村に勇者が来た

negi

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 俺は切られた…はずなのに生きているし意識もあった。けれど服は袈裟懸けに切られていて、切れた服の間に見える胸のペンダントの石が砕けていた。振り下ろされた刃は幕の様なものに阻まれて俺に届いていなかった。

「魔道具が発動したようだな。着けていてくれて本当に良かった」

「ダグラス様、こんな凄い魔道具を俺に…」

ダグラス様に抱えられて呆然としているといつの間にか村中に響いていた警鐘が止んでいることに気付いた。目の前にいる俺たちを切ろうとしたケントは持っていた剣をだらりと下げていて様子がおかしい。その剣も手から離れて地面に落ちた。

「ケン、どうしたの? 早く村を出ましょう?」

「力が、力が出ねえ…なんだ、どうなってんだ?」

膝をついて自分の両手を見ているケントを女達が促している。力が出ない?どういうことだ。ケントの近くでカズアキも座り込んでいる。俺は気付いた。2人の手の甲にあったはずの…

「魔力紋が…無い?」

「やはり消えてしまったか。消えると二度と戻らない」

まるでこうなることを知っていたように言うダグラス様は少し悲しい表情に見えた。

ケントは魔力紋が消えてしまったから力が出ないのだろうか。もしかして、もう勇者ではなくなってしまったのか?あまりにも色々あり過ぎて思考が追いつかないでいたら、凄くさわやかな声が上から降って来た。

「ダグラス、遅くなって済まない。ヒュドラは倒したから安心してくれ。元勇者はそこの2人でいいのかな?」

「クライド様ご助力感謝いたします。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

「君とグレゴールには大分負担がかかってしまったことを許してくれ。後は任せてもらっていいよ」


ケントとカズアキの事を元勇者と言ったその人は上空に浮いていた。夕日を受けて煌めく金髪が風に揺れるその姿は天上からの使者のように美しい。足元に魔法陣の様なものが見えるので魔法で浮遊しているのだろうか。
ヒュドラを倒したという事はこの人…クライド様も勇者なのか?

 魔法陣が消えてふわりと降り立ったクライド様はケントとカズアキの前に立った。
俺が困惑している間に屋敷の前にはグレゴール様と神官らしき人物数名が来ていた。グレゴール様が豪奢な刺繍がされた布袋をクライド様に渡した。その袋からクライド様が取り出したのは黒い石だった。クライド様の白い手袋が汚れてしまうんじゃないかと錯覚するような穢れた感じのする丸くて黒い石。目を眇めてその石を見ながらクライド様は少しあきれたように話す。

「こんなに黒い宝玉は見たことないよ。君たち2人は相当失望させたようだね。
城に帰ったら直ぐに送り返す手筈を整えないと」

「送り返す? なんだよ、それ」

「勇者失格だからさ。身に覚えがあるだろう? この宝玉は人々が君たちに向ける感情で色が変わるんだよ。ああ、君はもう魔力紋が消えてるね。魔力を感じないだろう? そっちの君は…自分から手放したのか。ここまでひどい色だと送り返す時に人々の怨嗟で心にダメージを受けるだろうね。まぁ大丈夫、同じ所に送るから元の生活に戻るだけさ」

クライド様は美しい笑顔で2人に宣告した。
ケントは呆然と、カズアキは放心したように虚ろな目で聞いている。


魔力紋を失い勇者ではなくなった2人は神官達によって屋敷の前から連れ出されて行った。そのまま馬車に乗せられ王都の神殿にある魔法陣から送り返されるらしい。
3人の女達はクライド様にこれからどうすればいいのかと縋るように聞いてたけど「勇者の女から村の女に戻るだけ、元通りになるだけだよ」と言われていた。

 ヒュドラは村に入る前にクライド様が魔法で焼き払ったと聞いた。この辺りに出没する中で最強クラスの魔獣らしいのだが、ダンジョンにはもっと凄いのがいるのであれくらいは問題ないらしい。


ヒュドラの脅威は去り、勇者も居なくなったので勇者対応部隊は王都に帰ることになった。


 王都帰還まで後数日。俺は作戦会議用のテントでお茶を入れていた。
この大きなテント内には会議室の様にテーブルとイスを並べた所と衝立で仕切って応接室のように絨毯を敷きソファーを置いた場所がある。2つあるソファーにはそれぞれクライド様、グレゴール様とダグラス様の3人が座っている。

人数分のお茶を丸テーブルに置き下がろうとしたんだけど、クライド様に「君の分のお茶も入れて座ってくれるかな?」と迫力のある笑顔で言われて1人で座っていたクライド様のソファーの端に座らせてもらった。

「君はこの間ダグラスに抱っこされていた人でしょ? 名前は?」

「カイです。ダグラス様にはとてもお世話になっております」

初対面の時のことかな。ケントに切られた後に抱えられていたから…決して抱っこではないと思う。返事を聞いて座る距離を詰めてきたクライド様が肩を抱くように引き寄せて俺の右手を取った。ダグラス様がクライド様のその行動に驚いた声を上げている。びっくりして固まっていると、右手の甲をじっと見られていた。そこには両親が殺された時に負った傷跡が残っている...え、何だろうこの、模様?

「これは魔力紋だよ。カイ、君は何者なんだい?」


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