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第二部
1:ジャスパー・オーウェンの苦悩(1)
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※ 以降の物語はノアとブライアン、つまり男性同士の恋愛についても少しだけ描かれます。軽い描写しかありませんが、苦手な方はご注意ください。
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新緑の季節。
庭の芝生に寝転がるモニカは悩んでいた。
何に悩んでいるのかというと、彼女を押し倒すような体勢で、切なげな目をして見下ろしてくる騎士ジャスパーについてだ。
彼はやたら艶めいた声色で彼女を呼ぶと、耳元で吐息多めに囁きかけてくる。
「ねえ。いいでしょ?姫様…」
耳にかかる吐息がくすぐったくて、思わず甘い声が漏れる。
自分の声じゃないみたいで、モニカはカアッと全身が熱くなるのを感じた。
「だ、ダメってば…」
「どうして?」
「だって、ほら、ひ、昼間だし?」
「夜なら良いんですか?」
「いや、夜もダメだけど…」
「姫様は俺のこと嫌いってことですか?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ好き?」
「す、好き…」
「好きならいいじゃん…」
ジャスパーはモニカの頬に触れると、その艶やかな蜂蜜色の髪を彼女の耳にかける。
そして彼女の唇を指の腹でなぞり、ゆっくりと顔を近づけた。
「や、やっぱりダメだよ…約束は守らなきゃ…」
「俺は約束した覚えない」
「本当、ダメだってば…」
「ダメじゃない。ちょっと黙って」
ダメだとわかっているのに抗えないモニカ。
だってこんなに求められているのに、突き放すなんてできない。
吸い込まれそうなほどに澄んだ紫の瞳に宿る劣情を、すべて受け止めたいと思う。
モニカはもうどうにでもなれと目を閉じた。
しかし…。
パコーンという、とても良い音が庭に響いた。
それはもう、山彦のように庭にこだまするくらいに響いた。
ジャスパーは頭を押さえて、上体を起こし、キッと背後に立つ人物を見て大きくため息をつく。
「何すんだよ。痛い」
「お兄様こそ何をしていらっしゃるのですか!白昼堂々とこんなところで!卑猥です!破廉恥です!この歩く公然猥褻物が!今度からジョシュアと呼びますよ!?」
「だから人の名前を蔑称に使うのはやめなさいってば」
手にスリッパを握りしめ、鬼の形相で兄を叱責するエリザ。
そんな妹をジャスパーは恨めしそうな目で睨みつけた。
「俺はかなり我慢したと思う。人肌恋しい冬も、色々脱がしたい夏もずーっと我慢した」
「我慢って…まだ一年でしょうが!」
「1年も耐えたんだぜ!?もうそろそろ良くない?」
「よくない!」
「何で!?キスするくらい良いじゃん!本当納得できないんだけど!?キスで子どもは出来ないんだぞ!?」
この一年、色々とやらかしてきたジャスパーは三ヶ月ほど前から『キス禁止令』を出されているらしい。
子どもができるようなことさえしなければ良いという解釈の彼は、その禁止令を出した張本人であるエリザに猛抗議する。
だがしかし、エリザはそう簡単には折れない。
彼女はすうっと大きく息を吸い込むと、言葉とともに勢いよく吐き出した。
「キスで子どもはできなくとも、お兄様の場合はそもそもキスで終わらないからダメだと言っているのです!」
この一年、ジャスパーの雀の涙ほどしかない理性はほぼ、全くと言っていいほど機能していなかった。
長年の片思いを拗らせているせいだろうか。
モニカが公爵夫人として夜会に出席する前の日の夜、首筋に数カ所鬱血痕をつけた事もあれば、キスだけだと言いつつ迫り、結局止まらなくなってモニカを半泣きにさせたこともある。
「本人だって嫌がってないのに…」
「嫌がる嫌がらないの問題ではないのですよ!お兄様!」
「だってさぁ…。ねえ?」
ジャスパーは口を尖らせてモニカの方へと視線を向ける。
すると彼女はすすすっとジャスパーから距離を取り、困ったように足元へと視線を落とした。
「ねぇって言われても…。わ、わたしは、その…」
「嫌なんですか?」
「嫌、ではないけど…そうじゃなくて…」
もじもじと手元をいじるモニカ。
エリザはそんな彼女の肩をガシッと掴んで、顔を覗き込む。その目には光が宿っていない。
「姫様!しっかりなさってください!お兄様に流されてはなりませんわ!」
「そ、そうよね。だめよね、しっかりしなきゃね」
「そうです!あと2年です!あとたったの2年堪えるだけで私たちは晴れて本当の姉妹になれるのです!」
「結局そこかーい」
兄の軽快なツッコミを無視したエリザは瞳孔が開き気味のまま、モニカの手を引いて屋敷の中へと入っていったしまった。
再び芝生に寝転んだジャスパーは、青い空を眺めてつぶやく。
「あと2年か…」
………長い。耐えられるだろうか。
いや、多分無理だ。耐えられる自信がない。
何故ならモニカが本気で拒んでこないからだ。あんなちょっと期待しているような顔されては止まれない。据え膳食わぬは男の恥だ。
「やってらんねー」
ジャスパーはピョンと飛び起きると、同じ敷地内にあるもう一つ屋敷へと向かった。
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新緑の季節。
庭の芝生に寝転がるモニカは悩んでいた。
何に悩んでいるのかというと、彼女を押し倒すような体勢で、切なげな目をして見下ろしてくる騎士ジャスパーについてだ。
彼はやたら艶めいた声色で彼女を呼ぶと、耳元で吐息多めに囁きかけてくる。
「ねえ。いいでしょ?姫様…」
耳にかかる吐息がくすぐったくて、思わず甘い声が漏れる。
自分の声じゃないみたいで、モニカはカアッと全身が熱くなるのを感じた。
「だ、ダメってば…」
「どうして?」
「だって、ほら、ひ、昼間だし?」
「夜なら良いんですか?」
「いや、夜もダメだけど…」
「姫様は俺のこと嫌いってことですか?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ好き?」
「す、好き…」
「好きならいいじゃん…」
ジャスパーはモニカの頬に触れると、その艶やかな蜂蜜色の髪を彼女の耳にかける。
そして彼女の唇を指の腹でなぞり、ゆっくりと顔を近づけた。
「や、やっぱりダメだよ…約束は守らなきゃ…」
「俺は約束した覚えない」
「本当、ダメだってば…」
「ダメじゃない。ちょっと黙って」
ダメだとわかっているのに抗えないモニカ。
だってこんなに求められているのに、突き放すなんてできない。
吸い込まれそうなほどに澄んだ紫の瞳に宿る劣情を、すべて受け止めたいと思う。
モニカはもうどうにでもなれと目を閉じた。
しかし…。
パコーンという、とても良い音が庭に響いた。
それはもう、山彦のように庭にこだまするくらいに響いた。
ジャスパーは頭を押さえて、上体を起こし、キッと背後に立つ人物を見て大きくため息をつく。
「何すんだよ。痛い」
「お兄様こそ何をしていらっしゃるのですか!白昼堂々とこんなところで!卑猥です!破廉恥です!この歩く公然猥褻物が!今度からジョシュアと呼びますよ!?」
「だから人の名前を蔑称に使うのはやめなさいってば」
手にスリッパを握りしめ、鬼の形相で兄を叱責するエリザ。
そんな妹をジャスパーは恨めしそうな目で睨みつけた。
「俺はかなり我慢したと思う。人肌恋しい冬も、色々脱がしたい夏もずーっと我慢した」
「我慢って…まだ一年でしょうが!」
「1年も耐えたんだぜ!?もうそろそろ良くない?」
「よくない!」
「何で!?キスするくらい良いじゃん!本当納得できないんだけど!?キスで子どもは出来ないんだぞ!?」
この一年、色々とやらかしてきたジャスパーは三ヶ月ほど前から『キス禁止令』を出されているらしい。
子どもができるようなことさえしなければ良いという解釈の彼は、その禁止令を出した張本人であるエリザに猛抗議する。
だがしかし、エリザはそう簡単には折れない。
彼女はすうっと大きく息を吸い込むと、言葉とともに勢いよく吐き出した。
「キスで子どもはできなくとも、お兄様の場合はそもそもキスで終わらないからダメだと言っているのです!」
この一年、ジャスパーの雀の涙ほどしかない理性はほぼ、全くと言っていいほど機能していなかった。
長年の片思いを拗らせているせいだろうか。
モニカが公爵夫人として夜会に出席する前の日の夜、首筋に数カ所鬱血痕をつけた事もあれば、キスだけだと言いつつ迫り、結局止まらなくなってモニカを半泣きにさせたこともある。
「本人だって嫌がってないのに…」
「嫌がる嫌がらないの問題ではないのですよ!お兄様!」
「だってさぁ…。ねえ?」
ジャスパーは口を尖らせてモニカの方へと視線を向ける。
すると彼女はすすすっとジャスパーから距離を取り、困ったように足元へと視線を落とした。
「ねぇって言われても…。わ、わたしは、その…」
「嫌なんですか?」
「嫌、ではないけど…そうじゃなくて…」
もじもじと手元をいじるモニカ。
エリザはそんな彼女の肩をガシッと掴んで、顔を覗き込む。その目には光が宿っていない。
「姫様!しっかりなさってください!お兄様に流されてはなりませんわ!」
「そ、そうよね。だめよね、しっかりしなきゃね」
「そうです!あと2年です!あとたったの2年堪えるだけで私たちは晴れて本当の姉妹になれるのです!」
「結局そこかーい」
兄の軽快なツッコミを無視したエリザは瞳孔が開き気味のまま、モニカの手を引いて屋敷の中へと入っていったしまった。
再び芝生に寝転んだジャスパーは、青い空を眺めてつぶやく。
「あと2年か…」
………長い。耐えられるだろうか。
いや、多分無理だ。耐えられる自信がない。
何故ならモニカが本気で拒んでこないからだ。あんなちょっと期待しているような顔されては止まれない。据え膳食わぬは男の恥だ。
「やってらんねー」
ジャスパーはピョンと飛び起きると、同じ敷地内にあるもう一つ屋敷へと向かった。
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