言葉を遮ると、翡翠は素直に口を閉じた。
最前列の二人に好奇の目が向けられているのが、教壇の上からだとよく分かる。これは面倒なことになったのかもしれないと、華月は今度は隠さずに盛大に溜息を吐いたのだった。
案の定、天花は真面目に真面目と札を掛けたように勉学に勤しんだ。
他部族との関わりがこれまで無かった故に、座学、実技修練共に他の修行者より遅れていたが、一度学べば忘れず完璧にこなすので、すぐに教えることもなくなりそうだ。それは修練を担当している華月だけでなく、座学の悠月、稀に開催される希望者だけの特別講義で教壇に立つ蘇芳も同意見だった。
しかし、そんなことは関係ないといわんばかりに、天花は講義が無い時は書庫や空いている修練場で修行を重ねていた。
最初こそ他部族からの好奇の目により声を多くかけられていたが、二週間経った今は大分落ち着いているようだった。。ただ……ただ一人を除いては、だが。
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