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第一部
27:婚約パーティー(2)
しおりを挟む(…まあ、離れるなって言ってもずっと張り付いていられるわけではないのが辛いところだ)
珍しくきちんと制服を着たジャスパーは、口元を隠してヒソヒソと有る事無い事噂する貴族たちから少し離れたところで待機していた。
邪魔にならないけれど、有事の際にはギリギリ駆けつけられる絶妙な距離。
これが今の彼に許されたモニカとの本来の距離感だ。
せっかくの満月が雲に隠れてしまった夜。今にも降り出しそうな怪しい雲行きの中、宮殿の広間では第四皇女の婚約のパーティーが幕を開けた。
煌びやかなシャンデリアの下で大々的に発表される第四皇女モニカと隣国の王弟公爵ノアの再婚約。
四度目の今回もいつもと変わらない顔ぶれの招待客。
皇帝も皇后も皇太子も、モニカの母である第二皇妃すらも出席していないことに対して『これでは来た意味がない』と、彼らは壇上の二人に冷めた視線を送る。
この中に誰一人として第四皇女の婚約を祝福している者はいない。
別にこの婚約に反対しているわけではなく、むしろ厄介者の姫を国から追い出せるのだから貴族連中としては喜ばしいことだが、それでも祝福してやる気にはならないらしい。
上部だけの拍手すらも疎らで、多くの悪意ある視線に晒されながらも二人は気丈に振る舞う。
(隣国の王族を前にして、上辺だけでも取り繕うことが出来ないとは…)
それほどまでに帝国貴族は落ちぶれた。ジャスパーはそう思った。
大国であるイグニス帝国が、小国であるギルマン王国よりも上の立場にいるとでも思っているのだろう。
モニカの姉、イザベラとグレースも扇で口元を隠して嘲笑うようにこちらを見ている。彼女たちはモニカをあざ笑うためだけにここにいるのだから、本当に性根が腐っている。
そう思うと、上辺だけでも穏やかな微笑みを浮かべて拍手している一番上の姉、第一皇女エレノアはよく出来た姫だ。
ふと目が合った彼女にジャスパーは軽く会釈した。
(エレノア様は何を考えているのかわからないから怖い)
ノアに告げ口したのは、流石に他国の王族に対する暴挙は見過ごせなかったからだろうか。それともまた別の意図があるのだろうか。
考えてもわからないジャスパーは壇上の主人へと視線を戻す。
まばらな拍手の中、緊張した様子のノアは腹に力を入れて背筋を伸ばし、グッと顎を引く。そして王族の微笑みを貼り付けて無難な挨拶をし始めた。
モニカは彼の震える手をそっと握り、優しく『大丈夫だ』と優しく微笑みかけた。
「何だか見せつけられているようですわね?お兄様」
注目を集める二人をぼーっと眺めていたジャスパーは、パーティーに来ていた妹に声をかけられた。
彼はエリザが差し出した酒を『勤務中だから』とそれを拒否する。
いつもなら勤務中だろうと受け取るくせに、今日は真面目だ。
いや、違う。腑抜けているだけだ。
エリザはそんな兄の背中に喝を入れた。
「痛い」
思い切り背中を叩かれたジャスパーは、結局酒を受けとって一気に飲み干す。
(…ちょっと浮かれているのかも知れない)
モニカの編み込めれた髪に付けられた髪留めが目に入るたび、心が躍る。
正直なところ、彼は今、ニヤけてしまう口元を隠すので必死だった。
そんな様子のおかしい兄を半顔で見上げながら、エリザは『気持ち悪い』と悪態をつく。
「随分と楽しそうですわね。想い人が浮気男と婚約したと言うのに」
「だから、それは言っただろ?誤解だって」
「誤解だとおっしゃいますが、お兄様の説明は色々と大事な部分を省いているでしょう?もう一度きちんとした説明を要求いたします」
「だーかーらー!詳しくは言えないって言ってるだろ?しつこいぞ…」
グッと顔を近づけて詰め寄ってくる妹にどうしたものかと、ジャスパーからはため息が溢れた。
浮気騒動の後、とりあえずエリザには『浮気疑惑が誤解だ』と告げたが、それ以上のことはまだ詳しく話していない。
事情が事情だけに詳しい内容を話せないのだ。
だが、何かを隠されていることを察している彼女は兄の説明には納得しておらず、最近は会うたびにこうして説明を求めてくるのだ。
「お前が姫様の正式な侍女になれたら全部話してやるって言ってるだろ?」
「ではいつなれるのですか?」
「この間聞いたらダメって」
「本当にちゃんとお願いしてくださいました?」
「してるよ。俺も姫様には侍女が必要だと思っているし、ちゃんと打診はしてる」
「では、今度はこれをお見せして説得してきてください。実は今、エリザはジャクソン侯爵夫人の元で、週末だけ侍女としての修行をさせていただいているのです」
そう言うと、エリザはジャクソン侯爵夫人からの人事評価の手紙を兄に手渡した。
「夫人は第二皇妃さまのことはお嫌いですが、姫様のことは気に入っておられるようです。ですから、侍女も連れずに他国に嫁ぐなんて向こうの使用人になめられてしまいそうなことはすべきでないと怒っていらっしゃいました」
「侯爵夫人はエリザを連れて行かせようとしているのか?」
「ええ。エリザは夫人にお墨付きをいただきましたもの。一国の皇女に仕えるに相応しい実力を持っていると言っていただけましたわ」
エリザはふんと鼻を鳴らして、胸を張った。
手紙を見る限り、どうやら妹の評価は確からしい。ジャスパーは面倒くさそうにしつつも、もう一度聞いてみることを約束した。
「さて、お兄様。そろそろお仕事のお時間ですわ」
そろそろ挨拶が終わり、これから本格的に夜会がスタートする。
ジャスパーは『分かっている』と気合を入れた。
「エリザ。悪いな、巻き込んで」
「どんでもございませんわ。姫様のためですもの」
「頼んだぞ」
「はい、お任せくださいませ。では、わたくしはこれで」
エリザはモニカのそれによく似たカーテシーを兄に披露すると、踵を返してそのまま会場から姿を消した。
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