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六話
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地主と言われると聞こえはいいが、妻になるはずの私から見ても、どこの土地の保有者なのだか知らなかった。
父とは世間話をするほど仲がいい訳でもないし、かと言って母もそこの説明は受けずのままだったらしい。
ほんわりと父から聞けたのは、土地の開発に努めるにあたってどうしようもなく必要な相手であるらしかった。向こう側を思えば、よく立花家などという成金一家と手を繋ごうと考えたものだ。大人の考える利権の思考は私にはまだよくわからない。
とは言えど、風潮を見れば察せるまではあった。
異文化を次から次へと取り入れている今現在、電気開発まで進んだのなら次は更に大きな商店街でも作る気なのだろう。
都会ほど盛り上がっている訳でもないが、かと言って田舎のように閑古鳥が鳴いている訳でもない。いい意味で混みすぎない小都会、悪い意味で中途半端な繁栄とも取れるこの街の進化の一手を入れるというところだろうか。
もちろん大きな店が経てば立花電工も受け入れる仕事はまた増える。
人通りの少ない従来の場所に工場を持つよりも、人の通りがある場所でそれこそ露店を組んでしまった方が、客呼びは遥かに容易で動員数も増すだろう。おまけに立花電工の立場は地主の息子の嫁の親ときた。言うなれば近縁者。優遇されるのは目に見える。
どこまで行ってもやはり政略結婚のようだ。立花電工には利己的に働くし、相手方にしても今、時代懸かってるうちの商品を取り込めばさらに繁盛するとの目論見だろう。冗談じゃない。私はマネキンかなにかか。
商品棚に静かに陳列されたままでいるのは、私の性分には合わない。
「待たせてしまいましたか、麗かさん」
「いえ、私も今しがた着いた次第です」
小綺麗な少年は私を前にしてぺこりと頭を下げる。女子に頭を下げるのを見ると、また随分と教養がいいようにも思える。
うちの家庭をみても女性の地位は低いのだ。体感的でしかないが、女性の頭部が男性の頭部より上の位置になる時など、それこそ場面を置いて数える程もない。
少年の齢はたしか二つ上だった気がする。さっぱりとした印象で、地主の息子という立場なれど、その身なりは実に静かで煩くはない。鼻につかない清廉さを感じる。
それに引替え、私の姿はどうだろう。
目に見えて張り切りが滲み出てしまっている。際限なく飾り立てる事ができる女性の特権上、装飾は確かに武器だけれど、ごてごてに装備するのはまた違う気がする。
欧風の意識を取り入れた、モダンとかいうハイカラで落ち着いた見た目の男性と、晴れ着にわざとらしい豪勢な袴。喧騒と清閑を表したかのような二人の違いに私はなんとも言えない気持ちになる。
見た感じ二人組と見られて大丈夫なのだろうか。相手の評判を落とすことにならないか心配だ。
「行きましょう麗かさん。俺がエスコート致します」
「は、はあ」
少年はそう言って微笑み、私の手を引っ張った。
母の手とはまた違う硬い手先の感触に、少しばかり、頬の辺りが熱くなるのを感じる。
「異国の地では、男女がこうやって街を徘徊することをデートと呼ぶそうです。なんでも、同じ景観を眺めて一緒の時間を作るのだとか。雰囲気ありますよね」
少年はどうやら同伴自体には乗り気であったらしい。いや、私もデートとでも呼ぼうか。
目を輝かせて街をぶらつくその時間は、私も嫌いではなかった。何より開放された気分だ。家では縛られるように外出する時も行先と何をするかを宣告しなければならなかったし、許可が降りなければ外に出ることも出来なかった。散歩するだけでも一苦労である。
私の身の回りの用品は常に母の買い出しか父の発注に頼りっぱなしだ。自分の足を持って街に出かけることなど、無いに等しい。
見たことないようなでかい縦看板や、異国情緒溢れる身の丈の女性の絵。実際に練り歩いて気付いたことは、道行く人々は、着物と言うよりもっと質素に見える服装ばかりだった。これも異国の外装束なのだろうか。なんというか、単一色の物がない。
着物に花の紋様があったり、一部綺麗な刺繍が施されているものなどは見たことはあるけれど、目に映る人々の服はどれをとっても複雑怪奇な模様をしていた。統一性がないというか、一貫性がないというか。しかし不思議とそれらが見栄えが悪いとは思わなかった。何かと自然とすら感じる。
異国の文化に通じてない私には多少不理解があるけれど、恐らくハイカラと称されるものはこういうものだろう。昼間なのに点る電飾を見てそう思う。全体的に明るくなった気はする。それこそ人の活気もそうだが、街もだいぶ発展してきたようだ。郊外には汽車も配置されたらしく、遠出の際も昔よりはるかに楽になるらしい。花道の兄さんも汽車に乗って帰ってきたのだろうか。少しばかり憧れる。
デートとされる行為は、凡そ街一つぶらりと徘徊したあたりで中断された。事の発端は彼の言葉である。
「大丈夫ですか? 麗かさん。少し顔色が悪いように思えますが」
「ああ、ごめんなさい。ちょっとだけ体調が悪くて」
惚けたように街を望むそんな道すがら、そんな事を私は聞かれた。顔色が悪いのは白粉のせいもありそうな気がするけれど。
化粧のおかげで少しばかりは気色は悪く映えるかもしれない。それこそ昔話に現れるような、顔中真っ白の舞妓さんほどには塗ってないが、それでも顔の基調を整える名目で使用しているために、素肌と比べると若干その顔色は蒼白っぽくはなる。
とはいえ体調が優れないのもまた事実だった。たまに目眩に近い何かを感じたり、嫌な腹痛も続いてる。精神的な負荷がずっとあるからなのだろうか。考えたくもないことが次から次へと現れる一方、それに悩み続けるのも相手に悪いかもしれない。
「それは行けない。近くの休憩できるところで、少しばかり休息を取りましょう。無理は禁物です」
少年はそう言ってにこやかに笑う。
「もしかして、街にいらっしゃるのはあまり経験がないのですか? 人の多さに気分を悪くする方もいらっしゃいますし、もしかすれば麗かさんもそう言った人だったりとか」
人通りのある広場の長椅子に腰をかけた私に対して彼はそう聞く。深く腰を入れ込んだあたりで、繋がれていた頼りがいのある手から開放された。
「そうですね。あまりうちは開放的な家でなかったから、外出する機会があまりありませんでしたし。人波に慣れてないのかもしれません」
特に私はほとんどを一人で過ごすことが多かった。
暴走する父が鼻高々に立花家を持ち上げてくれたせいで、周りからすっかり浮いてしまったことに起因する。
そうでなくても前述の通りあまり外に出かけられる機会も恵まれなかったために、私の知る情報量はそれこそ周囲の環境と學校で手に入る雀の涙程度のものである。然るに今日の人々の服装も和服でないのが驚きなくらいだ。
「確かに、あまり混雑を経験してない方は人の波で酔ってしまうと聞きます。もしかしたら麗かさんもそういう気があるのかも」
「・・・ごめんなさい。折角のお付き添いなのに、足を引っ張るようなことになってしまって」
「いえいえ、麗かさんの体調の方が優先的です。俺の方はいつでもまたお誘いできるので、またその時にでもいてくれたなら幸いですし」
言って、少年は腰を上げた。
「もしお疲れでしたら、これ以上をお連れすることもさすがに気にかかります。今日はこの辺りでお開きとしましょうか」
にこやかに微笑みながらこう続ける。
「少しずつでもいいので慣らしていきましょう。俺たちはいつか家族になるんですから」
吐き出された優しい心遣いが、私に重くのしかかる。
父とは世間話をするほど仲がいい訳でもないし、かと言って母もそこの説明は受けずのままだったらしい。
ほんわりと父から聞けたのは、土地の開発に努めるにあたってどうしようもなく必要な相手であるらしかった。向こう側を思えば、よく立花家などという成金一家と手を繋ごうと考えたものだ。大人の考える利権の思考は私にはまだよくわからない。
とは言えど、風潮を見れば察せるまではあった。
異文化を次から次へと取り入れている今現在、電気開発まで進んだのなら次は更に大きな商店街でも作る気なのだろう。
都会ほど盛り上がっている訳でもないが、かと言って田舎のように閑古鳥が鳴いている訳でもない。いい意味で混みすぎない小都会、悪い意味で中途半端な繁栄とも取れるこの街の進化の一手を入れるというところだろうか。
もちろん大きな店が経てば立花電工も受け入れる仕事はまた増える。
人通りの少ない従来の場所に工場を持つよりも、人の通りがある場所でそれこそ露店を組んでしまった方が、客呼びは遥かに容易で動員数も増すだろう。おまけに立花電工の立場は地主の息子の嫁の親ときた。言うなれば近縁者。優遇されるのは目に見える。
どこまで行ってもやはり政略結婚のようだ。立花電工には利己的に働くし、相手方にしても今、時代懸かってるうちの商品を取り込めばさらに繁盛するとの目論見だろう。冗談じゃない。私はマネキンかなにかか。
商品棚に静かに陳列されたままでいるのは、私の性分には合わない。
「待たせてしまいましたか、麗かさん」
「いえ、私も今しがた着いた次第です」
小綺麗な少年は私を前にしてぺこりと頭を下げる。女子に頭を下げるのを見ると、また随分と教養がいいようにも思える。
うちの家庭をみても女性の地位は低いのだ。体感的でしかないが、女性の頭部が男性の頭部より上の位置になる時など、それこそ場面を置いて数える程もない。
少年の齢はたしか二つ上だった気がする。さっぱりとした印象で、地主の息子という立場なれど、その身なりは実に静かで煩くはない。鼻につかない清廉さを感じる。
それに引替え、私の姿はどうだろう。
目に見えて張り切りが滲み出てしまっている。際限なく飾り立てる事ができる女性の特権上、装飾は確かに武器だけれど、ごてごてに装備するのはまた違う気がする。
欧風の意識を取り入れた、モダンとかいうハイカラで落ち着いた見た目の男性と、晴れ着にわざとらしい豪勢な袴。喧騒と清閑を表したかのような二人の違いに私はなんとも言えない気持ちになる。
見た感じ二人組と見られて大丈夫なのだろうか。相手の評判を落とすことにならないか心配だ。
「行きましょう麗かさん。俺がエスコート致します」
「は、はあ」
少年はそう言って微笑み、私の手を引っ張った。
母の手とはまた違う硬い手先の感触に、少しばかり、頬の辺りが熱くなるのを感じる。
「異国の地では、男女がこうやって街を徘徊することをデートと呼ぶそうです。なんでも、同じ景観を眺めて一緒の時間を作るのだとか。雰囲気ありますよね」
少年はどうやら同伴自体には乗り気であったらしい。いや、私もデートとでも呼ぼうか。
目を輝かせて街をぶらつくその時間は、私も嫌いではなかった。何より開放された気分だ。家では縛られるように外出する時も行先と何をするかを宣告しなければならなかったし、許可が降りなければ外に出ることも出来なかった。散歩するだけでも一苦労である。
私の身の回りの用品は常に母の買い出しか父の発注に頼りっぱなしだ。自分の足を持って街に出かけることなど、無いに等しい。
見たことないようなでかい縦看板や、異国情緒溢れる身の丈の女性の絵。実際に練り歩いて気付いたことは、道行く人々は、着物と言うよりもっと質素に見える服装ばかりだった。これも異国の外装束なのだろうか。なんというか、単一色の物がない。
着物に花の紋様があったり、一部綺麗な刺繍が施されているものなどは見たことはあるけれど、目に映る人々の服はどれをとっても複雑怪奇な模様をしていた。統一性がないというか、一貫性がないというか。しかし不思議とそれらが見栄えが悪いとは思わなかった。何かと自然とすら感じる。
異国の文化に通じてない私には多少不理解があるけれど、恐らくハイカラと称されるものはこういうものだろう。昼間なのに点る電飾を見てそう思う。全体的に明るくなった気はする。それこそ人の活気もそうだが、街もだいぶ発展してきたようだ。郊外には汽車も配置されたらしく、遠出の際も昔よりはるかに楽になるらしい。花道の兄さんも汽車に乗って帰ってきたのだろうか。少しばかり憧れる。
デートとされる行為は、凡そ街一つぶらりと徘徊したあたりで中断された。事の発端は彼の言葉である。
「大丈夫ですか? 麗かさん。少し顔色が悪いように思えますが」
「ああ、ごめんなさい。ちょっとだけ体調が悪くて」
惚けたように街を望むそんな道すがら、そんな事を私は聞かれた。顔色が悪いのは白粉のせいもありそうな気がするけれど。
化粧のおかげで少しばかりは気色は悪く映えるかもしれない。それこそ昔話に現れるような、顔中真っ白の舞妓さんほどには塗ってないが、それでも顔の基調を整える名目で使用しているために、素肌と比べると若干その顔色は蒼白っぽくはなる。
とはいえ体調が優れないのもまた事実だった。たまに目眩に近い何かを感じたり、嫌な腹痛も続いてる。精神的な負荷がずっとあるからなのだろうか。考えたくもないことが次から次へと現れる一方、それに悩み続けるのも相手に悪いかもしれない。
「それは行けない。近くの休憩できるところで、少しばかり休息を取りましょう。無理は禁物です」
少年はそう言ってにこやかに笑う。
「もしかして、街にいらっしゃるのはあまり経験がないのですか? 人の多さに気分を悪くする方もいらっしゃいますし、もしかすれば麗かさんもそう言った人だったりとか」
人通りのある広場の長椅子に腰をかけた私に対して彼はそう聞く。深く腰を入れ込んだあたりで、繋がれていた頼りがいのある手から開放された。
「そうですね。あまりうちは開放的な家でなかったから、外出する機会があまりありませんでしたし。人波に慣れてないのかもしれません」
特に私はほとんどを一人で過ごすことが多かった。
暴走する父が鼻高々に立花家を持ち上げてくれたせいで、周りからすっかり浮いてしまったことに起因する。
そうでなくても前述の通りあまり外に出かけられる機会も恵まれなかったために、私の知る情報量はそれこそ周囲の環境と學校で手に入る雀の涙程度のものである。然るに今日の人々の服装も和服でないのが驚きなくらいだ。
「確かに、あまり混雑を経験してない方は人の波で酔ってしまうと聞きます。もしかしたら麗かさんもそういう気があるのかも」
「・・・ごめんなさい。折角のお付き添いなのに、足を引っ張るようなことになってしまって」
「いえいえ、麗かさんの体調の方が優先的です。俺の方はいつでもまたお誘いできるので、またその時にでもいてくれたなら幸いですし」
言って、少年は腰を上げた。
「もしお疲れでしたら、これ以上をお連れすることもさすがに気にかかります。今日はこの辺りでお開きとしましょうか」
にこやかに微笑みながらこう続ける。
「少しずつでもいいので慣らしていきましょう。俺たちはいつか家族になるんですから」
吐き出された優しい心遣いが、私に重くのしかかる。
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