【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々

文字の大きさ
76 / 149
第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精

43:春まで待って(1)

しおりを挟む
 突然の魔族の降伏で混乱していたアッシュフォードも、彼らが帰って数日も経てばすっかり落ち着いた。
 今後、彼らと交流を持つにしてもすぐに何かできるわけではない。あちらはまだまだ混乱が続いているし、こちらも制度を整えられてはいない。
 しばらくは現状維持になるはずだ。
 
「焦らず機を見て、ゆっくりと。しかし確実に」

 アイシャは自室の出窓に腰掛け、まだまだ雪が降り積もる庭を見下ろし、小さく笑った。

「もうすぐ花が咲くだろうな」
「イアン様!」

 お茶でもどうだと、テオドールを連れて現れたイアンはアイシャが眺めていた窓の隣の窓から庭を見下ろした。
 少し前までは手入れもされずに放置されて荒れていたはずの庭は、花はまだ咲いていないもののアイシャの指示通りに美しく生まれ変わっていた。
 普段はほぼ農夫なニックも一応本職は庭師。本気を出せばそこそこできるらしい。

「さすがはニックですね。器用だわ」
「ああ、まるで庭師みたいだ」
「みたい、じゃなくて庭師ですよ。旦那様」

 これを機にちゃんと庭の手入れをしてくれると良いのだが。テオドールはそう呟いてため息をこぼした。

「それにしても、ようやく落ち着きましたわね」
「そうだな。アイシャ、お疲れさま」
「イアン様もお疲れ様でした」

 テオドールの淹れたレモングラスのハーブティーの微かな香りが鼻をくすぐる。
 出窓に腰掛けたまま、顔を見合わせニヤリと口角を上げた二人は、ティーカップを軽く掲げて乾杯をした。
 
「今後どう交流を持つかは長い時間をかけて話し合いが必要ですから、今すぐ何かが大きく変わるわけではないです。でも今回のことは大きな一歩ですわ」
「そうだな」
「とりあえず、これでしばらくは平穏な日々が過ごせそうですね」

 最近忙しかったから、と安堵の表情を見せるアイシャ。彼女につられ、イアンも同じように柔らかく微笑むも、テオドールだけは怪訝な顔をしていた。

「……え?」
「ん?何?」
「どうした?テオ」
「えーっと、平穏な日々はもう少し先では?」
「どうして?何か急ぎの案件でもあったかしら」
「いや、奥様。結婚式……」

 テオドールが遠慮がちに告げる。春になればようやく結婚式ができるのだ。魔族の件で予想外に時間を取られてしまった以上、しばらくは準備に追われることだろう。
 そう説明されたイアンは思い出したように「ああ!」と声を上げた。

「すっかり忘れていた!」
「もう、しっかりしてくださいよ」
「すまんすまん。しかし、そうと分かれは早速準備をしなければな!アイシャはどんな式にしたい?」
「え?」
「何なら、これからはアッシュフォードに留まらなくても良いですから、皇宮……は無理でも北の城を借りて結婚式をすることは可能なのでは?」
「確かにそうだな。北の城はあまり使われていないし、一度申請してみるか?」

 イアンは今まで、魔族の襲撃を恐れてアッシュフォードを離れることができなかったが、もうその心配もない。
 今回のアッシュフォード男爵家の功績を考えれば皇宮を借りることはできなくても、北の城は借りれるかもしれないと話すテオドールをイアンはナイスアイデアだと褒め称えた。
 しかし当のアイシャはキョトンと目を瞬かせている。

「どうかしましたか?奥様」
「えーっと、結婚式は略式では?」
「え?」
「は?」

 父から結婚式はアッシュフォードの教会にて略式で行うと言われていたアイシャは小首を傾げた。
 テオドールもイアンも、思わず間そんなわけないだろうと声を荒げた。

「奥様!結婚式ですよ!?結婚式!!」
「え、ええ。そうね?」
「確かに旦那様はアッシュフォードの外に出られないから当初はここで式を挙げる予定でしたが、それでも略式だなんてとんでもない!」
「君の友人や家族、エレノア子爵夫妻も呼んでできるだけ盛大に行おうと予算まで組んでたのに。一体どうしてそんな話に……」
「ごめんなさい。もしかすると父が『アッシュフォードの教会で行う』という言葉を聞いて『当然略式だろう』と思い込んでしまったのかもしれません」
「あー、それはあり得ますね。アッシュフォードをよく知らない人からすれば、こんな田舎で派手な式など行えるはずがないと思うでしょうし」
「まあ実際、大したことはできないけどな。でも決して略式では行わないからそこは安心してくれ!」

 略式の結婚式など、女性にとって『夫に大事にされていない』と公言されるような不名誉なことは絶対にしないとイアンは固く誓った。 

「あ、ありがとう、ございます……」

 イアンの言葉に礼を返しつつも、アイシャは咄嗟に顔を隠すように俯いた。
 どうしたってニヤけてしまう口元を隠したかったのだ。

(結婚式、ちゃんとできるんだ……)

 憧れていた、大切な人たちに囲まれてみんなから祝福される結婚式。それができると思うとアイシャは嬉しくて仕方がない。

「……でも、式はアッシュフォードでしたいです」
「え、そうなのか?」
「はい。派手な結婚式には憧れますが、私が一番に望むのは大切な人たちに祝福される結婚式なので。そして私の大切な人たちはここにいる……。だから私はアッシュフォードで結婚式がしたいです」

 アイシャはそう言うと少し恥ずかしそうに笑った。彼女のそんな姿にイアンの頬もついつい緩む。

「そうか、わかった。ならばそうしよう」
「はい!あ、でも、できればアカデミー時代の友人は招待したいです!」
「ああ、たくさん呼ぶといい」
「あと、叔父様も叔母様も」
「そうだな」
「ラホズ侯爵様は来てくださるかしら。あとは…………あの、そんな感じでいろいろご招待したいです。へへっ」

 一瞬言葉を詰まらせたアイシャは、それを誤魔化すように笑った。
 口には出せなかった言葉はきっと、家族のことだろう。アイシャはこの期に及んでもまだ期待しているのかもしれない。
 その気持ちを汲み取ったのか、イアンは持っていたティーカップを置き、彼女の手をそっと握った。

「……伯爵夫妻にも、声をかけてみるか?」

 夫妻からの祝福はおそらく期待できないだろう。何せ彼らはアイシャに興味がない。それはイアンもアイシャもよくわかっている。
 けれどそれがどれほど愚かなことであろうと理解していても、アイシャはまだ、心の奥底では彼らからの愛を諦めきれていない。
 他のことなら上手くできるのに、家族のこととなると上手くできない。
 
「私を、馬鹿だと思いますか?」

 アイシャは俯き、イアンの手を握り返した。

「自分でもわかってはいるんです。期待するだけ無駄だって。また傷つけられるだけだって。でも……、もしかしたらって思うのをやめられないんです」


 やはり血の縁とは呪いなのだろうか。愚かだと理解しているのに、アイシャはまだ親の関心を引こうとする心を捨てられない。
 家族を大切にしなければならないという教理が今や呪縛となって絡みつく。
 滝から帰ったあの日の母の温もりが今も忘れられない。
 いつかみた、『アイシャは良い子だね』と自分を褒める父の笑顔が忘れられない。
 アイシャはそんな自分が情けなくて恥ずかしいと話した。
 しかし、

「いいんじゃないか?アイシャがもういいって思えるまで、期待しても」

 意外にもイアンはそんな彼女の愚かな一面を肯定した。
しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている

山法師
恋愛
 グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。  フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。  二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。  形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。  そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。  周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。  お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。  婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。  親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。  形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。  今日もまた、同じように。 「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」 「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」  顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。  

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

処理中です...