26 / 28
外伝1 独白
しおりを挟む幼なじみが恋人と別れる日を、指折り数えて待っている。
半年。
ビールを啜りながら、おれはボンヤリとそんなことを考えていた。チラリ、斜め向かいに座る櫻井大胡を見る。男臭い、男らしい。そんな形容詞が似合う幼なじみであり、たぶん、親友。それが、大胡だ。
大胡が今の彼女と付き合うようになって、半年が経った。多分、今までの彼女で一番長い。紹介されたことがないのは、彼女が本命じゃないからなのか、そこまでデリカシーのない男ではなかったということなのか、いまだに解らないが……。
(半年か……)
おれたちの年齢で結婚はしないだろうけれど、この付き合いが長く続いてそうなることもあるんだろう。
おれは、大胡が彼女と別れるのを、ずっとずっと、待っている。
大胡はおれに言わないだろう。いつからか、そうなった。だからおれは、待つしかない。明確に、別れが来るその時を。
そしてそれは、不意に訪れた。
「そういやさ。お前、別れただろ。あの……Cカップの」
いつもつるんでいる藤木が、急に切り出した。思わず、視線を大胡に向けた。
「……うるせえな」
大胡のその言葉が、肯定だと確信する。
ゴクリ。喉を鳴らした。
(別れた――)
背中を這うゾワゾワとした高揚感に、グッと腕に爪を立てる。
別れた。
別れた。
別れたんだ。
(―――別れたんだ……!)
長かった。
大胡は、おれの方を見なかった。意識して、見ないようにしているようだった。
幼なじみが恋人と別れる日を、指折り数えて待っていた。そんな自分が、醜いと思う。
おれの心は、ほの暗い喜びに満たされていた。
ああ。
これでようやく。
◆ ◆ ◆
飲み会の記憶は、そこから殆どなかった。おれはただ、早く大胡を捕まえておかなければならなかった。
いつからか、大胡はおれに、恋人と別れたことを言わなくなった。再び始まることを、極端に恐れてるように見えた。
首にぶら下がったペンダントを指でなぞる。
藤木たちと別れ、夜道を歩く。大胡が気まずそうな顔をして、振り返った。
「あ、俺コンビニ寄るけど」
「おれも寄る」
大胡は、一秒もおれと一緒に居たくないようだった。ハッキリと拒絶されるよりも、こういううっすらとした拒絶のほうが、なんとなく堪えた。
(半年……)
半年の間に、大胡の心は変わっているかもしれない。あるのは幼なじみへの気まずさばかりで、少しの情も残っていないかもしれない。
努めて平静に、無言でコンドームの箱を掴んで、レジに進む。大胡は何も言わない。
アパートの階段を上がる大胡の背を追いかける瞬間も、大胡は何も言わなかった。ただ、扉の前で、咎めるような声音で、名前を呼ぶ。
「泉――」
その先を、言わせなかった。
大胡の背を押し、扉の中に押し込めると同時に、壁に追いやった。なにか文句を言われる前に、その唇を唇で塞いだ。
舌を捩じ込みながら、ドアの鍵を掛ける。大胡は一瞬も、おれを押し返したりしなかった。
腕を首に回して引き寄せると、応えるように大胡の舌が絡み付いてくる。おれから仕掛けたキスのはずなのに、いつの間にか大胡の舌にねぶられていた。
(半年……、ぶり……)
半年ぶりの、キスだ。
大胡の手が、腰をなぞる。半年の間の心変わりが杞憂だったことに、ホッとする。
大胡に女が居ないとき。おれは大胡の隣に居ることを許される。
そのほの暗い喜びに、大胡の胸を撫でる。
「……飲んでんだ、勃たねえよ」
言い訳のように紡がれる言葉に、フッと笑う。
「おれが勃たせるから、平気だろ」
「……」
逃がすわけない。
だってそうしなかったら、お前は逃げるから。
大胡の手を引いて、浴室に連れていく。大胡は乗り気じゃないふりをしていたが、結局着いてきた。
◆ ◆ ◆
シャワーを浴びながら、身体に残る感覚に、じんわりと幸せな気持ちになる。行為のあとの身体の軋みや痕跡が、毎夜のように見る妄想ではないと証明していた。
「大胡……」
名前を呟いて、フッと笑みを浮かべる。
セフレ。都合の良い相手。世間の評価などおれは知らない。ただ、大胡に愛されても良いこの時間が、何よりも愛おしい。
大胡は、女性にモテる。外見的なところもそうだが、身に纏う色気や雰囲気が、そうさせるのだろう。
そんな彼だが、周囲が想うほどには、不誠実な男ではなかった。特定の相手が居るときには、遊んだりしない。要するに、浮気の類いをした試しがない。女性と付き合っているとき、おれは一度も触れられなかったし、キスでさえされなかった。
それは、彼の母親が、浮気をして家を出たことに起因しているのだろうと思う。大胡のどこか心の奥底にある潔癖さが、この不明瞭な関係を作り出していると言っても良かった。
髪を拭きながら部屋に戻ると、大胡はベッドの上で気だるげにしていた。大胡の視線が、首に掛けたネックレスで止まる。
「それ――まだやってんのかよ。ガキっぽい」
その言葉に、おれはクスリと笑った。
「外せっていうなら、外すけど?」
大胡は返事をしなかった。
大胡が外せと言ったら、それはこの関係の終わりだと、ずっと想っていた。大胡は外せと言いながら、結局は外さない。おれたちの関係と同じだ。
おれは、自分からは外さない。
最初に大胡がこのネックレスを首に掛けた瞬間から、おれはずっと、自分で外すことはしないと、決めていた。
それは、確かに。
願掛けだったんだろう。
◆ ◆ ◆
ハァ、ハァ、ハァ……。
荒い呼吸音を聴きながら、おれはぼんやりと、どちらの呼吸音なのだろうかと思っていた。
ぐったりとベッドに身を任せ、覆い被さる大胡を見る。切羽詰まったような顔は赤く、少し幼い。
ぐしゃぐしゃのシーツ。倒れたローション。脱ぎ捨てた制服。太股にこびりついた精液。
穴は擦られて痛かったし、先程まで大胡が入っていたせいで、なんだか変な感じがする。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
高校二年の夏。おれは大胡に抱かれた。
仲の良い友達だったのに、いつどうしてそうなったのか解らなかったけれど、いつからか、大胡の目線が変わった。そしておれは、それを知っていて、気づかないふりをしていた。
嵐の日だった。学校が早く終わることになって、大胡の部屋に行った。雷がすごくて、雨が窓を叩く音が、やけに大きかった。
大胡が手を伸ばして。おれは拒まなかった。告白も、会話らしい会話もなく、ただ本能のままに結びあった。
「――……」
大胡は何も言わなかった。もしかしたら、なにか言おうとしたのかも知れない。
けど、言わせたくなかった。
『ごめん』
その一言を聞いたら、終わる気がした。おれは、嬉しかったから。大胡に触れて貰えたことが、嬉しかったから、その言葉を聞きたくなかった。
「すげー雷……」
窓を見上げてそういったおれに、大胡が静かに頷いた。
「……うん」
互いに、ベッドに転がって。
なにか言うでもなく、空を見上げて。
大胡の手を、握った。
大胡の手は、震えていた。
おれたちは無言でキスを交わした。それが、始まりだった。
歪な始まりだったが、おれは幸せだった。
けれど、大胡も同じようではなかった。
いつからか、大胡は内面に深い怒りと闇を飼い始め、それが徐々に彼の心を蝕んでいるようだった。
大胡は多分、おれよりもずっとまともだったのだろう。
大胡が苦しんでいるのは知っていたけれど、おれは離れることは出来なかった。
おれたちは、一緒にいたら不幸になるような恋をしていたのかも知れない。
好きだと言って。
そう何度も胸のうちで繰り返したけれど、大胡から言葉を貰えたことは、一度もなかった。
幸福じゃなくても良い。
大胡がいればそれで良かった。
いつか大胡がおれから離れて、影を踏む以上の触れ合いが出来なくなったとしても。
おれはきっと、大胡から離れることは出来ないのだ。
おれはあの日から、大胡以外の存在を、愛することは出来ない。
--------------------------------
外伝を三本ほど更新します。
21
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
色欲も時代には勝てないらしい
ちき
BL
前世で恋人だった運命の人に、今世では捨てられてしまった祐樹。前世で愛してくれた人は彼以外誰もいないのだから、今後僕を愛してくれる人は現れないだろう。その事を裏付けるように、その後付き合う人はみんな酷い人ばかりで…………。
攻めがクズでノンケです。
攻め・受け共に、以外とのキスや行為を仄めかす表現があります。
元クズ後溺愛×前世の記憶持ち
一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた
時
BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。
けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。
もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。
ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。
「俺と二人組にならない?」
その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。
愛が重い執着美形攻め×無意識に人を引きつける平凡受けのちょっと不穏な学園BL。
※色々設定変えてたら間違って消してしまったので再投稿しました。本当にすみません…!
花香る人
佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。
いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。
自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。
ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。
もしも親友が主人公に思いを寄せてたら
ユイト 平凡、大人しい
カイ 美形、変態、裏表激しい
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
声なき王子は素性不明の猟師に恋をする
石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。
毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。
「王冠はあんたに相応しい。王子」
貴方のそばで生きられたら。
それ以上の幸福なんて、きっと、ない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる