【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々

文字の大きさ
22 / 36

21:試してみる?(1)

しおりを挟む
 
 ーーー今夜。夕食時にでも、会長を連れて屋敷に帰ります。奥様はグレイスに『宝石がない』と話して、騒ぎを起し、人を集めてください。

 と言って、ミゲルはピンクダイヤの指輪を持って商会事務所に帰っていった。

(騒ぎ、か……)

 去り際、彼は『もしグレイスが窃盗の容疑をかけられても、軽く受け流すようなら挑発すればいい』とアドバイスもくれたが、果たして自分に上手くソレができるだろうか。
 アンリエッタは不安を抱えたまま、宝石箱を眺めた。

 
 そして夕方。自室で寛いでいたところにグレイスがやって来た。夕食の用意ができたことを知らせるためだ。
 アンリエッタはそんな彼女を「話がある」と言って引き留めた。
 グレイスはいつもと変わらぬ笑みを浮かべて、「何でしょうか?」と振り返る。
 ふわりと揺れる彼女のブルーブラックの髪には、イリスの髪飾りが光っていた。
 アンリエッタは思わず、その髪飾りから目を逸らした。

「ピンクダイヤの指輪がないのだけれど、知らない?」

 アンリエッタはシレッとした態度で尋ねた。
 ポーカーフェイスを作れているか、不安になる。
 グレイスは表情を変えず、「知りませんけど」と返した。

「……本当に、知らない?」
「知りませんよ」
「でも、あなたが侍女になってから失くなったのだけれど」
「奥様。まさか、私を疑っておられるのですか?」

 グレイスは困ったように笑い、肩をすくめた。

「それは流石に酷いですよぉ。私がそんな事をするはずないじゃありませんか。ニコルさんのことがあったから、疑いたくなる気持ちはわかりますが……」
「ニコルは盗んでない!」
「はあ……、奥様。ニコルさんを信じたいからといって、いつまでも私たちを疑うのはやめてくださいっ!」
 
 プンプン、とあざとく頬を膨らませて怒るグレイス。アンリエッタは彼女の仕草に若干の苛立ちを覚えた。 

(やっぱり、苦手だわ)

 生理的に受け付けないというのは多分、こういう事なのだろう。アンリエッタは小さくため息をこぼした。
 
「……ねえ、でも疑うのも仕方がないと思わない?」
「どうしてですか?」
「だってあなた、この屋敷を乗っ取ろうとしているじゃない」
「ひどいわ、奥様。どうしてそんな風に思うのですか?」
「今朝ね、部下が言っていたの。『この屋敷はグレイス様のものだ』って。誰が通るかわからない廊下で、周囲を警戒することもなく大きな声で、まるでこの屋敷の女主人はあなたであるかのように語っていたけれど……、アレはあなたの指導の賜物ではないの?」

 アンリエッタは嫌味たっぷりに言ってみた。
 するとグレイスは一瞬だけ頬を引き攣らせた。
 しかし、すぐにまた困ったような表情を作って誤魔化した。
 
「誤解ですよ。私は何も言っていません」
「あら。ではどうして皆、この屋敷の女主人は貴女だと思っているのかしら?」
「それは……、私とクロードは昔から仲が良くて、奥様と婚約する前までは、皆んな私たちは結婚するものだと思っていたから……だからそんな事を言うのかもしれないです」
「へえ、そうだったの。ということは貴女とクロードは恋人だったの?」
「そういうわけじゃないですけど……、でも想い合っていたとは思います」

 グレイスは言うべきか言わないべきかを迷っているかのように視線を彷徨わせるも、最終的にはしっかりとアンリエッタの方を見据えて言い切った。
 正妻を前にこれを言える度胸は褒めてやるべきか。いっそ清々しいほどの宣戦布告である。

「グレイス。あなた、クロードのことが好きなの?」
「いいえ?確かに昔は好きだったかもしれませんが、彼はもう既婚者ですし、私なんかが想いを寄せるなんて恐れ多いことです。……あ、でもどう思っているかはわかりませんけど」
「それはクロードの方が貴女を好きだという事?」
「それは、私の口からは言えません」

 グレイスはポッと頬を赤らめて、顔を伏せる。どう考えても、肯定としか捉えられない反応だ。
 本当に、言動や仕草がいちいち気に触る。
 アンリエッタは静かにグレイスとの間合いをつめると、ジッと彼女の瞳の奥を見据え、フッと笑った。

「なるほどね。あなたのその態度が、他のメイドを勘違いさせているようだわ」
「それはすみません。私はそんなつもりなかったんですけど……」
「でもひとつ、良い事を教えてあげる」
「良い事?」
「過去のことは知らないけれど………、今のクロードは別に、あなたのことなんて好きじゃないわよ」
「なっ!?そ、そんなわけ……!?」
「そんなわけないって?そうかしら?だって、考えてもみなさいな。どこの世界に正妻と愛人を同じ屋敷に住まわせるような馬鹿な男がいると言うのよ」

 政略結婚の場合、そう簡単には離婚できない。だから世の男性は愛人を作る時、必ず別邸を構えてそこに愛人を住まわせる。
 同じ屋敷に愛人と正妻を置いておくなど、よほど金のない男か、もしくは何も考えていない頭の悪い男かの二択だ。
 そして、クロードはその二択のどちらにも当てはまらない。
 もし仮に、グレイスの言うようにクロードが本当に彼女を愛しているのなら、わざわざアンリエッタが住む新居のメイドとして雇ったりはしないだろう。
 彼ならきっと、ここよりも立地の良い場所に別邸を構えて、そこに愛する女を住まわせるに違いない。  
 だって、彼にはそれができるだけの財力が十分にあるのだから。
 アンリエッタはその事を懇切丁寧に説明してやった。

「残念ね、グレイス」

 クスクスと馬鹿にしたように笑うアンリエッタ。グレイスは悔しさと恥ずかしさでカッと顔を赤くした。

「……調子に乗ってんじゃないわよ。貧乏人が」
「あら、それが本性?随分と口が悪いのね」
「所詮は金目当てのくせに!」
「だから何?」
「私はあんたとは違うわ!私はアンタみたいに、お金があるからクロードが好きなんじゃない。彼の性格とか人柄が好きになったの。私の方が彼を愛しているわ!」
「へえ?それで?」

 アンリエッタはだからどうしたと鼻で笑う。まるで悪びれる様子のない彼女にグレイスはギリッと奥歯を鳴らした。
 一触即発の雰囲気。煽ったのはこちらだが、アンリエッタは思わず身構える。

(これで正解なのかしら)

 挑発はしてみたが、騒ぎになってはいない。
 アンリエッタは次はどうしようかと頭を悩ませた。
 しかしその時だった。エントランスの方から「おかえりなさいませ」という声が聞こえた。おそらく、クロードが帰宅したのだろう。
 グレイスは急に大人しくなり、フッと乾いた笑みを浮かべた。

「ああ、そういうこと?」
「……な、何が?」
「急に宝石が無くなったと言い出して、おかしいなと思ってたのよ。ねえ、もしかしてクロードの帰宅に合わせて私を糾弾し、陥れようとした?」
「……え?」
「今朝、ミゲルに頼んで私の部屋に宝石を仕込んだのかしら?」
「どうして……」

 どうしてそこで、ミゲルの名が出てくるのか。
 アンリエッタの額には汗が滲む。
 すると、グレイスは勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らした。

「今朝、偶然見かけたのよ。あんたとミゲルが話しているところ」
「……っ!?」
「見られていたのか、って顔ね。何やら親密そうに話していたじゃない?デキてんの?」
「そんなわけないでしょ」
「でも、私が二人は不倫関係だと騒げばソレが真実になるわ」
「また嘘を言い回るつもり?」
「初めはソレもありかなと思っていたわ。でもどうせなら……」

 グレイスはそこまで言うと、キョロキョロと辺りを見渡し、近くにあった花瓶を手に取った。
 そしてアンリエッタの方に向き直り、ニコッと笑った。

「ねえ、アンリエッタ・ペリゴール。試してみる?」
「……何を?」
「私とあんた。クロードがどちらを信じるか」
「何を言って……」
「まあ、あんたに勝ち目はないでしょうけどね。だって、私とクロードはもう10年近いの付き合いなのよ?あんたとは歴史が違うのよッ!!」

 そう言うと、グレイスは花瓶を頭の上まで持ち上げ、力一杯振り下ろした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】 私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に—— ※他サイトでも投稿中

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...