37 / 74
第一部
35:そもそもそんな権限がないという話(1)
しおりを挟む
結局、夕方までノアと城内をフラフラしたモニカは、赤くなった空を背に部屋へと戻った。
『今日は自分の部屋に泊まれ』とノアはしつこく言ってきたが、彼女はそれすらも振り払い、勢いよく扉を閉める。
薄暗い部屋を見渡しても、当然の如く護衛の騎士の姿はない。
「良かった。ちゃんと出て行ってくれたんだ…」
駄々をこねて残っていたらどうしようかと思っていた。だから、ジャスパーの姿がないことに心の底から安堵した。それは確かだ。
けれど、心の奥底から湧き出てくる、彼が残っていなかったことに落胆する気持ち。
(きっとこんなに長い時間、そばを離れたことがなかったから寂しいだけよ)
モニカは気持ちを誤魔化すように、テーブルの上に置いてあったいちごを一つだけ口に運んだ。
昨日の昼以降まともに食べていないからか、とても甘く感じた。
「ノア様ったら、本当に頑固なんだから…」
モニカは大きな独り言をこぼしながら、窓を開けて外の空気を取り込む。
生ぬるい風が頬を撫でた。あまり気持ちの良い風ではない。
結局、ノアは何度言っても婚約の解消を承諾しなかった。命の危険があるというのに、本当に義理堅いことだ。
「…明日、従者の方に直談判しよう」
従者の男なら主人を危険に晒すわけにはいかないと、ノアを説得してくれるかもしれない。
何としてもノアと距離を取らねば。モニカはグッと顎を上げた。
「大丈夫。一人でも大丈夫」
自分の身くらい自分で守れる。
もし、守りきれなくて死んだとしてもそれは仕方のないことだ。それが自分の寿命。
むしろこの宮殿でこの歳まで生きながらえることができた事の方が奇跡だ。
そう思うと、それだけ自分は大切に守られてきたのだと言うことを実感する。
「大丈夫、何とかなるわ。大丈夫」
ノアとの婚約がなくなれば、次はどこの誰と婚約するのだろう。さすがに4回目の婚約破棄となれば、貰い手がないかもしれない。
そう考えると、そろそろエロ親父の後妻として売り飛ばされてもおかしくはない。
けれど大丈夫だ。怖くはない。
モニカは自分に言い聞かせるように何度も大丈夫だと繰り返した。
「あ、残ってる荷物確認しとかなきゃ…」
ジャスパーの残りの荷物を確認し、それを彼の実家に送る手配をせねばならない。彼女は彼の部屋へ入った。
モニカの部屋より少し小さい部屋には、ベッドとクローゼットと小さな机しかない。非常に質素だ。
皇族の護衛を任されるほどの腕前があり、しかも貴族の子息なら、たとえ末席でも本当はもっと良い部屋が割り当てられるはず。
(私がジャスパーをこの部屋に閉じ込めたんだ…)
いつになく後ろ向きになる思考。
モニカはフルフルと頭を振り、吸い込まれるようにジャスパーのベッドに寝転んだ。
まだ微かに残る彼の匂いに安心する。
シーツに包まった彼女は頭に刺していた銀の髪留めを取り外すと、それを握りしめたまま少し目を閉じた。
きっとこんな所を見られたら、『姫様は本当に俺のことが大好きですね』とか何とか言って揶揄われる。それから、『そういうことするなら襲いますよ』とか言って軽率に触れてくることだろう。
ジャスパーに触れられるのは嫌じゃなかった。
あの手の温もりが、もう恋しい。
「…ジャスパー」
モニカは無意識に彼の名を呼んだ。すると、
「はい、何ですか?姫様」
彼によく似た声がして彼女はベッドから飛び起きた。
『今日は自分の部屋に泊まれ』とノアはしつこく言ってきたが、彼女はそれすらも振り払い、勢いよく扉を閉める。
薄暗い部屋を見渡しても、当然の如く護衛の騎士の姿はない。
「良かった。ちゃんと出て行ってくれたんだ…」
駄々をこねて残っていたらどうしようかと思っていた。だから、ジャスパーの姿がないことに心の底から安堵した。それは確かだ。
けれど、心の奥底から湧き出てくる、彼が残っていなかったことに落胆する気持ち。
(きっとこんなに長い時間、そばを離れたことがなかったから寂しいだけよ)
モニカは気持ちを誤魔化すように、テーブルの上に置いてあったいちごを一つだけ口に運んだ。
昨日の昼以降まともに食べていないからか、とても甘く感じた。
「ノア様ったら、本当に頑固なんだから…」
モニカは大きな独り言をこぼしながら、窓を開けて外の空気を取り込む。
生ぬるい風が頬を撫でた。あまり気持ちの良い風ではない。
結局、ノアは何度言っても婚約の解消を承諾しなかった。命の危険があるというのに、本当に義理堅いことだ。
「…明日、従者の方に直談判しよう」
従者の男なら主人を危険に晒すわけにはいかないと、ノアを説得してくれるかもしれない。
何としてもノアと距離を取らねば。モニカはグッと顎を上げた。
「大丈夫。一人でも大丈夫」
自分の身くらい自分で守れる。
もし、守りきれなくて死んだとしてもそれは仕方のないことだ。それが自分の寿命。
むしろこの宮殿でこの歳まで生きながらえることができた事の方が奇跡だ。
そう思うと、それだけ自分は大切に守られてきたのだと言うことを実感する。
「大丈夫、何とかなるわ。大丈夫」
ノアとの婚約がなくなれば、次はどこの誰と婚約するのだろう。さすがに4回目の婚約破棄となれば、貰い手がないかもしれない。
そう考えると、そろそろエロ親父の後妻として売り飛ばされてもおかしくはない。
けれど大丈夫だ。怖くはない。
モニカは自分に言い聞かせるように何度も大丈夫だと繰り返した。
「あ、残ってる荷物確認しとかなきゃ…」
ジャスパーの残りの荷物を確認し、それを彼の実家に送る手配をせねばならない。彼女は彼の部屋へ入った。
モニカの部屋より少し小さい部屋には、ベッドとクローゼットと小さな机しかない。非常に質素だ。
皇族の護衛を任されるほどの腕前があり、しかも貴族の子息なら、たとえ末席でも本当はもっと良い部屋が割り当てられるはず。
(私がジャスパーをこの部屋に閉じ込めたんだ…)
いつになく後ろ向きになる思考。
モニカはフルフルと頭を振り、吸い込まれるようにジャスパーのベッドに寝転んだ。
まだ微かに残る彼の匂いに安心する。
シーツに包まった彼女は頭に刺していた銀の髪留めを取り外すと、それを握りしめたまま少し目を閉じた。
きっとこんな所を見られたら、『姫様は本当に俺のことが大好きですね』とか何とか言って揶揄われる。それから、『そういうことするなら襲いますよ』とか言って軽率に触れてくることだろう。
ジャスパーに触れられるのは嫌じゃなかった。
あの手の温もりが、もう恋しい。
「…ジャスパー」
モニカは無意識に彼の名を呼んだ。すると、
「はい、何ですか?姫様」
彼によく似た声がして彼女はベッドから飛び起きた。
32
あなたにおすすめの小説
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜
きゅちゃん
恋愛
名門エルトリア公爵家レオンと婚約していた伯爵令嬢のエレナ・ローズウッドは、レオンから婚約破棄を宣言される。屈辱に震えるエレナだが、その瞬間、彼女にしか見えない精霊王アキュラが現れて...?!地味で魔法の才能にも恵まれなかったエレナが、新たな自分と恋を見つけていくうちに、大冒険に巻き込まれてしまう物語。
【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました
冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。
代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。
クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。
それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。
そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。
幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。
さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。
絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。
そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。
エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。
偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。
だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。
国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。
その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、
国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。
そんな中、変身魔法を使えるライアーは、
国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。
「王太子妃には向いていなかったけれど……
どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」
有能な宰相とともに国を立て直し、
理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、
やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。
そして最後に選んだのは、
王として君臨し続けることではなく――
偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。
これは、
婚約破棄から始まり、
偽王としてざまぁを成し遂げ、
それでも「王にならなかった」令嬢の物語。
玉座よりも遠く、
裁きよりも静かな場所で、
彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。
【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢
かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。
12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
偽りの婚約者だった公爵令嬢、婚約破棄されてから本物の溺愛をされるまで
nacat
恋愛
平民出身ながら伯爵家に養子に入ったリリアーナは、王太子の婚約者“代役”として選ばれた。
王家の都合で結ばれたその関係に、彼女は決して本気にならないはずだった。
だが、王太子が本命の公爵令嬢を選んで婚約破棄を告げた瞬間、リリアーナは静かに微笑んだ――。
「お幸せに。でも、“代役”の私を侮ったこと、きっと後悔させてあげますわ」
婚約破棄後、彼女は外交の任務で隣国へ。
そこで出会った冷徹な将軍との出会いが、すべてを変えていく。
“ざまぁ”と“溺愛”がスパイラルのように絡み合う、痛快で甘くて尊い恋愛劇。
///////
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる