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二十五話 幼なじみは俺の隣に
しおりを挟む風が頬を擽る。大学は相変わらず無為に通っているだけだし、藤木たちがうるさいのも相変わらずだ。俺の斜め向かいには泉がすました顔をして、文芸小説を拡げている。
「あ? 珍しいな大胡、本なんか読んで。しかも、三島由紀夫?」
「進藤に、勧められた。エロいって」
「マジかよ」
俺はと言えば、柄にもなく小説など読んでみたりしている。泉が勧める小説はあまり好みじゃなかったが、進藤とは気が合う。泉は俺と進藤がつるんでいるのが面白くないようだったが。
そんな泉の首元には、今は、なにもぶら下がっていない。あの日、俺が贈ったペンダントを失くしたまま、そのままの姿だ。元々錆びていて、金属が腐食していた。温泉が止めだったのかも知れない。どこを探しても見つからなかったし、今はもう、見つけなくてもいいかと思う。
俺は代わりのペンダントをプレゼントしようかと言ったが、泉は要らないと言った。泉がいうには「もう必要ないから」だそうだ。
チラリ、本から視線を上げて、泉を見る。
泉は、少し変わったと思う。温度のなかった人形のように、無表情でいることが多かったが、少しけ穏やかに見える。その変化が良いものなのかは解らないが、今の方がスーパーの品出しのバイトは似合う気がする。
「そういや、櫻井お前、円谷先輩に告られてたろ。付き合うのか?」
「なんで知ってんだよ……」
藤木の言葉に、呆れて顔をしかめる。円谷に呼び出されて告白されたのは、今日の午前中の話だ。どうやって知ったのか、情報が早すぎる。
(気の毒に……)
「円谷さん良いよね。最近スーツ着てるのよく見るよ~」
とは滝のセリフだ。俺が何も言わないで呆れていると、泉が顔を上げて間に入って来た。
「付き合わないよ」
「ん? なんだよ。木島。知ってんのか」
「えー、振ったんだ、残念。まだ独り身つづけるの?」
泉は本を置いて、ふふ、と笑う。俺は唇を曲げて、肩を竦めた。
「おれと付き合ってるから」
泉が平然と言い放つ。藤木は一瞬何を言われたのか解らないような顔をして、滝の方は驚いて目を見開いていた。
(まあ、タイミングは任せるけどよ)
今なのか。急だな。
少しソワソワして、チラリと二人を見る。「え?」「え?」と首をかしげて、よくわからない様子と藤木とは違い、滝の方は何故かやけにホッとした顔をしていた。
「そうなんだ~。良かったね、木島」
「まあ、落ち着くとこに落ち着いたな」
俺がそう言うと、ようやく藤木は泉にの言うことの意味が解ったらしく、パクパクと口を開けて俺と泉を交互に見る。
「……!? ……!!?」
泉は今まで見たことがないような笑みを浮かべて、藤木を見ている。得意げな表情に、藤木は事態を呑み込んで、俺と泉を指していた指を下げた。
「なんだ……。そうか……。じゃあ、もう櫻井のこと合コン誘えねえじゃん」
その言葉に、俺は目を瞬かせる。
今まで、一度だって、彼女がいた頃にそんな気遣いをしたことなかったくせに。
(ああ、そうか。こんなもんなのか)
俺が恐れていた世界は、こんなものだったのか。
確かに、嫌なことも、待っているんだろう。
けど、俺が思うよりももっとずっと、たくさんのものは、失わないで済むのかも知れない。
少なくとも、泉は、俺とその道を歩むと決めたらしいので。
「ああ、ここに居た。みんなもう昼食った?」
大荷物を抱えて、進藤がテーブルにやって来る。相変わらず、やけに荷物が多い。
「まだだよ~」
「今日はAランチ、ガーリックソテーだって」
いつものメンツが集まれば、自然といつもの空気になる。あの日始まった関係は、歪なままに形を変えて。俺の隣には結局、泉が居て。
めんどくさくて、情けなくて、臆病で。また迷うことも、不安に思うことも、自分を憎むこともあるだろうけれど。
それでも泉は多分、俺の傍にいるのだろうから。
完
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