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第九話『二人の後継者』
しおりを挟む少年と言うには背が高すぎる男が歩いていた。
今は隠密用のローブを脱ぎ、長い紫髪を揺らしながら制服を羽織る。表情はいつも通り不満げで、何かに苛立っているようだった。
だが今回はめずらしく明確な理由がある。
紫髪の男は口元を歪にゆがめる。
(レイド……、クケケケケ。まさかアレも俺たちと同じ、『資格ある者』だったとはな)
彼は強い者がいることが我慢ならない。嬉しいが殺したい。その矛盾した感情の中を行き来しているのだ。
──ガチャン
紫髪の男はバチバチっと音を立てながら、大剣を背負う。
この後、組織のボスと同僚との話し合いなのだ。
何が起こるかわからない。
もしかすると殺し合いになるのかも。
だが紫髪の男にはそんなことどうでも良かった。今は灰色の髪の少年。
彼が会ってきた中で最大のイレギュラーのことで頭がいっぱいだった。
自室の扉を開け、彼は祈りの場に向かう。
♢♢♢
綺麗に整列された椅子の端に座る。
目の前には巨大な像。美しい男女が絡み合うその姿形に紫髪の男、メルトナイトは眉をひそめる。
相変わらず悪趣味だ。これを作ったやつは狂ってると。
「あなた、いつも不機嫌ですわ。正直、不快です」
カツカツとヒールを鳴らし、中央の通路を挟んで同じように座った、人形のような可愛らしい少女は口を開く。
プラチナブロンドに空色の目。そして一見、ドレスと見紛う豪奢な服を着た少女は特殊な形をした騎士剣を膝の上に乗せる。
目は合わせない。
いつ殺し合いになるか分からないから。
「少し聞いてもよろしいかしら?」
メルトナイトは目を閉じたまま答えない。
少女は彼の無礼な態度に顔色一つ変えることなく言葉を続ける。
「第六波動の少女の確保の時に出会った少年、レイドと言いましたか。彼のことを教えてくださいませんか?」
未覚醒で半魔であろうと魔人は魔人。負けることはなくとも拮抗する余地などない。
長い間、鍛え続けた熟練の戦士ならまだしも、普通の、それにまだ歳若い少年にいい勝負をされるなどあっていいことではない。それは全ての前提を覆す。
彼女はその原因であるレイドに興味を持ったのだ。
いつまで経っても答えないメルトナイトに少女はため息を着く。
「おやおやおや、早かったですね」
ノソリと暗闇が起き上がる。
現れたのは巨大な異形の魔人。
黒色の円柱に仮面をつけ、一切肌を見せない。ある種の潔癖性を感じさせる風貌はいつにも増して恐ろしい。
「「っ……」」
無意識に立っているだけで、膨大な魔力に息が詰まり動けなくなる。二人の少年少女は表情を変えないものの身体中からびっしょりと汗をかき始めていた。
「それで、わたくしたちを呼んだ理由とはどのようなものでしょう?ブレンナー司教様」
小首を傾げ、少女は身の前の異形を司教と呼ぶ。
ブレンナー司教は紳士的な振る舞いをしながら大仰に手を広げた。
「それはもちろんメルトナイトが出会った少年のお話ですよ。アーサーさんも気になっていたでしょう?」
メルトナイトは目を開け、アーサーはぴくりと肩をふるわせる。
「ええ、メルトナイトと私のダリアを退けた少年、気になります。彼女に聞いたところによると、彼は第一波動と言うではありませんか。それにメルトナイトに傷を負わせた、これは由々しき自体でありませんこと?」
魔人たちはとある力に守られている。普通の人間には傷一つつけることは出来ない。
だがレイドは出来た。
このことにアーサーはもちろん、他の魔人たちも他人事では無くなった。
いくら不老長寿の存在だろうと、それを守る障壁のカウンターエッジがあるのは心の平穏が乱される。
「それもそうですが、ええ。それと彼には特別性があることも分かりました」
この二人を呼んだこと、それから導かれる特別性の正体は一つしか無かった。
「女神と相対した魔なる神、魔神の後継者の一人です」
魔神とはこの世界を滅ぼそうとした邪神のこと。この魔神教団では邪神と呼ぶことを禁じられているのだ。
「そうですの……。彼が最後の一人」
アーサーは以外にも穏やかだった。
というより、最後の一人が分かったことに安心しているようだった。
「これで五人、揃ったわけか。そこから俺はどうすりゃいい。他を殺せばいいのか?」
重要なのはそこだと言うようにメルトナイトは初めて口を開く。
司教はうなづいた。
「手段は問いません。なにゆえ、私も正解は知らないのですから。ですが今、女神の後継者ルルイエさんはレイドの手元にあることを忘れずに」
「ああ、なるほど、なるほどな」
どうやら物事はそう単純ではないらしい。
細かいことは分からずとも大まかな全体をメルトナイトは捉えれた。
「ですがやはり他のお二人が分からないというのも収まりがつきませんね。そのルルイエ様とフィース様は違うのでしょう?」
「ええ、彼女たちはいわゆる促進剤です。物語を円滑に進めるためのね。それに継承者である残り二人はまだ魔人ではありませんので、ここで彼らを倒してもあなたたちの利益には何らなりませんよ。逆に資格を剥奪されるかもしれません」
「なんとわたくし以外に都合のいいルールでしょう。それを決めた魔神様は酷いですわ……」
「かの神が何を考えているのかは誰にも分かりませんよ。現段階ではレイドと遊ぶことしかできないようです。フフフ、ですがこのまま帰すのもあれですので、残りの二人に関してヒントを与えましょう。と言っても具体的なことは言えませんが」
「それでもお願い致しますわ」
「一人は嘘つき、一人は無知な子、です」
「これはまた難解な。本当に意地悪ですのね」
アーサーは目の前の司教は薄く睨む。
だが未熟な魔人の睨みなど秋風よりも涼しいものだ。彼は全く動じず、ただ仮面の奥で笑うだけ。
「そんなことはどうでもいい。それよりも早く俺たちを呼んだ理由を言え」
「理由?まだありますの?」
アーサーまた首を傾げる。
魔神の継承者が揃ったこと、レイドの存在、そして残り二人のヒントなどこの会話でわかったことは多い。
まだ何かあるのかとアーサーは期待半分、不安半分で言葉を待つ。
「さすがはメルトナイト、察しがいい。今日は『せかい』が確立された実に良き日。そこで私からささやかなプレゼントを用意したのです」
そう言ってブレンナー司教は手をかざし、黒い球体を出現させる。そして黒い鎧に覆われた手を突っ込んで一つの大剣と刀を取り出した。
メルトナイトに大剣、アーサーに刀を渡し、司教は満足そうに笑う。だがアーサーは終始困惑顔だった。
「これは何かの冗談でしょうか?わたくし、刀は使ったことがないのでしてよ?」
赤い鞘に白椿、そして金の装飾が施された刀を持ちながらアーサーはブレンナー司教に抗議する。
彼女が得意とする武器は騎士が使う直剣。同じ刃物であれど、刀は他の剣類とは毛色が違う。威力も切れ味も高いが使う技量がそれに比例してなくてはいけない。彼女の抗議も仕方の無いことかもしれない。
「大丈夫ですよ。その刀が自然とあなたを導いてくれます。それに自在に使えるようになれば、今を遥かに凌駕した凄まじい力を得ることができます。それにもう返すことはできません」
「はい?」
フワァと、大剣と刀から黄と白の光が右手にそれぞれ集まる。それはレイドの天輪紋のそれとは違う、禍々しい槍に巻き付く蛇の紋章を刻んだ。
「どうやら彼女たちも認めたようですね。それは『魔神紋』。極大の力を持つことを認められた継承者たちにしか扱えないものです」
「余計なことしやがって……」
メルトナイトは悪態をつきながら大剣を紋章に戻す。アーサーも同様に不満げな顔だ。
そうだろう。
これではまるで二人の力が弱いから与えたと言っているようなものだ。使う使わないは別の話だが面白くないことに変わりはない。
この世界で強さを否定されたら何も残らないのだ。
「誤解なきよう。これはあくまで第六波動の力を持ったレイドに対抗するための力。これで天輪紋を持つ彼と同じ、五分五分でしょう」
「ですがわたくしも魔人としての誇りがありますわ!今日のためにたくさん頑張って経験を積んで!そして魔人になったのですもの!わたくしはわたくし自身の限界まで足掻きたいですわ!」
アーサーは立ち上がり、大股を開いてブレンナー司教に詰め寄る。普段では有り得ないことだがそれぐらい彼女にとって魔人であることは他人に対するアドバンテージなのだ。
そしてブレンナー司教は彼女を見ることなく、ボソリとつぶやく。
「魔人の誇り、か……」
「なんと仰いましたの?」
小さく呟いた声に耳のいいメルトナイトだけは気がついた。
そんなことを知ってから知らずかブレンナー司教はアーサーを優しく宥める。
「では証明してください。あなたは一人の力で神になれると」
「分かりましたわ!このアーサー、魔神教団に救われた命を持って使命の成就を果たしてみせます!」
アーサーはヒールを鳴らし、カツカツとその場をあとにする。
「メルトナイトは行かないのですか?」
「その前によォ、お前。俺たちをどうするつもりなンだ?アーサーはまだ気づいてないようだがまだ何か隠してるだろ。俺たち二人だけを集めた理由。この紋章を渡した理由。灰髪の特別性が歪な理由。魔神を良いものと勘違いしているアーサーに真実を教えない理由。挙げりャあキリがねェ。お前たちは一体何を目指しているんだ?」
「何をそれは新たなる神を生み出すためですよ、あなたたち五人の中から。そのための魔神教団であり、この世界を愛している魔神様のお言葉です」
「埒があかねェな。魔神教団は一万年前からある秘密組織だ。わざわざ俺たちのためだけにそんな長い間存続させる理由がねェ。単刀直入に言わせてもらう。俺はお前が邪神の時代から生きている魔人じゃねェかって言ってんだ」
メルトナイトは強くブレンナー司教を睨みつける。250以上ある彼の身長ゆえ、見上げる形だが引くわけが無い。
彼は信じていないのだ。
魔神教団は反世界組織。やっていることが全く見えてこない。
分かるのは魔人を集めていることのみ。
魔人は災害。
中には大量に人を殺した奴もいる。いやその方が多い。アーサーは重要視していないがメルトナイトはいつも警戒していた。
その上、魔神とまで来た。胡散臭いことこの上ない。
「やはり私の目に狂いはなかった。期待してますよメルトナイト。あなたがこの新しき神話の歯車となることを」
「待てっ!」
制止をかけた時には既にブレンナー司教は闇の中に消えていた。
メルトナイトは全身から力を抜き、ドカッと椅子に座る。
「何が神だ……」
メルトナイトは後継者争いについて対して興味は無かった。
求めるのは力だけ。
彼の願望はただ一つ、『この世で一番強くなりたい』だ。
故に行き詰まりを感じていたメルトナイトにとって『魔神紋』は渡りに船だった。
アーサーはただの強力な武器と思っているようだが、そんな意味の無いものを渡すブレンナー司教では無い。
これから学べることは多いとメルトナイトは思っていた。
そして彼はさらに貪欲だった。
「第六波動の力とどっちが強いか試してみるか」
紫髪が入り込む朝日に反射して煌めいていた。
新たな『せかい』はまだ胎動していた。
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