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69. 東雲
しおりを挟む俊が殺された。
クレイグの自我が消え、人狼が覚醒した。
真っ暗な空の下、エバンは血の気の引いた顔で呆然と座席にもたれ、ギンは行き場の無い憤りをぶつけるように座席を蹴りつけた。
客席を覆う結界が揺らいだ。このままでは人狼の魔力と集まった瘴気に飲まれてしまう。
シュバイツアーは結界を強化させながら最悪の事態に下唇を噛んだ。
巨大な狼が放つ畏怖により次々と人々が倒れていく。
忙しない足音がここにいる誰もの焦燥をあおった。
だがシュバイツアーはひたすらに目を凝らした。
そして求めるものを見つけた。
兵士がひれ伏す舞台の上に。
シュバイツアーは、ふう、と深く息を吐き出した。
「我らは我らの責務を果たすのです」
若者二人の哀れな瞳を見返し、老人は力強く頷いた。
デビーの魔封石に関する知見はたいしたものだ。だが一般の書籍に刻まれていた性質も嘘ではない。
魔物の核を封じた魔封石は外界から破壊される際、砂塵になり果てる。だがまだ潰えていない炎の中、いくつか手に持てるほどの破片が見て取れた。
「今が最高の陽動と攪乱でしょう」
シュバイツアーは片手のみで結界を維持し、ギンに片手に収まる紙片を握らせた。
あの彼が本当にそうならば、目指すモノはそこにある。
闇がひどく心地よいもののように思えた。
それも当然かとクレイグは自嘲した。
己は魔物だ。人の器に縋りついていただけの。
父親は人狼と呼び声のことを知っていた。それなのになぜ教えてくれなかったのか。
俺が自ら魔獣になるため呼び声を探し出してしまうと疑ったのだろうか。
国の恥はさっさと野垂れ死んでしまえば良いと思っていたのだろうか。
――俺は、生まれてこなければ良かったのか。
答える者はいない。ただずっと闇が続いている。
重たく冷たい瘴気の沼にずぶずぶと体が沈んでいく。それで良い気がした。醜悪な魔物などこうやって消えてしまえば良い。
そう、目を閉じようとした。
――クレイグは何もしてない。自分で自分にそんな仕打ちをしなくて良いよ。
誰かの声が聞こえた。
耳に心地よい低音が、ひどく懐かしかった。
地位を捨て、支えてくれたディアン、結成当時のギンや団員達とバカな話をして飲み明かした日々が蘇る。そしてシュバイツアーが差し出した手紙の、優しい文字が眼裏に浮かんだ。
そうだった。己は本当は――。
真っ黒な闇に一縷の光が差した。
まるで夜を割く、暁のように。
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