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第一部
2:3度目の婚約破棄(2)
しおりを挟む「あのねぇ…」
モニカは額に手を当てて、彼の行動の何が問題なのかを一から説明しようとした。
しかし、オフィーリアという名の浮気相手は瞳に涙を溜めて、弱々しく彼女に自分の思いを訴え始めた。この国の皇女であるモニカの言葉を遮るようにして。
「酷いです、姫様!そんなふうに彼を責めないであげてください!ジョシュアはずっと悩んでいたのです。公爵家のために姫様と愛のない結婚をせねばならないことをずっと悩んでいたのですよ!?」
「王侯貴族の結婚とは大概愛などないことが多いけれど…。仮に愛のある結婚を求めていたとしても、だからどうしたとしか言えないわね」
「ひどいっ!そういう冷めたところが、ジョシュアは辛かったのですよ!彼がどれだけ貴女に歩み寄ろうとしていたかわからないんですか?」
「ええ、わかりません」
歩み寄るとは、もしや肩を抱き、無理やりキスしようとしてきたことだろうか。
ロクに話もしていない時期からそれをされて全力で拒否することの何がいけないのか。普通のことだろうにとモニカは思う。
(…頭悪いのかしら、この子)
モニカは扇をパシンと広げると、それで口元を隠し、鋭い目つきでオフィーリアを睨んだ。
オフィーリアはその射殺すような視線に、思わず肩がビクッと跳ねる。
「ねえ。ポートマン男爵家のオフィーリアさん」
「な、何よ…」
「そもそもの話なのだけれど、誰が話して良いと許可を出したのかしら?」
そう。モニカは一度たりとも彼女に発言することを許していない。
たとえこの場所が学園であろうとも、社交会のルールは適用されるのだ。目下のものが許可なく目上のものに話しかけることも、目上の者の発言を遮ることも許されない。
「そ、そういうのは古いと思います!そういうのは変えていくべきだと思います!人はみんな平等なのです!」
「人は皆平等だと言うのならば、貴女は今すぐこの学園から去るべきね。ここは貴族が通う貴族のための学園。階級がものを言う世界です」
「なっ!」
脳内お花畑女オフィーリアの言葉にど正論で返し続けるモニカ。ジョシュアは『酷いわ』とシクシク泣く浮気相手を抱き寄せて彼女に物申した。
「貴女のそういう容赦のないところがずっと嫌だったんだ」
「私も貴方のそういう思慮の浅いところが嫌です」
「そうやって、すぐに僕を馬鹿にして!」
「馬鹿を馬鹿にして何が悪いのですか?」
「僕は学年主席だぞ!」
「あなたが学年主席であることをきっと学園長先生は嘆いておられるでしょうね」
「なっ!俺はバートン公爵家の長男だぞ!次期公爵だぞ!?」
「私は皇帝陛下の娘、一応低いながらも王位継承を持つ第4皇女ですが?位で言うと私の方が上かと」
「それがどうした!?たいして宮中で力を持たないお前を僕がもらってやったのに」
「結婚してないので、まだもらわれてません」
「本当にああ言えばこう言う女だな!女は男を立てるものだろ!」
「貴方は女性に補助してもらわなければ自立することもできないのですか?赤ん坊なのかしら」
「何を!!好き勝手言いやがって!だから3回も婚約が破談になるんだ!」
「婚約が破談になった理由は、1回目は嫁ぎ先の国の内政悪化によるもので、2回目は嫁ぎ先の公爵家が横領と麻薬取引で取り潰されたからです。ちなみに3回目は婚約者の浮気」
私に非があると思うものは挙手を、とモニカは野次馬に採決をとった。すると当然の如く手は上がらない。
「く、くそ…っ!!」
悔しそうにジョシュアは奥歯を噛み締めた。
そんな彼に彼女はトドメの如く追い討ちをかける。
「そうね、ジョシュア・ションバーグ。では仮にあなたがそこの男爵令嬢と結婚するとしましょう。もしそうなる未来が決まっているのならば、貴方が1番初めにすべきことは私との婚約の解消ではないの?婚約も解消せずに他の女と乳繰り合っているこの状況は世間一般的に見れば浮気でしかないのよ。お分かり?」
「ち、ちがっ…!」
「何が違うと言うのかしら?別に私は貴方に対して、1ミクロンほどの愛情も持っていなかったわけですし、貴方が素直に真実の愛を見つけたと言って婚約の解消を申し出てくださったのなら、私も陛下にそう進言して差し上げましたのに。それに元々、この婚約に政治的な意義はあまりありませんでした。私の伴侶に良さげな人がいなかったから、あなたに白羽の矢が立っただけです。貴方は公爵家の為にと言うけれの、正直なところバートン公爵家との関係は良好ですし、この婚姻がなくとも公爵家は何も変わりません。まあ、あなたの行動で今後どうなるかはわかりませんけれど」
「あ、愛していなかったって…そんな…」
「気にするところはそこなの?本当に浅はかな人ね。ええ。私は一ミクロンも貴方を愛していませんし、これから先も愛することはありません。というか、そもそもあまり興味がありません」
そんなはっきり言わなくてもいいのに。それはジョシュアだけでなく、その場にいた野次馬たちも思った事だった。
本当に容赦がない。そういうところが一部の下位貴族の女子生徒にウケて、陰でファンクラブができている所以らしいが男からしたらオフィーリアのように、か弱い女の方が良い。
男子生徒はジョシュアに同情した。
「…これ以上話したところで意味はなさそうね…。まあ、いいわ。とりあえず、こうなった以上婚約は解消いたします」
モニカはくるりと回れ右をして、仁王立ちで野次馬の方をじっと見据える。
「皆さん。私はこのバートン公爵家嫡男ジョシュア・ションバーグとの婚約を解消いたします。理由は彼の浮気です。今後、このお二人はそれはとても辛く厳しい人生を歩むことになるでしょうが、どうぞ暖かく見守って差し上げてくださいね?」
彼女は不敵な笑みを浮かべると、それではごきげんようと言って優雅にその場を立ち去った。
残されたジョシュアとオフィーリアに冷たい軽蔑の視線が集まる。
『公爵家も終わったな』
『オフィーリアは退学になるんじゃないか』
『社交会では針の筵に座らされることだろう』
『命があっただけ感謝するんだな』
など、そんな言葉が彼らに突き刺さった。
これから先、彼らはまともな人生を歩むことができないだろう。だが、それはモニカには知ったことではない。
筋を通さないからこうなるのだ。自業自得である。
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