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第3話 ポータから出たのは
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思考は衝撃によって弾け飛んだ。
体が宙に浮く感覚と、耳を劈く馬の嘶き、木が砕け散る轟音が、ディノッゾの世界のすべてだった。崖側へと猛烈な勢いで傾いていく馬車。このままでは、馬もろとも奈落の底へ引きずり込まれる。死を覚悟した、その刹那。
「――ッ!」
隣に座っていたポータの腕が、ディノッゾの襟首を鷲掴みにした。それは救いの手というにはあまりに乱暴な、骨が軋むほどの力。次の瞬間、ディノッゾの体は、まるで荷物のように御者台から崖とは反対側の法面へと放り投げられていた。
地面に叩きつけられる寸前、彼の視界の端に、もう一つの小さな影が宙を舞うのが見えた。メイドのリリアだ。彼女もまた、誰かの手によって、死の運命を辿る馬車から引き剥がされたのだ。
直後、背中を焼かれるような熱波が襲う。遅れて届いた地を揺るがす咆哮が、ディノッゾの体を再び落ち葉のように舞い上げ、無慈悲に地面へと叩きつけた。岩や木の根に全身を何度も打ち付けられ、そのたびに激痛が走る。
「ぐっ・・・があぁっ!」
ようやく動きが止まった時、ディノッゾは自分がかろうじて崖の縁に転がっていることを理解した。だが、その体はもはや正常な形を保っていない。左脚は明後日の方向を向き、骨が神経を直接削るような激痛が絶え間なく脳を焼く。咳き込むと、口から生暖かい鉄の味が込み上げてきた。
「・・・くそっ、マジかよ」
肺をやられている。このままでは、あと数分ももたないだろう。
生きるか、死ぬか。
その二択が、目の前の光景によって突きつけられた。
ずり、と鈍い音を立てて、誰かの体が法面の上の方から滑り降りてきた。すぐ隣に滑り降りてきた見覚えのある革鎧。先ほどまで隣で言葉を交わしていた、ポータの成れの果て。その首はありえない角度、つまりほぼ直角に折れ曲がり、首の骨が折れたことにより絶命しているのは明らかだった。
その亡骸から、ボコッ、ブシュッ、という不気味で湿った音が響く。次の瞬間、体の中から凄まじい勢いで、様々なものが辺り一面に撒き散らされた。剣、斧、ポーションの瓶、見たこともない巻物・・・
収納ギフト持ちが死ぬと、体内のアイテムが強制的に排出される。冒険者たちの間で囁かれる噂は、どうやら真実だったらしい。
死がすぐそこまで迫っていると、己の身体が悲鳴をあげる中、ディノッゾの足元に、ことり、と二つのものが転がった。
一つは、上質なガラス瓶の中で青白い光を放つ、上級回復ポーション。
そしてもう一つは、ヴァルハラ・ブレイドの誰かのものと思しき、見事な装飾が施された一本の槍だった。
ポータが預かっていたものだと分かっている。死体から物を漁るのは外道のすることだ。だが、そんな倫理観は、喉元まで迫る死の冷たさの前では何の役にも立たなかった。
命には、代えられない。
震える腕を伸ばし、泥にまみれた手で、迷いなく上級回復ポーションの瓶を掴む。蓋をこじ開け、年収の倍はするであろう代物を一気に飲み干した。
ポーションの効果は、劇的だった。
貫かれていたような胸の痛みが嘘のように引き、ぜいぜいと喘ぐことしかできなかった呼吸が、驚くほど楽になる。致命傷は、確かに塞がったのだ。
「はぁ、はぁ・・・助かっ、たのか・・・?」
死の淵から引き戻されたことで、ディノッゾはようやく周囲を見回す余裕を取り戻した。自分は助かった。だが、他の者は?
彼は槍を杖代わりに、痛みの残る脚を引きずりながら、生存者を探して瓦礫の中を歩き始めた。そして、崖の淵でぐったりと横たわるリリアの姿を発見する。
「おい、しっかりしろ!」
駆け寄り、その体を抱きかかえる。だが、少女の体はぐったりとして力なく、その小さな唇の端からは、一筋の血が流れていた。内臓をやられている。このままでは死ぬ。
回復ポーションを飲ませなければ。
ディノッゾは必死に周囲を見回した。だが、それらしい瓶などどこにも見当たらない。
「しまった・・・!」
自分のことしか考えず、貴重なポーションを一滴残らず飲み干してしまった事実に、血の気が引く。
「そうだと分かっていたら、飲み干さなかったのに・・・! まずいな・・・このままじゃ・・・」
万策尽きた、と唇を噛んだその時だった。そうだ、と脳裏に、一年前に別れた男の、やけに楽しそうな声が蘇った。ジェスロ。隣国からこの国へ来た時に世話になった、同い年の冒険者。
『ディノッゾさん、世話になったな。こいつは餞別だ。中級回復ポーションほどの効き目がある丸薬でな。このペンダントに入れておけばいい。いざって時は飲めなくても喉を開けて無理やり放り込めばいい』
ディノッゾは首に下げていた安物のペンダントを引きちぎるように外すと、蓋をこじ開けた。中から、黒くて小さな丸薬が転がり出る。
「ジェスロの奴・・・一年も前の代物だ。効果があるかなんて分からねえ。だが、今はこれに賭けるしかねえんだ!」
ディノッゾは覚悟を決めると、少女の小さな口を無理やりこじ開け、その喉の奥へと丸薬を押し込んだ。
そして、彼女を腕にしっかりと抱きかかえ、傍らの槍を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
その、瞬間だった。
ゴオオオオオオオン!!!
崖下から、これまでとは比較にならないほどの轟音が響き渡り、足元の地面が、ビリビリと激しく震えた。ヴァルハラ・ブレイドの大魔法か、ドラゴンのブレスか。元々脆くなっていた崖が、その最後の一撃に耐えきれなかったのだ。
「―――まずい!」
ディノッゾの足元に、凄まじい勢いで亀裂が走る。
支えを失った地面は、ディノッゾと、その腕の中に抱いたメイドと共に抗う術もなく、落下を始めた。
崖下・・・ドラゴンがいるであろうその真上に向かって、真っ逆さまに。
ディノッゾは無意識のうちに腕の中の小さな体と、杖がわりに持っていた槍を強く、壊れそうなくらいに強く抱きしめていた。
体が宙に浮く感覚と、耳を劈く馬の嘶き、木が砕け散る轟音が、ディノッゾの世界のすべてだった。崖側へと猛烈な勢いで傾いていく馬車。このままでは、馬もろとも奈落の底へ引きずり込まれる。死を覚悟した、その刹那。
「――ッ!」
隣に座っていたポータの腕が、ディノッゾの襟首を鷲掴みにした。それは救いの手というにはあまりに乱暴な、骨が軋むほどの力。次の瞬間、ディノッゾの体は、まるで荷物のように御者台から崖とは反対側の法面へと放り投げられていた。
地面に叩きつけられる寸前、彼の視界の端に、もう一つの小さな影が宙を舞うのが見えた。メイドのリリアだ。彼女もまた、誰かの手によって、死の運命を辿る馬車から引き剥がされたのだ。
直後、背中を焼かれるような熱波が襲う。遅れて届いた地を揺るがす咆哮が、ディノッゾの体を再び落ち葉のように舞い上げ、無慈悲に地面へと叩きつけた。岩や木の根に全身を何度も打ち付けられ、そのたびに激痛が走る。
「ぐっ・・・があぁっ!」
ようやく動きが止まった時、ディノッゾは自分がかろうじて崖の縁に転がっていることを理解した。だが、その体はもはや正常な形を保っていない。左脚は明後日の方向を向き、骨が神経を直接削るような激痛が絶え間なく脳を焼く。咳き込むと、口から生暖かい鉄の味が込み上げてきた。
「・・・くそっ、マジかよ」
肺をやられている。このままでは、あと数分ももたないだろう。
生きるか、死ぬか。
その二択が、目の前の光景によって突きつけられた。
ずり、と鈍い音を立てて、誰かの体が法面の上の方から滑り降りてきた。すぐ隣に滑り降りてきた見覚えのある革鎧。先ほどまで隣で言葉を交わしていた、ポータの成れの果て。その首はありえない角度、つまりほぼ直角に折れ曲がり、首の骨が折れたことにより絶命しているのは明らかだった。
その亡骸から、ボコッ、ブシュッ、という不気味で湿った音が響く。次の瞬間、体の中から凄まじい勢いで、様々なものが辺り一面に撒き散らされた。剣、斧、ポーションの瓶、見たこともない巻物・・・
収納ギフト持ちが死ぬと、体内のアイテムが強制的に排出される。冒険者たちの間で囁かれる噂は、どうやら真実だったらしい。
死がすぐそこまで迫っていると、己の身体が悲鳴をあげる中、ディノッゾの足元に、ことり、と二つのものが転がった。
一つは、上質なガラス瓶の中で青白い光を放つ、上級回復ポーション。
そしてもう一つは、ヴァルハラ・ブレイドの誰かのものと思しき、見事な装飾が施された一本の槍だった。
ポータが預かっていたものだと分かっている。死体から物を漁るのは外道のすることだ。だが、そんな倫理観は、喉元まで迫る死の冷たさの前では何の役にも立たなかった。
命には、代えられない。
震える腕を伸ばし、泥にまみれた手で、迷いなく上級回復ポーションの瓶を掴む。蓋をこじ開け、年収の倍はするであろう代物を一気に飲み干した。
ポーションの効果は、劇的だった。
貫かれていたような胸の痛みが嘘のように引き、ぜいぜいと喘ぐことしかできなかった呼吸が、驚くほど楽になる。致命傷は、確かに塞がったのだ。
「はぁ、はぁ・・・助かっ、たのか・・・?」
死の淵から引き戻されたことで、ディノッゾはようやく周囲を見回す余裕を取り戻した。自分は助かった。だが、他の者は?
彼は槍を杖代わりに、痛みの残る脚を引きずりながら、生存者を探して瓦礫の中を歩き始めた。そして、崖の淵でぐったりと横たわるリリアの姿を発見する。
「おい、しっかりしろ!」
駆け寄り、その体を抱きかかえる。だが、少女の体はぐったりとして力なく、その小さな唇の端からは、一筋の血が流れていた。内臓をやられている。このままでは死ぬ。
回復ポーションを飲ませなければ。
ディノッゾは必死に周囲を見回した。だが、それらしい瓶などどこにも見当たらない。
「しまった・・・!」
自分のことしか考えず、貴重なポーションを一滴残らず飲み干してしまった事実に、血の気が引く。
「そうだと分かっていたら、飲み干さなかったのに・・・! まずいな・・・このままじゃ・・・」
万策尽きた、と唇を噛んだその時だった。そうだ、と脳裏に、一年前に別れた男の、やけに楽しそうな声が蘇った。ジェスロ。隣国からこの国へ来た時に世話になった、同い年の冒険者。
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ディノッゾは首に下げていた安物のペンダントを引きちぎるように外すと、蓋をこじ開けた。中から、黒くて小さな丸薬が転がり出る。
「ジェスロの奴・・・一年も前の代物だ。効果があるかなんて分からねえ。だが、今はこれに賭けるしかねえんだ!」
ディノッゾは覚悟を決めると、少女の小さな口を無理やりこじ開け、その喉の奥へと丸薬を押し込んだ。
そして、彼女を腕にしっかりと抱きかかえ、傍らの槍を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
その、瞬間だった。
ゴオオオオオオオン!!!
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