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第24話 セオドニックへの道
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セスティーナは、もはや何も言えなかった。
目の前で起きていることは、聖騎士である彼女の知識や常識を、遥かに、遥かに超えていた。彼女は、ただ、この煤けた服を着た少女と、人の良さそうな中年の男性が、自分たちとは全く違う理(ことわり)で動く、規格外の存在なのだという事実を、改めて認識するしかなかった。
その、あまりにも重い沈黙を破ったのは、ディノッゾの、いつもと変わらない、のんびりとした声だった。
「さて、と。じゃあ、街までの道を知りたい。教えてもらえるか?確か向こうにあるよな?」
その声で、セスティーナははっと我に返った。
「……は、はい! もちろんです! 全員、負傷者を担いで撤収準備! ディノッゾ殿とリリア様を、セオドニックまでお護りする!」
彼女が発した「殿、様」という敬称に、ディノッゾは顔をしかめたが、セスティーナの真剣な眼差しを見て、何も言わないことにした。
「ディノッゾ殿、その申し訳ないのですが、馬車は全て負傷者を運ぶのに使わざるを得ず、時になってしまうのです」
「ああ、勿論だ。負傷者を早く町に連れて行ってください。救える命は救いたい」
「そう言っていただけるとありがたい。リリア様は大丈夫でしょうか?なんなら馬を用意します」
「セスティーナさん、ありがとうございます! でも、リリアは平気です。ディノと、セスティーナさんと一緒に歩きたいです!」
兵士たちは、先ほどまでとは打って変わって、畏怖と尊敬の念が入り混じった目でディノッゾたちを遠巻きにしながら、慌ただしく動き始める。
セオドニックの街への道中、セスティーナは、ディノッゾのすぐ隣を歩いた。
彼女は、何度も何かを問いただそうとしては、言葉を飲み込む、ということを繰り返していた。やがて、意を決したように、口を開いた。
「……ディノッゾ殿。失礼を承知でお伺いします」
「ん?」
「貴殿は隣国ギャルダル帝国で起きたという、ドラゴン騒動に関わっておいでですか?」
彼女の真剣な問いに、ディノッゾはあっさりと頷いた。
「ああ。あの討伐隊に馬車の御者として参加していたんだ。ヴァルハラ・ブレイドとかいう、Sランクの連中のな。この子はそいつらの世話役として」
「やはり……! では、その討伐隊は……そして、ドラゴンは……」
「さあな」ディノッゾは、首を横に振った。「俺たちの目の前で、奴らと俺たちが乗ってた馬車が吹き飛んで、そこから先はもう無茶苦茶だ。崖から落ちて、気づいたら川の中よ。奴らがどうなったか、ドラゴンがどうなったかなんて、知るわけがねえ」
彼の言葉に嘘はない。だが、セスティーナは確信した。この男が、何かを知っている。いや、何かをしたのだと。
「……そうですか。実は、我々がこれほど厳戒態勢を敷いているのには、理由があります」
セスティーナは、探るような目でディノッゾを見た。
「三日前の夜、死の森の方角から、天を突くほどの巨大な光の柱が観測されたのです。我々は、それをギャルダル帝国の新型魔導兵器か、あるいは、森に眠る災厄級の魔獣が目覚めた兆候かと、警戒しておりました」
(……三日前の夜の、光の柱)
ディノッゾの脳裏に、自分が悪ふざけで放ってしまった、あの馬鹿げたビームの光景がまざまざと蘇った。
(……俺か)
「すまねえ。よくわからないな。すくなくともそんな魔物の気配は感じなかったな」
原因が百パーセント自分であると確信したディノッゾは、冷や汗をかきながら、必死に興味のないふりをして空を見上げた。
嘘は良くない。見抜かれかねない。
セスティーナのその瞳は全ての嘘を見抜くのではないか?というほどの強さを覚えた。
だから嘘ではないが、本当のことを伏せた。
ドラゴンもそうだ。確かに崩れ落ちるのは見たが、まだ生きていた。
多分奴らが倒したのだろうが、死体を見たわけではない。
・
・
・
一行が半ばまで歩いたところで、街の方から、慌てて向かってくる一台の馬車が見えた。
街からの迎えだろう。だが、セスティーナの眉が、わずかに曇る。やって来たのは、貴人を乗せるための優雅な客室馬車ではなく、ただの荷馬車だったのだ。
おそらく、負傷者輸送で、全ての客室馬車が出払ってしまっているのだろう。
「申し訳ありません、ディノッゾ殿。このようなもので……」
「いや、歩くより百万倍マシだ。ありがてえ」
一行は、その荷馬車の荷台に乗り込んだ。
だが、馬車が走り出した途端、ディノッゾの顔が険しくなった。
ガタン、ゴトン、と不規則で暴力的な揺れ。馬のいななき。手綱を握る若い兵士の腕が、あまりにも未熟なのだ。
「……おい」
数分の我慢の後、ディノッゾはついに耐えきれず、御者台にいる若い兵士に声をかけた。
「ちょっと、代われ」
「えっ?」
「馬の扱いがなっていないぞ。よく見とけ!」
ディノッゾは、兵士の返事も待たず、強引に御者台を奪うと、手綱を握った。
その瞬間、セスティーナは驚いた。
あれほど暴れていた荷馬車の揺れが、嘘のようにすっと収まり、荒い息をついていた馬も、落ち着きを取り戻したからだ。まるで、馬と御者が一体になったかのような、滑らかな走り。
セスティーナは、呆然と、しかし確信を持って尋ねた。
「……冗談ではないのですね? 本当に、御者なのですね」
「うん」
ディノッゾは、前を向いたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「ドラゴン退治に行く馬車の御者してたら、ドラゴンに襲われたの」
その、あまりにも突拍子もない言葉に、セスティーナが言葉を失っていると、隣からリリアが楽しそうに付け加えた。
「でも、ディノの馬車、とっても快適だったんですよ。……壊れちゃったけど」
その無邪気な言葉が、彼らがくぐり抜けてきた過酷な現実を、何よりも雄弁に物語っていた。
セスティーナは、ただ、その男の、広く、そして頼もしい背中を見つめることしかできなかった。
目の前で起きていることは、聖騎士である彼女の知識や常識を、遥かに、遥かに超えていた。彼女は、ただ、この煤けた服を着た少女と、人の良さそうな中年の男性が、自分たちとは全く違う理(ことわり)で動く、規格外の存在なのだという事実を、改めて認識するしかなかった。
その、あまりにも重い沈黙を破ったのは、ディノッゾの、いつもと変わらない、のんびりとした声だった。
「さて、と。じゃあ、街までの道を知りたい。教えてもらえるか?確か向こうにあるよな?」
その声で、セスティーナははっと我に返った。
「……は、はい! もちろんです! 全員、負傷者を担いで撤収準備! ディノッゾ殿とリリア様を、セオドニックまでお護りする!」
彼女が発した「殿、様」という敬称に、ディノッゾは顔をしかめたが、セスティーナの真剣な眼差しを見て、何も言わないことにした。
「ディノッゾ殿、その申し訳ないのですが、馬車は全て負傷者を運ぶのに使わざるを得ず、時になってしまうのです」
「ああ、勿論だ。負傷者を早く町に連れて行ってください。救える命は救いたい」
「そう言っていただけるとありがたい。リリア様は大丈夫でしょうか?なんなら馬を用意します」
「セスティーナさん、ありがとうございます! でも、リリアは平気です。ディノと、セスティーナさんと一緒に歩きたいです!」
兵士たちは、先ほどまでとは打って変わって、畏怖と尊敬の念が入り混じった目でディノッゾたちを遠巻きにしながら、慌ただしく動き始める。
セオドニックの街への道中、セスティーナは、ディノッゾのすぐ隣を歩いた。
彼女は、何度も何かを問いただそうとしては、言葉を飲み込む、ということを繰り返していた。やがて、意を決したように、口を開いた。
「……ディノッゾ殿。失礼を承知でお伺いします」
「ん?」
「貴殿は隣国ギャルダル帝国で起きたという、ドラゴン騒動に関わっておいでですか?」
彼女の真剣な問いに、ディノッゾはあっさりと頷いた。
「ああ。あの討伐隊に馬車の御者として参加していたんだ。ヴァルハラ・ブレイドとかいう、Sランクの連中のな。この子はそいつらの世話役として」
「やはり……! では、その討伐隊は……そして、ドラゴンは……」
「さあな」ディノッゾは、首を横に振った。「俺たちの目の前で、奴らと俺たちが乗ってた馬車が吹き飛んで、そこから先はもう無茶苦茶だ。崖から落ちて、気づいたら川の中よ。奴らがどうなったか、ドラゴンがどうなったかなんて、知るわけがねえ」
彼の言葉に嘘はない。だが、セスティーナは確信した。この男が、何かを知っている。いや、何かをしたのだと。
「……そうですか。実は、我々がこれほど厳戒態勢を敷いているのには、理由があります」
セスティーナは、探るような目でディノッゾを見た。
「三日前の夜、死の森の方角から、天を突くほどの巨大な光の柱が観測されたのです。我々は、それをギャルダル帝国の新型魔導兵器か、あるいは、森に眠る災厄級の魔獣が目覚めた兆候かと、警戒しておりました」
(……三日前の夜の、光の柱)
ディノッゾの脳裏に、自分が悪ふざけで放ってしまった、あの馬鹿げたビームの光景がまざまざと蘇った。
(……俺か)
「すまねえ。よくわからないな。すくなくともそんな魔物の気配は感じなかったな」
原因が百パーセント自分であると確信したディノッゾは、冷や汗をかきながら、必死に興味のないふりをして空を見上げた。
嘘は良くない。見抜かれかねない。
セスティーナのその瞳は全ての嘘を見抜くのではないか?というほどの強さを覚えた。
だから嘘ではないが、本当のことを伏せた。
ドラゴンもそうだ。確かに崩れ落ちるのは見たが、まだ生きていた。
多分奴らが倒したのだろうが、死体を見たわけではない。
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一行が半ばまで歩いたところで、街の方から、慌てて向かってくる一台の馬車が見えた。
街からの迎えだろう。だが、セスティーナの眉が、わずかに曇る。やって来たのは、貴人を乗せるための優雅な客室馬車ではなく、ただの荷馬車だったのだ。
おそらく、負傷者輸送で、全ての客室馬車が出払ってしまっているのだろう。
「申し訳ありません、ディノッゾ殿。このようなもので……」
「いや、歩くより百万倍マシだ。ありがてえ」
一行は、その荷馬車の荷台に乗り込んだ。
だが、馬車が走り出した途端、ディノッゾの顔が険しくなった。
ガタン、ゴトン、と不規則で暴力的な揺れ。馬のいななき。手綱を握る若い兵士の腕が、あまりにも未熟なのだ。
「……おい」
数分の我慢の後、ディノッゾはついに耐えきれず、御者台にいる若い兵士に声をかけた。
「ちょっと、代われ」
「えっ?」
「馬の扱いがなっていないぞ。よく見とけ!」
ディノッゾは、兵士の返事も待たず、強引に御者台を奪うと、手綱を握った。
その瞬間、セスティーナは驚いた。
あれほど暴れていた荷馬車の揺れが、嘘のようにすっと収まり、荒い息をついていた馬も、落ち着きを取り戻したからだ。まるで、馬と御者が一体になったかのような、滑らかな走り。
セスティーナは、呆然と、しかし確信を持って尋ねた。
「……冗談ではないのですね? 本当に、御者なのですね」
「うん」
ディノッゾは、前を向いたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「ドラゴン退治に行く馬車の御者してたら、ドラゴンに襲われたの」
その、あまりにも突拍子もない言葉に、セスティーナが言葉を失っていると、隣からリリアが楽しそうに付け加えた。
「でも、ディノの馬車、とっても快適だったんですよ。……壊れちゃったけど」
その無邪気な言葉が、彼らがくぐり抜けてきた過酷な現実を、何よりも雄弁に物語っていた。
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