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CASE2:木原愛花
8:爆発
しおりを挟む翌朝、隆臣くんがリビングのソファで寝ていた。
キッチンのシンクに食器は一つもなく、昨日食べたお弁当のケースはきちんとゴミ箱に捨てられていた。
「……やればできるんじゃん」
やればできる。それはつまり、今まではできるのにやらなかったということだ。
「おはよう……」
隆臣くんが起きた。彼はわざとらしく肩をほぐして体が痛いアピールをしてくる。私はそれに気づかないふりをして朝食の用意をした。
ソファで寝かせてしまってごめんね。
昨日、洗い物してくれたんだね。ありがとう。
いつもならスラスラと出てくる言葉が今朝はもう出て来ない。
私の中のモヤモヤは怒りを通り越して、憎しみに変わりつつあった。
「なあ、最近態度悪くない?」
私が用意して私がテーブルに並べた朝食を食べ、私がアイロンをかけたシャツに袖を通した隆臣くんが、私の作ったお弁当箱を通勤用カバンに入れながら、私に向かって言った。不機嫌をぶつけるように太々しく。
私は洗い物の手を止めて、俯いたまま手についた泡を見つめる。
「最近の俺は愛花に大事にされていないように思う」
「………………は?」
「そりゃあ翠のお世話があるわけだし、全部が今まで通りとはいかないだろうけどさー?それにしたって、最近は俺のことを蔑ろにしすぎじゃないか?」
「……そうかな?」
「そうだろ!だってご飯は手抜きだし、弁当も冷凍食品とか昨日の残り物ばっかだし、風呂入る時にパジャマ用意してくれないし!」
「……そう」
「昨日だってせっかく洗い物してやったのに、愛花からはありがとうの一つも出てこない!」
隆臣くんは駄々をこねる子どもみたいに、私を睨みつけて声を荒げた。
その瞬間、プツンと何かが切れた。
「うっせぇんだよ!!」
私は洗っていた泡まみれのスポンジを隆臣くんに投げつけた。隆臣くんのスーツには洗剤の泡がベッタリとついた。
隆臣くんは何をするんだよと私に怒鳴る。
ベビーベッドに寝ていた翠は、大きな声に驚いて泣き出した。
赤ちゃんとはいえ、子どもの目の前で喧嘩なんて良くない。絶対にしてはダメ。
わかっているのに、私はもう止まることができなかった。
「大事にされてない?蔑ろにされてる?それはこっちの台詞だわ!!毎日毎日、赤ちゃんのお世話しながら家事をこなして、クソババアの相手をして!そうやって日中頑張ってるのに、少しデリバリーに頼っただけで手抜きだぁ!?ふざけんじゃないわよ!文句あるなら飯くらい自分で作れ!パジャマくらい自分で用意しろ!感謝されたいなら最低限、自分のことくらい当たり前に自分でできるようになってから言えよ、この無能が!!何の役にも立たないくせに完璧を求めてくんな!」
溜まりに溜まったものが全部溢れ出た。火山が噴火したかのように、言葉が溢れて止まらない。
溢れ出た言葉はそのまま隆臣くんを飲み込んでいく。
「集めたゴミをゴミ捨て場に移動させただけで感謝を求めてくんな。自分が出した食器を洗っただけで感謝を求めてくんな。当たり前のことして感謝してもらえるのなんて、小学生までなんだよ!!」
「なっ!?そこまで言うことないだろ!」
「うるさい、だまれ!家事もしない、育児もしない、仕事しかしない父親なんてATMとなんら変わらねーよ!私は……、私は一緒に親になる気のない父親なんていらないんだよ!!」
いらない。こんなやつ、いらない。
私は翠を連れ、また寝室へ立て篭もった。
すぐに隆臣くんが追いかけて来たが、私は無視した。
仕事しかできないならせめて仕事くらいは遅刻せずに行きやがれ、馬鹿野郎。
そう叫んでやると隆臣くんは『今夜覚えてろよ!』と漫画に出てくる小悪党の捨て台詞のような台詞を吐いて、家を出て行った。
急に静かになる室内。
肩で息をする私に翠は小さな手を伸ばす。
その指先が私の頬を伝う涙に触れた。
「翠……。ごめ、ごめんね……。ごめんね」
そこから私は、翠を抱きしめたまま堰を切ったように泣いた。
ちょっと今、猛烈に死にたいかもしれない。……死なないけど。
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