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17.馬から落馬する
しおりを挟むあの後、少し休んでから家に送ってもらった。
慣れた自分の部屋で一息ついた途端、膝から崩れ落ち、俺は床に手をついた。
――俺、めちゃめちゃあいつの恋路の邪魔してないか?
実は今日、商店街で何か安倍の恋を進展させるためのイベントがあったはずなのだ。
しかも思い人の重大な秘密がわかるという一大イベントが。
安倍があそこに居合わせたのも占いのせいだろう。
とりもちはついでだ。
俺がからまれてしまったがために安倍はチャンスをふいにしてしまったのだ。
「そろそろ菓子折りでも持って謝罪に行くべきか……」
確か切腹饅頭という和菓子があったような。
後でスマホで検索してみようとのそのそとベッドに入った。
だがなかなか眠れなかった。
思い出すのは安倍との邂逅だ。
「格好良いやつだよな……オカルトマニアだけど」
複数の、しかもオラついている上級生にあんなにはっきり物を言うなんてそうそうできることではない。
オカルトマニアだけど。
トラばさみ持ってるけど。
本気を出せば人妻だってイチコロだろう。
そういえば最近ずっと安倍のことを考えてしまっている。
「こういうの、なんていうんだっけ」
適切な表現が思い浮かばない。
もやもやするが答えを知ってはいけない気がする。
俺はタイミングよくかかってきた姉からの着信のせいにして、考えるのはやめた。
貞子のごとくベッドからはいずり出て鞄に手を伸ばし、スマホをタップした。
姉の快活な声が耳を打つ。
「足の具合どう?」
『今日ギブスが取れて、明日からリハビリよ。それにしても病院の待ち時間が暇で暇で。暇すぎてついにアレに手を出したのよ』
「あれって……まさかあれ?」
俺は家の蔵に放置されていた古ぼけた書物を思い出した。
戦前、親族の一人が佐藤家のご先祖様であるゼリー……もといウィダー家の末裔を訪ねた。
欧州の片田舎にある地下室に眠っていた書物を何冊か持ち帰ったのだが、どのページも白紙だった。
おそらくは何かの魔法をかけると読める仕組みなのだろう。
だが親戚一同集まった正月の席でも誰一人解明できなかったらしく、今までずっと佐藤家の蔵で埃をかぶっていたのだ。
「まさか、できたの?」
こくりと喉を鳴らしてしまう。
姉ならやりかねない。
『そのまさかよ。一部だけどね。丁度そこに司にとって朗報が載ってたの』
姉はおそらく電波の向こうでふんぞり返っている。
だがふんぞり返るだけの偉業だ。
姉は青井とのアレソレにうつつを抜かしてあまつさえ骨を折った色ボケ女子だ。
だが魔女としての腕は、一族の中で群を抜いている。
「朗報?」
『魔力疲労を緩和する方法よ』
高揚が一気に冷めた。
じわりと嫌な予感が胸に去来する。
これは予知能力が中途半端に発動した際の、虫の知らせだ。
だが姉は興奮した様子で朗報とやらをまくしたてた。
「……それ、訃報じゃない?」
やっぱりか、とうなだれた。
確かに思い当たる節はある。
しかも本日、それを証明してしまっている気がする。
俺は怠さの減った体に新たに頭痛が加わるのを感じた。
『何言ってんの。柊君にでも頼めばいいじゃない。あ、あと、そんなに実害はないと思うんだけど、もう一個報告』
「まだあるの……」
俺はとうとう頭を抱え、続く姉の言葉にさらに頭痛を深くしながらため息をついた。
頭痛が痛い。
胃痛も痛くなってきた。
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