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八話 悪友

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「お巡りさん、ありがとうございました」

「はい。気を付けていってらっしゃい」

 道を尋ねて来た老婆を見送り、ホッと息を吐く。萬葉町四丁目派出所が、堤の職場だ。日中の主な業務は今のような道案内や遺失物の届けなどが多い。萬葉町は場所柄、夜の方が事件が多かった。昼間は静かなものだ。

(もうすぐ昼か)

 時計を見てボンヤリとそんなことを思う。今日は月郎が作った弁当を持たされた。高校のときに母親が死んで以来、弁当なんて持参した経験がない。なんだか気恥ずかしかった。

(月郎のアレはなんというか……ヤクザの性質みたいなもんなんだろうな)

 変に細やかで、気を回す性格はある意味ヤクザ特有のものなのだろう。上下関係が厳しく、義理堅い。そういう意味では良い面もある。特に月郎は、佐竹の父親である白岡明伸に対して深く尊敬の念を抱いており、二十年も死の真相を追っていた。堤が月郎をただのヤクザとして接せないのは、そういう理由からだ。

 しばらく派出所の前に立って通りを眺めてると、道路を挟んで向かい側の歩道から見覚えのある人影がやって来るのが見えた。堤と違って警察官の制服を着ていない、所謂私服組。刑事部四課所属の上田だ。上田はこちらに用があるのか、まっすぐ向かってくる。

「おう、どうした?」

「お疲れさん。中で良いか?」

「ああ」

 何か事件だろうか。同じく交番勤務の同僚である鈴木が見回り中なので、派出所には堤しかいない。応援が必要な内容なら人手が足りなさそうだ。そう思って中に促したが、上田は入ってすぐに椅子に腰かけたので、急を要する内容ではないのだろう。

「それで、どうした?」

「この辺で内部抗争があったらしい」

 その言葉に、堤は思わずお茶を淹れようとしていた手を止めた。ドクンと心臓が鳴る。平常心を装って、続きを促す。

「へぇ――物騒だな。まあ、萬葉町らしいが」

(それ――月郎の件か?)

 月郎のことを相談するか迷っていたが、今の状況では切り出しにくくなった。いずれにしても情報は欲しいところだ。気を取り直して茶を淹れ、向かいの席に座る。

「襲撃が遭ったのは柏原組系列の組事務所だ。襲撃されたのは柏原組組長付きの久保田月郎、三十四歳。久保田は逃げたようだな。柏原組の連中が血眼になって探してる」

「――マジか」

 本気の声色が出た。月郎のことだとは覚悟したものの、本気で命を狙われているという事態に背筋が寒くなる。あの時、見つけられていなければ、やはり月郎は死んでいたのだろう。そして今も、命を狙われている。

「柏原組は関西の組織だ。佐倉組のシマである萬葉町でそこまで大きく騒ぎは起こさないだろうが、念のためな。お前も不審なヤツの情報があれば、共有頼む」

「……解った」

 堤は無意識に拳を握りしめた。

(月郎のヤツ……。マジで何も言わねえ……)

 狙われているなら、なおのこと部屋から出るべきではないのに。いつの間にかパソコンを持ち込んだり、買い物に出ている月郎にイライラする。解っていれば買い物だってなんだって、自分が行くのに。

「ところで、原因は解るのか?」

 上田の持つ情報を引き出そうと、さりげなく口にする。上田は呆れた顔でため息を吐いて、手を伸ばして堤の顎に触れた。

「お前、また俺から情報抜こうとしてんだろ。お友達は足を洗ったんじゃねーのかよ」

「な、なんのことかな」

 わざとらしく、上田はハァと息を吐いて肩を竦めた。堤は上田から引き出した情報を、佐竹に渡していた。それを目の前の悪友は、解っていて知らぬふりをしてくれていたところがある。堤も勘づいてはいたが、お互い踏み込んだりしなかった。

「そんなに知りたきゃ、四課に来いよ」

「は」

「地下カジノ摘発の実績で、いつでも上がってこられるんだぞ」

「……そんなの」

 いらねえよ。と、口にするのを躊躇った。暴力団や外国人犯罪者にかかわる四課に配属されれば、上田の言う通り情報は誰より早く手に入る。

(四課に行けば、今の状況はすぐに解る――)

 上田の瞳はじっと堤を見ていた。

「……バカ言え。俺はおまわりさんで良いって言ったろ」

「ふん。馬鹿はお前だ」

 落胆を滲ませ、上田はそう言うと立ち上がった。堤も立ち上がり見送るために扉の方へ行く。

「な、何かわかったら――」

「それより」

 言いかけた言葉を、上田が遮る。

「最近飯、行ってないだろ。開けておけよ」

「――あ」

 誘いに、とっさに月郎の顔が思い浮かんで、返事に詰まった。別に、月郎が居るからと言って、外で飯を食うぐらいなんでもないはずだ。なのに、家に一人置き去りにしている彼のことが、妙に気になった。

「っと。しばらくは、無理そうかも……」

「は?」

「こっちから! 連絡するから!」

「何だよ。……怪しいなぁ?」

 ずい、と上田が顔を近づける。探るように睨む上田に、堤はビクッと肩を震わせた。

「っ、なんだよ」

「何か隠してるな?」

「隠してねーよ!」

「嘘つけ。お前の嘘はすぐわかる」

 言い切られ、堤は唇を結んだ。見透かすように見られながら、じりじりと壁際まで追いつめられる。

「う、上田」

「吐けよ」

 刑事の尋問だ、これじゃ。言い逃れ出来そうにない状況に、堤は必死に言い訳を考える。月郎を匿っているのがバレたら、色々とマズい。特に上田に知られるわけには行かない。

「ね、猫」

「は?」

「猫! 拾ったんだよ。怪我した……」

「――はぁ」

「猫の、世話があるから……」

「……なに、飼うの?」

「いや、そういうわけじゃない。怪我が治るまで」

「……ふーん。あっそ」

 上田は信じたのか、そういうと傍から離れた。ホッとしたのを気取られないように、内心胸をなでおろす。上田は「じゃあ連絡しろよ」とだけ言って、派出所から立ち去って行った。

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