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9.フラグをクラッシュする者
しおりを挟む学校の敷地を囲む塀から続く高い門のすぐ横に、大きな欅の木が立派に根を張っている。
グラウンドを突っ切り、その太い幹に身を隠し、門を窺う。
今のところ誰もいない。
別に気になったわけではない。
ただあまりにも背徳感あふれる女性の場合、先輩として一言くらい忠告した方が良いと思っただけだ。
「それにちゃんと当たるかどうか見に来ただけで、トイッターに詐欺だとか書き込まれたら姉ちゃんの商売があがったりだし」
「先輩」
「うお!!」
つらつらと言い訳をしていると肩を叩かれた。
はじかれるように振り返ると安倍がなんとも難しい顔をして立っている。
「な、なな何してるんだ?」
「別に……。先輩こそ」
欅の陰に隠れ、裏門を窺っている相手に対してもっともな質問だ。
まさか盗み見をしに来ましたとは言えず、頭をフル回転させる。
「俺は……、そうだ、弁当! たまには気分を変えてここで食べようかと思って!」
欅の裾に設置されたベンチに勢いよく座り、弁当を広げた。
広げて、後悔した。
安倍がこれから人妻にアプローチししようという場面に、唐揚げを食う関係のない男子高校生。
とんだお邪魔虫だ。
こうなればさっさと平らげてお暇するしかない。
ガッと白米をほおばると、訝し気な顔をしつつも安倍はなぜか俺の隣に座った。
その手には何もない。
「お前昼もう食ったの?」
形の良い唇が動く前に安倍の腹が鳴った。
俺が目を瞬くと彼はばつが悪そうに顔をそらした。
目じりがほんのり赤く染まっている。
昨夜の占いのせいか、少しこの強面な後輩がかわいく見えてきた。
「財布を家に忘れて」
「あー……」
育ち盛りに昼飯抜きは辛い。
金を貸そうかとも思ったが、残り時間といつもの購買の混み具合から考えるに、今からでは食べる時間はない。
彼が空腹に耐えてまでここにいるのが占いのせいだと思うと良心が痛む。
それに昨夜優しくしようと決意した心に嘘はない。
「これ、少し食べるか?」
差し出した弁当と俺の顔を安倍が交互に見る。
イケメンは腹が鳴ってもイケメンである。
その絶対値は揺らがない。
なんだか照れる。
「良いんですか?」
「食材もかーちゃんも俺より若様に食べてもらった方が報われるだろ」
「なんですかそれ」
く、と安倍が口角を上げて笑った。
俺は慌てて弁当に視線を戻した。
彼のきちんとした笑顔を見たのは初めてだ。
昨夜は別にして、いつも彼は何を考えているかわからないしかめっ面で俺の横にいる。
なぜか熱い頬を手で押さえ、視界に入った割り箸が一膳しかないことに気が付いた。
「俺がはいあーんしてやるのも面白いけど……」
「え、」
「ふん!」
隣で安倍が固まったのにも気が付かず、俺は気合一声、割り箸を真っ二つに折った。
「短いけどなんとかなるだろ」
口をつけていない方を渡すと安倍が何故か頭を抱えて肩を落とした。
絞りだされたような「ありがとうございます」は、やけにドスが効いていた。
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