ゴブリンでも勇者になれますか?

結生

文字の大きさ
6 / 43

第七師団

しおりを挟む
 星暦二〇二五年一月一日。帝国騎士第七師団支部前。
 ここはカリスト帝国の中心である帝都から東に百キロの位置にあるオフィーリアと言う街の外れ。
 そこには長い銀色の髪をなびかせた少女が扉の前で佇んでいた。
 彼女の名はマナ・ルクスリア。今年、騎士団に入団した新人の一人だ。




「うぅ~緊張する~……ていうかもう帰りたい……」


 昨日の帝国騎士入団試験を経て、今日から私は帝国騎士としてこの国に命を捧げることになる……んだけど。
 実を言うと私は騎士になんかなりたくはなかった。
 だって、誰かを守れるほど私は強くないから。
 その証拠に昨日の実技試験は散々な結果だった。
 ただひたすらに逃げ回ってただけだし……。
 私が不合格なのは誰の目にも明らかだったし、私もそれでいいと思っていた。
 でも、私の家、ルクスリア家は帝国騎士と繋がりのある貴族の家系だから、恐らく両親は裏で手を回し、私を無理やり帝国騎士団に入団させたのだ。
 ルクスリア家の子はこれまで例外なく騎士団に入団しており、それを誇りに思っている。
 だから、このような形で私が騎士団に入団させられるであろうことは前々から分かってはいた。
 生まれた家が悪かった。
 そう割り切ることにした。


「でも、まさか第七師団に配属されるのは予想外だったわ……」


 帝国騎士団は七つの師団で構成されている。
 その中で私が配属されたのが第七師団。
 この師団に関してはあまりいい噂を聞かない。
 戦闘のたびにあちこちの街を破壊したり、作戦中に居眠りしている人がいたり、街中を裸で闊歩している人がいたり。挙げればきりがない。
 とにかく素行の悪さや不真面目さが際立っている団であることは間違いない。


「パワハラやセクハラが横行していそうなところなんだよねぇ。あくまでイメージだけど」


 けど、これはしょうがないことなのかもしれない。
 本来、騎士団に入れるほどの実力を持たない私が裏口で入団したのだから。


「どうか厄介ごとに巻き込まれませんように」


 私はそう祈りながら、アジトの扉を開き中に入る。
「なんだと、てめぇ! もう一度言ってみやがれ!」
「ああ、何度でも言ってやるよ! ゴブリン風情が騎士団のアジトに足を踏み入れるな! 汚れるんだよ!」


 なんてことでしょう。どうやら、私の祈りは届かなかったようです。
 早速、取っ組み合いの喧嘩に出くわしてしまった。


「ゴブリンで何が悪い。このグラサン野郎!」
「悪いに決まってんだろ! ミドリムシ!」


 どうやら喧嘩しているのは私と同い年くらいのサングラスをかけた少年と……あれは、ゴブリン……?
 え? なんでゴブリンがこんなところにいるの? 迷子か何か?
 ゴブリンなんてカリスト帝国があまり見ない種族だけど……。


「ミドリムシじゃねぇ! 俺はゼルだ!」
「はっ! 緑色の肌なんだからミドリムシでいいだろうが」
「もっぺん言ってみろ。今ここで斬るぞ」
「やってみろよ。俺の魔法で返り討ちにしてやる」


 ただの喧嘩で収まりそうな雰囲気ではない。
 誰も止めないのだろうか。と、周囲を見渡すが他の団員の姿は見えない。
 え? ウソ。これ、私が止めなきゃダメな感じなの?
 でもでも、私なんかが止められるわけないよ。
 ゴブリンの方はともかく、グラサンをかけた少年の方は私の手には負えないかも。
 もしかしたら、私より先輩かもしれないし。
 よしんば同い年だったとしても、私じゃきっと相手にならないだろうし。
 あーもう! 私はどうしたらいいの!?!?
 と、どうしていいか分からず、私はあたふたするしかなかった。


「死ね! グラサンナルシスト!」
「てめぇが死ね! ミドリムシ!」


 ゴブリンが背中の剣を抜き、サングラスの少年が魔法を発動させようとする。


「まずいまずいまずいよ!」


 このままじゃどっちかがホントに死ぬまで喧嘩し続けちゃう。
 その時だった。
 ピキっ。


「え?」


 天井からひび割れる音がして、上を向くと。


「うるせぇぞ!」


 その怒鳴り声と共に、天井が崩れ落ちた。


「こほっ!こほっ! え!? なに?! なに!?」


 土埃で何も見えないが、喧嘩していた二人の頭上から誰かが落ちてきたのは分かった。


「こんな朝早くに誰だ。騒いでやがんのは」


 土埃が晴れ、現れたのは長い藍色の髪をなびかせた女性。


「あの、あなたは……?」
「あん?」


 私が声をかけるとその女性は私を睨んで来た。


「てめぇか? さっき騒いでたのは」
「いいいいい、いえ、あの、あの……」


 鋭い目つきに威圧され、上手く言葉が回らない。


「んだ? はっきり喋りやがれ」
「あ、あの、あの、し、下。下です」


 私は女性の足元を指差した。


「あ? 下?」


 彼女は私の指差した方を見る。
 すると、そこには急な天井崩落の被害を受けたゴブリンとグラサンの少年が倒れていた。


「ふむ……」


 藍色の髪の女性は少し考えるそぶりを見せる。


「あ、この二人倒したの君か」
「違いますよ! あなたが上から降ってきて下敷きになったんです! っあ」


 勢いでツッコんでしまった。
 怒られないだろうか。と少しびくびくしていたが。


「あ、なる」


 彼女は怒ることはなく、手をポンと叩き納得が言ったような表情をする。


「じゃあ、さっきまで騒いでたバカはこいつらか?」
「は、はい」
「そうか。……てか、お前らどっかで見たことあるような、ないような……いや、あるな。お前ら、今日から入団の新人か?」
「え、えっと、はい。あの二人はどうか知らないですけど、私はそうです」
「そうか! そうか! 新人か。よく来てくれたな」


 彼女はとても嬉しそうに笑い私の肩を叩いた。


「アタシは第七師団所属のレミリア・ユークリウス。見ての通りヒューマンだ。あんた、名前は?」
「えっと、私はマナ・ルクスリアです。私もヒューマンです」
「そうかそうか。マナか。よろしくな。もし困ったことがあったら何でも聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」


 最初睨まれた時は終わったと思ったけど、話してみたら案外気さくでいい人そうだった。
 怒ると怖いタイプの人なのかもしれない。


「さてと、それじゃ、こいつら起こすか」


 レミリアさんはゴブリンの胸倉を掴み持ち上げ……。


「おい! 起きろ!」


 ベシっ! ベシっ! と容赦なく往復ビンタを食らわせる。


「いってぇ!!! 何しやがんだ!!!!」


 目を覚ましたゴブリンが大声で叫ぶ。


「おお、起きた起きた。んじゃ、次はこっち」


 そして、今度はゴブリンを投げ捨て、グラサンの少年を同じように叩き起こした。


「いってぇ!!! 何しやがんだ!!!!」


 あ、反応が全く一緒だ。
 もしかしたら、あのゴブリンとグラサン君の相性は意外といいのかもしれない。


「アタシはレミリアだ。ってことでアンタたちも自己紹介をしろ」


 高圧的なレミリアさんに不満げな二人だったが、渋々といった感じで自分の名を名乗りだした。


「俺はゼル・インヴァース。ゴブリンだ」
「俺はヘイヴィア・アークエイド。いずれ勇者になる男だ」


 え? 勇者?
 信じられない言葉に耳を疑った。
 勇者と言えば騎士団の中で最も実力のあるものにのみ与えられる称号。
 誰にでも手に出来るようなものじゃない。
 ましてや、こんな最底辺の第七師団にいたんじゃ現実的じゃないだろう。
 と、私は勇者に対して否定的だった。
 けど、彼は違った。


「はぁ!? 勇者になるのは俺だ!」


 そう言い放ったのはゼルと名乗ったゴブリンだった。


「てめぇ、何言ってんだ? ゴブリンごときがなれるわけねぇだろ」


 ヘイヴィアも大概だけど、彼の言う通りゴブリンが勇者になんてなれるわけがない。
 最強とは正反対の最弱に位置する種族であるゴブリンでは夢のまた夢。
 もしゼルが勇者になれるんだとしたら、私でもなれてしまう。


「んなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「だから、無理だって言ってんだろ。俺がなるんだから。もし、なれてもそれは俺が死んだ時だ。まぁ、俺がお前より先に死ぬことはないだろうがな」
「いや、それはねぇよ。少なくとも俺はお前より強い」
「は? 言ってくれるじゃなぇか。クソチビが。だったら今ここでお前の弱さを証明してやる!」


 あ、やば。これまた喧嘩する流れ? もういい加減にしてほしい……。
 私はあまり関わりたくないので、そろ~と二人から離れる。


「ははは! 威勢のいい新人どもだな。だが……」


 そんな中、今にでも食って掛かりそうな二人の間にレミリアさんは割って入った。


「今はアタシの要件が先だ!」


 ゴンっ! と二人の頭に拳を叩き込む。


「がっ」
「いっ!」


 思いっきり殴られた二人は涙目になりながら頭を押さえる。


「い、いでぇ……」
「なんて馬鹿力だよ……」


 こ、怖い……。あの人だけは絶対に怒らせないようにしよう……。
 そう思いながら、私は殴られたわけでもないのに無意識で頭を押さえていた。


「まぁ、そうだな。ヘイヴィアが突っ掛かりたくなる気持ちも分からないわけじゃない。今までゴブリンが騎士団に入ったって実績はない。世間に認知されているゴブリンという種族は確かに弱い。ただ、これだけ言っておく。アタシは昨日の入団試験を見ていた。そこでそのゼルはライオンのビーストに勝った。その力を認められてそいつはうちに入団したんだ」
「は?」
「え?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...