ネット青春史―高校生だった僕がP2Pで見つけた秘密の世界

のすたる

文字の大きさ
20 / 23
外伝2章

第3話 アニソンライブ編

しおりを挟む
2006年。コミケの喧騒から少し季節が過ぎた頃。

僕たちの青春は、インターネットの「技術革新」と、ライブ会場の「身体的な熱狂」という、二つの極の間で、激しく揺れ動いていた。

P2Pで冷や汗をかきながらファイルを落としていた僕たちは、今、地上で堂々と「好き」を叫ぶための、新しい居場所を見つけていた。それが、アニソンライブだった。


秋の風が吹く池袋サンシャイン通りを歩いていると、僕の耳に高音でキラキラしたシンセと、どこか切ないメロディが流れてきた。──KOTOKOの「Re-sublimity」だった。

「おい、今度KOTOKOのライブあるらしいぞ! Zepp Tokyoだって!」

友人が興奮気味に言う。あのコミケ軍団の一人で、常に最新のアニソンCDを持ち歩く男だ。
ネットの海で拾ったライブレポを読んで、居ても立ってもいられなくなったらしい。

その頃、僕たちの世界では「アニメソング」が急速に変わりつつあった。
『ハルヒ』『なのは』『ひぐらし』『ゼロの使い魔』──オタク文化が市民権を得る直前の爆発期。
そしてその中心には、いつだって、当時の僕らが「最先端」と信じて疑わなかった音楽があった。

■ Zepp Tokyo、光る棒の海
初めて参加したアニソンライブは、2006年のKOTOKO LIVE TOUR 

会場はお台場のZepp Tokyo。観覧車の真下、海風が冷たい夜だった。

僕たちは物販列に並び、ツアータオルを買い、リストバンドを装着した。
手には一本ずつのサイリウム。
まだペンライトは主流ではなく、折って光らせる“ケミカルライト”が主流だった。

開演。

イントロが流れた瞬間、観客の一斉点灯──。
青、ピンク、緑。そして最も眩しい橙色の閃光が、波のように広がった。

「ウルトラオレンジ(UO)」
その名の通り、視界が焼けるほど明るいオレンジ色のサイリウムだ。
高密度マグネシウム粉入り、発光時間わずか5分。
曲の開始とともに“折る”ために、みんな胸ポケットに何本も忍ばせていた。

「KOTOKOーーーッ!!」

叫び声が飛ぶ。

あの瞬間、僕らの体温は40℃を超えていた気がする。
まるでアニメの中に吸い込まれたようだった。
P2Pの時代、ヘッドホンで密かに聴いていた音楽が、今、何百人という同志の熱狂の中で、肉体的な振動となって僕の鼓膜を震わせる。

これは、技術だけでは決して到達しえない、「共有の極地」だった。

ライブ文化とともに広がったのが、ヲタ芸だ。

今でこそSNSのミームになっているが、当時は「現場での礼儀」みたいなものだった。
ライブに欠かせない「儀式」として、僕たちの間に急速に浸透していった。

代表的なのはロマンス・サンダー・オウオウなどの型。
腕をクロスして突き上げ、回転し、掛け声を合わせる。
「ハイッ! ハイッ! セイッ! ハイッ!」というリズムが、ドラムの代わりにフロアを支配する。

この文化が拡大した裏側には、技術的な進化の波が確実にあった。

YouTubeがまだ黎明期だった頃、僕たちはニコニコ動画β版に誰かが上げた「ヲタ芸講座」動画を夜な夜な再生していた。
六畳の部屋で、蛍光灯を揺らしながら。

誰かの家に集まり、手作りのサイリウムを振って練習したのは、今思えば青春の形そのものだった。
ネットで解析した技を、現場で肉体を使って実践する。
それは、僕がP2Pで培った「技術の裏側を知ろうとする探求心」が、「身体的な表現欲」に変わった瞬間だった。


2007年、僕たちはついにAnimelo Summer Live(通称アニサマ)に参戦した。

場所はさいたまスーパーアリーナ。
まだ“アニメソング総決起集会”のような雰囲気で、今よりずっと実験的だった。

出演者は栗林みなみ、水樹奈々、JAM Project、angela、ALI PROJECT。

まさに当時の「アニメ界の主役たち」

入場時に配られた紙袋には「パンフレット・ペンライト・協賛企業のうちわ」

それだけでテンションが跳ね上がる。

この頃のアニサマはまだ一夜限りの祭典だった。
オタクたちが「自分の推しを見に行く」のではなく、「同じ空気を吸うために行く」場所。前の席の人と肩がぶつかっても、みんな笑ってた。

水樹奈々の曲が流れた瞬間、会場がオレンジに染まり、僕は泣きそうになった。
“アニメが好きでよかった”と思ったのは、あのときが初めてだったかもしれない。
それは、僕がP2Pという孤独な場所で得た「好き」という感情が、数万人に肯定された瞬間だった。


そして、僕たちの文化が「アニソンライブ」という形式で爆発的な衝撃を社会に与えたのが、「涼宮ハルヒの激奏」だった。

歴史的な初公演は2006年3月、東京厚生年金会館。
当時、深夜アニメのライブイベントなど、まだ誰も本気で想像していなかった。

平野綾、茅原実里、後藤邑子、杉田智和といったメインキャストが登壇し、
アニメ本編の文化祭ライブシーンを現実に再現するという、当時では考えられない企画だった。

 開幕で流れたのは『冒険でしょでしょ?』
平野綾がステージに現れた瞬間、観客が爆発する。
「ハルヒの中の平野綾」が「現実の平野綾」と重なった、まさに二次元と三次元の境界が崩れた夜。

ライブBDはプレミア化し、後年まで語り継がれる。
このイベントをきっかけに、「アニメ×声優×音楽」の融合が本格的に広がり、「声優ライブ」はアニソンライブの一つの大きな柱として確立した。

僕たちは、アニメの中のキャラクターに会いに行った。
そして、彼らが発する音楽が、僕たちを熱狂させた。
この流れは、アニメという文化を、ただ「見るもの」から「体験し、共有するもの」へと変えた。

「ハルヒ激奏」が声優ライブの道を切り開いた後、アニソンライブは次のフェーズへと移行する。
それが、「アーティスト」としての評価だった。

2010年。アニメ『Angel Beats!』で結成されたGirls Dead Monster(通称ガルデモ)。
そのボーカルを務めたのが、後にアニソン界の頂点に立つLiSAだった。

2010年、渋谷O-EASTで開かれたガルデモライブ。
ステージには“ユイ”の衣装をまとったLiSA。観客はピンクと赤のサイリウムを掲げて「一緒に歌えーーっ!」と叫ぶ。

彼女が歌う曲は、アニメのキャラクターソングでありながら、ロックバンド顔負けのエネルギーを放っていた。

それは、「アニメが好きかどうか」に関係なく、「純粋に音楽としてかっこいい」と評価される未来を示唆していた。

 まさか、後にこの人が日本武道館・東京ドームを満員にし、紅白歌合戦に出場するとは、当時誰も思っていなかった。

しかし、あの小さなライブハウスの天井を突き抜けるような彼女の声と、現場の熱狂は、SNSの黎明期を通じて、少しずつ、しかし確実に世間に広まっていった。


気づけば僕の部屋は、ライブチケットの半券とペンライトで埋め尽くされていた。
夏はコミケ、冬もコミケ。その合間に、Zepp、横浜BLITZ、そしてさいたまスーパーアリーナ。
現場を渡り歩くことが「日常」になっていた。

当時のライブ会場は今よりずっと“濃かった”。
男子率9割。タオルを首にかけ、Tシャツは汗で貼りつく。「マイミク募集中」と書かれた名刺を配る人もいた。

mixiが主流だったあの頃、現場で出会ってオンラインで再会する──そんな文化が自然に生まれていた。
これは、僕がP2Pで経験した「匿名での連帯」と、コミケで経験した「肉体的な熱狂」が、「SNS」という技術を通じて融合した、新しい時代のコミュニティの形だった。


KOTOKO、水樹奈々、そして後に続くLiSA──。
アニソンは「オタクの音楽」から「日本のポップカルチャー」へ変わり始めていた。

そして何より、みんなが笑っていた。推しを応援することが、誇りになった。


いま思えば、あの時代のライブハウスは小宇宙だった。

そこに集まる誰もが、アニメが好きで、音楽が好きで、同じ夢を見ていた。

「いつか、アニソンが武道館を埋める日が来る」と、本気で信じていた。

そして──それは本当に現実になった。

僕の青春のすべてだった技術への探求心は、この「熱狂を共有する場所」の裏側を支える力となった。
僕は、今、クリエイターとして、この熱狂をさらに広げるためのコンテンツを創造している。

ウルトラオレンジの光は、発光時間わずか5分。あっという間に消える。

でも、あの5分間の輝きは、いまでも僕の心の中で燃え続けている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファポリス投稿時間について

黒いテレキャス
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスに投稿する時間はいつ頃がベストなのか?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

情報弱者の物書きの駄文─24ptやインセンティブ、小説の書き方からGeminiくんの活用なんかについて─

河野彰
エッセイ・ノンフィクション
日々小説を書いていないと生きていられない物書きです。 目指すは小説でおやつが買えるくらいになること。 あと最近Gemini君と仲良しなのでその話をつらつらしていきます。

カクヨムでアカウント抹消されました。

たかつき
エッセイ・ノンフィクション
カクヨムでアカウント抹消された話。

処理中です...