異世界で出会った王子様は狼(物理)でした。

ヤマ

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13.月に一度の......?

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 懸賞金稼ぎ集団に属していると要っても俊は荒事に引っ張り回されることはない。
 魔力ゼロの数学オタクに頼るほど戦闘力に不自由はしていない。
 だから俊は日がな一日 数字と向き合ったりスウィに貢いだり、カールの新作料理の味見役をしていたりする。
 とても平穏無事な日々だ。

 クレイグとは実は馬車の外で話して以来、一週間ほど会っていない。
 定期的に彼は数日続けて休みを取るらしい。

 持病持ちなのかと思ったが、ディアンいわく特殊な方法で魔力の補充をしているとのこと。
 俊が感じた雰囲気の違いは魔力の増減によるもののようだ。

 囲ってる女に会っていろんなものを補充してるんじゃないかって俺は睨んでるんだけどな。とギンが下世話なことを言って、アイスを頬張っていたエバンにお前じゃあるまいしと冷淡に突っ込まれていた。

 彼らの会話を思い出してペンを走らせていた指が止まる。

 女……ヒロインだろうか。
 いや、と俊は首を振った。俊の壁ドン被害は収まっていない。
 それでは別の女性か。

 クレイグが選ぶ女性はどんな人だろう。
 きっと俊が相まみえたこともないような美人なのだろう。

「……デジタル計算機とまでは言わないけど、卓上で使える補助的なものが要るよなやっぱ」

  無理矢理思考を仕事に戻し、俊は独りごちた。
  クレイグに恋人がいたらヒロインとくっつけるのに手間取る。だから不安なだけだ。

 慢性化した肩の凝りをもみほぐしながら隣で置物と化している金属の塊を見る。
 一応計算の助けになるような機器はあるにはある。
 いやあったと過去形にするのが正しい。

 家庭用プリンターほどの大がかりな機械で歯車が表面に整然と並んでいる。使い方が分からないとの理由で使われなくなり、そのうちギンの手により部品が一つ二つと武器の修理のため使われていき、今ではうんともすんとも言わない。

 計算機を新調することも考えたが、市場で見かけた同タイプのものはなかなか高価だった。
 俊が使いこなす時間や、乗除算は正確性が低いなどの費用対効果を考えるとあまり良い買い物ではない。出納係としては悩ましいところだ。

 打開策を考えなければ。
 俊の肩こり解消は勿論のこと、ここで良いところを見せればクレイグの心証も好転して、ヒロインとの仲を取り持つのに役立つはずだ。

「どうした? 流石のお前も数字に飽きたか?」

「だから飽きてないって。なんでみんな同じ質問するんだよ」
 仕事先から一足先に帰宅したギンが俊の帳簿を覗き込みながら茶化してきたので、半目で応対する。
 毎回飽きてないと答えるのだが今のギンのように「飽きてないの??」と引かれ気味になるのも納得がいかない。

「まぁ良いや。それより丁度良かった! 作ってほしいものがあるんだけど」

 王宮で頼んだとしても怪しまれて面倒なことになりそうだし、市場には一人で行けないし、そもそも世間知らずのお坊ちゃまに見える俊は、法外な値段をふっかけられる気しかしない。
 となればやはり日曜大工兼武器の細工、修理という器用な仕事を一手に任されているギン以外に頼める人材は見当たらない。

「面倒くさそうだから嫌だ」

 だと言うのにギンは俊の描いた完成予想図を見るやいなや、きっぱり言い切った。
 なんでそんな男前な顔で。

「頼むよ! ギン以外いないんだ。この通り! お礼はするしご飯も奢るよ!」
「作ってやれば良いじゃん」

 いつの間にかリビングに入ってきていたエバンがカールお手製クッキーをたっぷり抱え、ハート型のものを一つ頬張りながら口を挟んできた。

「だってなんか同じ形のものを何十個も作らねぇといけないんだぜ」

 ギンは拗ねたようにひらひらと完成予想図をエバンに見えるよう手に掲げた。エバンは興味なさげにそれを一瞥した後、今度は星型クッキーを口に放り込んだ。
 育ち盛りめ。

「だいたいそれがいるくらい計算が大変なのはお前のせいもあるだろ」
「ぐ」

 エバンのド正論に流石のギンも言葉に詰まった。一応俊に対して罪悪感は残っているらしい。

 でもなー、とギンがぶつぶつと絵に向かって何かを言っている。
 そんなギンの体越しにエバンと目が合った。
 エバンがギンを指差し、手でもう片方の手の甲をなで回した。ん? と目を眇めてよく見ていると、今度は跪いてそこにいる誰かを讃えるように掌をひらひらと振った。
 なるほど。

「お前にしか頼めないんだ。お前以上にこれを完璧に作れる巧みな技を持った奴なんて知らないんだ」
「え? そ、そうか?」

 俊の大げさな台詞にギンはあからさまに心を揺さぶられていた。ちらと奥を見るとエバンは我関せずな顔で今度はクマさんを食べているが、頬はヒクヒクと動いている。

「俺の下手な完成図をちらっと見ただけで、作業工程と所要時間が分かるなんてやっぱり俺の見込んだ通りの男だよお前は。匠だよ匠! ギン、いや技の匠様!」
「えーいやまぁそうなんだけどさ」

 という小芝居……もとい交渉を数度繰り返し、ようやくギンは俺に任せろと胸を叩いた。
 完成予想図を広げ、俊の要望を聞きながらギンがそれの横にメモを書き込む後ろでエバンが親指を立てた。俊もそれに同じポーズで応えた。

 ギンはおだてるとチョロい。一つ覚えた。

 何はともあれ作ってもらえるのはとても有り難い。それからしばらくギンの作業場へ足を運び、少し作業が進むと俊は持てる限りの語彙力で褒めまくった。

「もうこんなに進んだのか? 町一番いや王都一番の職人だよお前は!」
「いやーこの、滑らかなフォルム。緻密な芸術品みたい! 技の宝石箱や!」

 テレビのグルメコメンテーターが乗り移ったように口は回った。

「……あやつらは一体何をしとるんだ?」

 ディアンと復帰してきたクレイグの不思議そうな視線、エバンの可笑しくて仕方がないという顔を横目に、結果一週間と少しでそれはできあがった。

***

 さらに二週間後が経った。
 飛躍的に楽になった仕事が一段落した午後、朝から不在だったクレイグとディアンがリビングに入ってきた。
 今日は団員全員が招集されていた。彼らの纏う雰囲気で皆の気が引き締まった。
 彼らの顔を見回し、クレイグが言った。

「あいつの居場所が分かった」

 あいつとはザズのことだ。帳簿の不正が発覚してからずっとロイや他の団員が調査をしていた。
 ギンすら普段のおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、皆とは少し離れた位置に並んだ俊も背筋を伸ばす。まるで映画の閲兵式のようだった。

「今は別のクランにいる」

 立ち行かない農村から腕っ節だけを頼りに夢を見て街に出てきた者は数知れず。
 彼らが協力し合い、暁の霧のようなクランを作っている。ザズの新しい所属先は、なかなかに規模が大きいらしい。

 そして賞金首が五万といる保安隊の悩みの種だそうだ。
 今まで費用対効果の面からそこには手を出してこなかったそうだが、ザズの件で話を付けに行った団員が酷い侮辱を受けて帰ってきたのだ。
 こうなっては普段は温厚――絶対自称だ――な暁の霧も黙ってはいられないというものだ。

「きっちり借りを返して貰うぞ」

 クレイグの低い声に続いた男達の勇ましい鬨の声がこだまする。地鳴りさえ起こりそうなそれに俊の体にもビリビリと電流が走った。
 普段のほほんと俊とお喋りしてクッキーを食べている彼らも戦士なのだと今更ながら実感した。それとともに加勢できない己の非力さが申し訳なくなった。

 遠出のため根城の外で馬を用意しているクレイグの元へ俊は矢も楯もたまらず走り寄った。

「出発前に邪魔してごめんなんだけど、その、大丈夫か?」

 月に一度クレイグは魔力の補充が必要だという。
 前回の休暇から換算するとそろそろだ。
 一ヶ月前と同じように、いやその時よりも更に彼の顔に影が見えたのだ。

 クレイグはまた驚いたような困ったような表情で俊を見返した。
 だがあまりにも心配そうな俊を安心させるためか、彼には珍しく犬歯を見せて笑った。

「ちょっと疲れが溜まっただけだ。これが終わったら休む」

 他の誰も、恐らくディアン以外はクレイグの様子には気がついてない。
 確かに颯爽とした動きはいつもと同じだし、自身が足手まといになるかどうかくらい判断できなければ暁の霧の頭なんて務まらない。

「気をつけて」
「おう」

 軽々と馬に飛び乗ったクレイグから離れる。

「お前が数え切れないほど懸賞金持ってきてやるからな」
「帳簿がすぐにいっぱいになって俊は大忙しになるぞ」

 エバンやギンを筆頭に、嬉しいような嬉しくないような台詞を吐きながら、皆は出かけていった。



 リビングがやけに広く感じる。
 そう言えば一人きりでの留守番は初めてかも知れない。
 何となく落ち着かない気分のまま自分の机に座った。

 ギンに作って貰った秘密兵器――そろばんだ――を引き出しから取り出す。
 数え切れないほどの懸賞金を待ちつつ、俊はやけに重たいそれを片手に去年の帳簿の山を切り崩しにかかった。

「これは2……? いや合計が67だから5か」

 この当時の担当者は高齢で辞めてしまったらしい。
 彼も元商人と聞いていたが、やはりここ数ヶ月前のものに比べれば天と地ほどの差がある綺麗さだ。では何故手直しをしているかというと達筆すぎて誰も判読できないからだ。

 黙々と作業を続けていると不意に腹が鳴った。辺りを見ると誰もいないリビングに差していた西日が陰り始めている。

 確かカールがパイを焼いてくれていた。台所の戸棚から皿を取り出し、カリアを用意してダイニングで一息吐いた。白い湯気から芳しい香りが漂ってくる。
 生地はサクサクぱりぱり、中はジューシーで林檎の歯ごたえもある甘いパイのお陰で、不安は和らいだ。クレイグの体調は気になるが猛者揃いの暁の霧がそうそう痛手を負うことはないだろう。

「脳の栄養補給も済んだし、もう一踏ん張りするか」

 背伸びをして腕をぐるぐると回すと俄然やる気が湧いてきた。空になった皿を洗いカップを手に自席へ戻ろうとしたとき、ふと中央のソファの上に一冊の本が落ちているのに気がついた。
 ここで本を読むのはもっぱらクレイグだ。

 彼はどんな本を読んでいるのだろう。

「いや別に、単なる好奇心だし、片付けるだけだし」

 苦しい言い訳をして手にした本は茶色い皮表紙に表題が凹みによって表現されていた。
 『戦略における陣容』という俊には一生縁の無さそうなタイトルだった。

 前書きに目を走らせてみた。ちんぷんかんぷんだ。
 俊は仏のような顔でそっと表紙を閉じた。

 この話題でクレイグと仲良くなるのは無理らしい。
 せめてフィボナッチ数列の美しさについてとか読んでいてくれれば語り合えたのに。

 規則正しく並んだ棚にぽっかり空いた隙間に本を戻すとするりと収まった。
 仕事が出来る人間は身の回りが片付いているとは前上司の談だが、まさにそうだなと一糸乱れぬ軍隊のような本達を見回した。

 ふと端に隊列を乱すものを見つけた。
 厳めしい本の中で一冊だけ薄く、変形サイズなのか背表紙が飛び出ている。

 ここの本は好きに読んで良いと言われているので、俊はそれを手に取った。
 表紙を見るために角度を変えると雄々しい銀の毛並みを持った狼の絵が空に向かって咆吼を上げているイラストが描かれていた。
 繊細なタッチが革表紙に刻まれ、インクと相まって彼の毛の一本一本が光り輝いているように見えた。

 生成りの羊皮紙を数枚捲ると驚いたことにフルカラーで、また綺麗な瞳をした狼が現れる。
 彼は青白い氷の世界に降り立ち、死んだ木々を悲しそうに見上げていた。隣の頁には先ほどの本よりも大きなフォントが並んでいる。

 これは狼国の本だ。

 俊は確信した。
 先日のディアンとの会話後に調べたのだが、蝶国で発行される本において狼は害獣、魔獣として描かれているものが大半だ。
 基督教圏で十三が不吉な数字であるように、人々の信仰心に狼は倒すべき敵として刻まれているのだ。

 俊は本の挿絵に見入っていた。
 こんなに勇ましく美しい狼を蝶国の人々は受け入れないだろう。

 クレイグが産まれた国の本。
 興味を引かれた。
 俊はソファに腰を落ち着け、表紙を捲った。
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