【R18.BL】水光接天

麦飯 太郎

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15.格

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 天花と引き離され、華月は思わず手を伸ばそうとした。でも、それを今すべきではないと拳を強く握り膝の上に置く。

「…………」

 深く息を吸い、心を落ち着かせた。

「――事の発端は、我が天狗一族の弱体化にあります。どこの部族や妖も、時代の流れで弱体化に歯止めがかからない。その為、今回の修行者募集は修練は勿論ですが、各部族の交流を深め……妖や神の立場をより強固にしたいという願いのためでした。しかし……それ以外にも父上と兄上は私の嫁候補を探していたのでしょう。今回、天花は座学・修練共に非常に優秀でした。なので目を付けられたのだと思います。……それに、兄上は俺が天花を気にかけていることをご存知でしたから、余計に……。まさか、勝手に嫁候補を探しているとは思わず……私の思慮不足です」
「それで、なんで檻に閉じ込めたんだよ」

 苛立ちを隠しもしない風花は、唾を吐き捨てるような声を出した。
 普段ならば、そんなことをされれば華月も喧嘩腰になるだろう。しかし、その苛立ちは天花を想っての感情だ。大切にされ想われている天花に、思わず笑みさえ出そうになるのを寸でのところで抑え、顔を引きしめる。

「それは……あとわずかで半年の修練も終了します。そうなると私が天花と関わることは本当に少なくなる。しかし、今回の修練で天花の優秀さと……見目の美しさや優しさは皆が知るところとなり……天花と祝言を挙げたい者は続々と出ると考えたのでしょう。だから、強行手段に出たのだと思います」

 沈黙が部屋を包む。何も言わない天花は今、どんな表情をしているのだろうか。恭吾の後ろで、物のように扱われ憤慨しているのか、それとも、天狗の里の馬鹿な策に呆れているだろうか。
 話をしている最中は顔を上げていた華月も、沈黙で目を伏せた。

「……強行で天花さんを閉じ込め、犯し、孕ませようと?」
「蓮……様?」

 普段の蓮からは想像出来ないような、低い声が沈黙を破る。その声色に驚いたのだろう。天花が恭吾の後ろから顔を覗かせたが、すぐにまた隠されてしまった。
 視線を蓮に戻すと、冷たい瞳と視線が絡む。その怒りに燃えつつも凍りついた湖のような瞳に、華月は首を締められる感覚がした。

「……いや、兄上もそこまでは……」
「は? じゃぁ、閉じ込めて仲良く茶でもしばこうとしてたのか? さっき言ってた香とやらはきっと邪淫の類だろ。クソ野郎が」
「言葉が悪いですよ、風花さん」

 風花を制した蓮だが、その蓮もまだ言葉も視線も強いままだ。もう何も言うことは無い。これ以上の弁明はただの言い訳であり、華月自身の保身にしかならないからだ。
 そんなことはするつもりもない。己の身を守りに来た訳ではないのだ。
 膝の上にあった拳をそのまま畳に下ろし、畳に付くほど頭を垂れる。

「――!?」
「天花。本当に悪かった。一族を代表し……俺では全く足りないかもしれないが、心から詫びを申し上げる。天花の心の憂いが晴れるまで、天狗の里は何でもすると誓おう」

 絹の摩れる音がした。それに誰かが立ち上がった気配もするが、畳しか見ることの出来ない華月には分からなかった。
 しかし、殴られようと蹴られようと、罵られようと致し方ない。覚悟の上で、ここにいるのだ。
 立ち上がった気配は目の前に座り、華月の拳に触れる。その手の感触で、それが天花なのだと分かった。

「華月様、頭を上げて下さい。あの時、私は確かに怖かったです。それに怒っていました。まず檻から出して欲しかったのに、悠月様の所へ行っちゃいましたからね」

 その言葉に、華月の肩がピクリと揺れる。引き返し変えることの出来ない事実に、胸が締め付けられる。

「――ッ」
「でも、それは悠月様という人となりを私が知らなかったからです。華月様は、悠月様が私に害を成すとは思っていなかった。だから先に解錠法を聞きに……そして、悠月様を殴りに行ったのでしょう?」
「そ……うだ。でも……言い訳に過ぎない。あの場で、檻に囚われた天花を見捨てたのには……変わりがない」
「ほんっとだな。最低」

 絞り出したような華月の言葉に、風花のキツい一言が降ってくる。それを蓮が小さな声で「こらこら」と制しているのが聞こえた。
 だがしかし、その通りだ。

「……その、もう一度、やり直すことは出来るだろうか。天花から信頼を得たいんだ」

 見捨てた男が何を言っているんだ。信用に足らない。俺ならばきっとそう言うだろう。分かっていても、それでも、天花ともう一度最初から関係を築ける機会が欲しかった。
 握り締めた拳の力を強めると、拳に触れていた天花の手が今度は両手で華月の頬を包んだ。そして、促すようにゆっくりと顔を上げさせられた。
 とても情けない顔をしているだろうと、華月は視線を逸らす。

(きっと、酷く頼り甲斐のない顔だ)

 しかし、そんな顔を見た天花は優しく微笑んだ。

「華月様。やり直すも何も、壊れてませんから」

 逸らしていた視線を天花に戻す。微笑んだのは分かっていたが、それを直視すると今度は全てを許して貰えたような気になってしまった。

「――ッ天花! なら俺と!」
「しかし、私は嫁になれません」
「な、んで?」

 嫁にとまで言うつもりはなかった。今はただ、友人に戻れればそれで良いと思っていたが、天花からの思わぬ返答に華月は言葉を詰まらせた。

「何故も何も、華月様は天狗の里の若君。私は……田舎の山のただの小鬼です。格が違いすぎます」
「本気で言ってるのか?」

 格、確かに妖も鬼も神も、古臭い格付がある。だからと言って格が低ければ見下す訳では無い。それによって各々の役割が違う。それだけだ。
 しかし、婚姻となるとまた別の話だ。
 人間が蔓延る世になり、弱まった妖力や血統を守るために……良い格の者はより強くなることを望む傾向は確かにある。

「事実ですから」
「……なら、その格の問題がなければ、俺と友人に――いや、俺との祝言を考えてくれるか?! 俺を好いてるなら、俺とそうなることを望んでくれるか?」
「え? あ、その」
「どうなんだ!? 俺は天花を好いている!! 愛してる!! お前が欲しい!! いや、そうじゃない。俺の全てを天花に渡したって構わない!! 天狗の長は天狗としか婚姻出来ないって話だけど、そもそも長が許してるから何も問題もない!!」
「なぜ、そこまで……私を好いてくれる理由が分かりません」
「――そ、それは、いや、その」

 それを今、蓮の前で赤裸々に話すことはいつかの天花との約束を破ることになる。そう思い、華月は言葉をどもらせてしまう。
 その様子に初めて六花が口を開いた。

「ほんっとにさぁ、華月様は天花が好きなのぉ? 理由も言えないんじゃん」
「違う!! 言えないんじゃない!! 今は言わないんだ!!」

 叫ぶような言葉に、天花は何かを察したらしい。目の前でふんわりとした笑みを浮かべ「それでも」と言葉を被せる。

「それでも、私が貴方を想っていても、華月様がどれだけ愛してくれていようと、この格は埋められません」

 これは、試されているのだろうか。
 既に離れていた天花の手を取り、距離を詰め、黒く美しい輝く瞳を覗き込む。

「格の問題だけだな? 今の話から察すると、天花は俺を想っているんだな??」
「え、あ、え?? は、はい……」
「~~ッ!! 言質取ったからな!! 聞いたな!? 蓮、恭吾、風花に六花、皆聞いたな!?」

 まるで何もかもが上手くいった気分になった。まだ冬にすらなっていないのに、春の風が暖かさを連れて来たように華月の心が浮き足立つ。
 握っていた手を離し、きつく抱き締め、瞳を輝かせながら天花を見つめる。

「なら問題なんてないじゃないか!! 祝言はいつがいい!?」

 苦しそうにもがいた天花は、こちらを見上げて眉を寄せた。

「……何も解決してませんが……」
「俺が知らないとでも思ったのか?」
「何がですか?」
「え? 俺は試されてたんじゃないのか?? さすがに、そのくらい知ってるぞ?? っていうか皆が知ってるだろ」
「え??」

 まさかの事態に、華月は驚きの表情を見せた。
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