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5.子天狗
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参加している修行者達は真面目な天花との関わりを諦め、他の者達との交流に精を出すようになった。他の者とは必要最低限の関わりだけになったが、天花は特に気にしていないようだった。
華月としてもそれで良かったと思っている。他の修行者が下手に天花と仲良くなるのは、面白くないからだ。
しかし、そんな中でも例外がいる。
九州の梟、翡翠だ。たまたま空いていた天花の隣の席に座ったがために、天花と同室になり、修練でも座学でも……どこに行くにも天花と翡翠は一緒にいるようになってしまったのだ。
その上、翡翠は修練は飛び抜けて素晴らしく、華月が学ぶこともあったという程だが、座学は全く……本当に何故だと問いただしたくなるほど全くもって出来なかった。なので天花と翡翠は、修練では教えてもらい、座学では教えてやるという持ちつ持たれつの関係をあっという間に築いてしまっていた。
そうなると、なかなか華月の入る隙がない。ただでさえ、天花以外にもいる数名の真面目な修行者の相手をしたり、準備をしたりと忙しい。
たまに隙を見つけては天花に会いに行くが、ことごとく翡翠に邪魔をされる。いや、翡翠は邪魔をしているつもりは一切無いのだろう。楽しそうに会話に入ってくるので、多分間違いない。
それが余計に華月をイラつかせるのだった。
(マジで、そろそろ天花と二人で話したい……)
自室の縁側であからさまに項垂れていると、ポンと小さな桃色の花が膝に乗せられた。
「お。どうした? ねね坊」
「華月様、お疲れのご様子です」
「はははっ、ねね坊はよく気付くな。その察し能力をあの梟にも分けてやってくれよ」
稚児衣装を着て、まだ幼い羽を背で揺らす子天狗のねね坊は、ぶぅと頬を膨らませる。
「嫌です。ねね坊のはねね坊のなので、誰にも渡す分はありません!」
可愛らしい子天狗の意見に、それもそうだなと頭を撫でてやると、ねね坊はハッとしたように目を煌めかせた。
「でも!! でもね、華月様!」
「どうした?」
「でも、ねね坊はあの方になら分けてもいいですよ」
「あの方って誰だ?」
「えっと、お名前……えっとえっと、真っ白の着物と羽織をお召になった美しい鬼様です」
「え……??」
まさかここで天花の話が出るとは思わず、開いた口が塞がらない。しかし、そんなこちらを気にせず、ねね坊は話を続けた。
「この前、ねね坊はうっかり転んで泣いてしまったのです。その時、その鬼様が手当して下さって、あとお菓子もくれました! 自分で作った飴だから美味しくないかもって仰ってましたけど、とっーても美味しかったです!! あの鬼様ならねね坊のを分けてもいいです!!」
「へぇ、天花がなぁ」
一瞬の不思議に思ったが、天花なら当たり前の行動だとすぐに考え直した。天花と風花と六花は三つ子ではあるが、性格は全く違う。そんな風花と六花を、天花が面倒をみている場面に遭遇したことがあるからだ。それに天花の性格は『冷たい』というわけではない。ここでは真面目にしているがゆえに、冷徹に感じている者もいるらしいが、根はとても優しい奴だ。
「天花様、そうです! またお会いしたいなぁ」
ふふふと口元に手を当てて笑ったねね坊の言葉に、ふと思い付きねね坊を抱き締めた。
「お前!! ねね坊!! 最高だな!!」
「ん!? 華月様??」
「そうだよ。会いたいよな?? なら会えばいいんだ!!」
「んぅ? はい!! 分かりませんけど、華月様が元気になるならお会いになりましょう!!」
「そうだよ!! そうしよう!! 今日――は無理でも明日なら自由な時間があるはずだ!! よし!!」
庭に立ち、ねね坊を高い高いをするように空に放り投げる。普通の人間なら虐待だが、子天狗には最高のご褒美だ。キャッキャッと笑いそのまま「華月様、またね」と飛び去っていった。
翌日、華月は天花を探しに書庫に来てきた。
予想通り天花は書物を真剣に読み耽り、その横で翡翠も何かしら広げている。
(何もしないわけじゃないのに、梟はなんであんなに座学ができないんだよ)
ふとした疑問が浮かんだが、今はそれを解決するために来たわけではない。まずは、天花と翡翠を離すところからだ。
「よぉ。天花、翡翠」
「華月様」
「おお、華月殿」
華月は最初こそ皆に敬称を付けていたが、慣れないことはするものではないと思い、余程目上の修行者でなければ全員呼び捨てにしていた。
逆に、翡翠は全員に敬称を付けている。……しかし、天花以外だ。天花だけ呼び捨てにしている、それがまた華月は気に食わなかった。
「珍しいですね。書庫にいらっしゃるなんて」
「人探しだ」
「誰ばと?」
首を傾げる二人の前に立ち、翡翠を見る。
「どぎゃんした?」
「兄上が探していらした。補講の時間じゃないのか?」
少しの間の後、翡翠はバッと立ち上がった。
「まずかぁ! 忘れとった!!」
「講堂でお待ちだ。早く行くといい」
「華月殿、天花、失礼する!!」
適当に机の上の紙を袋に詰め込み、翡翠は風のように去っていった。
翡翠の補講は、もちろん裏で手を回したからだ。悠月に、座学は基礎だから下位の十名は補講で補うべきではと提案したのだ。
理由としてはもっともなので悠月も特に反対することはなく、今回が初の補講だ。さらに週一回、補講をすることになったので、週一で翡翠不在の天花と二人の時間が作れるのだ。
(まぁ、俺も別日に補講しなきゃならなくなったけど。それはそれ、これはこれ)
先程まで翡翠が座っていた場所に腰を下ろすと、天花は書物を閉じて立ち上がる。
「おいおい、どこいくんだ?」
「え? 華月様がお使いになるなら、私は邪魔でしょうし……」
「えぇ……俺、お前のこと邪魔扱いしたことないじゃん」
そう言うと、目を瞬かせ天花の口元が優しく弧を描く。
「確かに。そうですね」
「天花。俺は今から子天狗の修練場に行くんだけど、一緒に来ないか?」
「子天狗、ですか? しかし、修行者の行動範囲は決められていますので」
「いいって。子天狗の所に行くのを制限してるのは、子天狗達が遊びたがるからってだけだから。俺も一緒だし。それにほら子天狗の訓練見たら、蓮の赤様にどんな風に教えりゃいいか分かるだろ? な??」
少し強引過ぎたかと思ったが、天花はあっさりと「いいですよ」と了承してくれた。それに驚いたのを天花も感じ取ったのだろう。慈しむような優しい笑顔を浮かべ、ふふっと笑った。
「先日、私の部屋の近くで子天狗さんが転んで泣いていたんです。あの子の怪我が良くなったのか、気になっていたんです」
「なるほど。その子天狗の名前はねね坊だ。俺にも天花が飴をくれたと教えてくれたよ」
「え!? あぁ、黙っていてねと言ったのに……」
「どうして? 美味かったって喜んでたぞ?」
立ち上がり、天花を見る。今は高下駄を履いていないので一気に顔が近くなった気がする。
「私が砂糖と色々と調合した蜜を混ぜて作った自作ですし、渡した後に、勝手に食べ物を渡すのは良くなかったと……だから黙っていてとお伝えしました」
「そんなことか。アイツら山に行っては勝手に木の実とか食ってるから、気にするな。さ、行くぞ」
天花が抱えた本を奪い、歩き出す。自分で持つからと言ってきたが、笑いながら欲しければついて来いとふざけてみた。
すると天花も華月の周りを跳ねるように一周した。
「天狗の里の人気者を荷物持ちに出来るなんて、私は何者なんでしょうね」
くすくすと笑い前を歩く天花の髪がふわりと風に揺れる。後ろに組んだ手は白く美しい。白い羽織も背筋を伸ばした天花を更に魅力的にしているように見えた。
……風に乗ってきた天花の香りが、華月の鼻をくすぐる。その香りを思わず胸いっぱいに吸い込んだ。
「天花、お前は何の香を焚いてるんだ?」
「え? 香ですか?」
「あぁ、凄く良い香りだ。花のように甘いのにどこか爽やかで、珍しい香りだな。この香、好きだな」
「………………」
立ち止まり振り返った天花は驚いた顔をしていたが、すぐに前に向き直ってしまった。どうしたのかと華月が顔を覗きに行こうとすると、それを阻止するように早足で歩き出してしまった。
しかし揺れた髪から見えた耳は真っ赤に染まっている。
「香は……使ったことがありません」
「え?」
それ以上は答えてくれなかったが、思わず華月も顔を真っ赤に染めてしまった。
香を使ったことが無い天花の香り。それはただただ天花本人の香りということになる。それを恥ずかしげもなく好きだと言ってしまった。
それは華月の本当に感じたことなのだが、それを本人に伝えてしまった。
(……どうしよう。変に思われるか??)
しかし、下手に誤魔化したりするのもおかしいので、普段の華月ならどうするかを考える。
「そうか! なら、今後も香は要らないと思うぞ! そのままが天花らしいしな!!」
少し演技が過ぎたかと思ったが、天花はありがとうと礼を言ってくれた。その声は、小声だったがとても嬉しそうに聞こえたのは華月の思い違いではないだろう。
急いで先を歩く天花に並び、顔を見る。すると見上げてくれた天花はニコリと笑いかけてくれた。
修練場に着くと、案の定、天花は子天狗に囲まれ質問攻めにあっていた。
キャァキャァと嬉しそうな子天狗に、天花は嫌な顔などせずに対応している。それを華月は少し離れた木影に腰を下ろし眺めていた。
「鬼様、鬼様! お名前はなんですか?」
「天花です。よろしくね」
「鬼様は偉いの?」
「いいえ、全く。なので子天狗の皆さんが私に色々と教えて下さい」
その天花の言葉に子天狗達は目を輝かせ、様々な術を披露し始めた。危ない術では無いので、華月もそれを黙って見ている。
修行者の受けている修練と比べると、小さく大したことのない術だが、天花は一つ一つ丁寧に驚き褒めて微笑み頭を撫でる。
(いや、菩薩かよ。すげぇな……)
子天狗相手が得意な華月ですら永遠と続くそれに飽きてくるのに、天花は全く飽きたりすることは無いようだ。
それに、子天狗達の不躾な言葉にも天花は優しく対応している。
「えー、天花様は鬼様なのにこの術を知らないの? 田舎鬼なの??」
「そうなんです。ここよりもずっとずっと田舎の山で大切な方々と暮らしているので、知らないんですよ。えぇ?! そんな凄いことも出来るんだね? 怖くないの?」
「怖くなんかないよ! だって、お空を飛べるんだから!! あれ? 天花様は鬼様だからお空は飛べないの??」
「えぇ、残念だけど。私には天狗のような羽は持っていないので」
そんな様子を眺めていると、ねね坊が華月の隣に座った。
「どうした?」
満面の笑みのねね坊は子供らしく、愛らしい表情だ。しかし、ねね坊はただにこにこしながら座るだけで、華月は首を傾げた。
「どうしたんだよ。何か良いことあったんだろ?」
「んふ、んふふ、はい。ありました」
余程、天花と会えたのが嬉しかったのだろう。ねね坊は今度は華月と天花を見比べるように首を動かす。
「なんだよ、教えろよ」
「へへ、へへへ、ふふ、華月様はさ。天花様が大好きなんだね!」
「おう、良い奴だろ?」
やはり、天花の優しい性格が気に入ったのだろう。だからそれを、誰かと共有したかった。子供らしい思考だ。
しかし、ねね坊は次に華月の思いもよらない発言をした。
「うん、優しくて大好きです。早く華月様のお嫁様になるといいね。そしたら毎日会えるのに」
「……え? よ、め??」
「はい!! 華月様は天花様を特別大好きって見て分かります!! 特別なのでお嫁様になってもらうんでしょ?」
「へぁ? え?」
天花を可愛いと思っているし、特別気にかけているが、そんな意味では無かったはずだ。……そう思いつつ、顔を動かし天花を見る。
すると、華月の瞳に子供と触れ合いながら満面の笑みを浮かべる天花が映った。
(――ッ!!)
胸が弾けたような、そんな感覚に思わず胸の辺りの着物を掴む。過去にも見たことのある笑顔が、今はまるで天女のように感じる。
あのまま、羽衣を着て飛び立って行ってしまうのでは……。そう思った時、本当に天花が飛び上がった。
「――え!?」
子天狗らに支えられ、天花は空に浮かぶ。まだたかが屋根程の高さなので、落ちても天花ならば受け身を簡単に取れるだろう。
しかし、華月はそれ以上に天花が空に帰ってしまうという不安に駆られ、飛び出した。
そして子天狗の上から天花を引き上げ、胸に抱く。
「え――!? どうしました?」
驚いた天花は目を白黒させながら問いかけてくる。まさか空に帰っていく天女に見えたなど言うことはできず、華月は視線を子天狗らに向けた。
「あ、いや、ほら危ねぇから。こいつらだけだとな?? まだ全然力も足りないし。だから、飛ぶのは俺が支えてやる」
「……どうも、あ、ありがとうございます」
ぎゅっとしがみつく天花をさりげなく引き寄せ、表情が見えないように隠した。
ドクドクと煩い心臓の音は……きっと華月自身のものに違いない。天花への想いを自覚した華月は、どうかこの音が天花に伝わらないでくれと願ったのだった。
華月としてもそれで良かったと思っている。他の修行者が下手に天花と仲良くなるのは、面白くないからだ。
しかし、そんな中でも例外がいる。
九州の梟、翡翠だ。たまたま空いていた天花の隣の席に座ったがために、天花と同室になり、修練でも座学でも……どこに行くにも天花と翡翠は一緒にいるようになってしまったのだ。
その上、翡翠は修練は飛び抜けて素晴らしく、華月が学ぶこともあったという程だが、座学は全く……本当に何故だと問いただしたくなるほど全くもって出来なかった。なので天花と翡翠は、修練では教えてもらい、座学では教えてやるという持ちつ持たれつの関係をあっという間に築いてしまっていた。
そうなると、なかなか華月の入る隙がない。ただでさえ、天花以外にもいる数名の真面目な修行者の相手をしたり、準備をしたりと忙しい。
たまに隙を見つけては天花に会いに行くが、ことごとく翡翠に邪魔をされる。いや、翡翠は邪魔をしているつもりは一切無いのだろう。楽しそうに会話に入ってくるので、多分間違いない。
それが余計に華月をイラつかせるのだった。
(マジで、そろそろ天花と二人で話したい……)
自室の縁側であからさまに項垂れていると、ポンと小さな桃色の花が膝に乗せられた。
「お。どうした? ねね坊」
「華月様、お疲れのご様子です」
「はははっ、ねね坊はよく気付くな。その察し能力をあの梟にも分けてやってくれよ」
稚児衣装を着て、まだ幼い羽を背で揺らす子天狗のねね坊は、ぶぅと頬を膨らませる。
「嫌です。ねね坊のはねね坊のなので、誰にも渡す分はありません!」
可愛らしい子天狗の意見に、それもそうだなと頭を撫でてやると、ねね坊はハッとしたように目を煌めかせた。
「でも!! でもね、華月様!」
「どうした?」
「でも、ねね坊はあの方になら分けてもいいですよ」
「あの方って誰だ?」
「えっと、お名前……えっとえっと、真っ白の着物と羽織をお召になった美しい鬼様です」
「え……??」
まさかここで天花の話が出るとは思わず、開いた口が塞がらない。しかし、そんなこちらを気にせず、ねね坊は話を続けた。
「この前、ねね坊はうっかり転んで泣いてしまったのです。その時、その鬼様が手当して下さって、あとお菓子もくれました! 自分で作った飴だから美味しくないかもって仰ってましたけど、とっーても美味しかったです!! あの鬼様ならねね坊のを分けてもいいです!!」
「へぇ、天花がなぁ」
一瞬の不思議に思ったが、天花なら当たり前の行動だとすぐに考え直した。天花と風花と六花は三つ子ではあるが、性格は全く違う。そんな風花と六花を、天花が面倒をみている場面に遭遇したことがあるからだ。それに天花の性格は『冷たい』というわけではない。ここでは真面目にしているがゆえに、冷徹に感じている者もいるらしいが、根はとても優しい奴だ。
「天花様、そうです! またお会いしたいなぁ」
ふふふと口元に手を当てて笑ったねね坊の言葉に、ふと思い付きねね坊を抱き締めた。
「お前!! ねね坊!! 最高だな!!」
「ん!? 華月様??」
「そうだよ。会いたいよな?? なら会えばいいんだ!!」
「んぅ? はい!! 分かりませんけど、華月様が元気になるならお会いになりましょう!!」
「そうだよ!! そうしよう!! 今日――は無理でも明日なら自由な時間があるはずだ!! よし!!」
庭に立ち、ねね坊を高い高いをするように空に放り投げる。普通の人間なら虐待だが、子天狗には最高のご褒美だ。キャッキャッと笑いそのまま「華月様、またね」と飛び去っていった。
翌日、華月は天花を探しに書庫に来てきた。
予想通り天花は書物を真剣に読み耽り、その横で翡翠も何かしら広げている。
(何もしないわけじゃないのに、梟はなんであんなに座学ができないんだよ)
ふとした疑問が浮かんだが、今はそれを解決するために来たわけではない。まずは、天花と翡翠を離すところからだ。
「よぉ。天花、翡翠」
「華月様」
「おお、華月殿」
華月は最初こそ皆に敬称を付けていたが、慣れないことはするものではないと思い、余程目上の修行者でなければ全員呼び捨てにしていた。
逆に、翡翠は全員に敬称を付けている。……しかし、天花以外だ。天花だけ呼び捨てにしている、それがまた華月は気に食わなかった。
「珍しいですね。書庫にいらっしゃるなんて」
「人探しだ」
「誰ばと?」
首を傾げる二人の前に立ち、翡翠を見る。
「どぎゃんした?」
「兄上が探していらした。補講の時間じゃないのか?」
少しの間の後、翡翠はバッと立ち上がった。
「まずかぁ! 忘れとった!!」
「講堂でお待ちだ。早く行くといい」
「華月殿、天花、失礼する!!」
適当に机の上の紙を袋に詰め込み、翡翠は風のように去っていった。
翡翠の補講は、もちろん裏で手を回したからだ。悠月に、座学は基礎だから下位の十名は補講で補うべきではと提案したのだ。
理由としてはもっともなので悠月も特に反対することはなく、今回が初の補講だ。さらに週一回、補講をすることになったので、週一で翡翠不在の天花と二人の時間が作れるのだ。
(まぁ、俺も別日に補講しなきゃならなくなったけど。それはそれ、これはこれ)
先程まで翡翠が座っていた場所に腰を下ろすと、天花は書物を閉じて立ち上がる。
「おいおい、どこいくんだ?」
「え? 華月様がお使いになるなら、私は邪魔でしょうし……」
「えぇ……俺、お前のこと邪魔扱いしたことないじゃん」
そう言うと、目を瞬かせ天花の口元が優しく弧を描く。
「確かに。そうですね」
「天花。俺は今から子天狗の修練場に行くんだけど、一緒に来ないか?」
「子天狗、ですか? しかし、修行者の行動範囲は決められていますので」
「いいって。子天狗の所に行くのを制限してるのは、子天狗達が遊びたがるからってだけだから。俺も一緒だし。それにほら子天狗の訓練見たら、蓮の赤様にどんな風に教えりゃいいか分かるだろ? な??」
少し強引過ぎたかと思ったが、天花はあっさりと「いいですよ」と了承してくれた。それに驚いたのを天花も感じ取ったのだろう。慈しむような優しい笑顔を浮かべ、ふふっと笑った。
「先日、私の部屋の近くで子天狗さんが転んで泣いていたんです。あの子の怪我が良くなったのか、気になっていたんです」
「なるほど。その子天狗の名前はねね坊だ。俺にも天花が飴をくれたと教えてくれたよ」
「え!? あぁ、黙っていてねと言ったのに……」
「どうして? 美味かったって喜んでたぞ?」
立ち上がり、天花を見る。今は高下駄を履いていないので一気に顔が近くなった気がする。
「私が砂糖と色々と調合した蜜を混ぜて作った自作ですし、渡した後に、勝手に食べ物を渡すのは良くなかったと……だから黙っていてとお伝えしました」
「そんなことか。アイツら山に行っては勝手に木の実とか食ってるから、気にするな。さ、行くぞ」
天花が抱えた本を奪い、歩き出す。自分で持つからと言ってきたが、笑いながら欲しければついて来いとふざけてみた。
すると天花も華月の周りを跳ねるように一周した。
「天狗の里の人気者を荷物持ちに出来るなんて、私は何者なんでしょうね」
くすくすと笑い前を歩く天花の髪がふわりと風に揺れる。後ろに組んだ手は白く美しい。白い羽織も背筋を伸ばした天花を更に魅力的にしているように見えた。
……風に乗ってきた天花の香りが、華月の鼻をくすぐる。その香りを思わず胸いっぱいに吸い込んだ。
「天花、お前は何の香を焚いてるんだ?」
「え? 香ですか?」
「あぁ、凄く良い香りだ。花のように甘いのにどこか爽やかで、珍しい香りだな。この香、好きだな」
「………………」
立ち止まり振り返った天花は驚いた顔をしていたが、すぐに前に向き直ってしまった。どうしたのかと華月が顔を覗きに行こうとすると、それを阻止するように早足で歩き出してしまった。
しかし揺れた髪から見えた耳は真っ赤に染まっている。
「香は……使ったことがありません」
「え?」
それ以上は答えてくれなかったが、思わず華月も顔を真っ赤に染めてしまった。
香を使ったことが無い天花の香り。それはただただ天花本人の香りということになる。それを恥ずかしげもなく好きだと言ってしまった。
それは華月の本当に感じたことなのだが、それを本人に伝えてしまった。
(……どうしよう。変に思われるか??)
しかし、下手に誤魔化したりするのもおかしいので、普段の華月ならどうするかを考える。
「そうか! なら、今後も香は要らないと思うぞ! そのままが天花らしいしな!!」
少し演技が過ぎたかと思ったが、天花はありがとうと礼を言ってくれた。その声は、小声だったがとても嬉しそうに聞こえたのは華月の思い違いではないだろう。
急いで先を歩く天花に並び、顔を見る。すると見上げてくれた天花はニコリと笑いかけてくれた。
修練場に着くと、案の定、天花は子天狗に囲まれ質問攻めにあっていた。
キャァキャァと嬉しそうな子天狗に、天花は嫌な顔などせずに対応している。それを華月は少し離れた木影に腰を下ろし眺めていた。
「鬼様、鬼様! お名前はなんですか?」
「天花です。よろしくね」
「鬼様は偉いの?」
「いいえ、全く。なので子天狗の皆さんが私に色々と教えて下さい」
その天花の言葉に子天狗達は目を輝かせ、様々な術を披露し始めた。危ない術では無いので、華月もそれを黙って見ている。
修行者の受けている修練と比べると、小さく大したことのない術だが、天花は一つ一つ丁寧に驚き褒めて微笑み頭を撫でる。
(いや、菩薩かよ。すげぇな……)
子天狗相手が得意な華月ですら永遠と続くそれに飽きてくるのに、天花は全く飽きたりすることは無いようだ。
それに、子天狗達の不躾な言葉にも天花は優しく対応している。
「えー、天花様は鬼様なのにこの術を知らないの? 田舎鬼なの??」
「そうなんです。ここよりもずっとずっと田舎の山で大切な方々と暮らしているので、知らないんですよ。えぇ?! そんな凄いことも出来るんだね? 怖くないの?」
「怖くなんかないよ! だって、お空を飛べるんだから!! あれ? 天花様は鬼様だからお空は飛べないの??」
「えぇ、残念だけど。私には天狗のような羽は持っていないので」
そんな様子を眺めていると、ねね坊が華月の隣に座った。
「どうした?」
満面の笑みのねね坊は子供らしく、愛らしい表情だ。しかし、ねね坊はただにこにこしながら座るだけで、華月は首を傾げた。
「どうしたんだよ。何か良いことあったんだろ?」
「んふ、んふふ、はい。ありました」
余程、天花と会えたのが嬉しかったのだろう。ねね坊は今度は華月と天花を見比べるように首を動かす。
「なんだよ、教えろよ」
「へへ、へへへ、ふふ、華月様はさ。天花様が大好きなんだね!」
「おう、良い奴だろ?」
やはり、天花の優しい性格が気に入ったのだろう。だからそれを、誰かと共有したかった。子供らしい思考だ。
しかし、ねね坊は次に華月の思いもよらない発言をした。
「うん、優しくて大好きです。早く華月様のお嫁様になるといいね。そしたら毎日会えるのに」
「……え? よ、め??」
「はい!! 華月様は天花様を特別大好きって見て分かります!! 特別なのでお嫁様になってもらうんでしょ?」
「へぁ? え?」
天花を可愛いと思っているし、特別気にかけているが、そんな意味では無かったはずだ。……そう思いつつ、顔を動かし天花を見る。
すると、華月の瞳に子供と触れ合いながら満面の笑みを浮かべる天花が映った。
(――ッ!!)
胸が弾けたような、そんな感覚に思わず胸の辺りの着物を掴む。過去にも見たことのある笑顔が、今はまるで天女のように感じる。
あのまま、羽衣を着て飛び立って行ってしまうのでは……。そう思った時、本当に天花が飛び上がった。
「――え!?」
子天狗らに支えられ、天花は空に浮かぶ。まだたかが屋根程の高さなので、落ちても天花ならば受け身を簡単に取れるだろう。
しかし、華月はそれ以上に天花が空に帰ってしまうという不安に駆られ、飛び出した。
そして子天狗の上から天花を引き上げ、胸に抱く。
「え――!? どうしました?」
驚いた天花は目を白黒させながら問いかけてくる。まさか空に帰っていく天女に見えたなど言うことはできず、華月は視線を子天狗らに向けた。
「あ、いや、ほら危ねぇから。こいつらだけだとな?? まだ全然力も足りないし。だから、飛ぶのは俺が支えてやる」
「……どうも、あ、ありがとうございます」
ぎゅっとしがみつく天花をさりげなく引き寄せ、表情が見えないように隠した。
ドクドクと煩い心臓の音は……きっと華月自身のものに違いない。天花への想いを自覚した華月は、どうかこの音が天花に伝わらないでくれと願ったのだった。
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漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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