-9-灰銀のレイド

K・Y

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第八話『不穏な……』

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  放課後、今日はだいたい説明だけだったので三人で並んで帰る。
  長い説明が連続し、三人とも疲れていた。
  とくにルルイエは頭から湯気が出るほど苦労していた。

「もうへとへと。これ以上頑張ると倒れちゃう……」

「確かにな。覚えることも多いし、予備知識がないお前じゃ大変だろう。だが大概のものはやっていけば慣れてくるものだ。それに別に今覚えなくても、その時その時で覚えればなんとかなる」

「四年に進級の時期に入ってきたのが少々不味かったですね。二年や三年なら幾分か……あれは」

  言葉を続けようとしたフィースが急に口ごもる。

「先、行ってろ」

「ですが、……」

「俺が心配か?」

「はい……少し。レイドはいつも

「よう。何か用か?」
 
  俺は目の前にいる一人の男に声をかける。
  その男は正門へと続く大きな路にある広場の噴水下に、やけに綺麗な姿勢で座っていた。

「分かるだろう?昼で約束した決闘だ」

  ザンリ・エーベルハスト。
  エーベルハスト公爵家の次男坊。公国でも大きな力を持つ貴族。性格は忠義の騎士そのもの。
  紳士的で義理堅い。誰にでも優しく、女にモテるが女性関係も浮ついたところはない。もちろん剣も頭も一流。
  学年の中でも信頼度は高いようだ。
  そのザンリくんはどうやら、お昼のことを根に持っているらしい。

「約束まではしてないが。でもいいのか?貴重な一回を俺に使って。お前レベルの順位なら引く手あまただろうに」

「喜べ、お前のためにとっといたのだ。どうせお前も余っているだろう?」

「確かに」

  俺はあと二回の決闘権を残している。 
  別に挑戦者がいれば相手してやったのだが、誰も遠巻きから見ているだけで話しかけてこない。
  だからザンリの誘いは普通に嬉しい。  
  普通の学園生活みたいで。

「もしかしてザンリ。お前怒ってるのか?」 

「当たり前だ。だが昼のことではない。ルウシェ様から注意されたのでな。私が怒っているのは先ほどことだ。事実私もルウシェ様も下がった。これはお前の仕業だな」

「正解」

  俺はウインクし、ザンリに笑みを向ける。だが彼は怒り心頭といった様子で俺をきつく睨んでいた。
  理由はわかる。
  俺がルール違反ギリギリの行為を働いたからだ。

「持ってくださいザンリさん。わたくしは……」

「いえ、フィース様。あなたは恐らく無理やりされたのでしょう。何かしらの弱みを握られて、ことは予想がつきます。ですがご安心を。このザンリめがあなたをその男の呪縛から解放してみせますっ!」

  そう、フィースは戦魔科ウェステルカで一位だったのだ。理由は明白。
  一定量の魔力を持つものは魔力壁マジックウォールという障壁を出せるのだが、現四年では誰も破壊できないのだ。
  そうなれば戦闘も一流であるフィースにかなうものはいない。基本的に彼女と戦う者はいなかった。

「卑劣で汚らわしい奴め……ッ。貴様はこの学園で最も存在しちゃいけない男だ!!」

「まだ一日目……」

「黙れッ!!」

  ザンリは騎士剣を抜き払い、俺へ突きつけた。
  魔力も高ぶり、周囲の生徒たちは威圧され距離をとる。そして彼らは俺たちが決闘をすることがわかると、段々と大きな円となり、観衆へとなった。
  
 
「あれ今日入った転入生じゃん」「あいつが今の一位らしいよ?」「なんか卑怯な手、使ったんだろ」「ザンリと戦うなんて馬鹿なヤツだ」「死ぬかもしれねぇなぁ、あはは」

  口々に好き勝手なことを言う。
  その言葉に背中を押されてか、ザンリは俺にまつぼっくりを突き出す。俺も突き出すことでそれに応えた。 
  そして挑戦者から名乗る。

戦魔科ウェステルカ第八位。ザンリ・エーベルハスト」

戦魔科ウェステルカ。レイド」

「「決闘契約承認デュアル・スエーワ!」」

  ここに決闘は成立した。
  春にしては少し寒い風が吹き抜け、俺たちの髪を揺らす。
  ザンリの視線は義憤に駆られており、俺を許さないという意志を感じた。
  
「何パーセントがいい」

「は?」

「手加減してやるっと言っとるんだ。本気でやったら肉塊しか残らんからな。ほら言えよ。何パーセントがいい」

「貴様ぁ!」

  割と本気で言ってたのだが、ザンリは青筋立てて俺に突貫してくる。剣は名剣。動きも悪くない。
  魔術によって威力が上がった強烈な突きは、俺の心臓位置に真っ直ぐ走る。風を切り、長い髪を揺らすザンリは決闘にかこつけて俺を殺そうとしているようだ。
  決闘は最悪死亡することもあるからな。
  俺の絶命を悟った観衆からは悲鳴が上がる。
──ドッッ!
  鼓膜を殴る大きな音が響く。
 
「つまらんなぁ、実につまらん。木っ端狩りなど趣味じゃない」

「なっなんだと!?」

  俺は剣を握り、そのまま後ろに叩き潰す。剣を離さなかったザンリもそれにつられ、石畳に五体を打ち付ける。

「ぐぅう……!」

  ザンリは呻き声を上げながら俺を見上げる。
  表情は痛みと屈辱に歪められ、今にも飛びかかってきそう。

「ザンリ、一つ正してやる。俺は不正をしたんじゃない、手間を省いたんだ。確かにこの学年ではフィースが一番強いかもしれないが、俺はそれを。お前が勝つ道理はない」

 「舐めるなっ!魔炎弾フレイムシュート!」

  ザンリは体勢をたてなおし、手のひらから人の頭ほどの炎の玉を放つ。ごうごうと燃えるそれは当たるとただじゃ済まないだろう。

「効くかっ!」

  俺も同じく手を突き出し、炎の玉を掴む。そしてそのまま握力で握りつぶした。
  炎は儚く火の粉を散らし、容易く消える。
  それを見送った俺はすかさずザンリに襲いかかる。

「くうっ!」

  徒手でザンリの動きを躱し、合間を縫うように一撃を入れる。
  彼は痛みに顔を歪め、後ろに下がる。

「格闘は苦手か?逃げ腰だぞ?」
 
「うるさい!身体強化アップ!うぉぉお!」

  それなりに訓練されている動きでくるが大したことない。これぐらいならダウラスの方がまだ強い。
  所詮、温室育ちか。ぬるすぎる。

「この学園の底も知れるな。この程度が八位なんて」

「貴様っ。ロードを愚弄する気か!」

「九印」

──ズダダダダダダダダダッッ!
  刹那の九打。
  ギリギリまで加減したものの、ザンリは後ろに弾かれ観衆の足元まで飛んでいってしまった。

「魔力無しの劣等生がっ!」

「劣等生に負けるなんて恥ずかしくないのか?」

「まだ負けてはいない!」

  ガッツだけは一人前のようだ。
  ザンリは騎士剣を眼前で掲げ、目を閉じる。すると彼の中から膨大な魔力が引き出され、剣に纏わせる。

「これを出させたことを後悔させてやろう」

「……」

「行くぞっ!輝剣シャイニングソード!!身体強化・改スーパーアップ!」

  光を従えた騎士剣が恐るべきスピードで俺に迫る。輝線を描く騎士剣は光属性の魔術。スピードと切れ味を上げたものだろう。
  それと並行して使った身体強化も合わせると、それは目にも止まらない速さとなる。魔術自体はかなり訓練されている。
  光属性と無属性の同時併用。
  そこらの生徒ではできない芸当だろう。
  何も出来ない俺から見れば羨ましい。

「ふははは!逃げているだけか!」

「死ぬまでそう思ってな。……『我が理を、ここに在り』」

  俺は拳を握り、意味ある言葉を紡ぐ。
  もったいないが、使ってしまおう。
  こいつは俺のルルイエを怯えさせるという大罪をおかした。ならば、
  右腕に正体不明の力が入り込む。
  膨大でもない協力でもない。
  ただただ異質。
  この世界に俺以外存在しないであろう力が渦巻いている。
  目の前には騎士剣を構え、お粗末ないちげきを繰り出そうとしているザンリ。
  、と音が鳴った。

「行くぞっ!覇天流剣術、ゾルガシエ!!」

「すとーーーーーぷっ!!」

  聞こえてきた制止の声に、ザワザワと観衆が騒がしくなる。
  決闘は神聖にして不可侵のもの。それを止めるとなると、かなりの緊急事態か、また高順位者の割り込みか。
  どちらにしろつまらない。

「ハイハイごめんね。でも二人とも、ここは決闘禁止エリアだよ。すぐに辞めないと先生呼んじゃうんだから」

  現れたのは一人の美しい少女。
  淡青色の長い髪に莇のような紫紺の瞳。毛先に向けて緩くウェーブがかかっており優しげな印象を受ける。だが穏やかな目と格好とは裏腹に少女の中には巨大な魔力がうねりを上げている。
  手に持つ筆は赤色の絵の具が着いており、絵を描いていたことを伺い知れる。
  騒ぎを聞きつけて来たのだろう、少し怒っている表情だ。
  応用五年の証である胸元にある緑のリボンを揺らしながら少女は観衆の円から出てくる。

「レイドくんにザンリくん。応用四年に上がれたことは嬉しいかもしれないけど、こんな所で遊んでちゃダメでしょっ。一年生だっているんだから、一日目くらい模範的な行動を気をつけなきゃ。二人とも新学期早々停学なんて嫌でしょ?」

  少女はおどけながら俺たちを諌める。
  至極正論だ。
 ここでやるにはリスクの方が多い。

「ですがシィルさん」

「ですがじゃないの。ザンリくんいつまで仏頂面なの?ほら笑ってー」

  シィルと呼ばれた少女は持っていた筆で頬に赤い絵の具を塗られる。傍から見れば顔を赤らめているように見え、この場に不適切なものとなった。
  ゆえ、笑いが起き、ザンリは本当に顔を赤くしてしまった。

「さ、みんなみんな帰った。私も絵を描きたいからね、早く帰ってー」

  円はゆっくりと散り散りになり、人が去っていく。
  残ったのは、俺とフィース、ルルイエ。そしてザンリといつの間にか来ていたルウシェと俺を睨んでいた小さな少女。そして最後にシィルさんだ。

「さ、落ち着いたところでルウシェちゃんこれはどういうこと?」

「さて、なんのことでしょう」

  車椅子にちょこんと座るルウシェは他人事のようにシィルさんを見ていた。

「レイドくんを停学にしようとしたでしょう?なんでそんなことしたの?」

「いえ、私は彼がどの程度できるかと思い、試しただけです。それ以外に意図などありません。結果は上々、素晴らしいものです」

「さんきゅーー」

  ルウシェが微笑みかけたのでピースサインを送っといた。
  だが、なんだろう。
  ルウシェからはある種の怒気が感じられる。まさか本当は俺が席をとったことを怒っているのではないだろうか?

「私は騙されないよ。私、進級する前に言ったよね。今、世界は大変な状況なんだから最初ぐらいみんな仲良くしようねって。なのにお姉さんは裏切られて悲しい気持ちです。私は後輩からそんなに人望がなかったのでしょうか、しくしく」

  えーんえーんと芝居がかった泣き真似をするシィル。彼女の言わんとしていることは分かるが、理想論がすぎる。
  この学園は仲良くするために設立されたものじゃない。互いを高め合うために存在しているのだ。
  
「シィルさん、お話はわかりました。しばらくは大人しくしておきましょう。ここで足止めを食らえばレンサさんに遅れをとりますから。皆さんごきげんよう」

「はーい、気をつけて帰ってね」

  バイバイと手を振るシィルさんは見送ったあと、俺たちというか俺に向き直る。
  そしていきなりガバッと抱きついてきた。
  大きな胸に抱き寄せられ、柔らかな感触が俺を包む。
  
「やーーー!れーちゃん!久しぶり!元気にしてた?怪我や病気なんてしてない?嫌なこと無かった?一人でご飯も食べれる?トイレも一人で行ける?お金も持ってる?お小遣いあげようか?」
 
「えっ」
「わっ!」

  よしよしと髪を撫でられながら、まくし立てられ俺は混乱する。
  そして。なんなんだこの人は。

「シィルさん」

「あ、ごめんねフィースちゃん。ちょっとテンション上がっちゃって?」

「???????」

「初めまして。一応、五年を仕切らせてもらってます、シィル・フィナーレンです。これからよろしくね。お話したいからちょっとそこのお茶屋さんでも入ろうよ」

  五年の覇者、シィルは全てを包み込む優しい笑みで俺たちを迎えた。

♢♢♢

「いやーごめんね1人で舞い上がっちゃって」

  シィルさんはペロリと舌を出し、謝罪する。

「お二人は以前からのお知り合いだったのですか?なんだかシィルさんはレイドととても親しげでしたけど」

「そうなの、レイドくんは私の弟なの」

「「「えっ」」」

  本人でさえ初耳の情報だった。

「それはレイドと血を分けた姉弟という意味でしょうか?」

  フィースが若干震え声でたずねる。見るからに緊張していることが分かった。

「そう!れーちゃんは私の弟。昔からよく可愛がってたんだよー」

「フィース、レイドって孤児だったんでしょ?」

「はい、ロードの調査でも家族は見つかりませんでした。いくらシィルさんでも家族を名乗るのは無理がある気がします……」

「じゃあ嘘ってこと?」

「考えたくはないですが恐らく……」

  ひそひそとふたりが話す。

「シィルさん。俺とあなたが家族ならその証拠ってありますか?」

「家族であるのに証拠なんてないよ。私はあなたのお姉ちゃんであなたは私の弟ちゃん。愛し合ってる家族なの」

  oh......。この人まさか思い込みで俺のことを弟と認識してる?
  なんだかこの人のよく分からない触覚をくすぐってしまったようだ。いくら美人さんで実力者でもこれはキツイものがある。
  頭のネジが飛んでるのだろうか?俺の魅力に惹き付けられるのは仕方がないが、完全に危ない人だ。

「シィルさん、弟さんが亡くなったのは悲しいことですけどそれを他人に押し付けていいわけないですよ。ちゃんと現実見て明日に歩きましょう」

「そんなんじゃないよ~。でも今はそれでいいよ。それでいいから私の事お姉ちゃんって呼んでよ~」

  机の上で駄々をこねるようにじたばたする。少なくとも先輩がしていい行動ではない。

「フィース、どうしよう」

「わたくしに振らないでください……。こういうことは初めてなのです」

「ルルイエちゃんは私の気持ち分かるよね?ね?」

「うーん。あんまり分からないけどレイドのことを大切に想ってるってことは分かるかな」

  いつ間にかルルイエに抱きつきながら、シィルさんはうんうんとうなづく。

「やっぱりルルイエちゃん可愛いねぇ、すりすり。私のケーキをお食べなさいっ」

「はうっ、辞めてよ~。ケーキはいるけど」

「どうしたものかね」

  さてこの俺に家族なんて尊いものがいたのか。
  この人が言っているのはまあ、思い込みというか暗示に近いものだろう。
  この人の弟と俺が似てて、重ねてしまった。勝手な想像だがそんなところだろう。
  そこで俺がとる選択肢は受け入れるか、現実を教えるかだが、ここはセラピーっぽいことしてみよう。
  両方の意見を取り入れてちょっとずつ慣らしていく作戦だ。

「そういう方向で」

「わかりました。わたくしもできる限りサポートします」

「困ってることがあったらなんでも言ってねー」

  にこにことルルイエに餌付けしている。
  今一番困っていることはあなたのことだと言うとしたがやめておいた。この人、多分繊細だ。
  適当なことを言うと何をするか分からない危うさを持っている。そうなれば俺でも太刀打ちできない。
  実力と精神は必ずとも比例するとは限らないのだ。

「ではわたくしたちはここで失礼します」

「うんうん、ここの代金は私が持つから」

「ありがとうございました」

   俺たちは手をひらひらと降るシィルさんに一礼をして出ていった。
 
♢♢♢ 

  なんというか評価に困る人だった。
  確かに魔力は凄まじいものだったが、圧倒的に子供っぽい。フィースから話を聞く限り、応用五年の派閥争いもほとんど関心がなく本当に危ない時だけ出てくるそうだ。
  そのくせ、三つの科では全てを一位をとっており、応用六年にも対等に話し合える。
  マイペースなところを除けば圧倒的な天才だ。
  だからこそ歯がゆい。
  あれだけの力があれば大きなことができただろうに。宝の持ち腐れだ。
  
  それに俺を弟と呼んだこと。このことはまだ理解が追いついていないが、俺は違うと思っている。
  俺が捨てられたのは生まれてすぐだったし、その時はシィルさんも赤子みたいなものだろう。親から聞いていたとしても名前ももともと孤児院でつけられたものだ。ゆえ、知ることは難しい。
  何かしら俺と縁があるのか、彼女の秘密からくるものなのかまだ判断は出来ないが軽視していい人ではないことは明らかだ。
  
「ふぅ……」

  俺は本を閉じる。
  ここは寮の自室。
  四人の部屋を俺一人で使っていた。 
  貴族用の部屋だが共同生活を身につけるためにわざと二人部屋らしい。成績上位者は個室を望めば貰えるらしいが、満員。
  だからこの部屋はあぶれた俺専用なのだ。その代わり隣がフィースとルルイエの相部屋ということはグッドだ。
  

「そろそろ寝るか」

  デスクランプを消し、寝台へとからだを滑り込ませそのまままぶたを閉じた。

♢♢♢

  ランプに照らされ、淡い青髪の少女は笑う。
  目を向けると木製の机に置かれた黒い本が勝手に開かれる。
  ノートと呼ばれる遠隔の対象者と連絡をとるための魔動具は、中央のページがひとりでに開き、ジリジリと焼かれたように文字を刻む。

。もう、お父様パパったら本当に言葉が足りないんだから……」

  シィルは困ったように頬に手をあて苦笑いをする。
  これは恐らく私にも対する試練。そう受けとった彼女は放課後あった三人を思いだす。
  みな、何かしらを持っている極大の特別性。思い出しただけでも胸が痛む。

「結局私も人のこと言えないな」

  自室から見える銀色の月は全てを照らす。
  闇を暴き、だが太陽のように痛くはない。彼女の心を癒すその明かりをシィルはいつまでも眺めていた。
  
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