42 / 92
41.彼が生まれた日
しおりを挟む
「王子だってバレたら流石に雇ってもらえないだろうと思ってたんだ。そのうちみんなの王政に対する不満を聞いてたら言い出せなくなったんだ。でも手に職を付けたいとか、占いみたいなものでクレイグを見つけたとかは嘘じゃない」
東屋に沈黙が落ちた。心音が再び音を立て始める。クレイグが口を開くまで、いやに長く感じた。
「まさか王子だとは思わなかったから驚いたが、その点については怒ってない。仕事も申し分なかった。王子様が片手間に冷やかしに来たとは誰も思ってない」
「え……」
どすん、とクレイグが俊の横に居丈高に腰掛け、但し、と厳しい顔を俊に近づけた。
「俺たちが怒ってるのは正体がバレてお前が勝手に消えたことだ。俺たちが怒ってると、お前が王子だからって態度を変えると勝手に決めつけて相談もせずに。ちゃんと皆に謝れ」
思いがけない叱責に俊は目を瞬いた。
「帳簿がたまってるぞ」
厳しい顔が剥がれ落ち、にやりとクレイグが口角を上げた。それはつまり。
「……それにお前が正体をばらしたのはエバンの、それに俺のためだろ。俺たちにもちゃんと礼を言わせてくれ」
甘さを増した声に俊が目を見開くと、胸が詰まるほど真摯な視線が返された。
「俺の秘密を守ってくれて有り難うな」
優しく弛緩した目元に目頭が熱くなる。
いつも守ってもらってばかりだった彼をずっと守りたいと思っていた。それなのに発情期でさえ彼は俊を守るように優しく苦痛を与えまいと耐えている。やっと俊も彼を守ることができたのだ。
「クレイグ……!」
俊は震える声で衝動的に腕を伸ばしクレイグに抱きつきかけて、ピタッと体が止まった。クレイグも腕に触れた俊の手にどうすれば良いかわからず固まっている。
「な、なるべく早く戻れるようにする。えっとそ、それで! 手紙に書いたとおり話があるんだけど!」
「お、おう」
腕を自分の膝の上に引き戻し無理矢理話題を変えた。シュバイツアーと同じ感覚で抱きつけないのは何故か、今は取りあえず考えない。
内容が漏れることを考え、手紙には話があるとしか書かなかった。
背筋を伸ばした俊にクレイグも真剣な顔を向けた。
「第二十王子、さっきクレイグが倒した奴なんだけど、あいつは王位継承権を剥奪された。一ヶ月後、教会の規定に則って王位継承戦争が始まるんだ」
俊の言葉にクレイグは険しい表情で応えた。
「王位簒奪の儀か。捧呈品を手にいれ王に差し出した者がその時点で王に成り代わる」
流石元第一王子だ。そして王子としての教養と生来の勘の良さでクレイグは正解に辿り着いた。
「もしかしてその捧呈品が」
クレイグの琥珀色の瞳に陰が落ちる。俊は何も言えずただゆっくりと頷いた。
「……いつかこうなるだろうと思ってた」
聞こえてきた軽い笑い声に俊は目を丸くした。やはり俊の嫌いな笑みだった。彼の話が何処へ向かおうとしているのか分からない。不安が胸に渦巻いた。
「数百年前から教会の本拠地がある山の湖に瘴気を放つ黒い霧がかかっていた。それが魔物を産むと言われていた。三つの国はいよいよ増えてきた魔物討伐のため、霧自体を浄化しようとしたが誰も何もできなかった。だが二十六年前の満月の夜、山を飲み込むほど成長したそいつは何の前触れもなく消滅した。最後に狼の形をとっていたと目撃した者がいた。――その日、俺が生まれた」
そっと彼の膝の上で固く握られた拳に手を添えた。体温の高い彼に触れているのにどうしてか指先が冷えていく。
「魔物の数は変わっていない。つまりアレは魔物の元凶じゃなかった。国民は霧のことなんて忘れた。だが教会も恐らく他の王達も、人狼を宿した子がどこかに生まれ落ちたことに気がついた」
蝶国の王も。そう言われて俊は息を詰めた。その手腕から希代の明晰王と呼ばれるアランなら、黒い霧から人狼の出生に辿り着いてもおかしくはないかもしれない。
だがそれなら、枢機卿が捧呈品を読み上げた際の驚愕は何だったのだろうか。
「俺の父親は俺の誕生を一週間ずらして世に伝えた。だがただの偶然だろう人狼なんて伝説にすぎないと一縷の望みを捨てず俺を育てた。血筋から化け物が生まれるなんて国の最大の汚点だからな。だがそれも十五までだった」
抑揚が消えた口調に胸が詰まる。彼の心を軽くする言葉も俊が言うべき言葉の何も思い浮かばない。下唇を切れそうなほど噛みしめると、クレイグは俊の添えていた手を取りその大きな手で握りこんだ。
「まぁそう易々と殺されるつもりはねぇよ。簒奪の儀の期限は確か三年だ。それまで逃げ切れば良い」
鷹揚な物言いは、俊と彼自身を安心させるためだ。
三年は決して短い月日ではない。けれど彼の言葉はただの巧言には聞こえない。クレイグは長い間身を隠し、それだけではなくきちんと居場所を作ってきた。
逃げ切れるかもしれない。
「だが完全なる人狼か。地霊が求めているのは覚醒後の俺のことだろう。石を探すのはこれまで通り継続するが、面倒くさいことになった」
クレイグが覚醒していないと知れれば王子達も復活の引き金になる石を探すだろう。石を探す行程でも目をつけられかねない、とクレイグは苦々しげに舌打ちをした。
東屋に沈黙が落ちた。心音が再び音を立て始める。クレイグが口を開くまで、いやに長く感じた。
「まさか王子だとは思わなかったから驚いたが、その点については怒ってない。仕事も申し分なかった。王子様が片手間に冷やかしに来たとは誰も思ってない」
「え……」
どすん、とクレイグが俊の横に居丈高に腰掛け、但し、と厳しい顔を俊に近づけた。
「俺たちが怒ってるのは正体がバレてお前が勝手に消えたことだ。俺たちが怒ってると、お前が王子だからって態度を変えると勝手に決めつけて相談もせずに。ちゃんと皆に謝れ」
思いがけない叱責に俊は目を瞬いた。
「帳簿がたまってるぞ」
厳しい顔が剥がれ落ち、にやりとクレイグが口角を上げた。それはつまり。
「……それにお前が正体をばらしたのはエバンの、それに俺のためだろ。俺たちにもちゃんと礼を言わせてくれ」
甘さを増した声に俊が目を見開くと、胸が詰まるほど真摯な視線が返された。
「俺の秘密を守ってくれて有り難うな」
優しく弛緩した目元に目頭が熱くなる。
いつも守ってもらってばかりだった彼をずっと守りたいと思っていた。それなのに発情期でさえ彼は俊を守るように優しく苦痛を与えまいと耐えている。やっと俊も彼を守ることができたのだ。
「クレイグ……!」
俊は震える声で衝動的に腕を伸ばしクレイグに抱きつきかけて、ピタッと体が止まった。クレイグも腕に触れた俊の手にどうすれば良いかわからず固まっている。
「な、なるべく早く戻れるようにする。えっとそ、それで! 手紙に書いたとおり話があるんだけど!」
「お、おう」
腕を自分の膝の上に引き戻し無理矢理話題を変えた。シュバイツアーと同じ感覚で抱きつけないのは何故か、今は取りあえず考えない。
内容が漏れることを考え、手紙には話があるとしか書かなかった。
背筋を伸ばした俊にクレイグも真剣な顔を向けた。
「第二十王子、さっきクレイグが倒した奴なんだけど、あいつは王位継承権を剥奪された。一ヶ月後、教会の規定に則って王位継承戦争が始まるんだ」
俊の言葉にクレイグは険しい表情で応えた。
「王位簒奪の儀か。捧呈品を手にいれ王に差し出した者がその時点で王に成り代わる」
流石元第一王子だ。そして王子としての教養と生来の勘の良さでクレイグは正解に辿り着いた。
「もしかしてその捧呈品が」
クレイグの琥珀色の瞳に陰が落ちる。俊は何も言えずただゆっくりと頷いた。
「……いつかこうなるだろうと思ってた」
聞こえてきた軽い笑い声に俊は目を丸くした。やはり俊の嫌いな笑みだった。彼の話が何処へ向かおうとしているのか分からない。不安が胸に渦巻いた。
「数百年前から教会の本拠地がある山の湖に瘴気を放つ黒い霧がかかっていた。それが魔物を産むと言われていた。三つの国はいよいよ増えてきた魔物討伐のため、霧自体を浄化しようとしたが誰も何もできなかった。だが二十六年前の満月の夜、山を飲み込むほど成長したそいつは何の前触れもなく消滅した。最後に狼の形をとっていたと目撃した者がいた。――その日、俺が生まれた」
そっと彼の膝の上で固く握られた拳に手を添えた。体温の高い彼に触れているのにどうしてか指先が冷えていく。
「魔物の数は変わっていない。つまりアレは魔物の元凶じゃなかった。国民は霧のことなんて忘れた。だが教会も恐らく他の王達も、人狼を宿した子がどこかに生まれ落ちたことに気がついた」
蝶国の王も。そう言われて俊は息を詰めた。その手腕から希代の明晰王と呼ばれるアランなら、黒い霧から人狼の出生に辿り着いてもおかしくはないかもしれない。
だがそれなら、枢機卿が捧呈品を読み上げた際の驚愕は何だったのだろうか。
「俺の父親は俺の誕生を一週間ずらして世に伝えた。だがただの偶然だろう人狼なんて伝説にすぎないと一縷の望みを捨てず俺を育てた。血筋から化け物が生まれるなんて国の最大の汚点だからな。だがそれも十五までだった」
抑揚が消えた口調に胸が詰まる。彼の心を軽くする言葉も俊が言うべき言葉の何も思い浮かばない。下唇を切れそうなほど噛みしめると、クレイグは俊の添えていた手を取りその大きな手で握りこんだ。
「まぁそう易々と殺されるつもりはねぇよ。簒奪の儀の期限は確か三年だ。それまで逃げ切れば良い」
鷹揚な物言いは、俊と彼自身を安心させるためだ。
三年は決して短い月日ではない。けれど彼の言葉はただの巧言には聞こえない。クレイグは長い間身を隠し、それだけではなくきちんと居場所を作ってきた。
逃げ切れるかもしれない。
「だが完全なる人狼か。地霊が求めているのは覚醒後の俺のことだろう。石を探すのはこれまで通り継続するが、面倒くさいことになった」
クレイグが覚醒していないと知れれば王子達も復活の引き金になる石を探すだろう。石を探す行程でも目をつけられかねない、とクレイグは苦々しげに舌打ちをした。
7
あなたにおすすめの小説
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる