【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
93 / 129
本編

93:シャロン(5)

しおりを挟む
 間一髪で難を逃れたアルフレッドは水場から戻ると、何故か花壇の前でシャロンを膝に乗せていた。

(…なぜだ!?)

 黙々と地面に何かを描くシャロンと、ただただ無言で彼女の椅子となっているアルフレッド。

 カオスである。

(…何か言うべきか、それとももう一度土下座すべきか…。いや、違う)

 こういう時は何もしないに限る。父が昔そんなことを言っていた。
 よって、アルフレッドはシャロンが口を開くまで黙って椅子に徹することにした。


「できた。見て」

 地面に落書きしていたシャロンは、その落書きを指差す。
 そこには串刺しになっている男と思しき絵があった。

 これは串刺しにされた自分だろうか。
 だとするならば、つまりは死ねという事だろうか。

 些か猟奇的な絵にアルフレッドは身震いした。

「シャロン…これは…その…どういう意味が…」
「タイトルは騎士団長してるときの旦那様」
「…え、串刺しになってるけど」
「え?腰に剣を携えてる様ですよ?」
「いやいやいや、どう見ても…」

 串刺しにされた男にしか見えない。
 一周回って価値ある芸術作品に見えるかもしれないくらいの画力しかない彼女のその絵は、誰が見ても串刺しにされた男にしか見えない。
 人を呪える感じの禍々しさだ。

 しかし、それを言うとシャロンはポロポロと涙をこぼした。

「シャロン、頑張って描いたのに…」
「え?えええ?な、泣くの!?今度は泣くの!?さっきまでのやさぐれシャロンは何処に!?」
「シャロン、これ、頑張って描いたのに…旦那様なのに…」
「ご、ごごごごごめん。そうだな、これは騎士団長の私だ。間違いない」 
「…上手?シャロン、上手に描けた?」
「うんうん。よく描けている。上手だ。天才だ。個展を開けそう!」
「嬉しい?」
「うん、嬉しいぞ!描いてくれてありがとう!とても嬉しいぞ!呪われても喜んで地獄に行こうと思えるくらいに嬉しいぞ!串刺しでも火炙りでも甘んじて受けよう!」

 勝手に地獄に行くことを決めたアルフレッドに、シャロンはニコッと笑った。

(…酒のせいか情緒不安定だな)

 まるで子どものようなシャロンに困惑するアルフレッドは、とりあえず彼女の頭をぽんぽんと撫でてみる。
 すると、シャロンは頭の上の彼の手を掴み、自分の頬へと寄せた。

「ど、どうした?シャロン」

 彼女の頬は柔らかく滑らかで、アルフレッドは少し頬を染める。

「シャロンの夢はお医者様になることです」
「そ、そそそそうか」
「でも、女の子だからなれないんだって」
「そう、か…」

 そう言うとシャロンは膝を抱えて小さくなった。
 そしてポツリと語り始めた。

 二人の兄も優しい父も泣き虫な母もみんな大好きだし、とても愛されていたけど、シャロンはいつもどこか孤独を感じていた。
 家族の中で自分だけ魔力が少ないから。自分だけ違うから。
 でも、そんなことを嘆いていても仕方がない。
 魔力が少ないことなど、シャロンにはどうする事もできないからだ。
 ならば自分にできることを頑張って、自分で自分だけの居場所を作ろうと、必死に勉強した。
 薬師に混じって、調薬が許された時は泣くほど嬉しかった。

 しかし、ようやくできた居場所は魔力があるせいで奪われた。
 学院に通わなければならなかったからだ。
 本当は通いたくなかったが、魔力持ちの義務だから仕方がなかった。
 仕方がないから、医師になれないなら魔術師になれば良いのだと気持ちを切り替えて、たくさん勉強した。

 でもやっぱり、魔力の少ない彼女は魔術師にはなれなかった。

 壮絶ないじめに耐えたのに。
 本当は死にたいほどに辛かったけど、こんな奴らのせいで死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思って頑張ったのに。
 そうやってずっと、歯を食いしばって5年も耐えたのに。

 それでもやっぱり、シャロンは、何か名前のついた存在にはなれなかった。
 シャロンはただのシャロンにしかなれなかった。

 努力した。頑張った。けれど、彼女のそれが報われたことは一度もない。

 アルフレッドの元に嫁いできたとき、彼女の精神状態は元々不安定だった。
 そんな中で残念な夫の相手をし、モヤモヤしながら過ごし、今回の事件だ。
 もちろん首を突っ込んだのはシャロンの意思だが、事件後、誰かが彼女のケアをすることはなかった。

 強いからと見逃されていた。

 何か一つのことが原因だったわけではない。
 いろんなことが積み重なって、こうなった。
 少しずつ少しずつ精神をすり減らしていた彼女は、限界を迎えた。
 
 だから、諦めたのだ。

「もう疲れちゃっただけなの。だからね、誰のせいでもないんだよ」
「…うん」
「シャロンが勝手に疲れちゃっただけなの。もういいかなって」
「…うん」
「大好きな人の心臓になって終われるなら、それもアリかもしれないって思ったの」
「…うん」

 シャロンは毒を飲もうとしたのは、エミリアのせいでもアルフレッドのせいでもなければ、魅了のせいでもないと言う。
 ただ、自分が疲れてしまっただけだからと。

 アルフレッドはそんな彼女の話に相槌を打ちながら、唇を噛み締めた。
 自分の事ばかりで、彼女に気づけなかったことを悔やんだ。
 
 後悔先に立たずだ。後から悔やむから後悔と書く。

(…今更悔やんでも遅い)

 シャロンはアルフレッドにもたれかかると、クスクスと笑う。

「シャロンは頑張りました」
「…うん。そうだね」
「シャロンはたくさん頑張りました」
「うん。頑張ったね」
「…本当はね、シャロンだってぎゅーってしてほしいです。ヨシヨシして欲しいです」
「うん」
「頑張ったねってたくさん褒めて欲しいんですよ。本当はね」

 「子どもみたいでしょう」とそう言って笑う姿は、とても痛々しかった。

「…シャロン。…ぎゅーってしてもいい?」

 シャロンは数秒迷ったが、コクリと頷いた。
 許可を得たアルフレッドは後ろからぎゅっと彼女を抱きしめる。

「頑張ったね、シャロン」
「…うん。頑張った」

 振り返ったシャロンは、アルフレッドの胸に顔を埋めて泣いた。
 彼女が彼の前で泣いたのはこれが初めてのことだった。
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。 短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...