【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々

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第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精

41:変化(1)

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 その冬、魔族の王が代わったとの知らせが帝国中を駆け巡った。
 長年圧政を敷き、悪虐の限りを尽した魔族の王は自身の弟に討たれ、あっけなく死んだそうだ。きっと、かの国はもう崩壊寸前まで来ていたのだろう。完全に崩れてしまう前に新たな王が現れたのは魔族にとって幸福と言えるはずだ。

「領主様!!魔族が砦に!!」

 新たな魔王は先王に傾倒していた軍の将校たちを処刑した後、真っ先にアッシュフォード領の砦に向かった。そして白旗と共に先王の首を掲げ、開門を要求した。
 どこまでも広がる雪原のど真ん中、丸腰で、ただ首と白旗だけを掲げた魔族軍がこちらの言葉を用いて対話を要求する姿はひどく異様で、砦の兵たちはその異様さに恐れ慄いた。
 ここ最近、魔族の襲撃が途絶えていると思って安心していた矢先の出来事。これまで懲りもせず真正面から壁を突き破ろうと突進してきていた彼らの突然の降伏に、驚かぬ方がおかしい。
 しかし皆が混乱する中で領主イアン・ダドリーは一人、極めて落ち着いて対応した。彼らが来ることを知っていたからだ。  

「俺がこの地の主人だ」

 固く閉ざされていたアビスの扉を開け、イアンは大勢の魔族の前に立った。
 アッシュフォードの騎士団は剣を構え、砦の兵は見張り台から弓を構える。いつでも動けるように気を抜かない。
 だがこれはハルから事前に聞いていた予定調和の訪問。予定調和の白旗だ。イアンは決して手を出すなと念を押した。

(……そう、これはわかっていたこと。予定通りの問答をして招き入れればいい)

 そうわかっているのに。イアンは言葉を詰まらせた。
 共に戦い、彼ら魔族に殺されていった仲間の顔がふと脳裏に浮かんだのだ。
 長い間、殺し合い、憎しみあっていた相手を前にしたイアンの心は瞬く間に闇に支配された。死んでいった仲間を思うと、魔王の血族など本当は殺してやりたい。
 しかし、それではダメだ。
 イアンは心を落ち着けるように大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 吐き出した息は白くなって辺りを漂う。

(別に、仲良く手を取り合いたいわけじゃない)

 「ごめんなさい」、「いいよ」で和解できるほど簡単な話ではない。
 イアンを含め、この地に生きる誰も彼もが魔族を許しはしないだろう。たとえ目の前にいる彼らがしたことではないとしても、民の多くは許せる範囲をはるかに超えた仕打ちを受けてきているのだから。
 けれど、いつまでも憎しみに囚われていては前に進めない。
 これは変わるチャンスだ。長く終わりの見えない冬のど真ん中にいたアッシュフォードに春を呼び込むチャンス。
 それをくれた彼女のためにも、イアンは私憤を収め、彼らを受け入れねばならない。

「……目的を聞こう」

 イアンはようやく口を開いた。すると、新王ヒューゴは安堵したような表情を見せた。意外なほどに穏やかな彼にイアンは拍子抜けした。

「ワタシが話ス」

 イアンの質問にはハルが代わりに答えた。
 それまで壁越しだったために声しか聞いたことがなかったが、想像していたよりもずっと細く頼りない体格をした女だった。
 それはハルも同じだったようで、現れた男が優しい声色からは想像もできないくらいに屈強な熊のような大男であったことに驚いたような顔をしていた。

「せいシきニ 和平 むスびたイ」

 拙い言葉だが、ハルはジェスチャーを交えながら正式に戦争を終わらせたいのだと言った。そしてヒューゴはそれが彼の意志だと言うように、大きく頷いた。
 アッシュフォードの兵はその言葉にざわついたが、イアンは予定通りに皇帝のところまで案内すると約束し、門の中へ入ることを許可した。
 ただし、3つの条件をつけて。

「武器を持たないことを確認させてほしい」
「王とその側近二名までしか許可しない」
「念の為、手枷をさせてもらう」

 それは他国の王に対する条件とは思えぬほどに、明らかに不当な要求。その場にいた王の側近たちは揃えて抗議した。またしても一触即発の空気になる。
 だがここで反発すれば、双方の望む結果は得られない。ハルはそう説き伏せた。

『お前たちの要求に従おう』
  
 ヒューゴはそう言うと素直に両手を差し出し、手枷を受け入れた。
 
 *

 その頃、アイシャはアカデミー時代の友人である第一皇子を経由し、魔族との和平交渉に応じてほしい旨を皇帝に伝えた。
 だが正直なところ、皇帝が交渉に応じるかどうかは微妙だった。
 首都ではすでに戦争は終わったことになっているからだ。それなのに魔族と会えば、戦争が終わっていなかったことを認めることになる。
 それは民を欺いていたことを認める行為だ。皇帝にとって民の信頼を揺るがす事態となるのは避けたい。叶うなら今まで通り、見て見ぬふりをしていたいはずだ。

 だからアイシャは皇帝の自尊心の高さと見栄っ張りな性格を利用することにした。
 皇帝宛の手紙に、この機を逃すと帝国は永遠に魔族に怯えなければならないこと。
 帝国の主人が魔族程度を意のままに操れないはずがないこと。
 そして何より、ここで魔族と正式に和平を結んでおけば現皇帝は後世まで『人類を魔族から救った名君』として歴史に名を残せることを書いた。 
 すると、これらを示された皇帝はアイシャの思惑通り、重い腰を上げた。

「北の別荘地まで来られるそうよ」

 返事を受け取ったアイシャはすぐに砦に使いを出した。
 
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