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第54話 魔法の検証
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拠点(安全地帯)を出た俺たちは、重厚な石の扉を背に、ダンジョンの薄暗い通路へと足を踏み出した。
ひんやりとした空気が肌を刺す。
この冷気が、少し火照ったままだった俺の頬を冷やしてくれたおかげで、ようやく仕事モードへと頭を切り替えることができた。
「……よし。まずは索敵からだ」
「はい。お願いします、佐東さん」
背後の雫ちゃんも、少し声が上擦っているものの、杖を構えて真剣な表情に戻っている。
朝の「おはようのキス(事故)」は、お互いノーカウント。
あれは親子愛の延長だ。海外の挨拶みたいなもんだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は神経を研ぎ澄ませた。
「索敵……」
意識のレーダーを広げる。
ボス部屋前の長い通路には反応なし。
だが、その先――100階層の広間へと続く十字路付近に、複数の反応があった。
「……いるな。十字路の先に三体。反応の感じからして、スケルトンかリザードマンだ」
「いきなり三体……。いえ、検証相手には丁度いい数ですね」
「ああ。まずは俺の『土魔法』を試す。雫ちゃんは俺の後ろで待機しててくれ」
「分かりました」
俺たちは慎重に足音を殺し、十字路へと接近した。
角からそっと覗き込むと、カシャカシャと乾いた音を立てて徘徊する、白い骨の集団が見えた。
スケルトン・ソルジャーだ。
以前の俺なら、三体同時は脅威だった。だが、今の俺には魔法がある。
俺は敵に見つかる前に、通路の地形を確認した。
幅は約三メートル。高さも三メートル。
ここなら、アレがいける。
「……よし、いくぞ」
俺は通路の中央に躍り出ると、スケルトンたちに向かって右手を突き出した。
イメージするのは、壁。
ただの土壁じゃない。現場で何度も見てきた、頑丈なコンクリートブロックの遮蔽物だ。
魔力を練り上げ、地面の土壌データ(成分)を書き換える。
「出ろ! 『クリエイト・アース(土生成)』!!」
ズズズズズッ……!!
俺の声と共に、地面が隆起した。
まるで早送り映像のように土が盛り上がり、凝縮され、俺のイメージ通りの形状へと固定される。
現れたのは、高さ1メートル、幅3メートルほどの、分厚い「土の壁(バリケード)」だ。
通路の幅いっぱいに広がったその壁は、敵と俺たちを完全に分断した。
「ギギッ!?」
突然現れた壁に、突進してこようとしたスケルトンたちが急ブレーキをかける。
ガシャッ、と一番前の個体が壁にぶつかったが、壁はビクともしない。
強度は十分。まるでコンクリートだ。
「す、すごいです……! 一瞬で壁ができちゃいました!」
「成功だな。これなら敵の足止めができる」
俺はバリケードの影に隠れながら、ニヤリと笑った。
高さ1メートルというのがミソだ。
敵はこちらに来れないが、こちらからは一方的に攻撃ができる。
つまり、ここは即席の「トーチカ(特火点)」だ。
「さあ、雫ちゃん。ここからなら安全に撃ち放題だ。昨日の水魔法、試してみるか?」
「はい! いきます!」
雫ちゃんがバリケードからひょこっと顔を出し、杖を向けた。
「いきます! 『ウォーターボール』!」
雫ちゃんが杖を振り抜くと、昨日検証したビーチボール大の水球が放たれた。
ボヨン、という少し間の抜けた音と共に、水球は先頭のスケルトンの頭部をすっぽりと包み込んだ。
「やった! 入りました!」
「よし、そのまま窒息……させ……」
俺はそこで言葉を詰まらせた。
水球の中で、スケルトンは平然と顎をカチカチ鳴らし、水を被ったまま元気に壁を殴り続けているのだ。
「……あ」
「……あ」
俺と雫ちゃんの声が重なった。
「佐東さん……骨には肺がありません」
「……そうだな。窒息させる機能がない相手には、ただの洗顔だな」
完全に盲点だった。
対生物なら最強クラスの拘束・窒息魔法も、呼吸をしないアンデッドやゴーレム相手には無力。
早くも水魔法の弱点が露呈した形だ。
「気を取り直して、いつものやつでいこう。氷だ」
「はい! 今度は外しません!」
雫ちゃんは表情を引き締め、再び杖を構えた。
目の前には、壁を乗り越えようともがくスケルトンたちの頭がある。
距離はわずか2メートル。
壁のおかげで敵の攻撃は届かない。これ以上ない、最高の射撃練習場だ。
「ターゲット確認……固定。……『アイスボール』!」
ヒュンッ! バォンッ!
至近距離から放たれた氷の礫(つぶて)が、濡れたスケルトンの頭蓋骨に直撃した。
まるでハンマーで叩いたように、頭骨が粉々に砕け散る。
魔石を支える核を失ったスケルトンは、糸が切れたように崩れ落ち、ただの骨の山に戻った。
「次! 二体目!」
「『アイスボール』!」
バォンッ!
「三体目! 右だ!」
「はいッ!」
バォンッ!
ものの十秒だった。
かつて俺が、盾を構えて冷や汗をかきながら、命懸けの格闘戦を演じていた相手。
それが、一方的な「的当てゲーム」として処理されてしまった。
「……す、すごいです。一歩も動かずに勝てちゃいました」
雫ちゃん自身も、その呆気なさに驚いているようだ。
俺は崩れ落ちた骨の山を見下ろし、小さく震えた。
これは、革命だ。
「俺の『土魔法』で足止めし、安全圏から雫ちゃんの『魔法』で仕留める……。完璧なコンビネーションだ」
これまでの俺の戦いは、敵の攻撃を受け止め、隙を見て反撃する「カウンター戦法」だった。常にリスクと痛みが伴う。
だが、この戦法なら「ノーダメージ」で勝てる。
タンクがバリケードを築き、アタッカーが処理する。
実に効率的で、安全第一な戦い方だ。
「よし、この調子で少し先まで進んでみよう。この戦法が他の魔物にも通じるか検証だ」
「はい! 任せてください、佐東さん!」
俺たちは自信を深め、さらにダンジョンの奥へと進んだ。
その後も、リザードマンやオークといった中型の魔物が現れたが、結果は同じだった。
敵を見つける。
俺が『クリエイト・アース』で通路を塞ぐ。
雫ちゃんが壁の向こうから魔法を撃ち込む。
終了。
リザードマンの槍も、オークの棍棒も、俺が作った圧縮土壌の壁を傷つけるだけで、後ろにいる俺たちには届かない。
俺たちは文字通り、移動する要塞と化していた。
・
・
・
「……ふぅ。魔力も減ってきたし、そろそろ戻ろうか」
一時間ほどの狩りを終え、俺たちは拠点へと戻ることにした。
検証は大成功だ。
俺は去り際に、最初に作った土壁を振り返った。
パラパラ……サラサラ……。
戦闘中はあんなに硬かった土壁が、今はもう乾燥した砂のように崩れ、元の地面へと戻り始めている。
『クリエイト・アース』で固定された形状は、魔力の供給が断たれると、時間経過とともに風化し、自然に消滅するらしい。又は発現可能な制限時間に達するか。
後片付け不要。現場復帰も完璧。
まさに、立つ鳥跡を濁さずだ。
「お疲れ様でした、佐東さん。土魔法って、本当に便利ですね。片付けまで全自動なんて」
「ああ。地味だが、使い方次第で最強の盾になる。……それに、何より」
俺は、怪我ひとつなく、泥汚れさえついていない彼女の笑顔を見た。
「君を危険に晒さずに済むのが、一番の利点だな」
「ふぇっ!?」
俺が何気なく言うと、雫ちゃんはカァッと顔を赤くし、杖を抱きしめて俯いた。
「も、もう……佐東さんは、さらっとそういうこと言うんですから……」
「ん? 事実だろ?」
「そういうとこですよ! ……あーもう、ドキドキして損しました!」
彼女はぷりぷりと怒ったふりをしながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
その痛みすら心地よい。
俺たちは軽口を叩き合いながら、安全地帯の扉をくぐった。
物理的にも、戦術的にも、そして精神的にも。
俺たちのダンジョン攻略は、かつてないほど安定軌道に乗り始めていた。
――そう、この時までは。
俺たちは知らなかったのだ。
この「安定」こそが、ダンジョンが探索者を油断させ、喰らいつくための撒き餌であるということを。
ひんやりとした空気が肌を刺す。
この冷気が、少し火照ったままだった俺の頬を冷やしてくれたおかげで、ようやく仕事モードへと頭を切り替えることができた。
「……よし。まずは索敵からだ」
「はい。お願いします、佐東さん」
背後の雫ちゃんも、少し声が上擦っているものの、杖を構えて真剣な表情に戻っている。
朝の「おはようのキス(事故)」は、お互いノーカウント。
あれは親子愛の延長だ。海外の挨拶みたいなもんだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は神経を研ぎ澄ませた。
「索敵……」
意識のレーダーを広げる。
ボス部屋前の長い通路には反応なし。
だが、その先――100階層の広間へと続く十字路付近に、複数の反応があった。
「……いるな。十字路の先に三体。反応の感じからして、スケルトンかリザードマンだ」
「いきなり三体……。いえ、検証相手には丁度いい数ですね」
「ああ。まずは俺の『土魔法』を試す。雫ちゃんは俺の後ろで待機しててくれ」
「分かりました」
俺たちは慎重に足音を殺し、十字路へと接近した。
角からそっと覗き込むと、カシャカシャと乾いた音を立てて徘徊する、白い骨の集団が見えた。
スケルトン・ソルジャーだ。
以前の俺なら、三体同時は脅威だった。だが、今の俺には魔法がある。
俺は敵に見つかる前に、通路の地形を確認した。
幅は約三メートル。高さも三メートル。
ここなら、アレがいける。
「……よし、いくぞ」
俺は通路の中央に躍り出ると、スケルトンたちに向かって右手を突き出した。
イメージするのは、壁。
ただの土壁じゃない。現場で何度も見てきた、頑丈なコンクリートブロックの遮蔽物だ。
魔力を練り上げ、地面の土壌データ(成分)を書き換える。
「出ろ! 『クリエイト・アース(土生成)』!!」
ズズズズズッ……!!
俺の声と共に、地面が隆起した。
まるで早送り映像のように土が盛り上がり、凝縮され、俺のイメージ通りの形状へと固定される。
現れたのは、高さ1メートル、幅3メートルほどの、分厚い「土の壁(バリケード)」だ。
通路の幅いっぱいに広がったその壁は、敵と俺たちを完全に分断した。
「ギギッ!?」
突然現れた壁に、突進してこようとしたスケルトンたちが急ブレーキをかける。
ガシャッ、と一番前の個体が壁にぶつかったが、壁はビクともしない。
強度は十分。まるでコンクリートだ。
「す、すごいです……! 一瞬で壁ができちゃいました!」
「成功だな。これなら敵の足止めができる」
俺はバリケードの影に隠れながら、ニヤリと笑った。
高さ1メートルというのがミソだ。
敵はこちらに来れないが、こちらからは一方的に攻撃ができる。
つまり、ここは即席の「トーチカ(特火点)」だ。
「さあ、雫ちゃん。ここからなら安全に撃ち放題だ。昨日の水魔法、試してみるか?」
「はい! いきます!」
雫ちゃんがバリケードからひょこっと顔を出し、杖を向けた。
「いきます! 『ウォーターボール』!」
雫ちゃんが杖を振り抜くと、昨日検証したビーチボール大の水球が放たれた。
ボヨン、という少し間の抜けた音と共に、水球は先頭のスケルトンの頭部をすっぽりと包み込んだ。
「やった! 入りました!」
「よし、そのまま窒息……させ……」
俺はそこで言葉を詰まらせた。
水球の中で、スケルトンは平然と顎をカチカチ鳴らし、水を被ったまま元気に壁を殴り続けているのだ。
「……あ」
「……あ」
俺と雫ちゃんの声が重なった。
「佐東さん……骨には肺がありません」
「……そうだな。窒息させる機能がない相手には、ただの洗顔だな」
完全に盲点だった。
対生物なら最強クラスの拘束・窒息魔法も、呼吸をしないアンデッドやゴーレム相手には無力。
早くも水魔法の弱点が露呈した形だ。
「気を取り直して、いつものやつでいこう。氷だ」
「はい! 今度は外しません!」
雫ちゃんは表情を引き締め、再び杖を構えた。
目の前には、壁を乗り越えようともがくスケルトンたちの頭がある。
距離はわずか2メートル。
壁のおかげで敵の攻撃は届かない。これ以上ない、最高の射撃練習場だ。
「ターゲット確認……固定。……『アイスボール』!」
ヒュンッ! バォンッ!
至近距離から放たれた氷の礫(つぶて)が、濡れたスケルトンの頭蓋骨に直撃した。
まるでハンマーで叩いたように、頭骨が粉々に砕け散る。
魔石を支える核を失ったスケルトンは、糸が切れたように崩れ落ち、ただの骨の山に戻った。
「次! 二体目!」
「『アイスボール』!」
バォンッ!
「三体目! 右だ!」
「はいッ!」
バォンッ!
ものの十秒だった。
かつて俺が、盾を構えて冷や汗をかきながら、命懸けの格闘戦を演じていた相手。
それが、一方的な「的当てゲーム」として処理されてしまった。
「……す、すごいです。一歩も動かずに勝てちゃいました」
雫ちゃん自身も、その呆気なさに驚いているようだ。
俺は崩れ落ちた骨の山を見下ろし、小さく震えた。
これは、革命だ。
「俺の『土魔法』で足止めし、安全圏から雫ちゃんの『魔法』で仕留める……。完璧なコンビネーションだ」
これまでの俺の戦いは、敵の攻撃を受け止め、隙を見て反撃する「カウンター戦法」だった。常にリスクと痛みが伴う。
だが、この戦法なら「ノーダメージ」で勝てる。
タンクがバリケードを築き、アタッカーが処理する。
実に効率的で、安全第一な戦い方だ。
「よし、この調子で少し先まで進んでみよう。この戦法が他の魔物にも通じるか検証だ」
「はい! 任せてください、佐東さん!」
俺たちは自信を深め、さらにダンジョンの奥へと進んだ。
その後も、リザードマンやオークといった中型の魔物が現れたが、結果は同じだった。
敵を見つける。
俺が『クリエイト・アース』で通路を塞ぐ。
雫ちゃんが壁の向こうから魔法を撃ち込む。
終了。
リザードマンの槍も、オークの棍棒も、俺が作った圧縮土壌の壁を傷つけるだけで、後ろにいる俺たちには届かない。
俺たちは文字通り、移動する要塞と化していた。
・
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「……ふぅ。魔力も減ってきたし、そろそろ戻ろうか」
一時間ほどの狩りを終え、俺たちは拠点へと戻ることにした。
検証は大成功だ。
俺は去り際に、最初に作った土壁を振り返った。
パラパラ……サラサラ……。
戦闘中はあんなに硬かった土壁が、今はもう乾燥した砂のように崩れ、元の地面へと戻り始めている。
『クリエイト・アース』で固定された形状は、魔力の供給が断たれると、時間経過とともに風化し、自然に消滅するらしい。又は発現可能な制限時間に達するか。
後片付け不要。現場復帰も完璧。
まさに、立つ鳥跡を濁さずだ。
「お疲れ様でした、佐東さん。土魔法って、本当に便利ですね。片付けまで全自動なんて」
「ああ。地味だが、使い方次第で最強の盾になる。……それに、何より」
俺は、怪我ひとつなく、泥汚れさえついていない彼女の笑顔を見た。
「君を危険に晒さずに済むのが、一番の利点だな」
「ふぇっ!?」
俺が何気なく言うと、雫ちゃんはカァッと顔を赤くし、杖を抱きしめて俯いた。
「も、もう……佐東さんは、さらっとそういうこと言うんですから……」
「ん? 事実だろ?」
「そういうとこですよ! ……あーもう、ドキドキして損しました!」
彼女はぷりぷりと怒ったふりをしながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
その痛みすら心地よい。
俺たちは軽口を叩き合いながら、安全地帯の扉をくぐった。
物理的にも、戦術的にも、そして精神的にも。
俺たちのダンジョン攻略は、かつてないほど安定軌道に乗り始めていた。
――そう、この時までは。
俺たちは知らなかったのだ。
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