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四十四話 悪夢
しおりを挟む路地裏を一人歩く。暗く冷たい裏路地を進んだ堤は、爪先に何かが当たるのに気づいて視線を下ろした。足元がびしゃりと濡れている。慌てて足を退けようとして、足元のそれに気がついた。
「――っ」
足元に拡がっていたのは、血だ。おびただしい血液。その上に、誰かが寝ていた。肌は青白く、血の気がすっかり抜けている。細い手足と閉じられた瞳。
「――月郎っ!」
慌てて掻き抱いた身体は、既に冷えきって硬く硬直していた。青い唇薄く開かれたまま、今にも堤の名前を呼びそうなのに。
「う、あ……、ああああぁぁぁああ!!!」
「っ! 月郎!!」
バッと手を伸ばして、堤は目を覚ました。夢だと気づいて、ホッとして泣きそうになる。心臓がバクバク鳴り響き、背中は汗に濡れていた。
リアルな悪夢に、吐きそうになる。あんなものは現実ではないと解っていても、近いうちに起こる未来にも思えて気が狂いそうになる。
「月郎……っ」
ぎゅっと拳を握り、居なくなった男の名を呼んだ。
月郎が居なくなって一週間が経とうとしていた。あれから一切の連絡はなく、うわさ話も聞かない。堤は知り合いを訪ね歩いたが、瑞希もさえというホステスも、ブラックバードのホストたちも行方を知らなかった。
あの日から、堤の生活は荒れていた。警察官であれという月郎の言葉だけが支えになって仕事には行っているが、それ以外は駄目だった。悪夢のせいで眠れず、無理矢理眠るために酒を飲む。食うものも食わずに、堤は時間があれば月郎を探し歩いた。
もう萬葉町の近くには居ないのかもしれない。どこか安全な場所に隠れているのかも知れない。すでに捕まったのかもしれない。
憶測がぐるぐる頭を回って、嫌な想像をしてしまう。
堤は精神不安定になって、いまにも爆発しそうな爆弾のようだった。
◆ ◆ ◆
堤はあれから、幼馴染みたちと共同で使っているマンションの方に居ずっぱりだった。あのアパートに居ると、月郎が居るような気がして、気がおかしくなりそうだった。
それだけではなく、別の理由もあった。このマンションには、柏原組の資料が多く保管されている。どれも仲間と二十年かけて集めた資料だった。
堤はローテーブルに萬葉町の地図を拡げ、サインペンで印を着けて行く。萬葉町は佐倉組のシマだ。佐倉の手を借りれば、多少のことは解る。
「ここもバツ……。こっちもバツ……」
休日の殆どの時間と、パトロールの時間を、堤は月郎の痕跡を追うのに使っていた。佐倉組の息がかかった店から防犯カメラの映像を借り、人伝に聞いて回った。堤の動きは柏原組を刺激しかねないが、向こうが接触して来るのならむしろ好都合だ。この街に居るすべての柏原組を排除しするような気持ちさえある。
(月郎が街を出た痕跡がない……。まだ近くに居るはずだ)
最後に月郎を見失ったのは、かつてクラブ『アクラブ』のあった辺りだ。地下カジノが摘発され、閉鎖となったクラブ周辺の防犯カメラに映っていたのを最後に、姿が消えた。そこからは一度もカメラに映っていない。
月郎は防犯カメラ位置を把握しているようで、カメラのない場所を通っているらしい。変装も得意なので、姿を追うのは困難だった。
「瑞希が服を持ってきたって言うから、女装してる可能性もあるけど……」
それでも、見つからない。
「くそっ……。どこに行ったんだよ……!」
月郎が堤を巻き込まないために消えたのは解っている。だが堤には、『捜さない』という選択肢は存在しなかった。
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