-9-灰銀のレイド

K・Y

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第一話『終わりの始まり』

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「レイド……起きてください」

  誰かに揺すられ、小さな声で起こされる。
  半覚醒の目で外を見ればまだ少し暗い。いつも起きる時間より一時間ほど早かった。
  定まらない意識をゆっくりと覚醒させ、俺を起こした少女と目を合わせる。
  そこには鮮やかな茶髪に紅玉ルビーのように美しい綺麗な目をした少女がいた。
  朝の光にキラキラと茶髪を煌めかせ、少女は上体を上げながら俺の顔を覗き込むように見ていた。いつもは穏やかな笑顔なのだが、なぜか今は不安そうな顔だった。

「フィース、どうした。俺の顔がおかしいか?」

「ええ、はい……」

  冗談のつもりだったが、フィースと呼ばれた少女はゆっくりとした動作で俺の頬を撫でる。するとぬるりと濡れている感触が頬にあった。
  俺もフィースにならい、同じように撫でる。確かに濡れている。それは目から頬をまで一直線に引かれていた。

「これは涙か?」

「ええ、間違いないでしょう」

  フィースは心配そうだ。

「それで起こしたわけか」

「レイドが涙を流したの初めて見ましたので……。何か悲しい夢でも見たのですか?」

  フィースのその質問は簡単に答えれるものではなかった。
  確かに夢を見た。だがその具体的な内容は朧気ながらにしか覚えていないからだ。
  だが悲しくて悔しかった夢だった。それだけは覚えている。

「レイド?」

「あぁ、いや大したことない。涙が出るほど嬉しい夢だっただけだ」

  俺は明るく笑いフィースの心配を払拭しようと試みる。
  だがそんな付け焼き刃、目の前の所詮に通用しない。長い間離れていたとはいえ、彼女はいつも俺を想ってくれていたことが分かる。少し場違いだが、そのことが俺は嬉しかった。

「レイド、悲しいは遠慮なく仰ってください。わたくしは貴方の妻であり、良き理解者でありたいと思っているのですから」

  頬を赤らめながら、フィースは言い切る。
  大切にされているなと心から思う。だからこそ余計に心配させたくないのだが、バレたものは仕方ない。

「…………」

  フィースは俺を優しく抱きしめる。
  女性特有の優しい香りと柔らかな肌が俺を包む。心の底から安心できた。

「妻と名乗るの早くないか?まだ婚約者という立ち位置だろ?」

「ええ、ですが。フフ、二人きりの時はいいでしょう?」

  意地悪く笑うフィースに俺も釣られて笑う。

「それよりも六年間のお勤めご苦労様でした。この日を今か今かと待ちわびておりました」

「大げさだ、大きな休日は毎回帰ってきてただろ」

「ですがこれからはずっと一緒です。その違いは大きいんですよ?……レイド?」

「悪い。まだちょっとだけ眠いんだ」

「わかりました、もうしばらくお休みを」

  あの夢をもう少し思い出す。
  世良と呼んだ少女と赤い惨劇。夢と片付けるにはあまりにも鮮明すぎる。だがそうとしか片付けられない。
  だったらあれは俺が体験したいつかの記憶なのだろうか。
  俺は心の中で首を振る。
  考えても意味の無いことだ。今日は久々の休日だ。ゆっくりと眠ろう。


♢♢♢


  中央開拓都市セルディオン。
  総人口約1000万。アルルカ大陸中央にある巨大な未開拓地を開発するために作られた巨大都市ギガシティ

  一攫千金を狙って訪れる冒険者や商人で溢れかえっているこの街はいつも活気づいている。
  だが最初からそうだった訳では無い。
  世界を再興させた始祖の末裔、世界貴族ロードがこの地を公国から買い取り、2000年かけて作り上げたのである。
  実質ロードの国である。その力故に属している公国も口は出せず、ただロードの恒久的な繁栄を見逃し続けていた。
  それに開拓地と名乗っているが、それに近いことはほとんどしていない。
  理由は二つ。
  一つ目は魔獣が強いことだ。基本的に魔獣は世界中で出現するが、大陸西部から流れてくる魔獣はそれよりも格段に強い。魔界を覆うように存在する公国はこの影響を顕著に受け、軍隊では歯が立たなかったのである。
  二つ目は利権問題である。公国とロードは共に大きな力を持つ組織である。
  すると開拓した土地はどちらのものかという問題が出てくるのだ。もちろん公国の領土になるはずなのだが、ロードはそこら辺の貴族ではない。下手をすれば公国がひっくり返るかもしれない。そうなると国の面倒事を押し付けていたロードも困ってしまう。
  そうなれば必然的に、開拓しなくなってしまったのだ。

  そして今のセルディオンは観光地、ないしは冒険者の腕試しの地となっていた。
   

  その

「むむ」

  今日はあまりキマらない。
  髪型をセットする俺は鏡とにらめっこだ。
  俺とフィースの出会いは約10年前。俺たちが5才くらいの時だった。
  そこから色々あり、孤児である俺がロード三家の一つシェルバーロードの婿養子となったのだ。全てを話せば長くなるので割愛。
  ただ、俺はロードの課題というか試練で遠くの街で六年間修行してきた。そしてそれを終わらせて戻ってきたということが分かってればOK。

「レイド、準備終わりましたか?」

  フィースが部屋に入ってくる。
  うーむ。今日も可愛いな。久しぶりだからか、何割増も可愛く見える。

「どう、でしょうか?」

  フィースはくるりと回って自分の服を披露する。彼女に似合うワンピース。少しお転婆感が出ているが、彼女とのギャップを考えればそれもグッド。

「いいな。さすが俺の女だ」

「あ、ありがとうございます……」

  素直に褒めるとフィースは頬に手を当てて赤くなってしまった。どうやら箱入り娘には刺激が強いようだ。

「レイド、どうぞ……」

  てれりてれりとフィースは俺に細長い藍色のケースを渡してくる。
  中に入っているのはガリ勉がつけるイメージのある丸眼鏡。俺はそれを見て苦笑するといいよ、返す。

「ですがレイド、これがないと……」

「今日はお前だけを見ていたいんだ」

「はうあっ……!」

「くくくく」

  俺はフィースとともに屋敷を出た。
  一応、剣も腰に指して。

♢♢♢

  第一区から第五区までを中央区。第六区から第九区までを中間区。第十区から第十三区までを外周区と言う。
  考えればすぐわかるが、中央区から離れれば離れるほど貧富の差が広がる。
  そして俺たちがたどり着いたのは第七区。様々な店が多く敷き詰められた巨大な商店街。よく学園の生徒たちが多く放課後に通っているらしい。確かに見てみると若い連中が多いな。
  客寄せの声が響き、多くのひとが賑わう。
  離れないようにしっかりとフィースの手を握った。

「しかしここも変わらんなー。まぁそこがいいんだが」

  しばらく歩き回って遊んでいた俺たちは適当にあった店の中に入る。
  一応フィースはシェルバーロードのお姫様。それにを抱えているからかなり有名人だ。最低限の防止をしていた。

「ムギっ!」

「お」

  俺の足元に何かぶつかった。覗いてみると、小さなトカゲのぬいぐるみを着た何かだった。

「あら、珍しい。シャジーですね」

「シャジー?」

  同じく覗いたフィースが俺に教えてくれる。

「ロードが開発した人工精霊。魔力ではなく三次元的な食物で維持できる新しいかたちの精霊ですね」

「なんだってまたこんなものを……」

「人口が減り続ける世界において新たな労働力として作られたそうです」

  フィースはバッグから取り出したジャーキーをシャジーと呼ばれた何かに渡す。
  しかし人工精霊か、ロードの技術力も六年前までとてんで違うな。
  シャジーはジャーキーを齧りながらニコニコとしている。なんというか心が和む光景だ。
  
「む、可愛いかもしれんな」

「で、ですよね!可愛いですよね!」

「おおう?」

  フィースがいつになくテンションが高い。どうやらフィースはシャジーのことを気に入っているようだ。
  そこに少し嫉妬したものの精霊に嫉妬してもなと改める。そして俺もフィースから渡されてシャジーにジャーキーを渡す。

「ムギっムギっ」

「レイド、仲間だと思われているそうですよ?」

「なに?」

  足に額を擦りつけていたシャジーは、やけに馴れ馴れしい様子で俺を見ていた。
  こころなしか楽しそうだ。
  別に悪い気はしないが、なんだかなぁな感じだ。

「だが大丈夫なのか?もはや一種の生命体を生み出したようなものだろ?公国や市民がうるさかったんじゃないのか?」

「いえ、あくまで彼らは模したものですので。命といったものはなく、プログラムのパターンによった行動しかしませんよ。そう言うと帝国のヒューマノイドに近いかもしれませんね」

「ふーん」

  俺は膝に上がってきたシャジーにジャーキーを宙で浮かばせながら遊ぶ。

「今はまだ試験運用中で正式な稼働は時間がもう少しいるそうです」

「ま、妥当だな」

  今のこいつらを見る限り、ただの愛玩動物にしか見えない。まあ、それも悪くないんだろうが本来の目的から大きく逸れている。
  フィース曰く、シャジーは有志を募って店に預かってもらっているそうだ。だがシャジーをマスコットとして見るお客も多く、また保証金も出るのでかなり多いのだそう。現在は抽選で当たったお店に飼われ、経過観察などの制約もあるがほとんど円満に進んでいるらしい。
  その話を聞けば、まあ悪くないな。むしろいい話だ。

「ほらよ」

  シャジーにジャーキーを与え下におろす。それに伴って俺は立ち上がった。

「行こう、もう少し案内して欲しい」

  俺は自然にフィースに手を差し伸べ、繋ぐ。
  彼女ははにかみながらも手を取ってくれた。

♢♢♢


  しばらくの間二人の時間を楽しむ。街の有名なところ、楽しいところ。穴場なところ。
  春のまだ少し寒い気温は今の俺たちには心地よく、今までの遠距離によって出来ていた寂しさを着実に埋めているという実感が持てた。

「…………っ」

  自然と指先は絡められ、いわゆる恋人繋ぎの形になった。
  フィースは顔を俯いてしまった。

「ど、どうした。まずかったか?」

  少し焦りながら顔を覗いてみるがフィースはそれも避けてしまう。
  俺は心に冷たいものを感じながら、手を離そうとする。だがフィースは頑なに離そうとしない。

「フィース?」

「今、顔を見ないでくださいっ」

  なるほどな、と俺は笑う。フィースはただ照れていたのだ。全く考えればすぐわかるというものを俺は。
  来た道をまっすぐ帰らずこの甘い時間をもう少し長引かせようと回り道をした。

「レイドは本当にわたくしで良かったのでしょうか」

  フィースがぽつりと呟く。
  か細い声で自信のなさがありありと伝わった。

「レイドはわたくしを選んだせいでかなり大変な道のりだったと思います。この六年は文字通り命懸けの試練だったはず。なんでこんなに辛いんだとかもう嫌だとか思わなかったんですか?」

「全然。むしろその時間さえも悪くなかった。お前を想うと自然と力が湧いて。その感情は嘘じゃない。今も昔も気持ちは変わってない。逆にフィースが他の男に言い寄られてることの方が心配だった。フアハハハハ!」

「そんなことありません!わたくしにとって好意を寄せる存在は今も昔も貴方しかおりません!」

  妙に力が入っている言葉だった。もちろん想いは伝わっている。だがそれだけじゃない。
  言葉にしにくいのだが、重みが違う?ってことだろうか。
  まぁいい。どんな意味があろうが俺がこの少女に計り知れないほどの愛しさを感じているのは確かだ。

「うっ!ぐぅぅうあ!」

  唐突に何かがフラッシュバックする。
  それは昨日見た夢の世良と呼ばれた少女だった。

「レイド!大丈夫ですか!?」

「誰か助けて!!」

  助けを呼ぶ声が上がる。少女の声だ。そしてその後から商店街の人々の悲鳴が重なった。
  T字路になっている道から一人の少女が横切る。
  目が合う。
  まるで心臓を掴まれたように、息が苦しくなる。

  焔に包まれた街。
  銃。 
  撃ち抜かれる。
  心臓。  
  赤い少女。 
  世良。
  逃れることのできぬ、唐突な死。

  数多のワードと凄惨な光景が頭を駆け巡る。
  容姿がまるで今日夢見た少女と瓜二つだったのだ。
  だが完全に一緒ではない。惜しむらくは黒髪黒目ではなく、金髪碧眼であったこと。
  俺はそれに何かしらの意図を感じた。

「っ行くぞ!フィース!」

「レイド、頭の痛みは!」

「そんなことよりあの子を助けなきゃだろ!俺たちはロードだ!この街を脅かす奴らは野放しにできない!」

「!そうですね。いきましょう!」

  少女の後を追いかける黒色の外套を被った集団が横切る。布越しだがそれぞれが武装しているのがわかった。

「フィース、掴まれ!」

「はい!」

  俺はフィースを横抱きにし、。街の人々は驚いていたが、そんなことを気にしている余裕はない。
  そのまま屋根を飛び移りながら、その少女と集団を追いかけた。

  俺はこの異常に焦る気持ちを抱えながら、足の回転を早くした。

    
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