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第一部

19:友人の恋愛相談

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 王立図書館の奥の奥。あまり人が立ち寄らない外国語で書かれた詩集が収納された本棚の近くには、装飾が美しい木目調の出窓に作られたウインドウベンチがある。
 そこは毎週訪れる第四皇女とその騎士の特等席。
 ウィンドウベンチに腰掛けたジャスパーは、優雅に読書に勤しむ主人に対して、怪訝な表情を向けた。

「…デートとかしないんですか?」

 ノアが来て早数週間。驚くほどにモニカと彼は行動を共にしない。
 パーティーの打ち合わせのために食事を一緒にしたり、城内の薔薇園を散歩したりすることはあるが、週末も別行動だ。
 今日もせっかく学園が休みの日だというのに、彼は従者を連れて街へ遊びに行ってしまったらしい。
 そんなわけで、質素なワンピースに身を包んだモニカは、いつもと変わらない休日を過ごしていた。

「デートって、誰と?」
「誰とって、ノア様とですよ」

    他に誰がいるというのだ。ジャスパーはその返しに少し苛立った。

 外の木々が太陽の光を所々遮ることで分散された柔らかい光が、モニカの艶やかな金髪を照らしてキラキラと光る。
 モニカは落ちてきた横髪を耳にかけてフッと笑みをこぼした。

「ノア様は色々とお忙しいのよ」
「忙しいって?」
「色々あるの。ほら、彼はこの国の芸術の分野に興味がおありだし、それに料理だって向こうとは違うでしょ?」

   ノアは帝国の文化にたくさん触れたいから出歩いているのだと、彼女は言う。
 だが、それなら婚約者であるモニカが案内すれば良いのにとジャスパーは首を傾げた。

「案内は私よりも詳しい人がいるもの」
「誰っすか?美術館の学芸員とか?」
「さあ、誰かしらね」

    モニカは嬉しそうにクスッと微笑むと、彼の質問を軽く流した。
 どうやら二人だけの秘密があるらしい。ジャスパーとしては実に面白くない。

「思ったより冷めてるんですね」
「何が?」
「もっと喜んでるんだと思ってました。ノア様とまたこうして過ごせる事を」
「喜んでるわよ?彼が宣言通りに迎えにきてくれて、私は本当に嬉しいもの」

   あの自分に自信がなかった気弱なノアが、それでも愛のために約束を守り迎えにきてくれたのだ。これはまさに奇跡。嬉しくないわけがないとモニカは言う。

(…冷めているわけではないのか)

 本当に嬉しそうにそう話す彼女を見て、ジャスパーはますますわからなくなった。
 それならば、何故別行動するのだろう。互いに束縛されたくないタイプなのだろうか。
 久しぶりの再会で蜜月の予感がしていたが、この二人はそうではないらしい。
 ジャスパーはホッとしたような、そうでないような微妙な気持ちになった。


 モニカは読み終わった本を片付けるために席を立ち、本棚へと向かう。
 手を伸ばしてもギリギリ届かない高さの棚に本を戻そうと、彼女は爪先立ちになったが上手く戻せない。
 ジャスパーはスッと彼女の持つ本に手を添えると、代わりに元に戻してやった。

 自分に背後を取られた状態で、振り返り『ありがとう』と笑うモニカ。
 思わず抱き締めてしまいそうになる自分を律し、ジャスパーはすぐに彼女から距離をとった。


「…ねえ、ジャスパー。本当にありがとう」
「そんなお礼言われるようなことじゃないでしょ。本を片付けただけです」
「そうじゃなくて、王国行きのことよ。実はね、申し出てくれてたこと、本当はすごく嬉しかったの」
「姫様…?」

    モニカは出窓のベンチにひょいっと座ると、憂い帯びた目で、本当は悲しかったのだと語る。

「貴方は騎士団所属の騎士だから、共に連れて行けないのはわかってた。けれど、貴方のいないこれからの人生を思うと、やっぱりつまらないなって。でも、そんな、貴方の人生を未来永劫縛ってしまうようなことはやっぱり、私からは言えないから…」

   心のどこかで、ジャスパーが一緒に行きたいと言ってくれないかと期待していたらしい。

「だからね、ついて行きたいって言ってくれてすごく嬉しい。ありがとう」

    モニカは照れ臭そうに少しだけ頬を紅潮させて笑った。

(…そんな顔でそんな事を言うなよ)

 嬉しくなってしまう。
 彼女が自分と離れる事を寂しいと思ってくれていた。好きな男の元に嫁ぐことが出来るのに、それでもそばに自分がいないと寂しいも思ってくれている。
 それだけなのに、ジャスパーの心臓の鼓動は早くなる。

「…隣、座ってもいいっすか?」
「どうぞ?」

    いつもは許可も取らずに座るのに、やけにしおらしい彼にモニカはキョトンと首を傾げた。
 ジャスパーは何も言わずに、彼女の横に座ると小指だけ彼女の手に重ねる。

「ジャスパー?」
「友達の話なんですけど、聞いてくれます?」
「え?貴方って友達いたの?」
「姫様よりはね」
「…それは侮辱だわ」
「事実ですよ」
「ぐうの音も出ない。まあ、良いわ。聞いてあげる」
「ありがとうございます。実はその友人なんですけど、そいつ好きな人がいるらしいんですよ」
「あら、まさかの恋バナ?」
「はい。でもその好きな人には好きな人がいるんです」
「あらまぁ」
「姫様だったら、そいつにどうやってアドバイスしますか?」

     俯いて、少し影のある表情でそんなことを言うジャスパー。
 余程大事な友人のことなのだろうと思ったモニカは、真剣に悩んだ。

「その人の好きな人って結婚しているの?もしそうなのだとしたら、新しい恋を見つけようとか無難なことしか言えないかも…」
「結婚はまだですけど、婚約はしてます」
「婚約かぁ…」

     3度も婚約が破談になった経験のある彼女には、望みがないから諦めろとも言いづらい。
 しばらく考えた後、モニカはふと、自分の中から真っ先に湧き出てきた答えに、思わず乾いた笑みをこぼした。

「なんか、婚約なら奪いとっちゃえば良いのにとか真っ先に思った自分が嫌になるわ」

    略奪すれば良いとか、さすがはあの母親の娘だと彼女は苦しそうに顔を歪ませる。

「すみません。そんな顔させるつもりじゃなかった」
「違うわ。貴方のせいじゃない。けれど、ごめんなさい。私には大したアドバイスが出来そうにもないわ」

    モニカはジャスパーの肩にもたれかかり、小さくため息をついた。

「恋愛なんてしたことないもの」

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