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本編
93:シャロン(5)
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間一髪で難を逃れたアルフレッドは水場から戻ると、何故か花壇の前でシャロンを膝に乗せていた。
(…なぜだ!?)
黙々と地面に何かを描くシャロンと、ただただ無言で彼女の椅子となっているアルフレッド。
カオスである。
(…何か言うべきか、それとももう一度土下座すべきか…。いや、違う)
こういう時は何もしないに限る。父が昔そんなことを言っていた。
よって、アルフレッドはシャロンが口を開くまで黙って椅子に徹することにした。
「できた。見て」
地面に落書きしていたシャロンは、その落書きを指差す。
そこには串刺しになっている男と思しき絵があった。
これは串刺しにされた自分だろうか。
だとするならば、つまりは死ねという事だろうか。
些か猟奇的な絵にアルフレッドは身震いした。
「シャロン…これは…その…どういう意味が…」
「タイトルは騎士団長してるときの旦那様」
「…え、串刺しになってるけど」
「え?腰に剣を携えてる様ですよ?」
「いやいやいや、どう見ても…」
串刺しにされた男にしか見えない。
一周回って価値ある芸術作品に見えるかもしれないくらいの画力しかない彼女のその絵は、誰が見ても串刺しにされた男にしか見えない。
人を呪える感じの禍々しさだ。
しかし、それを言うとシャロンはポロポロと涙をこぼした。
「シャロン、頑張って描いたのに…」
「え?えええ?な、泣くの!?今度は泣くの!?さっきまでのやさぐれシャロンは何処に!?」
「シャロン、これ、頑張って描いたのに…旦那様なのに…」
「ご、ごごごごごめん。そうだな、これは騎士団長の私だ。間違いない」
「…上手?シャロン、上手に描けた?」
「うんうん。よく描けている。上手だ。天才だ。個展を開けそう!」
「嬉しい?」
「うん、嬉しいぞ!描いてくれてありがとう!とても嬉しいぞ!呪われても喜んで地獄に行こうと思えるくらいに嬉しいぞ!串刺しでも火炙りでも甘んじて受けよう!」
勝手に地獄に行くことを決めたアルフレッドに、シャロンはニコッと笑った。
(…酒のせいか情緒不安定だな)
まるで子どものようなシャロンに困惑するアルフレッドは、とりあえず彼女の頭をぽんぽんと撫でてみる。
すると、シャロンは頭の上の彼の手を掴み、自分の頬へと寄せた。
「ど、どうした?シャロン」
彼女の頬は柔らかく滑らかで、アルフレッドは少し頬を染める。
「シャロンの夢はお医者様になることです」
「そ、そそそそうか」
「でも、女の子だからなれないんだって」
「そう、か…」
そう言うとシャロンは膝を抱えて小さくなった。
そしてポツリと語り始めた。
二人の兄も優しい父も泣き虫な母もみんな大好きだし、とても愛されていたけど、シャロンはいつもどこか孤独を感じていた。
家族の中で自分だけ魔力が少ないから。自分だけ違うから。
でも、そんなことを嘆いていても仕方がない。
魔力が少ないことなど、シャロンにはどうする事もできないからだ。
ならば自分にできることを頑張って、自分で自分だけの居場所を作ろうと、必死に勉強した。
薬師に混じって、調薬が許された時は泣くほど嬉しかった。
しかし、ようやくできた居場所は魔力があるせいで奪われた。
学院に通わなければならなかったからだ。
本当は通いたくなかったが、魔力持ちの義務だから仕方がなかった。
仕方がないから、医師になれないなら魔術師になれば良いのだと気持ちを切り替えて、たくさん勉強した。
でもやっぱり、魔力の少ない彼女は魔術師にはなれなかった。
壮絶ないじめに耐えたのに。
本当は死にたいほどに辛かったけど、こんな奴らのせいで死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思って頑張ったのに。
そうやってずっと、歯を食いしばって5年も耐えたのに。
それでもやっぱり、シャロンは、何か名前のついた存在にはなれなかった。
シャロンはただのシャロンにしかなれなかった。
努力した。頑張った。けれど、彼女のそれが報われたことは一度もない。
アルフレッドの元に嫁いできたとき、彼女の精神状態は元々不安定だった。
そんな中で残念な夫の相手をし、モヤモヤしながら過ごし、今回の事件だ。
もちろん首を突っ込んだのはシャロンの意思だが、事件後、誰かが彼女のケアをすることはなかった。
強いからと見逃されていた。
何か一つのことが原因だったわけではない。
いろんなことが積み重なって、こうなった。
少しずつ少しずつ精神をすり減らしていた彼女は、限界を迎えた。
だから、諦めたのだ。
「もう疲れちゃっただけなの。だからね、誰のせいでもないんだよ」
「…うん」
「シャロンが勝手に疲れちゃっただけなの。もういいかなって」
「…うん」
「大好きな人の心臓になって終われるなら、それもアリかもしれないって思ったの」
「…うん」
シャロンは毒を飲もうとしたのは、エミリアのせいでもアルフレッドのせいでもなければ、魅了のせいでもないと言う。
ただ、自分が疲れてしまっただけだからと。
アルフレッドはそんな彼女の話に相槌を打ちながら、唇を噛み締めた。
自分の事ばかりで、彼女に気づけなかったことを悔やんだ。
後悔先に立たずだ。後から悔やむから後悔と書く。
(…今更悔やんでも遅い)
シャロンはアルフレッドにもたれかかると、クスクスと笑う。
「シャロンは頑張りました」
「…うん。そうだね」
「シャロンはたくさん頑張りました」
「うん。頑張ったね」
「…本当はね、シャロンだってぎゅーってしてほしいです。ヨシヨシして欲しいです」
「うん」
「頑張ったねってたくさん褒めて欲しいんですよ。本当はね」
「子どもみたいでしょう」とそう言って笑う姿は、とても痛々しかった。
「…シャロン。…ぎゅーってしてもいい?」
シャロンは数秒迷ったが、コクリと頷いた。
許可を得たアルフレッドは後ろからぎゅっと彼女を抱きしめる。
「頑張ったね、シャロン」
「…うん。頑張った」
振り返ったシャロンは、アルフレッドの胸に顔を埋めて泣いた。
彼女が彼の前で泣いたのはこれが初めてのことだった。
(…なぜだ!?)
黙々と地面に何かを描くシャロンと、ただただ無言で彼女の椅子となっているアルフレッド。
カオスである。
(…何か言うべきか、それとももう一度土下座すべきか…。いや、違う)
こういう時は何もしないに限る。父が昔そんなことを言っていた。
よって、アルフレッドはシャロンが口を開くまで黙って椅子に徹することにした。
「できた。見て」
地面に落書きしていたシャロンは、その落書きを指差す。
そこには串刺しになっている男と思しき絵があった。
これは串刺しにされた自分だろうか。
だとするならば、つまりは死ねという事だろうか。
些か猟奇的な絵にアルフレッドは身震いした。
「シャロン…これは…その…どういう意味が…」
「タイトルは騎士団長してるときの旦那様」
「…え、串刺しになってるけど」
「え?腰に剣を携えてる様ですよ?」
「いやいやいや、どう見ても…」
串刺しにされた男にしか見えない。
一周回って価値ある芸術作品に見えるかもしれないくらいの画力しかない彼女のその絵は、誰が見ても串刺しにされた男にしか見えない。
人を呪える感じの禍々しさだ。
しかし、それを言うとシャロンはポロポロと涙をこぼした。
「シャロン、頑張って描いたのに…」
「え?えええ?な、泣くの!?今度は泣くの!?さっきまでのやさぐれシャロンは何処に!?」
「シャロン、これ、頑張って描いたのに…旦那様なのに…」
「ご、ごごごごごめん。そうだな、これは騎士団長の私だ。間違いない」
「…上手?シャロン、上手に描けた?」
「うんうん。よく描けている。上手だ。天才だ。個展を開けそう!」
「嬉しい?」
「うん、嬉しいぞ!描いてくれてありがとう!とても嬉しいぞ!呪われても喜んで地獄に行こうと思えるくらいに嬉しいぞ!串刺しでも火炙りでも甘んじて受けよう!」
勝手に地獄に行くことを決めたアルフレッドに、シャロンはニコッと笑った。
(…酒のせいか情緒不安定だな)
まるで子どものようなシャロンに困惑するアルフレッドは、とりあえず彼女の頭をぽんぽんと撫でてみる。
すると、シャロンは頭の上の彼の手を掴み、自分の頬へと寄せた。
「ど、どうした?シャロン」
彼女の頬は柔らかく滑らかで、アルフレッドは少し頬を染める。
「シャロンの夢はお医者様になることです」
「そ、そそそそうか」
「でも、女の子だからなれないんだって」
「そう、か…」
そう言うとシャロンは膝を抱えて小さくなった。
そしてポツリと語り始めた。
二人の兄も優しい父も泣き虫な母もみんな大好きだし、とても愛されていたけど、シャロンはいつもどこか孤独を感じていた。
家族の中で自分だけ魔力が少ないから。自分だけ違うから。
でも、そんなことを嘆いていても仕方がない。
魔力が少ないことなど、シャロンにはどうする事もできないからだ。
ならば自分にできることを頑張って、自分で自分だけの居場所を作ろうと、必死に勉強した。
薬師に混じって、調薬が許された時は泣くほど嬉しかった。
しかし、ようやくできた居場所は魔力があるせいで奪われた。
学院に通わなければならなかったからだ。
本当は通いたくなかったが、魔力持ちの義務だから仕方がなかった。
仕方がないから、医師になれないなら魔術師になれば良いのだと気持ちを切り替えて、たくさん勉強した。
でもやっぱり、魔力の少ない彼女は魔術師にはなれなかった。
壮絶ないじめに耐えたのに。
本当は死にたいほどに辛かったけど、こんな奴らのせいで死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思って頑張ったのに。
そうやってずっと、歯を食いしばって5年も耐えたのに。
それでもやっぱり、シャロンは、何か名前のついた存在にはなれなかった。
シャロンはただのシャロンにしかなれなかった。
努力した。頑張った。けれど、彼女のそれが報われたことは一度もない。
アルフレッドの元に嫁いできたとき、彼女の精神状態は元々不安定だった。
そんな中で残念な夫の相手をし、モヤモヤしながら過ごし、今回の事件だ。
もちろん首を突っ込んだのはシャロンの意思だが、事件後、誰かが彼女のケアをすることはなかった。
強いからと見逃されていた。
何か一つのことが原因だったわけではない。
いろんなことが積み重なって、こうなった。
少しずつ少しずつ精神をすり減らしていた彼女は、限界を迎えた。
だから、諦めたのだ。
「もう疲れちゃっただけなの。だからね、誰のせいでもないんだよ」
「…うん」
「シャロンが勝手に疲れちゃっただけなの。もういいかなって」
「…うん」
「大好きな人の心臓になって終われるなら、それもアリかもしれないって思ったの」
「…うん」
シャロンは毒を飲もうとしたのは、エミリアのせいでもアルフレッドのせいでもなければ、魅了のせいでもないと言う。
ただ、自分が疲れてしまっただけだからと。
アルフレッドはそんな彼女の話に相槌を打ちながら、唇を噛み締めた。
自分の事ばかりで、彼女に気づけなかったことを悔やんだ。
後悔先に立たずだ。後から悔やむから後悔と書く。
(…今更悔やんでも遅い)
シャロンはアルフレッドにもたれかかると、クスクスと笑う。
「シャロンは頑張りました」
「…うん。そうだね」
「シャロンはたくさん頑張りました」
「うん。頑張ったね」
「…本当はね、シャロンだってぎゅーってしてほしいです。ヨシヨシして欲しいです」
「うん」
「頑張ったねってたくさん褒めて欲しいんですよ。本当はね」
「子どもみたいでしょう」とそう言って笑う姿は、とても痛々しかった。
「…シャロン。…ぎゅーってしてもいい?」
シャロンは数秒迷ったが、コクリと頷いた。
許可を得たアルフレッドは後ろからぎゅっと彼女を抱きしめる。
「頑張ったね、シャロン」
「…うん。頑張った」
振り返ったシャロンは、アルフレッドの胸に顔を埋めて泣いた。
彼女が彼の前で泣いたのはこれが初めてのことだった。
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