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CASE3:戸村千景
11:逆戻り
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雨上がりの空は気持ちがいい。
汚いものを全部洗い流したみたいな澄んだ空気も、濡れたアスファルトの匂いも、水たまりに反射する空の色も、全部が心地いい。
気がつくと私は、空を眺めながら鼻歌を歌っていた。
「『高架線』!」
「……『虹』ですけど」
ブランケットと共に後ろから抱きすくめられた私は、くるりと後ろを振り返り、悔しそうにする颯太にデコピンをかましてやった。……何か腹が立ったので。
「何すんだよ」
「普通わかるでしょ」
「エルレってとこまでは当たってたじゃん」
「そこまでわかってるなら尚のこと簡単でしょ」
「いや、無理だって。千景の歌、ド下手だもん」
颯太はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、私の頬を片手でむぎゅっと掴んだ。
そして頬に、首筋にとキスを落とす。
「なにしゅんのよ。やめてよ」
「おかえり」
「……ただいま」
「待ってたよ」
「……うん」
「やっぱ、千景が一番相性がいいわ」
「……」
「千景もそう思うだろう?毒親育ちは同じ毒親育ちといる方が楽だ」
「……そうね」
結局、同じ種類の人間といるのが一番楽だ。理解する努力もされる努力もしなくていい。
私は少し背伸びをし、颯太の唇に噛み付いた。
颯太は満足気に目を細め、私の腰に手を回した。
ああ、懐かしい。泥水の味がする。
ーーー結局、元通りだ
あの後、カフェを出た私は雨上がりの空の下をただひたすらに走った。
水たまりに思い切り足を踏み入れて泥水が飛んでも、途中小雨に打たれても、気にせず走り続け、颯太の家の前まで来た。
自分から関係を切っておいて、彼氏と別れた途端に会いに来るなんて都合の良いやつだと思う。けれど、どうしても会いたくなったのだ。この、私と良く似た社会不適合者に。
ワンコールで電話に出た颯太はすぐに扉を開け、びしょ濡れで涙と鼻水を垂れ流した私を見てひとしきり笑った後、おかえりと言って私を抱きしめた。
「結局、俺の予言通りになったな」
彼女作らずに半年待っていた甲斐があった。颯太は嬉しそうに呟いた。
人の不幸がそんなに嬉しいか、この男は。
「……もう一回」
「いいよ」
「今度は酷くして。できるだけ乱暴にして」
「そいつは無理な相談だな」
「何でよ」
「俺は女の子には優しくしたいの」
「私、女の子って歳じゃないわ」
「女の子だよ、俺にとってはね」
「……」
「だから今日はうんと優しくして、甘やかしてあげる」
颯太が私の耳元で甘く囁く。私にはそれが悪魔の囁きに聞こえた。
けれどその囁きに耳を傾けるのも悪くはないだろうとも思えた。
「やっぱり、私には普通の恋愛も普通の結婚も無理だわ」
「ははっ。当たり前じゃん」
「ひどー」
「でもまあ、それが千景じゃん?」
だから、そのままでいい。普通じゃなくてもいい。
颯太はそう言って、豪快に笑った。
汚いものを全部洗い流したみたいな澄んだ空気も、濡れたアスファルトの匂いも、水たまりに反射する空の色も、全部が心地いい。
気がつくと私は、空を眺めながら鼻歌を歌っていた。
「『高架線』!」
「……『虹』ですけど」
ブランケットと共に後ろから抱きすくめられた私は、くるりと後ろを振り返り、悔しそうにする颯太にデコピンをかましてやった。……何か腹が立ったので。
「何すんだよ」
「普通わかるでしょ」
「エルレってとこまでは当たってたじゃん」
「そこまでわかってるなら尚のこと簡単でしょ」
「いや、無理だって。千景の歌、ド下手だもん」
颯太はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、私の頬を片手でむぎゅっと掴んだ。
そして頬に、首筋にとキスを落とす。
「なにしゅんのよ。やめてよ」
「おかえり」
「……ただいま」
「待ってたよ」
「……うん」
「やっぱ、千景が一番相性がいいわ」
「……」
「千景もそう思うだろう?毒親育ちは同じ毒親育ちといる方が楽だ」
「……そうね」
結局、同じ種類の人間といるのが一番楽だ。理解する努力もされる努力もしなくていい。
私は少し背伸びをし、颯太の唇に噛み付いた。
颯太は満足気に目を細め、私の腰に手を回した。
ああ、懐かしい。泥水の味がする。
ーーー結局、元通りだ
あの後、カフェを出た私は雨上がりの空の下をただひたすらに走った。
水たまりに思い切り足を踏み入れて泥水が飛んでも、途中小雨に打たれても、気にせず走り続け、颯太の家の前まで来た。
自分から関係を切っておいて、彼氏と別れた途端に会いに来るなんて都合の良いやつだと思う。けれど、どうしても会いたくなったのだ。この、私と良く似た社会不適合者に。
ワンコールで電話に出た颯太はすぐに扉を開け、びしょ濡れで涙と鼻水を垂れ流した私を見てひとしきり笑った後、おかえりと言って私を抱きしめた。
「結局、俺の予言通りになったな」
彼女作らずに半年待っていた甲斐があった。颯太は嬉しそうに呟いた。
人の不幸がそんなに嬉しいか、この男は。
「……もう一回」
「いいよ」
「今度は酷くして。できるだけ乱暴にして」
「そいつは無理な相談だな」
「何でよ」
「俺は女の子には優しくしたいの」
「私、女の子って歳じゃないわ」
「女の子だよ、俺にとってはね」
「……」
「だから今日はうんと優しくして、甘やかしてあげる」
颯太が私の耳元で甘く囁く。私にはそれが悪魔の囁きに聞こえた。
けれどその囁きに耳を傾けるのも悪くはないだろうとも思えた。
「やっぱり、私には普通の恋愛も普通の結婚も無理だわ」
「ははっ。当たり前じゃん」
「ひどー」
「でもまあ、それが千景じゃん?」
だから、そのままでいい。普通じゃなくてもいい。
颯太はそう言って、豪快に笑った。
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