【完結】胎

七瀬菜々

文字の大きさ
22 / 39
CASE2:木原愛花

9:ラフ・メイカー(1)

しおりを挟む
 駅直結の商業施設の屋上広場。
 ライトアップされた世界遺産の城をバックにSNS用の動画を撮る若者たち。
 私はそんな彼女たちを眺めながら、ひとり、ホットのルイボスティーを飲む。
 紙コップから伝わる熱が私の冷えた手をじんわりと温めた。
 
「寒いねぇ、翠ちゃん」

 昼間の暖かさはどこへやら。頬を撫でる風の冷たさを感じた私はここへ来たことを後悔した。
 ずっと家に引きこもっていたから気がつかなかった。いつのまにか季節は巡り、もう秋になっていた。
 私はベビーカーで眠る翠にそっと毛布をかけ、軽く頬に触れる。良かった。冷えてはなさそうだ。

「……さて、これからどうしようかな」

 隆臣くんが仕事から帰る前に家を出て来たところまでは良かったが、その後どうするかなんて考えていなかった。相変わらず詰めが甘い。
 私はスマホを取り出した。隆臣くんからはエグい量の不在着信が来ていたが、それは無視してメッセージアプリを開く。そして上から順に頼れそうな人を探した。だが、誰に連絡すれば良いかわからない。

 実家に帰る?でも今週は姉家族が帰って来ている。今帰るわけにはいかない。実家に行けるのは早くても来週だ。
 円さんに相談する?でもあそこは一番上の子が受験生だ。邪魔はできない。
 じゃあ千景は?いや、それもダメだ。千景は今、アシスタントさんとルームシェアしてるって言ってた。

 じゃあ……、あずさ?

「はは……。それこそダメでしょ」

 多分、私が頼めば優しいあずさはきっと泊めてくれるだろう。けれどだからこそ、甘えてはならない。
 不妊に悩んでいる彼女の家に赤子を連れてお邪魔するなど、図々しいにも程がある。
 私はもう彼女を傷つけたくはない。
 
「はあ……。どうしよう」

 とりあえずどこかホテルを取るか。こんな急に泊まれるところあるかな。私はスマホでホテルを探しながら、視線をベビーカーの横に並べたスーツケースに向けた。
 スーツケースの中身は貴重品と3日分くらいの服。あとは全部翠のための物で埋まってる。
 隆臣くんにプレゼントしてもらった服も靴もバッグもアクセサリーも、全部置いて来た。
 だっては荷物になるだけ。今の私には翠以外に大事なものなんてない。手放したくないほど大事なものなんて、何もないもの。

 でも、どうしてかな。おかしいな。視界が滲む。

 私は周りの目を気にして、顔を伏せた。
 覚悟を決めて出て来たくせに一人になることを怖がるな。
 顔を上げなきゃ。強くならなきゃ。私は母親なのだから。

 

「名乗るほど大した名じゃないが」
「誰かがこう呼ぶ、ラフ・メイカー」

 急に聞こえた懐かしい歌詞に音痴すぎる歌声。
 いつも私を力ずくで暗闇から引き上げてくれる声だ。
 私はまさかと思いながらも、ゆっくりと振り返った。
 雲に隠れた月が顔を出す。その灯に照らされて現れたヒーローは悪戯っぽい笑みを浮かべ、見つけたと呟いた。

「ラフ・メイカー?冗談じゃない………。ほんと、冗談じゃないよぉ……。何でいるんだよぉ……」
「あはは!すごい泣くじゃん」
「ほら、愛花。ハンカチ」
「ううぅ……。ちーちゃぁあん!あずちゃぁあん!!」
「はいはい。ほらみんな見てるから。恥ずかしいから」

 あずさはハンカチで私の顔を乱暴に拭いた。
 どうしてここにいるんだろう。メッセージも電話もしてないのに。二人からだって何の連絡も来てないのに。

「なんで場所がわかったのよぅ」
「ああ。実はね、隆臣くんから連絡があったのよ。愛花と翠ちゃんがいなくなったから、一緒に探して欲しいって。でも愛花のことだから、私たちが連絡しても大丈夫とか言って、素直に場所を吐かないでしょ?」
「うっ……」
「だから愛花には連絡せずに、愛花の行動範囲の中から赤ちゃんを連れて行けそうな場所をピックアップして、そこを虱潰しに探していこうってなったの」
「愛花は詰めが甘いから、もし勢いに任せて飛び出したのならホテルとかに入ってる可能性は低いしねー」
「ぐうの音も出ないよ、ちーちゃん」
「でも、まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった。もっと時間かかると思ってたわ」
「ほんと、千景のおかげだね」
「え、そうなの?」
「うん。千景が愛花は景色いいとこ好きだし、イルミネーションとか毎年必ず行くから、可能性が高いのはこの辺だって当ててくれたんだよ」
「どう?名探偵でしょ?」

 千景は「真実はいつも一つ」と人差し指を伸ばし、私の鼻先をちょんとついた。

「名探偵すぎるよぉ。どうしてそんなに私のことがわかるのさぁ!?」

 隆臣くんはわかってくれなかったのに、どうしてこの二人は何も言わなくても私のことがわかるのだろう。
 私が不思議そうに何で?どうして?と繰り返していると、あずさと千景は顔を見合わせて笑った。

「だって、ねぇ?」
「友達だから?」

 友達。その言葉に私はまた涙腺が崩壊した。
 あずさは慌ててまた私の顔にハンカチを押し当てる。
 優しい。好き。大好き。私はおんおん泣いた。

「あずちゃぁん!大好きー!」
「お、おおお落ち着け、愛花。とりあえず移動しよう。ここにいたら風邪引くよ」
「や、やだ!帰りたくない!」
「帰らない、帰らない。一旦あずさの家に行くだけ」
「……え?あずちゃんの家?」
「愛花、スーツケース持って出て来たってことは帰るつもりなかったんでしょ?」
「う、うん」
「だったら帰らなくていいよ。今日は私の家に泊まりな?ね?」
「いいの?」
「いいよ。いいに決まってるじゃん。聡も是非って言ってたし、おいで!」

 あずさは私の肩を抱き、立ち上がらせると、ベンチに置いていた私のリュックを背負った。
 千景はスーツケースを持ってくれた。
 私は顔を上げ、服の袖で涙を拭い、翠が眠るベビーカーを押した。
 
 一人では抱えきれない荷物だったのに、二人がいると荷物が減った。
 何だか身も心も軽くなった気がした。

 
 夜、あずさの家でスーツケースの中身を出した時、私は思い出した。
 本当は思い出を一つだけ、持って出て来たことを。
 スーツケースの底に隠したのは、無意識に持ち出していた友達の証。

 幸せの青い鳥が表紙に描かれた、文芸部の部誌。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...