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本編
22:勘違いに気づいたアルフレッド
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先日のデート以降、アルフレッドは明らかに挙動不審だった。
交流を持とうと積極的に誘っていた散歩やお茶の時間はなくなり、代わりに遠くからシャロンを観察するようになった。
使用人と会話している時も、デニスの温室で青薔薇を作っている時も、物陰からジッとシャロンを見つめている。
シャロンはその視線には気づいているが、特に自分に害はないし、アルフレッドがおかしいのは今に始まった事ではないので特に気にしていない。
だがシノア達使用人は気にせずにはいられない。
仕方なく先日、使用人を代表して執事のセバスチャンが『何をしているのか』と尋ねたところ、『シャロンは笑うのか』と尋ね返されたらしい。ちなみに、セバスチャンの答えは『イエス』だった。
シャロンは公爵邸の使用人達と打ち解けてきてから、比較的笑顔を見せている。公爵邸で唯一その笑顔を見ていないのは今のところアルフレッドのみだと言うことを、彼は知った。
「だから、もしかしてと思い、シャロンに聞いたんです。『君は私のことが好きじゃないのか』と」
「へえ」
「そしたら、彼女『人としては嫌いじゃないです』と答えたんですよ。どういう意味ですかね」
「そのままの意味だろう。『人間として嫌いではないが、かと言って、人間として特別好いているわけでもない。また当然のごとく、恋愛的な意味で好いているわけでもない』という意味だ」
王城で行われる夜会にシャロンと共に出席したアルフレッドは、ダンスホールにあるテラスで何故かワイン片手に少し泣きそうになっていた。
そんな彼の呆れ顔で眺めているのは、この国の王太子ヘンリー。長い艶のある黒髪を後ろで一つに束ねた彼のシュッとした切長の目は、かわいそうなものを見るような目をしていた。
「逆に聞くが、何故好意を抱かれていると思えたんだ」
「…何故でしょう」
シャロンは時折、その黄金の瞳で心の中を覗くかのようにジッと見つめてくる。
これはシャロンの癖で特に深い意味はないのだが、アルフレッドにはこの目が『好きな人を見つめる目』に見えたのだ。
それに加えて、シャロンはエミリアを大事にしたい自分の気持ちに気づいてくれたばかりか、エミリアとの思い出を嫌な顔せずに聞いてくれるし、エミリアと自分の思い出も大事にしてくれる。好きじゃないとこんな献身的な態度は取れないはずだ、という思い込みが彼の認識を歪ませた。
「公爵はなまじ見目が良い分、ちょっとナルシストなところがあるもんな。モテてきた弊害か?」
アルフレッドの話を聞き、王太子は小馬鹿にするように言い放つ。
「それで?気まずくて早々に嫁を置いてきたのか?最低だな」
「殿下が呼び出したんじゃありませんか!」
「俺は別に嫁は置いてこいとは言ってないぞ?むしろ同席させるかと思っていた」
確かにヘンリーは、最近の相次いでいる魔術師失踪事件について近衛騎士団長であるアルフレッドと話をしておく事があり、夜会が始まって早々に呼び出した。だが、まさか嫁を置いてくるとは思わなかった。
「魔力こそ少ないが、シャロン・ジルフォードは優秀だ。知恵を貸してくれるかもしれんと思っていたんだが、紹介してはくれないのか?」
ケラケラと揶揄うように笑うヘンリーに、アルフレッドは不快感を顔に出した。
「…シャロン・ジルフォードではありません。シャロン・カーティスです」
「実は結構気になっていたんだ。実技は苦手だが座学では優秀な成績を収めていたシャロン・ジルフォードの事を。それにシャロン・ジルフォードはかなりの美人なのだろう?実はタイミングが合わなくて、まだきちんと見たことがないんだ。会ってみたいなぁ、シャロン・ジルフォード」
「シャロン・ジルフォードではありません!シャロン・カーティスです!彼女はもうウィンターソン公爵夫人です」
わざとらしくシャロンの家名を連呼するヘンリーに、アルフレッドは憤る。
一回りも年下なのに、アルフレッドはヘンリーの良いおもちゃだ。
「ほほう。これは公爵家の跡取りの顔が拝める日も近そうだな」
ヘンリーは満足げな笑みを見せた。
***
煌びやかなシャンデリアの下で、王都でも有名な楽団の演奏に合わせて優雅にダンスを楽しむ上流階級の紳士淑女を眺めながら、シャロンは壁の花と化していた。
いや、正確には壁の花になりたいのに意図せずそこにクレーターを作ってしまっている。
烏公爵と噂の後妻。関わりたくはないが気にはなる。そんな複雑な心境から、皆が微妙に距離をとりながらもシャロンをじっと観察しているのだ。
(全く。公爵様もひどいお方だわ)
アルフレッドは王太子ヘンリーに呼び出されてしまい、会場入りして早々にどこかへ消えてしまった。
共に連れて行き、王太子に紹介してからその場を下がらせても良さそうなものなのに、まさかの放置とは流石のシャロンも驚いた。
同僚には紹介したいが王太子には紹介したくない。つまりはそういうことだろう。確かに彼女は望まれない後妻であるが、せめて公の場ではもう少し丁重に扱ってく欲しいものだ。
(やはり好きかと聞かれた時、嘘でも『好き』と言っておくべきだったのかしら)
シャロンは深くため息をついた。
彼女は先日、『私のことを好きじゃないのか』と驚いたような顔をして聞いてくるアルフレッドに、何故当たり前のことを聞いてくるのかと思いつつ『人間として嫌いではない』という返答をした。
当然と言えば当然の返答である。相手はエミリアのことが好きでエミリアしか求めていないのに、恋愛的な意味で『好き』などと言われても困るだけだ。だからシャロンは正直に答えたのだ。しかし、アルフレッドは何故か、かなりショックを受けていた。
全くもっておかしな話である。これではまるで、シャロンには自分を好きになって欲しいと思っているみたいだ。アルフレッド自身は未だエミリアを想い、シャロンに対して気持ちを返せるわけでもないのに。
(あの人は元からおかしな人だもの。考えても仕方がないわ。きっと生きてる世界が違うのよ、うん。そうに違いない)
アルフレッドのことを考えれば考えるほど、何だかイライラしてくるので、シャロンはもう考えるのをやめた。
(お兄様、早く来てくれないかしら…)
シャロンは次兄バディスを探そうとキョロキョロとあたりを見渡す。
過去の経験から夜会で1人きりだと、ほぼ高確率で煩わしいことしか起きない事を彼女は知っている。だからサイモンと偶然遭遇した時、次兄バディスに『早く見つけてくれ』と頼んだのだ。
目つきの悪いバディスは側にいるだけで人避けになる。本人はその目つきの悪さのせいで女が寄ってこないと嘆いていたが、彼が隣にいると学院の同級生やお喋り好きのマダムに捕まる心配はない。
しかし、残念ながらこのまま平和に夜会が終わってしまってはつまらないという神の采配だろうか。
先にシャロンを見つけてくれたのは次兄バディスではなかった。
交流を持とうと積極的に誘っていた散歩やお茶の時間はなくなり、代わりに遠くからシャロンを観察するようになった。
使用人と会話している時も、デニスの温室で青薔薇を作っている時も、物陰からジッとシャロンを見つめている。
シャロンはその視線には気づいているが、特に自分に害はないし、アルフレッドがおかしいのは今に始まった事ではないので特に気にしていない。
だがシノア達使用人は気にせずにはいられない。
仕方なく先日、使用人を代表して執事のセバスチャンが『何をしているのか』と尋ねたところ、『シャロンは笑うのか』と尋ね返されたらしい。ちなみに、セバスチャンの答えは『イエス』だった。
シャロンは公爵邸の使用人達と打ち解けてきてから、比較的笑顔を見せている。公爵邸で唯一その笑顔を見ていないのは今のところアルフレッドのみだと言うことを、彼は知った。
「だから、もしかしてと思い、シャロンに聞いたんです。『君は私のことが好きじゃないのか』と」
「へえ」
「そしたら、彼女『人としては嫌いじゃないです』と答えたんですよ。どういう意味ですかね」
「そのままの意味だろう。『人間として嫌いではないが、かと言って、人間として特別好いているわけでもない。また当然のごとく、恋愛的な意味で好いているわけでもない』という意味だ」
王城で行われる夜会にシャロンと共に出席したアルフレッドは、ダンスホールにあるテラスで何故かワイン片手に少し泣きそうになっていた。
そんな彼の呆れ顔で眺めているのは、この国の王太子ヘンリー。長い艶のある黒髪を後ろで一つに束ねた彼のシュッとした切長の目は、かわいそうなものを見るような目をしていた。
「逆に聞くが、何故好意を抱かれていると思えたんだ」
「…何故でしょう」
シャロンは時折、その黄金の瞳で心の中を覗くかのようにジッと見つめてくる。
これはシャロンの癖で特に深い意味はないのだが、アルフレッドにはこの目が『好きな人を見つめる目』に見えたのだ。
それに加えて、シャロンはエミリアを大事にしたい自分の気持ちに気づいてくれたばかりか、エミリアとの思い出を嫌な顔せずに聞いてくれるし、エミリアと自分の思い出も大事にしてくれる。好きじゃないとこんな献身的な態度は取れないはずだ、という思い込みが彼の認識を歪ませた。
「公爵はなまじ見目が良い分、ちょっとナルシストなところがあるもんな。モテてきた弊害か?」
アルフレッドの話を聞き、王太子は小馬鹿にするように言い放つ。
「それで?気まずくて早々に嫁を置いてきたのか?最低だな」
「殿下が呼び出したんじゃありませんか!」
「俺は別に嫁は置いてこいとは言ってないぞ?むしろ同席させるかと思っていた」
確かにヘンリーは、最近の相次いでいる魔術師失踪事件について近衛騎士団長であるアルフレッドと話をしておく事があり、夜会が始まって早々に呼び出した。だが、まさか嫁を置いてくるとは思わなかった。
「魔力こそ少ないが、シャロン・ジルフォードは優秀だ。知恵を貸してくれるかもしれんと思っていたんだが、紹介してはくれないのか?」
ケラケラと揶揄うように笑うヘンリーに、アルフレッドは不快感を顔に出した。
「…シャロン・ジルフォードではありません。シャロン・カーティスです」
「実は結構気になっていたんだ。実技は苦手だが座学では優秀な成績を収めていたシャロン・ジルフォードの事を。それにシャロン・ジルフォードはかなりの美人なのだろう?実はタイミングが合わなくて、まだきちんと見たことがないんだ。会ってみたいなぁ、シャロン・ジルフォード」
「シャロン・ジルフォードではありません!シャロン・カーティスです!彼女はもうウィンターソン公爵夫人です」
わざとらしくシャロンの家名を連呼するヘンリーに、アルフレッドは憤る。
一回りも年下なのに、アルフレッドはヘンリーの良いおもちゃだ。
「ほほう。これは公爵家の跡取りの顔が拝める日も近そうだな」
ヘンリーは満足げな笑みを見せた。
***
煌びやかなシャンデリアの下で、王都でも有名な楽団の演奏に合わせて優雅にダンスを楽しむ上流階級の紳士淑女を眺めながら、シャロンは壁の花と化していた。
いや、正確には壁の花になりたいのに意図せずそこにクレーターを作ってしまっている。
烏公爵と噂の後妻。関わりたくはないが気にはなる。そんな複雑な心境から、皆が微妙に距離をとりながらもシャロンをじっと観察しているのだ。
(全く。公爵様もひどいお方だわ)
アルフレッドは王太子ヘンリーに呼び出されてしまい、会場入りして早々にどこかへ消えてしまった。
共に連れて行き、王太子に紹介してからその場を下がらせても良さそうなものなのに、まさかの放置とは流石のシャロンも驚いた。
同僚には紹介したいが王太子には紹介したくない。つまりはそういうことだろう。確かに彼女は望まれない後妻であるが、せめて公の場ではもう少し丁重に扱ってく欲しいものだ。
(やはり好きかと聞かれた時、嘘でも『好き』と言っておくべきだったのかしら)
シャロンは深くため息をついた。
彼女は先日、『私のことを好きじゃないのか』と驚いたような顔をして聞いてくるアルフレッドに、何故当たり前のことを聞いてくるのかと思いつつ『人間として嫌いではない』という返答をした。
当然と言えば当然の返答である。相手はエミリアのことが好きでエミリアしか求めていないのに、恋愛的な意味で『好き』などと言われても困るだけだ。だからシャロンは正直に答えたのだ。しかし、アルフレッドは何故か、かなりショックを受けていた。
全くもっておかしな話である。これではまるで、シャロンには自分を好きになって欲しいと思っているみたいだ。アルフレッド自身は未だエミリアを想い、シャロンに対して気持ちを返せるわけでもないのに。
(あの人は元からおかしな人だもの。考えても仕方がないわ。きっと生きてる世界が違うのよ、うん。そうに違いない)
アルフレッドのことを考えれば考えるほど、何だかイライラしてくるので、シャロンはもう考えるのをやめた。
(お兄様、早く来てくれないかしら…)
シャロンは次兄バディスを探そうとキョロキョロとあたりを見渡す。
過去の経験から夜会で1人きりだと、ほぼ高確率で煩わしいことしか起きない事を彼女は知っている。だからサイモンと偶然遭遇した時、次兄バディスに『早く見つけてくれ』と頼んだのだ。
目つきの悪いバディスは側にいるだけで人避けになる。本人はその目つきの悪さのせいで女が寄ってこないと嘆いていたが、彼が隣にいると学院の同級生やお喋り好きのマダムに捕まる心配はない。
しかし、残念ながらこのまま平和に夜会が終わってしまってはつまらないという神の采配だろうか。
先にシャロンを見つけてくれたのは次兄バディスではなかった。
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