夏の日の出会いと別れ~霊よりも怖いもの、それは人~

赤羽こうじ

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ある夏の出会いと別れ③

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 叶は横にあったプラスチック製の椅子を持つと楓に向かって投げつける。
 楓は後ろに飛び退く様にして躱すと、叶は更に飛びかかった。
 飛びかかる叶を迎撃しようと、楓が鉄パイプを振り回すが叶は構うことなく楓に掴みかかった。
 二人もつれる様にして地面を転がる。暫く転がり回った二人だったがやがて叶の方から離れて互いに対峙する。

 いまだふらふらとおぼつかない足で叶がゆっくりと立ち上がると、楓も立ち上がり鉄パイプを握りしめ、威嚇する様に一度素振りをした。

「まだふらふらじゃない。だいぶ無理してるんでしょ?」

「今無理しなきゃいつするんですか?おめおめと簡単に殺されるつもりはないわよ」

「ふふふ、流石威勢はいいわね。私だって本当は殺しなんかしたくないわよ。貴女が悪いのよ。私は崇とずっと一緒にここにいたかっただけなのに貴女が私と崇の間を裂こうとするからこんな事になったんじゃない。私達の邪魔をする奴は誰であろうと許さない。邪魔する奴は、殺す!」

 楓はそう言い放つと再び鉄パイプを振り上げ叶に襲いかかった。振り下ろされる鉄パイプを後ろに下がりながらなんとか叶が躱すが、楓は更に鉄パイプを振り回し追撃する。
 叶は更に後ろに躱そうとしたが足元がおぼつかないせいで、そのまま後ろにもんどりうって倒れ込んだ。
 地面に倒れ込んだ叶を見つめ、楓は勝ち誇った様に笑みを浮かべた。

「もう終わらせてあげるわね叶ちゃん」

 そう言って楓が鉄パイプを振りかぶった時、叶が口角を釣り上げる。

「今よ幸太君!後ろから蹴り上げて!」

 叶が叫ぶと、楓は驚きの表情を浮かべた。
 楓は慌てて鉄パイプを振り回しながら後ろを振り向く。だがそこには幸太の姿は見えなかった。
 状況が飲み込めない楓があちこちに視線を走らせると、幸太は先程倒れていた位置でまだ倒れていた。

『どういう事?幸太君はまだ倒れてる……まさか!?』

 困惑しながら楓が狼狽えていると、いつの間にか背後に立った叶が囁く。

「こんな手に引っかかるなんてちょろいですね」

 そう言ってニヤリと笑う叶とは裏腹に楓は怒りの形相を見せる。

「ふざけるな!」

 楓は叫び、振り向きざまに鉄パイプを振り上げ怒りに任せて力の限り振り抜く。
 だが背後に立った叶は楓の腕を掴むと、楓の力を利用してそのまま放り投げた。
 自身の振りかざした力を上手く利用され、勢いよく投げ飛ばされた楓はそのまま転がり、勢い余って壁にぶつかりようやくそこで止まった。
 楓は立ち上がり、歯噛みしながら叶を睨みつける。

「せこい手使うわね。もう容赦しないから」

「あらあら、怖いなぁ。それはそうと楓さん、前から気になってた事がありましてね」

 今の状況に似つかわしくない明るい口調の叶に対して、楓が怪訝な表情を浮かべる。

「気になってた事?」

「ええ、貴女、ここがどんなに忙しくて走り回ってても絶対に近寄らない一画がありますよね?昨日までは何でかな?偶然?とか思ってたんですけど今になって分かりましたよ。そこには崇さんが埋まってるんですよね?」

「……!!」

 叶に指摘され、楓が驚愕の表情を見せると、叶は更に口角を釣り上げニヤリと笑う。

「知ってか知らずか、近付きたくはなかったんでしょうけど……気付きました?今、立ってますよそこに」

 楓が驚き、足元を見ると既にそこには黒いモヤが立ち込めていた。

「な、何?何したのよ!?」

「……私は何もしてませんよ。彼氏が会いに来てくれますよ。きっと貴女にも見えますから」

 楓はその場から離れようと体を動かすが、まるで何かに掴まれているかの様に一歩も動く事は出来なかった。
 やがて楓の体を覆う黒いモヤは人の手の様な形を成していく。その手は楓の体を掴みながら足から腰へと徐々に上がって行く。

「ひっ……離して」

 怯える様に呟く楓だったが、やがて足元の地面からは怨霊と化した崇が這い出て来る。
 崇の怨霊は楓の体を掴みながら徐々に、徐々に上がって行き、もう二度と光を灯す事のないその真っ暗に窪んだ双眸そうぼうで楓を正面に捉える。

「……カ……エ…………デ……」
「ひっ……嫌……」

 そんな状況を叶は少し離れた位置から冷めた瞳で見つめていた。

「十数年ぶりに会えた恋人にそんな嫌とか言っちゃ駄目じゃないですか。崇さんずっとそこで待ってたんですよ。感動の再会じゃない」

「……カ……エ……デ…………」
「嫌……やめて!」

 楓が叫んだ瞬間、崇は楓をそのまま地面に引きずり込んだ。一部始終を見届けた叶は踵を返すと笑みを浮かべながらゆっくりと歩き出す。

「……良かったですね楓さん。これからは崇さんとずっと一緒にいてあげて下さい……ふふふ、もう誰も貴女達の邪魔はしませんから」

 叶の後方には膝をつき自我を失い、呆けた様に空中を見上げる楓だけが残されていた。
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