異世界で出会った王子様は狼(物理)でした。

ヤマ

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41.彼が生まれた日

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「王子だってバレたら流石に雇ってもらえないだろうと思ってたんだ。そのうちみんなの王政に対する不満を聞いてたら言い出せなくなったんだ。でも手に職を付けたいとか、占いみたいなものでクレイグを見つけたとかは嘘じゃない」

 東屋に沈黙が落ちた。心音が再び音を立て始める。クレイグが口を開くまで、いやに長く感じた。

「まさか王子だとは思わなかったから驚いたが、その点については怒ってない。仕事も申し分なかった。王子様が片手間に冷やかしに来たとは誰も思ってない」
「え……」

 どすん、とクレイグが俊の横に居丈高に腰掛け、但し、と厳しい顔を俊に近づけた。

「俺たちが怒ってるのは正体がバレてお前が勝手に消えたことだ。俺たちが怒ってると、お前が王子だからって態度を変えると勝手に決めつけて相談もせずに。ちゃんと皆に謝れ」

 思いがけない叱責に俊は目を瞬いた。

「帳簿がたまってるぞ」

 厳しい顔が剥がれ落ち、にやりとクレイグが口角を上げた。それはつまり。

「……それにお前が正体をばらしたのはエバンの、それに俺のためだろ。俺たちにもちゃんと礼を言わせてくれ」

 甘さを増した声に俊が目を見開くと、胸が詰まるほど真摯な視線が返された。

「俺の秘密を守ってくれて有り難うな」

 優しく弛緩した目元に目頭が熱くなる。
 いつも守ってもらってばかりだった彼をずっと守りたいと思っていた。それなのに発情期でさえ彼は俊を守るように優しく苦痛を与えまいと耐えている。やっと俊も彼を守ることができたのだ。

「クレイグ……!」

 俊は震える声で衝動的に腕を伸ばしクレイグに抱きつきかけて、ピタッと体が止まった。クレイグも腕に触れた俊の手にどうすれば良いかわからず固まっている。

「な、なるべく早く戻れるようにする。えっとそ、それで! 手紙に書いたとおり話があるんだけど!」
「お、おう」

 腕を自分の膝の上に引き戻し無理矢理話題を変えた。シュバイツアーと同じ感覚で抱きつけないのは何故か、今は取りあえず考えない。

 内容が漏れることを考え、手紙には話があるとしか書かなかった。
 背筋を伸ばした俊にクレイグも真剣な顔を向けた。

「第二十王子、さっきクレイグが倒した奴なんだけど、あいつは王位継承権を剥奪された。一ヶ月後、教会の規定に則って王位継承戦争が始まるんだ」

 俊の言葉にクレイグは険しい表情で応えた。

「王位簒奪の儀か。捧呈品を手にいれ王に差し出した者がその時点で王に成り代わる」

 流石元第一王子だ。そして王子としての教養と生来の勘の良さでクレイグは正解に辿り着いた。

「もしかしてその捧呈品が」

 クレイグの琥珀色の瞳に陰が落ちる。俊は何も言えずただゆっくりと頷いた。

「……いつかこうなるだろうと思ってた」

 聞こえてきた軽い笑い声に俊は目を丸くした。やはり俊の嫌いな笑みだった。彼の話が何処へ向かおうとしているのか分からない。不安が胸に渦巻いた。

「数百年前から教会の本拠地がある山の湖に瘴気を放つ黒い霧がかかっていた。それが魔物を産むと言われていた。三つの国はいよいよ増えてきた魔物討伐のため、霧自体を浄化しようとしたが誰も何もできなかった。だが二十六年前の満月の夜、山を飲み込むほど成長したそいつは何の前触れもなく消滅した。最後に狼の形をとっていたと目撃した者がいた。――その日、俺が生まれた」

 そっと彼の膝の上で固く握られた拳に手を添えた。体温の高い彼に触れているのにどうしてか指先が冷えていく。

「魔物の数は変わっていない。つまりアレは魔物の元凶じゃなかった。国民は霧のことなんて忘れた。だが教会も恐らく他の王達も、人狼を宿した子がどこかに生まれ落ちたことに気がついた」

 蝶国の王も。そう言われて俊は息を詰めた。その手腕から希代の明晰王と呼ばれるアランなら、黒い霧から人狼の出生に辿り着いてもおかしくはないかもしれない。
 だがそれなら、枢機卿が捧呈品を読み上げた際の驚愕は何だったのだろうか。

「俺の父親は俺の誕生を一週間ずらして世に伝えた。だがただの偶然だろう人狼なんて伝説にすぎないと一縷の望みを捨てず俺を育てた。血筋から化け物が生まれるなんて国の最大の汚点だからな。だがそれも十五までだった」

 抑揚が消えた口調に胸が詰まる。彼の心を軽くする言葉も俊が言うべき言葉の何も思い浮かばない。下唇を切れそうなほど噛みしめると、クレイグは俊の添えていた手を取りその大きな手で握りこんだ。

「まぁそう易々と殺されるつもりはねぇよ。簒奪の儀の期限は確か三年だ。それまで逃げ切れば良い」

 鷹揚な物言いは、俊と彼自身を安心させるためだ。
 三年は決して短い月日ではない。けれど彼の言葉はただの巧言には聞こえない。クレイグは長い間身を隠し、それだけではなくきちんと居場所を作ってきた。
 逃げ切れるかもしれない。

「だが完全なる人狼か。地霊が求めているのは覚醒後の俺のことだろう。石を探すのはこれまで通り継続するが、面倒くさいことになった」

 クレイグが覚醒していないと知れれば王子達も復活の引き金になる石を探すだろう。石を探す行程でも目をつけられかねない、とクレイグは苦々しげに舌打ちをした。
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