盾の間違った使い方

KeyBow

文字の大きさ
46 / 74

第45話 血の教訓と二晩目の攻防

しおりを挟む
 雫ちゃんが仲間になって二日目の朝。
 聖水の飲用テストの結果、問題がないどころか、体調はここに来てから一番だった。俺たちは朝食を済ませると、スチールラックに吊るされた巨大なブルータルボアの前で、座学を始めた。
「いいか、雫ちゃん。こいつの胸を見てくれ」
 俺はボアの胸元、普通の獣なら心臓がある辺りがパックリと切り開かれ、空洞になっている箇所を指差した。
「動物ならここに心臓があるはずだが、魔物の場合は代わりに『魔石』がある。心臓の代わりに魔石を核として動いているのが魔物だ。……実物を見せた方が早いな。えっと、確かこの辺に……」
 俺はスチールラックの下を覗き込み、埃を被っていた小さな石ころを拾い上げた。
「あった。これは以前、通路で倒したホーンラビットの魔石だ。転がったまま忘れてた」
 俺は小指の先ほどの、薄い赤色の石を拭って彼女に見せた。
「わぁ……。綺麗ですね。ビー玉みたいです」
「これが魔石だ。こいつは小さいからポイントも低い。だが、あのボアの胸には、これの数百倍の価値がある巨大な魔石が入っていたんだ」
「入っていた……ということは?」
「俺が倒した直後、まだ君がここに来る前に抜き取って、すぐに『異世界ショッピング』のポイントに変換したんだ。君の服や下着、生理用品の材料、テントなどの物資は、全部その魔石により賄っているんだ、」
「なるほど。この綺麗な石がわたしたちの命綱になっているんですね」
 雫ちゃんが感謝のこもった目でボアを見上げる。
 だが、俺はあえて厳しい口調で続けた。
「ポイントのためというのもあるが、俺が『即座に』石を抜いたのには、換金以外にもう一つ重大な理由がある。……なんだと思う?」
 俺は小さなラビットの魔石を指で弾き、真剣な表情で告げるが、彼女は首を横に振った
「『ゾンビ化』を防ぐためだ」
「ゾ、ゾンビ……ですか?」
「ああ。このダンジョンの魔物は、死んでも魔石が体内にある限り、しばらくするとアンデッド化して蘇るんだ。痛みを感じず、より凶暴になってな」
 俺はスチールラックの支柱の一本を指差した。
「ここ、少し曲がってるのが分かるか? 俺が叩いてある程度直したが、歪みが残ってる」
「あ、本当ですね。これ、どうしたんですか?」
「……俺が吹き飛ばされて、ここに背中から激突した時の痕跡だ」
 俺はかつての恐怖を語り始めた。
「以前、二体のリザードマンを倒した時のことだ。俺はこのラックに二体を吊るして、片方の解体を始めた。もう片方は、後でやろうと思い、手付かずで放置してたんだ」
「……まさか」
「そのまさかだ。俺が背中を向けて作業していたら、後ろで吊るされていた死体が、いきなり動き出したんだよ」
 思い出すだけで背筋が寒くなる。
「不意打ちだった。俺は殴り飛ばされて、この支柱に叩きつけられた。……なんとか倒し直したが、最悪だったのはその後だ。魔石の魔力が暴走したのか、新鮮だったリザードマンの肉が、一瞬でドロドロの腐肉(ゾンビ肉)に変色していたんだ」
「うわぁ……」
「当然、食えたもんじゃない。命拾いはしたが、貴重な食料を丸々一体分無駄にした。……だから、魔物を倒したら、何をおいても最優先で魔石だけは抜く。これは俺たちの命と、食い扶持を守るための絶対ルールだ」
「分かりました……。絶対に、忘れません」
 雫ちゃんが青ざめながら、支柱の歪みを撫でる。その感触が、言葉以上の説得力を持ったようだ。
「よし。明日は実際に外の通路に出て、遠くから魔物を見てみよう。いきなり戦わせたりはしない、まずは『見る』ことからだ」
 座学を終えると、昼からは作業の時間だ。俺がボアの本格的な解体(精肉)に取り掛かろうとすると、雫ちゃんが手を挙げた。
「あの、佐東さん。提案があるんですが……この広場の空いているスペースで、お野菜を育てませんか?」
 それは、ビタミン不足を懸念した彼女らしい、そして聖水を持つ彼女ならではの提案だった。
 俺は二つ返事で承諾し、ショッピングで大量の土、プランター、種や苗、育成用LEDを購入した。ここは日光が届かないからな。
「俺はこのボアをバラして、保存用の燻製(スモーク)にする。雫ちゃんは農園の設営を頼めるか?」
「はい! 園芸係、任せてください!」
 午後は互いに作業に没頭した。
 俺が肉の切り分けに汗を流す横で、雫ちゃんは泥だらけになりながら苗を植え、聖水を撒く。
 ピンク色のLEDライトに照らされた即席の「屋内農園」は、殺伐としたダンジョンの中で、そこだけ平和な輝きを放っていた。
 ◇
 そして、夜。二晩目がやってきた。
 作業を終え、燻製の香ばしい匂いが漂う中、夕食を終えた俺たちは焚き火を囲んでいた。
 パチパチと薪が爆ぜる音。揺れる炎。
 その明かりに照らされた雫ちゃんの横顔を見て、俺は――限界に近い危機感を抱いていた。
(……昨日の今日で、これはキツい……)
 昨晩――彼女を保護した初日の夜のことだ。
 ボス部屋での恐怖からか、精神的に不安定だった彼女は、「一人になるのが怖い」と泣いて、あろうことか俺のベッドに入り込んできたのだ。
 震える体を抱きしめて落ち着かせはしたが……俺だって聖人君子じゃない。
 17歳とは思えない発育の良い肢体。落ち着いた今見れば、大人びた美貌と理知的な口調が相まって、強烈な色気を放っている。
 「守るべき子供」として扱うには、彼女は色々育ちすぎて、大人の女にしか見えない。
 昨日は不測の事態だったから耐えられた。だが、今日も同じ状況になれば?
 魔物に襲われる前に、俺の理性が決壊する。それはパーティーの崩壊を意味する。
(……物理的に、引き離すしかない)
 俺は咳払いを一つして、努めて冷静な「仕事の顔」を作った。
「……雫ちゃん。今後のことなんだが、俺たちの生活リズム(シフト)をシステム化したいと思う」
「システム化、ですか?」
「ああ。1日24時間を8時間ずつの3つに分ける『三交代制』だ。二人が同時に活動するのは8時間。残りの時間は、交互に睡眠を取る」
 俺はノートに円グラフを書き殴りながら、もっともらしい理由(屁理屈)を並べ立てた。
「これは『生産性の向上(プロダクティビティ)』のためだ。限られた設備のみがある空間で常に一緒にいると、作業効率が落ちる。一人の時間を確保することで、集中力を高めるんだ」
「な、なるほど……」
「それに『リスク管理(セキュリティ)』の観点からも重要だ。常にどちらかが起きている状態を作れば、奇襲を受ける確率はゼロになる。……どうだ?」
 俺の完璧なロジック。これなら反論の余地はないはずだ。
 しかし、雫ちゃんは少し困ったように眉を下げ、モジモジと指先を合わせながら上目遣いで俺を見た。
「あの……佐東さん。その提案、すごく合理的だと思います。……でも」
「でも?」
「その……今晩だけは、一緒じゃダメですか?」
「ぐっ……」
 一番恐れていた言葉が飛んできた。
「頭では分かってるんです。でも、やっぱり夜になると、あの骨の山とか、ドラゴンの声を思い出してしまって……。佐東さんが起きて見ててくれるとしても、やっぱり、近くに気配がないと、まだ……」
 彼女の瞳が潤んでいる。それは演技ではない、本心からの恐怖と、俺への依存心だ。
 昨夜の震えが蘇る。……断れるわけがない。
「…………分かった。……今夜は、今まで通りにしよう」
「ありがとうございます! 佐東さん、大好きです!」
 無邪気な感謝の言葉が、俺の理性の防壁に致命的なヒビを入れる。
 俺は「ああ、うん」と曖昧に頷きながら、心の中で絶叫した。
(……耐えろ。耐えるんだ俺。これはサバイバルだ、ハニートラップじゃない!)
 
 ・
 ・
 ・

 深夜。
 テントの中。昨夜ほど密着はしていないが、すぐ隣からは雫ちゃんの安らかな寝息と、ふわりとした甘い匂いが漂ってくる。
 スースーという規則正しいリズム。時折、寝返りを打つ衣擦れの音。
 そのたびに、俺の脳内では不埒な妄想と、理性の大戦争が勃発していた。
「寝られん」
 俺はカッと目を見開いたまま、天井を見上げた。
 気を紛らわせるために、俺はステータス画面を開く。
 意味もなくスキル一覧をスクロールする。
 『シールドバッシュ』の説明文を三回読み直し、『土魔法』の消費魔力計算をし、インベントリの文字数を数える。
(……リザードマンの恐怖を思い出せ。……いや、今は違う意味で死にそうだ……)
 数字だ。数字に集中しろ。
 俺は、隣から放たれる引力に必死に抗い、ひたすらステータス画面とにらめっこを続けた。
 長い、長い二晩目の夜は、まだ始まったばかりだった。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

処理中です...