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第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精
42:変化(2)
しおりを挟む会談の場所に指定された北の城はラホズ侯爵領の南にある別荘地だ。
皇室から委託された侯爵が管理をする城で、皇族が気まぐれでパーティを開くだけの城。
ここ最近はほとんど使われていない無駄遣いの象徴のような場所だ。
イアンは爵位授与の時に一度だけ行ったことのあるその城に、ハルたちを輸送することとなった。
彼らは共に険しい山道を抜け、凍った川を渡り、冬の間は開かないはずの関所の門をくぐって会談場所を目指す。
屈強な騎士に囲まれ、一触即発の緊張感の中で厳重に輸送される姿はまるで罪人だ。別荘地までの道中には民に石を投げられることもあった。
だが、ハルたちは文句ひとつ言わなかった。ここで何か言えば今までの努力が全て水の泡になるとわかっていたのだろう。
決して仲良くなることはなかったが、移動の中でアッシュフォードの騎士は魔族に対する態度をほんの少しだけやわらげた。
北の別荘地についたハルたちはイアンの付き添いの元、帝国の主人に謁見した。
まだ何ひとつとして交渉は行われていないのに、皇帝はどこか勝ち誇ったように態度だった。きっと難しいことを考えることが苦手な魔族の性質を利用し、帝国に有利なようことを進めるつもりだったのだろう。
案の定、魔族の国は多額の賠償金と共に軍事と外交の権利を帝国へ渡すこととなった。内政に関しては自由を認められたか、それは実質的に魔族が帝国の属国になったことを意味していた。
停戦協定を破り、戦争を仕掛け続けたのだ。これは仕方のないことだったと言える。だから新王ヒューゴは全てを受け入れた。
そうして会談を終えようとしたその時。王の側近ハルはこの和平交渉も魔族の国に明るい未来が開けたのも、すべてはアッシュフォード男爵夫人アイシャのおかげだと宣言した。
彼女の予想外の発言に皇帝もイアンも目を丸くした。
本人にその意図があったのかは定かではないが、ハルのその発言はまるで目の前の皇帝に『何ひとつ、お前の功績ではない』とでも言っているように聞こえたのだ。
会談の場にいたら貴族たちは、騒然とした。
自分たちは何故、そんな娘をアッシュフォードなんかにくれてやったのか、と。
***
『ハル、これを……』
会談が終わり、正式に終戦が宣言された日のこと。魔族領へと帰るハルをアイシャは引き止め、とあるモノを渡した。
それは子ども一人分の小さな棺。
ハルがその棺を開けると、そこには綺麗に瓶詰めされた遺灰と大量の子どもが好きそうなおもちゃが詰められていた。
そう、それはマリーナフカの棺。イアンがずっと供養してきた子どもたちの棺だ。
アイシャはこれはハルが持つべきものだと言った。
『このくらいしか出来なくて ごめんなさい』
アイシャがそう言って深々と頭を下げるとハルはブンブンと首を横に振った。
『そんなことない。ありがとう』
こんな風に弔ってもらえているとは思っていなかった。ハルは嬉しいと素直に喜んだ。
けれど。
『でもアイシャ。私はこれを持ち帰れない』
『どうして?』
『これは、こちら側で魔族が死んだことの証だ。持ち帰ればこの遺灰を理由にまた戦争を始めたがる奴が出てくるかもしれない』
たとえ、ハルが送り込んだ子どもだとしても人間側で死んだという事実は変わらない。
まだ魔族の国は混乱している。首都のどこかに魔族側に先王の手下が潜んでいる可能性を考えれば、余計な火種は持ち帰りたくないのだとハルは言う。
それならば仕方がない。アイシャは残念そうに頷いた。
そんな彼女にハルは優しく微笑む。
『アイシャ。もし今後、私がこちら側に来ることがあれば、その時は手を合わせることを許してほしい』
約束はできないけれど、いつか必ずまた、会いに来る。ハルは言った。
自分たちは友ではないし、仲間でもない。
しかし、良きパートナーとして付き合っていきたい。
ハルはそんな願いを込めて握手を求めた。
『私はお前との出会いに感謝している。ありがとう、アイシャ』
『こちらこそだわ。ハル』
アイシャは大きく頷き、ハルの手を握った。
*
「まさか、この地が新たな歴史の出発点となるだなんて、思ってもみなかったな」
痩せた土地と山と川しかない、大した産業も娯楽も何もないこのアッシュフォードはこれから先、どのような発展を遂げるのだろう。
決して楽な道とは言えない。けれどアイシャと共に歩む未来は楽しみで仕方がない。
「アイシャ、君はまるで春の妖精だ」
ハルを見送ったイアンは再び閉じられた門の前でそう呟いた。
アッシュフォードに来てからまだそんなに時間が経っていないのに、アイシャはずっと領民を悩ませていた大きな問題を解決してしまった。
さすがに魔族との交易を体系化するにはまだまだ時間がかかるが、それでも、これでもう魔族の攻撃に怯える必要がないのだと思うと民の心も楽になるだろう。
「ありがとう、アイシャ」
やはりアイシャは春の妖精だった。物語の最後、冬の国の王メリルはこんな気持ちだったのだろうか。
ふとそんなことが頭をよぎったせいか、イアンは物語にあやかり歌を歌った。
予想通りの音痴具合にアイシャはプッと吹き出してしまう。
「アッシュフォードのメリルは歌が苦手なのですね」
「やはりやめておけばよかった。恥ずかしい。聞かなかったことにしてくれ」
耳まで赤くしたイアンはそっぽを向いた。アイシャは逃すまいとそんな彼の手を握る。
「ハルの名前、この話から来てるらしいですよ」
「あちらにも同じ物語が伝わっていたんだな」
「意外ですよね。どこから流れたんだろう」
「むしろあちらから伝わってきた可能性もあるな」
「なるほど」
「……もしかすると、遠い昔は境目なんてなくて、全部繋がっていたのかもな」
遠くを見つめ、イアンは感慨深そうに呟く。
その言葉に同意するかのように、ひとひらの風が優しく頬を撫でた、のに。
「いや、境目はありますよ。いつの時代もどこで線を引くかで争うのが人間ですし、縄張り争いは動物もします」
「……俺、今ちょっといい事言ったつもりだったんだけど?」
「ふふっ。知ってます。テオの真似をしてみました」
「ヤツの真似はしなくてよろしい。ろくなもんじゃないんだから」
というか、他の男に染まるなんて嫉妬で狂いそうなのでやめていただきたい。
悪戯に笑うアイシャのその笑顔が眩しくも腹立たしくて、イアンは額に軽く唇を落とした。
不意打ちのそれに、案の定彼女は顔を真っ赤に染めるが、ザマアミロだ。
イアンは意趣返しだと舌を出した。
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