異世界で出会った王子様は狼(物理)でした。

ヤマ

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11.詭弁を弄する大人達

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 俊はそろり、と部屋から一歩踏み出した。
 お高いだろう絨毯が五センチほど沈み俊の目論見を助けてくれる。

 朝の八時三十分。

 最近すっかり板に付いた抜き足だが、今朝は一段と力が入る。
 なぜならば一時間ほど寝坊をしてしまい、そろそろ侍女や他の壁ドン勢――王子様――も徘徊し始める時間だ。
 王子は下界へ降りる際は最低一人は従者をつけることになっている。
 第二十王子などは全く守らず奔放に出歩いているし、厳しい罰則などはないのだがルールを破っている身にふさわしくコソコソしてしまう。

 秘密の抜け道があるのは東塔二階から一階へ向かう踊り場。

 ゲーム中盤で第一王子がヒロインを連れてお忍びでデートする際に使用されるのだが、今のところ誰も通った気配はない。
 俊のいる南塔から東塔へ続く連絡通路を通り抜け、なるべく人気の無い廊下を選び目的の場所へと歩く。
 できるだけ自然に、城の外へなんて出ません中庭へお花でもつみに行きますよの体でかつ早足で移動する。階段を降り、もう少しで踊り場へ辿り着く。
 よし、人はいなさそう……。

「どうしたんだ?」
「ぎゃ!」

 不意に背後から低い良い声がして尻餅をついてしまった。
 振り返れば思った通り金髪碧眼のご尊顔がそこにおはした。
 すわまた壁ドンの危機かと身構える前に眩しい様相に一瞬呆気にとられた。
 ほどよい長身とバランスのとれた体、キラキラと日の光を浴びて輝く金色の髪、美しい白い肌、ペリドットの瞳。
 王子様の中の王子様、第一王子のセオドアだ。

 この乙女ゲームで一、二を争う人気キャラで、トップの立ち絵で文句なしのセンターに陣取っている。
 『俺は手に入れる。国も、お前も――』なんていろいろな意味で赤面する台詞をイケボイスが囁くのを何度も聞いた。

「えっと、大丈夫です」

 自然に差し出された手をとる。
 スマートな所作は流石だ。だが立ち上がって本能的に一歩後ずさってしまう。

 夢物語の王子様もかくやといった彼だが、実は一つでも選択肢を誤るとヤンデレ化して監禁エンドまっしぐらなのだ。

 しかも監禁場所は茨が巻き付いた装飾過多な鉄製の鳥かごだったり、真っ白な百合が咲き乱れる庭園がある東屋だったり、何種類もあって制作者は一体何処に力を入れているのだと頭を抱えてしまった。
 だが攻略するのは死ぬほど簡単だったりする。

 しかも壁ドンが人一倍多いのだ。

 だいたいこのゲーム、気障な台詞も壁ドンも頻回にすぎる。
 適宜使うから威力があろうというものだ。安売りしてはいけない。
 ヤホー知恵袋でも発言大町でも絶対みんな味方してくれるやつだ。

「本当にどうしたんだ?」

 つらつらと逃避していたら不思議そうに覗き込まれた。

「あれが気になるのか?」

 碧眼はしっかりと正気を保っており、どうやら壁ドンイベントは発生しなさそうでほっとする。
 思い起こせば何度か会話したが、迫られたことはない。

 セオドアが踊り場の壁を指差していた。
 確かに俊の視界の先にあったそれは大人の身丈ほどもある大きな油絵だった。

 部屋にあるのと同じような雰囲気だ。
 鈍色の鎧を纏った男が、大きな獣に金色の光を纏う長剣を突き立てていた。
 獣は荒れ果てた地に伏し、血を流し絶命していた。

 今まで抜け道を使うために人に見られないかばかりを気にしていて、絵の存在にすら気がついていなかった。
 迫り来るような凄惨な描写に俊はごくりと喉を鳴らした。

「そ、そう。この動物何かなと思ってたんです」
「狼に決まってるだろ」

 ものを知らぬ弟に諭すようにセオドアは笑った。
 戦場で砂にまみれたのか銀色とも金色とも付かない毛皮だが、確かに突き出た鼻や三角の二つの耳に鋭い歯は狼と言えなくもない。
 だが動物園やディスカバリーチャンネルで見るような狼とは大きさも禍々しさも異る。

「引きこもってないでたまには外へ出て見聞を広めた方が良いぞ」

 向けられた笑顔に嫌味はつゆほども無く、本当に心配しているのが窺えた。

 正直言って俊は彼がお気に入りだった。
 蛮族や魔物討伐からの凱旋時、馬上から笑顔を振りまくスチルは格好いいなと憧れたし、彼こそが次期王だと民衆を引きつけるのも頷ける。
 だが、遅刻している今は早くどこかへ行って欲しい。

「そうします。ところでセオドア兄さんはどこかへ行くところですか?」

 無邪気を装い水を向けるが、セオドアは聞いていないようでじっと俊の腰元を見ている。

「お前、護符の剣はどうした?」

 俊はギクリとした。
 四番街にある闇市で落としてそれっきりだ。

 盗まれて売られているにしても、王族の印入りだから公には扱えないだろうし、どっちみち闇市に行かなければならない。
 昨夜普通の市場で場慣れしたら、今日辺り闇市へ行ってみようと思っていた。
 だがまだヒロイン代行の呪いが解けていないことが判明したため、短剣捜索は暗礁に乗り上げている。

 先日教育係に聞いたが、護符の剣は、持ち主の力を吸収し成長していわゆる御守りのような役目を果たす大事なものらしい。無くしたと知れれば大目玉である。

「アー本当だー、忘れてキチャッター。俺取りに戻りますね!」

 見事な程の棒読み台詞の後、俊は追及を避けるため挨拶もおざなりに一階へ向かって階段を駆け下りた。

 数分気、俊は誰も居なくなったのを確認してからまた階段を上がり、ようやくあの馬鹿らしい呪文を唱えることができた。



「珍しいな、お前が遅刻とは」

 市場の入り口の少し奥、いつもの場所に息せき切って俊が現れると、出迎えてくれたのはディアンだった。
 クレイグで無いことにほっとしてしまう。

「ちょっと待っててくれ」

 彼は馬車の横でカリア――あの珈琲に似た飲み物だ――片手に紙袋に入った白パンを頬張っている。
 俊が来ないので市場で朝ご飯を買ったのだろう。

「いやこっちこそごめん。ゆっくり食べて」

 俊は一人窓の無い馬車に乗りこみ、ようやく一息吐いた。
 柔軟な勤務体系が有り難かった。
 だがディアンを待たせた事実は変わらないので彼が斜向かいの席に座るともう一度謝った。

「一度謝ったんだ。それで良い。それより新しく美味いパン屋ができてたぞ。お前さんのお陰で見つけられた」

 ディアンはそう言いながら袋のパンの一つを俊に差し出した。
 彼は見た目に反して、とても仲間思いで器も大きい。
 にか、と悪人面に笑みが広がった。親しみやすさが増す。

 俊も差し出されたパンに手を伸ばした。
 朝ご飯を食べ損ねたので柔らかい麦の香りがありがたかった。

「そう言えば、ディアンは狼国行ったことある?」

 パンを頬張りながら何気なく俊は聞いてみた。
 途端、ディアンの表情が強ばった。
 次のパンを選んでいた手が止まり、黒い瞳が俊を警戒心剥き出しで見つめていた。

 実は彼がクレイグの元護衛で、彼が出奔する際に一緒に着いてきたことは知っていた。だがまるで俊が禁忌を犯したとでも言うような反応に面食らった。

「え、っと。俺、世間知らずだから蝶国から、と言うより自分の屋敷周辺から出たこと無くて。狼国は隣だし、死ぬまでには行ってみたいなーと思ってさ」

 必死で何も知らない朴訥な青年を装う。
 そもそもセオドアとの話で彼の国の象徴である狼が出てきたので、口をついて出ただけだ。本当に他意は無かった。

「友人がそこにいてな、今もたまに顔を出す」

 ディアンはまたもとの豪快な笑みを見せてくれた。ホッとして俊はまた白パンを一口かじる。

「狼がモチーフだし、格好良いよなぁ。しかも誰が使っても良いなんて太っ腹。うちなんて王族以外使えないし」

 まぁ使えたとしても蝶なので男である俊が日常で使うかと言えば否だろうが。

「ここであんまり狼を褒めん方が良いぞ」

 こくん、と柔らかい生地を飲み込み困ったように頭を掻いているディアンを見る。

「狼は創世の王に宿った心の闇の象徴だ。お前さんほどの教養があるなら蝶国の神話を読んだことくらいあるだろう?」

 ディアンの不思議そうな視線に俊は曖昧に頷くと「知らんのか」と驚かれた。
 俊の家は特殊で、箱入りのお坊ちゃまであり、少し違った教育体系を取っていると思われているので、神話についてもその延長線上ということにしておいた。
 ディアンの疑念は晴れたようだが、今度は俊が考え込んでしまう。

 一応は友好的な関係を築いている隣国が狼を冠しているのに、蝶国の創世神話で狼は絶対的な悪なのか。
 狼国の使者が現れるだろう王の城には狼を殺す絵画が飾られている。
 俊が狼国の使者ならば喧嘩を売られていると思うだろう。
 なんだか腑に落ちない。

 ディアンに疑問を投げかけると少し逡巡した後で教えてくれた。

「絵画なんかで殺されているのは魔狼と言うことになっとる。狼国の聖なる獣とは違う存在だ、と。詭弁だが大人の世界はそうやって折り合いをつけるもんだ」
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