20 / 74
第一部
19:友人の恋愛相談
しおりを挟む王立図書館の奥の奥。あまり人が立ち寄らない外国語で書かれた詩集が収納された本棚の近くには、装飾が美しい木目調の出窓に作られたウインドウベンチがある。
そこは毎週訪れる第四皇女とその騎士の特等席。
ウィンドウベンチに腰掛けたジャスパーは、優雅に読書に勤しむ主人に対して、怪訝な表情を向けた。
「…デートとかしないんですか?」
ノアが来て早数週間。驚くほどにモニカと彼は行動を共にしない。
パーティーの打ち合わせのために食事を一緒にしたり、城内の薔薇園を散歩したりすることはあるが、週末も別行動だ。
今日もせっかく学園が休みの日だというのに、彼は従者を連れて街へ遊びに行ってしまったらしい。
そんなわけで、質素なワンピースに身を包んだモニカは、いつもと変わらない休日を過ごしていた。
「デートって、誰と?」
「誰とって、ノア様とですよ」
他に誰がいるというのだ。ジャスパーはその返しに少し苛立った。
外の木々が太陽の光を所々遮ることで分散された柔らかい光が、モニカの艶やかな金髪を照らしてキラキラと光る。
モニカは落ちてきた横髪を耳にかけてフッと笑みをこぼした。
「ノア様は色々とお忙しいのよ」
「忙しいって?」
「色々あるの。ほら、彼はこの国の芸術の分野に興味がおありだし、それに料理だって向こうとは違うでしょ?」
ノアは帝国の文化にたくさん触れたいから出歩いているのだと、彼女は言う。
だが、それなら婚約者であるモニカが案内すれば良いのにとジャスパーは首を傾げた。
「案内は私よりも詳しい人がいるもの」
「誰っすか?美術館の学芸員とか?」
「さあ、誰かしらね」
モニカは嬉しそうにクスッと微笑むと、彼の質問を軽く流した。
どうやら二人だけの秘密があるらしい。ジャスパーとしては実に面白くない。
「思ったより冷めてるんですね」
「何が?」
「もっと喜んでるんだと思ってました。ノア様とまたこうして過ごせる事を」
「喜んでるわよ?彼が宣言通りに迎えにきてくれて、私は本当に嬉しいもの」
あの自分に自信がなかった気弱なノアが、それでも愛のために約束を守り迎えにきてくれたのだ。これはまさに奇跡。嬉しくないわけがないとモニカは言う。
(…冷めているわけではないのか)
本当に嬉しそうにそう話す彼女を見て、ジャスパーはますますわからなくなった。
それならば、何故別行動するのだろう。互いに束縛されたくないタイプなのだろうか。
久しぶりの再会で蜜月の予感がしていたが、この二人はそうではないらしい。
ジャスパーはホッとしたような、そうでないような微妙な気持ちになった。
モニカは読み終わった本を片付けるために席を立ち、本棚へと向かう。
手を伸ばしてもギリギリ届かない高さの棚に本を戻そうと、彼女は爪先立ちになったが上手く戻せない。
ジャスパーはスッと彼女の持つ本に手を添えると、代わりに元に戻してやった。
自分に背後を取られた状態で、振り返り『ありがとう』と笑うモニカ。
思わず抱き締めてしまいそうになる自分を律し、ジャスパーはすぐに彼女から距離をとった。
「…ねえ、ジャスパー。本当にありがとう」
「そんなお礼言われるようなことじゃないでしょ。本を片付けただけです」
「そうじゃなくて、王国行きのことよ。実はね、申し出てくれてたこと、本当はすごく嬉しかったの」
「姫様…?」
モニカは出窓のベンチにひょいっと座ると、憂い帯びた目で、本当は悲しかったのだと語る。
「貴方は騎士団所属の騎士だから、共に連れて行けないのはわかってた。けれど、貴方のいないこれからの人生を思うと、やっぱりつまらないなって。でも、そんな、貴方の人生を未来永劫縛ってしまうようなことはやっぱり、私からは言えないから…」
心のどこかで、ジャスパーが一緒に行きたいと言ってくれないかと期待していたらしい。
「だからね、ついて行きたいって言ってくれてすごく嬉しい。ありがとう」
モニカは照れ臭そうに少しだけ頬を紅潮させて笑った。
(…そんな顔でそんな事を言うなよ)
嬉しくなってしまう。
彼女が自分と離れる事を寂しいと思ってくれていた。好きな男の元に嫁ぐことが出来るのに、それでもそばに自分がいないと寂しいも思ってくれている。
それだけなのに、ジャスパーの心臓の鼓動は早くなる。
「…隣、座ってもいいっすか?」
「どうぞ?」
いつもは許可も取らずに座るのに、やけにしおらしい彼にモニカはキョトンと首を傾げた。
ジャスパーは何も言わずに、彼女の横に座ると小指だけ彼女の手に重ねる。
「ジャスパー?」
「友達の話なんですけど、聞いてくれます?」
「え?貴方って友達いたの?」
「姫様よりはね」
「…それは侮辱だわ」
「事実ですよ」
「ぐうの音も出ない。まあ、良いわ。聞いてあげる」
「ありがとうございます。実はその友人なんですけど、そいつ好きな人がいるらしいんですよ」
「あら、まさかの恋バナ?」
「はい。でもその好きな人には好きな人がいるんです」
「あらまぁ」
「姫様だったら、そいつにどうやってアドバイスしますか?」
俯いて、少し影のある表情でそんなことを言うジャスパー。
余程大事な友人のことなのだろうと思ったモニカは、真剣に悩んだ。
「その人の好きな人って結婚しているの?もしそうなのだとしたら、新しい恋を見つけようとか無難なことしか言えないかも…」
「結婚はまだですけど、婚約はしてます」
「婚約かぁ…」
3度も婚約が破談になった経験のある彼女には、望みがないから諦めろとも言いづらい。
しばらく考えた後、モニカはふと、自分の中から真っ先に湧き出てきた答えに、思わず乾いた笑みをこぼした。
「なんか、婚約なら奪いとっちゃえば良いのにとか真っ先に思った自分が嫌になるわ」
略奪すれば良いとか、さすがはあの母親の娘だと彼女は苦しそうに顔を歪ませる。
「すみません。そんな顔させるつもりじゃなかった」
「違うわ。貴方のせいじゃない。けれど、ごめんなさい。私には大したアドバイスが出来そうにもないわ」
モニカはジャスパーの肩にもたれかかり、小さくため息をついた。
「恋愛なんてしたことないもの」
31
あなたにおすすめの小説
勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
藤 ゆみ子
恋愛
グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。
それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。
二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。
けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。
親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。
だが、それはティアの大きな勘違いだった。
シオンは、ティアを溺愛していた。
溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。
そしてシオンもまた、勘違いをしていた。
ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。
絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。
紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。
そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~
白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。
父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。
財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。
それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。
「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」
覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる