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第46話 初めてのフィールドワーク
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翌朝。
俺は、鉛のように重い瞼をこじ開けた。
隣を見れば、雫ちゃんが天使のような寝顔ですやすやと眠っている。昨晩、俺が煩悩と必死に戦っていたことなど露知らず、彼女は完全に安心しきっていたようだ。
「……くっ。……まあ、よく眠れたなら何よりだ」
俺は聖水で顔を洗い、た。
睡眠時間は足りないが、聖水の回復効果のおかげか、身体のダルさはない。ただ、精神的な疲労(主に我慢によるもの)だけが少し残っていた。
朝食を済ませると、いよいよ出発の準備だ。
雫ちゃんはテントの中で、昨夜――寝る前に二人で異世界ショッピングを見て購入した服に着替えている。
今まで俺は男物のツールしか見ていなかったが、改めて検索してみると、女性用のワークウェアも意外と充実していた。
彼女が選んだのは、カーゴパンツと、防寒・撥水機能付きのパーカー。サイズが少し大雑把で、Мサイズでも彼女には少しダボッとしていたが、デザインは普段着(カジュアル)に近く、これならダンジョンでも浮かないだろう。
「……うーん。やっぱり、ワイヤー入りはないんですね」
テントの中から、雫ちゃんの残念そうな溜息が漏れてきた。
「……悪いな。この通販スキル、品揃えが『現場寄り』なんだよ。機能性インナーとかスポーツブラみたいなのしかなくて」
「いえ、贅沢は言えません。着け心地は楽でいいんですけど……やっぱり、ちょっと形が気になって」
17歳にしては発育の良い彼女だ。ホールド感やシルエットにこだわりがあるのだろう。俺はなんと返していいか分からず、「ま、まあ、レベルが上がったらもっといいカタログが解放されるかもしれないし」とお茶を濁した。
「そうですね! 楽しみにしています」
やがて、着替えを終えた雫ちゃんが出てきた。
少し大きめのパーカーの萌え袖を気にしながら、腰には予備のサバイバルナイフを差している。ダボッとしたシルエットが、逆に華奢さを強調して可愛らしい。
「似合ってるぞ。動きやすさはどうだ?」
「はい、大丈夫です! ……佐東さんは?」
俺はニヤリと笑い、いつもの「正装(フル装備)」を見せつけた。
ベースは作業着だが、その上に装着するのは、俺がこの一ヶ月間、命懸けで「改善(カイゼン)」を繰り返してきた自作の複合装甲だ。
ドリルで穴を開けた鉄板の裏に、衝撃吸収用のゴムシートを張り合わせた多重構造。これで鋭利な刃物と打撃の双方に対応する。
そして、その上から防具として装着するのは、あのボス部屋で亡くなっていた冒険者たちの遺品だ。特に加工もせず、そのまま拝借して使っている。
右肩にはL字型の鉄板シールド。
左肩にはスパイク付きのショルダーアーマー。
背中には、巨大なタワーシールドを背負う。
さらに極めつけは両手だ。これも遺品の盾だ。
右手には、縁が鋭利な「斬撃用」ラウンドシールド。
左手には、縁が分厚い「打撃・防御用」ラウンドシールド。
剣も持たず、全身を鉄とゴムの塊で覆ったその姿は、冒険者というより「歩く要塞」だ?
「……」
それを見た雫ちゃんが絶句した。
目は点になり、口は半開き。完全な「ドン引き」の表情だ。
「……ぷっ」
そして次の瞬間、彼女は耐えきれずに吹き出した。
「あはははっ! な、何ですかそれ!? 右肩に盾で左肩にトゲって、完全に『ザク』じゃないですか! なのに背中に盾を背負ってるのは『ガンダム』だし……なんか足して二で割ったみたいになってますよ!」
「……うるさいな。男のロマンと実用性の融合(ハイブリッド)と言え」
「いえいえ、どう見てもツギハギです! もう、おかしい……!」
腹を抱えて笑う雫ちゃん。くそ、こっちは大真面目なのに。
俺はムッとして、手元にあったもう一つのアイテムを手に取った。
そして、まだ笑いのツボに入っている彼女の頭に、有無を言わさずそれを「スポッ」と被せた。
「へ?」
彼女の視界が少し暗くなる。
それは、工事現場用の黄色いヘルメット。
額の正面には、緑色の十字マークと、太ゴシック体で書かれた【安全第一】のシールが燦然と輝いている。
「さ、佐東さん……? こ、これ……」
「雫ちゃんは初心者だ。まずは頭を守るんだ。サイズは概ねだけど調整してある」
「い、嫌ですよこれ! 『安全第一』って……ダサすぎます!」
「ダサくても文句を言うな。ほら、俺を見ろ」
俺は自分の頭を指差した。
そこには、彼女と同じ黄色いヘルメット(ヘッドライト付き)。そして額には全く同じ【安全第一】のシール。
「あ……」
「俺たちはチームだろ。制服(ユニフォーム)みたいなもんだ」
「……お、お揃い……」
雫ちゃんが目をぱちくりさせ、それから自分のヘルメットに手をやった。
「ダサい」と言っていた口元が、ほんの少し緩む。
「……ふふっ。分かりました。佐東さんとお揃いなら、我慢します」
少し頬を染めて、まんざらでもなさそうにヘルメットを被り直す雫ちゃん。
……うん、ダボダボパーカーにヘルメット。そして俺とお揃いの現場ルック。妙に似合っているのがまた面白い。
「よし、行くぞ」
「……はい。離れません」
雫ちゃんが少し恥ずかしそうに、しかししっかりと俺のタワーシールドの裏に隠れるように張り付く。
俺は意識を切り替え、拠点であるボス部屋の出口へと向かった。
◇
一ヶ月ぶりに、俺以外の人間と歩くダンジョンの通路。
ボス部屋の結界を出た瞬間、空気が変わった。湿っぽく、カビと鉄錆が混じったような、あの独特の澱んだ臭い。
「……うっ。空気が、重いです」
「鼻呼吸するな、マスク越しに口で浅く吸え。慣れるまではこの臭いで気分が悪くなる」
俺は『索敵(サーチ)』スキルを全開にし、両手の盾を構えて慎重に進む。
通路の壁は、先日の戦闘で凹みが出来たが、痕跡がない。
「……壁が、綺麗ですね。もっと傷だらけかと思ってました」
「騙されるなよ。このダンジョンは生きている。壁についた傷はすぐに修復されるんだ。だから『傷跡を道標にする』なんて真似は通用しない」
俺は壁をコンコンと叩いて見せた。
「それに、ここに出る魔物も厄介だ。ゴブリン程度なら可愛いものだが、この階層でもしゴブリンが出るとしたら、それは『ジェネラル級』の化け物だ。基本はスケルトンか、昨日話したリザードマンだと思え」
「ジェネラル……将軍、ですか。聞くだけで怖そうです」
「ああ、会わないことを祈ろう。……お、いたぞ」
俺は足を止め、雫ちゃんを手で制した。
通路の曲がり角の先。二十メートルほど向こうに、人型の影がゆらゆらと動いている。
カチ、カチ、という乾いた音が響く。
「……あれが、スケルトンだ」
白い骨だけの身体。手には錆びた剣を持ち、目的もなく彷徨っている。
「ひっ……! ほ、骨が……動いてます……」
「声を出すな。やつらは視覚より聴覚に敏感だ」
雫ちゃんが俺のタワーシールドをギュッと掴む。震えているのが伝わってくる。
無理もない。死体が歩いているのだ。さっきまでヘルメットやロボットネタで笑っていた余裕は消え失せている。
「よく見ろ、雫ちゃん。昨日の講義を思い出せ。あいつの動力源はどこだ?」
俺は囁くように問いかけた。
雫ちゃんは恐る恐る顔を上げ、スケルトンを凝視する。
「……胸の、肋骨の中……赤く光るものが、あります」
「正解だ。あれが魔石だ。頭を砕こうが手足を落とそうが、あいつは止まらない。だが、あの赤い石を砕けば、その瞬間にただの骨クズに戻る」
俺は右手の斬撃シールドを構え直し、解説を続けた。
「動きは遅い。関節も脆い。落ち着いて対処すれば、恐れる相手じゃない。……ただの『動く標本』だと思え」
「ひ、標本……」
俺の軽口に、雫ちゃんが少しだけ力を抜いた。
「よし。こいつらは大したことない。下がって見ててくれ」
「えっ、でも……」
「いいから。俺一人で片付ける。実戦(デモンストレーション)だ」
俺はお揃いのヘルメットを被った彼女を後ろに残し、両手の盾を構えて前に出た。
スケルトンがこちらに気づき、顎をカタカタと鳴らして走り出してくる。
(動きが遅く感じる。一ヶ月前の俺とは違うところを見せてやるよ)
俺は冷静に間合いを測る。
相手が錆びた剣を振りかぶった。軌道は見えている。
――まずは、防御だ。
俺は、鉛のように重い瞼をこじ開けた。
隣を見れば、雫ちゃんが天使のような寝顔ですやすやと眠っている。昨晩、俺が煩悩と必死に戦っていたことなど露知らず、彼女は完全に安心しきっていたようだ。
「……くっ。……まあ、よく眠れたなら何よりだ」
俺は聖水で顔を洗い、た。
睡眠時間は足りないが、聖水の回復効果のおかげか、身体のダルさはない。ただ、精神的な疲労(主に我慢によるもの)だけが少し残っていた。
朝食を済ませると、いよいよ出発の準備だ。
雫ちゃんはテントの中で、昨夜――寝る前に二人で異世界ショッピングを見て購入した服に着替えている。
今まで俺は男物のツールしか見ていなかったが、改めて検索してみると、女性用のワークウェアも意外と充実していた。
彼女が選んだのは、カーゴパンツと、防寒・撥水機能付きのパーカー。サイズが少し大雑把で、Мサイズでも彼女には少しダボッとしていたが、デザインは普段着(カジュアル)に近く、これならダンジョンでも浮かないだろう。
「……うーん。やっぱり、ワイヤー入りはないんですね」
テントの中から、雫ちゃんの残念そうな溜息が漏れてきた。
「……悪いな。この通販スキル、品揃えが『現場寄り』なんだよ。機能性インナーとかスポーツブラみたいなのしかなくて」
「いえ、贅沢は言えません。着け心地は楽でいいんですけど……やっぱり、ちょっと形が気になって」
17歳にしては発育の良い彼女だ。ホールド感やシルエットにこだわりがあるのだろう。俺はなんと返していいか分からず、「ま、まあ、レベルが上がったらもっといいカタログが解放されるかもしれないし」とお茶を濁した。
「そうですね! 楽しみにしています」
やがて、着替えを終えた雫ちゃんが出てきた。
少し大きめのパーカーの萌え袖を気にしながら、腰には予備のサバイバルナイフを差している。ダボッとしたシルエットが、逆に華奢さを強調して可愛らしい。
「似合ってるぞ。動きやすさはどうだ?」
「はい、大丈夫です! ……佐東さんは?」
俺はニヤリと笑い、いつもの「正装(フル装備)」を見せつけた。
ベースは作業着だが、その上に装着するのは、俺がこの一ヶ月間、命懸けで「改善(カイゼン)」を繰り返してきた自作の複合装甲だ。
ドリルで穴を開けた鉄板の裏に、衝撃吸収用のゴムシートを張り合わせた多重構造。これで鋭利な刃物と打撃の双方に対応する。
そして、その上から防具として装着するのは、あのボス部屋で亡くなっていた冒険者たちの遺品だ。特に加工もせず、そのまま拝借して使っている。
右肩にはL字型の鉄板シールド。
左肩にはスパイク付きのショルダーアーマー。
背中には、巨大なタワーシールドを背負う。
さらに極めつけは両手だ。これも遺品の盾だ。
右手には、縁が鋭利な「斬撃用」ラウンドシールド。
左手には、縁が分厚い「打撃・防御用」ラウンドシールド。
剣も持たず、全身を鉄とゴムの塊で覆ったその姿は、冒険者というより「歩く要塞」だ?
「……」
それを見た雫ちゃんが絶句した。
目は点になり、口は半開き。完全な「ドン引き」の表情だ。
「……ぷっ」
そして次の瞬間、彼女は耐えきれずに吹き出した。
「あはははっ! な、何ですかそれ!? 右肩に盾で左肩にトゲって、完全に『ザク』じゃないですか! なのに背中に盾を背負ってるのは『ガンダム』だし……なんか足して二で割ったみたいになってますよ!」
「……うるさいな。男のロマンと実用性の融合(ハイブリッド)と言え」
「いえいえ、どう見てもツギハギです! もう、おかしい……!」
腹を抱えて笑う雫ちゃん。くそ、こっちは大真面目なのに。
俺はムッとして、手元にあったもう一つのアイテムを手に取った。
そして、まだ笑いのツボに入っている彼女の頭に、有無を言わさずそれを「スポッ」と被せた。
「へ?」
彼女の視界が少し暗くなる。
それは、工事現場用の黄色いヘルメット。
額の正面には、緑色の十字マークと、太ゴシック体で書かれた【安全第一】のシールが燦然と輝いている。
「さ、佐東さん……? こ、これ……」
「雫ちゃんは初心者だ。まずは頭を守るんだ。サイズは概ねだけど調整してある」
「い、嫌ですよこれ! 『安全第一』って……ダサすぎます!」
「ダサくても文句を言うな。ほら、俺を見ろ」
俺は自分の頭を指差した。
そこには、彼女と同じ黄色いヘルメット(ヘッドライト付き)。そして額には全く同じ【安全第一】のシール。
「あ……」
「俺たちはチームだろ。制服(ユニフォーム)みたいなもんだ」
「……お、お揃い……」
雫ちゃんが目をぱちくりさせ、それから自分のヘルメットに手をやった。
「ダサい」と言っていた口元が、ほんの少し緩む。
「……ふふっ。分かりました。佐東さんとお揃いなら、我慢します」
少し頬を染めて、まんざらでもなさそうにヘルメットを被り直す雫ちゃん。
……うん、ダボダボパーカーにヘルメット。そして俺とお揃いの現場ルック。妙に似合っているのがまた面白い。
「よし、行くぞ」
「……はい。離れません」
雫ちゃんが少し恥ずかしそうに、しかししっかりと俺のタワーシールドの裏に隠れるように張り付く。
俺は意識を切り替え、拠点であるボス部屋の出口へと向かった。
◇
一ヶ月ぶりに、俺以外の人間と歩くダンジョンの通路。
ボス部屋の結界を出た瞬間、空気が変わった。湿っぽく、カビと鉄錆が混じったような、あの独特の澱んだ臭い。
「……うっ。空気が、重いです」
「鼻呼吸するな、マスク越しに口で浅く吸え。慣れるまではこの臭いで気分が悪くなる」
俺は『索敵(サーチ)』スキルを全開にし、両手の盾を構えて慎重に進む。
通路の壁は、先日の戦闘で凹みが出来たが、痕跡がない。
「……壁が、綺麗ですね。もっと傷だらけかと思ってました」
「騙されるなよ。このダンジョンは生きている。壁についた傷はすぐに修復されるんだ。だから『傷跡を道標にする』なんて真似は通用しない」
俺は壁をコンコンと叩いて見せた。
「それに、ここに出る魔物も厄介だ。ゴブリン程度なら可愛いものだが、この階層でもしゴブリンが出るとしたら、それは『ジェネラル級』の化け物だ。基本はスケルトンか、昨日話したリザードマンだと思え」
「ジェネラル……将軍、ですか。聞くだけで怖そうです」
「ああ、会わないことを祈ろう。……お、いたぞ」
俺は足を止め、雫ちゃんを手で制した。
通路の曲がり角の先。二十メートルほど向こうに、人型の影がゆらゆらと動いている。
カチ、カチ、という乾いた音が響く。
「……あれが、スケルトンだ」
白い骨だけの身体。手には錆びた剣を持ち、目的もなく彷徨っている。
「ひっ……! ほ、骨が……動いてます……」
「声を出すな。やつらは視覚より聴覚に敏感だ」
雫ちゃんが俺のタワーシールドをギュッと掴む。震えているのが伝わってくる。
無理もない。死体が歩いているのだ。さっきまでヘルメットやロボットネタで笑っていた余裕は消え失せている。
「よく見ろ、雫ちゃん。昨日の講義を思い出せ。あいつの動力源はどこだ?」
俺は囁くように問いかけた。
雫ちゃんは恐る恐る顔を上げ、スケルトンを凝視する。
「……胸の、肋骨の中……赤く光るものが、あります」
「正解だ。あれが魔石だ。頭を砕こうが手足を落とそうが、あいつは止まらない。だが、あの赤い石を砕けば、その瞬間にただの骨クズに戻る」
俺は右手の斬撃シールドを構え直し、解説を続けた。
「動きは遅い。関節も脆い。落ち着いて対処すれば、恐れる相手じゃない。……ただの『動く標本』だと思え」
「ひ、標本……」
俺の軽口に、雫ちゃんが少しだけ力を抜いた。
「よし。こいつらは大したことない。下がって見ててくれ」
「えっ、でも……」
「いいから。俺一人で片付ける。実戦(デモンストレーション)だ」
俺はお揃いのヘルメットを被った彼女を後ろに残し、両手の盾を構えて前に出た。
スケルトンがこちらに気づき、顎をカタカタと鳴らして走り出してくる。
(動きが遅く感じる。一ヶ月前の俺とは違うところを見せてやるよ)
俺は冷静に間合いを測る。
相手が錆びた剣を振りかぶった。軌道は見えている。
――まずは、防御だ。
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