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1章【明日から本気出す(だから今日は寝させて)】
【5】濡れ衣ですか? いいえ。布切れです。
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不味いことになった。
今更、俺が何を言ったとしても、この場の空気は好転しそうにない。
寧ろ、今は俺が場の空気を悪くしている節がある。
何も喋っていないというのに。
いや、何も喋らないことが余計に悪かったと言うべきなのか。
だが、実のところ俺としては、俺自身が空気の様な扱いを受けていることに納得いかない。
まあ、まだ喋る訳にもいかないが。
俺の目の前には、屈強な男が4人。
男達は、胴当、脛当、籠手、そして兜と、急所を優先的に守る為に誂えた軽装を身に付け、身の丈の2倍程もある鋼鉄の槍を携え腰元にはサーベルを提げている。
軽装とは言い難い。
十分に人を殺すことができる力を持った、そんな男達が俺とモニカの前に立ち塞がっている。
そして、そんな男達が頑として道を譲ろうとはしない。
しかも、彼らの後ろからは、男達の仲間が一人、また一人と増えて来ている。
辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。
男達の正体は、町の守衛だ。
所謂門番。
それは良い。
門番なら、町の入り口、要所を守る人々の味方だ。
俺はこの町で暮らしている。
ならば当然、俺も守ってもらえる。
なのに俺達は町の入り口で立ち往生する羽目になっていた。
門の前では順番待ちの商人や旅人、旅芸人なども列を作っていて、苛々した表情で俺達を見ている。
どうしてこうなった。
いや、どうしたもこうしたも無い。
原因は分かっている。
それはこんな風だった。
「貴方達、いい加減其処を退いたらどうなの? 私、とても疲れているんです。それに何度も言っているでしょう。私はこの男に何をされた訳でもない。服がボロボロで、服と同じくらい身体もボロボロだけれど、それはこの男の所為ではないわ。寧ろこの男は私を魔物から守ってこの町まで連れて来てくれたのよ。貴方達は、町を守る人間なのでしょう?この男はこの町で暮らしている。そんな男が守った女なのだから、貴方達も私を守る義務があるのではなくて? なのにどうして貴方達は私の前に仁王立ちなさっているのかしら」
「その男のことはよく見知っている。町でも有名な男だ」
モニカの前に立つ守衛長らしき男が俺をチラリと見る。
視線をモニカに戻し、続ける。
「有名は有名でも良い意味ではない。真面目に働かず、冒険者を名乗るくせにギルドに顔を出すのは月に二度あるかないか。それも、長旅に出るならいざ知らず、ぼろ宿の一室に居着き、殆ど離れず、かれこれ4年は住み着いている。たまに依頼を受けても、取って来るのは小物が大半だ。新米冒険者の若造でももっとマシな仕事をするというもの。そんな男がふらりと連れて来た少女がまともな者とは思えん。それに……」
男はモニカのなりを見る。
訝しげにじろじろとモニカの服や身体を眺めた。
モニカが身に付けているのはおおよそ服と呼べるような物ではなく、千切れ掛かった薄い布と布が、これまた千切れそうな糸で繋がっているだけの粗末な物だった。
よく布を見てみると、細かい刺繍が施されていることから元は上質なドレスだった事が推測できるがとうに原型が分からない。
それに、どれくらいの時間を逃げて来たか、泥や汗、乾いた血の跡で、元の色もすっかり無くなっている。
元は領主の屋敷に有ったドレスなのだろうから、市井の人間の手が届くような代物ではない。
事によっては舞踏会や式典で着る様な絢爛な物だったのかもしれないが、今ではその見る影も無い。
「それに、何かしら? 私の身なりが気になるのかしら? それとも私の出自が気になる?」
モニカは少しの臆した様子も無く、守衛の態度に噛み付いた。
「この男のだらしのなさ、甲斐性の無さ、評判の悪さはようく解りました」
……酷い言い様だ。
何も言い返せないが。
「私の格好が見窄らしく、酷い有り様なこと、私が過去に何かしら問題を抱えているのだろうと勘繰るのも解ります。私自身の事なのだから、十分に承知しています。ですが、だからと言って私の様な年端もいかない女を、こんな往来で辱しめる必要は無いのではなくて?」
俺が辺りを見回すと、俺達を囲み遠巻きに見ている商人や旅人。
騒ぎを聞き付け集まってきた町の人間。
野次馬がどんどん増えている。
ヒソヒソと、俺とモニカを見て何やら囁きあっている。
俺のことを知る者は、物珍しげにモニカを見た後、俺の方を見て嘲けっている。
慣れたものだ。
普段から、俺が町を歩くとこうなんだから。
ただ、今日は違う。
モニカを舐めるように見る大衆の眼差し。
これは、いくら馬鹿にされ慣れている俺でも気分が悪い。
囁き声も単なる嘲笑ではない。
大半はモニカの身なりを見て哀れむ声だ。
しかし、ボロボロの服の間から覗く大小の傷を見て、モニカの身を疑う者もいる。
要は逃げ出した罪人だろうと思っている訳だ。
俺が良い意味で有名な冒険者だったのなら、こんな事にはならなかったんだろうな。
それを今思っても、どうしようもないが。
「我々は何も、君の事を辱しめようと思っている訳ではない。だが、その身の潔白を証明出来ないのであれば、町に入れることは出来ない。これも、町を守る我々の役目なのだ。ご理解頂きたい」
男が言うことは尤もだ。
「何か、君の身を保証出来るものはあるのかね?」
「無いわ」
即答だった。
「残念ながら、私の身を保証する物は何もない。あるとすれば、モニカという私の名前とこの身体だけよ」
そう言って、くるりとその場で一回りする。
そのボロボロの格好に似合わしくない、優雅な動きだ。
「……では、申し訳無いが、この町に入れる訳にはいかないな」
「まあ待ちなさいよ。要は、私が罪人ではないと証明出来れば良いのでしょう?」
言うが早いか、モニカは身に纏っているボロボロの布を、思い切り引き千切り剥ぎ取った。
「ちょっ! モニカ!?」
「様は……?」
「モ、モニカ様、急に何を」
俺が慌てて近寄ろうとしたところを左手で制止される。
俺達を眺めている野次馬も、これには面食らっている。
どよめきが起こり、モニカの全身の傷を目の当たりにした人々は、一様に顔を歪ませている。
若い女などは顔を手で押さえ、真っ青になっている。
それはそうだろう。
冒険者の様に日常的に傷を見ない人には、モニカの全身に残る傷痕はあまりにも凄惨で、この世のものとは思えないからだ。
「改めて自己紹介させて頂きます。私の名前はモニカ。隣国の、タルシュット帝国からやって来ました。私の父は豪商で、帝国ではそれなりに裕福な生活を送っておりましたが、貿易の旅の道中、野盗に襲われ、家族はその時殺されました。父も、母も。私だけが捕まり、5年もの間、拷問や凌辱を受けました。命からがら何とか逃げ出し、森に隠れていたところを、この男に助けてもらったのです」
「守衛さん達、私の身体をご覧なさい」
モニカは振り返り、守衛に背を向け、髪を纏め持ち上げる。
「私の祖国、タルシュットでは、罪人は首の後ろに烙印を押されます。どうですか。有りますか?」
先程の男が近寄り、モニカの首を確認する。
「烙印は……ないな」
「町の人々も、よぉく、ご覧なさい。私の姿を」
モニカは周りを見渡し、はっきりとした声を上げると衆目を一身に浴びる。
「この足。長い間捕らえられ、歪な姿勢のまま犯され続けた所為で骨すら歪んでしまっています。よくご覧なさいこの腕を。肉は刮げて骨は浮き、焼かれ爛れた肌は醜く溶けているでしょう。とくとご覧なさい私の身体を。打ち付けられ痛め付けられ黒ずんだ消えない痣。脇の腹は幾重にも切り付けられて、裂けたまま癒えた傷は二度と同じ形には戻りません。腹の肉は毟り千切られ、まるで穴が空いた様に塞がってしまっています」
「よくご覧なさい。私の姿を。5年間、凌辱に堪えたこの身体を。子供を産めない身体になって、醜く、人に愛されないような、化け物の様に変わり果ててしまってもなお、生き永らえたこの身体を」
モニカが喋り終え、訪れる沈黙。
人々は水を打ったように静まり、俯いている。
もうヒソヒソと囁く声は聞こえない。
顔を押さえていた女は嗚咽を漏らして蹲っている。
守衛の男達はおろおろと顔を見合わせあっている。
「守衛さん達」
呼ばれた男達は、一瞬ビクッと身を震わせて、一様にモニカを見詰めた。
「私は、少し疲れたのです。長い間でなくて構いません。この町で、休ませてはもらえませんか? 私を拐った野盗達も、こんな、何の価値も無い女には、もう用は無いでしょう。決して、ご迷惑はかけませんから。どうか……」
しおらしい声で、モニカは懇願する。
「う、うぅむ、しかし……」
判断を迷う男。
そこに声を上げたのは、町の人々だった。
「おい、守衛長さんよ。何を迷うってんだよ。そんな女の子一人救えないなんて、おかしな話じゃねえか。俺達は冒険者。戦いは俺達の専売特許だ。普段は依頼以外で働いたりはしねぇが、俺はその子の為になら、その野盗共が現れたとき、真っ先に戦うぜ。俺の仲間達だってそうだ」
近くに居た男の仲間達も一様に声を上げる。
「私達だって、その子を守るわ!」「女だからって、舐めないでよね!」「その子の敵は、町の女全ての敵よ!」「私達はその子を歓迎するわ!」
女達が口々にモニカを認める声を上げた。
「手前共も、微力ながらお手伝い致しますよ。その娘さんのお父上も、さぞかし無念だったことでしょう。商人を敵に回すと生きていけないことを、その者達に知らしめてやりましょう」「もしこの町に入れないのであれば、私達が娘さんの身を保証しましょう。何時でも他の町に連れて行って差し上げますとも。お代なんて要りません」「旅はみちずれってね! なかまはおおいほうがいいさ」
この町を拠点にする商人や、旅商人、それに旅芸人らが頷きあっている。
「……うぅむ。町の者が認めるので有れば、私達が受け入れない理由は無い。それに君の身を保証する人間も出来た訳だ。許可しよう。君は今からこの町の仲間だ」
あっと言う間に、モニカは町中の人を味方に付けてしまった。
「ほらあんた! 何時まで若い娘を裸でいさせる気だい? これを使いなよ!」
後から中年のおばちゃんに背中を叩かれ、大きい布を渡される。
新品のまっさらな白地の布だ。
俺はモニカに布を掛け、耳元で囁いた。
「俺の出番は無かったな」
モニカが振り返り、微笑んで俺に耳打ちする。
「当たり前じゃない。こんなの余裕よ。この町から、私の勢力を作ってやるわ」
本当に、恐ろしい女だ。
「それに」
モニカは笑っていなかった。
「真実を告げたまでよ」
俺達は冒険者連中や町の女に取り囲まれ、そのまま町の大広場に誘導される。
商人達も、町の商人ギルドと掛け合って盛大に出店を開く算段らしい。
モニカの大歓迎会が、急遽催される事になった。
町全体を取り込む事に、モニカは成功したのだった。
今更、俺が何を言ったとしても、この場の空気は好転しそうにない。
寧ろ、今は俺が場の空気を悪くしている節がある。
何も喋っていないというのに。
いや、何も喋らないことが余計に悪かったと言うべきなのか。
だが、実のところ俺としては、俺自身が空気の様な扱いを受けていることに納得いかない。
まあ、まだ喋る訳にもいかないが。
俺の目の前には、屈強な男が4人。
男達は、胴当、脛当、籠手、そして兜と、急所を優先的に守る為に誂えた軽装を身に付け、身の丈の2倍程もある鋼鉄の槍を携え腰元にはサーベルを提げている。
軽装とは言い難い。
十分に人を殺すことができる力を持った、そんな男達が俺とモニカの前に立ち塞がっている。
そして、そんな男達が頑として道を譲ろうとはしない。
しかも、彼らの後ろからは、男達の仲間が一人、また一人と増えて来ている。
辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。
男達の正体は、町の守衛だ。
所謂門番。
それは良い。
門番なら、町の入り口、要所を守る人々の味方だ。
俺はこの町で暮らしている。
ならば当然、俺も守ってもらえる。
なのに俺達は町の入り口で立ち往生する羽目になっていた。
門の前では順番待ちの商人や旅人、旅芸人なども列を作っていて、苛々した表情で俺達を見ている。
どうしてこうなった。
いや、どうしたもこうしたも無い。
原因は分かっている。
それはこんな風だった。
「貴方達、いい加減其処を退いたらどうなの? 私、とても疲れているんです。それに何度も言っているでしょう。私はこの男に何をされた訳でもない。服がボロボロで、服と同じくらい身体もボロボロだけれど、それはこの男の所為ではないわ。寧ろこの男は私を魔物から守ってこの町まで連れて来てくれたのよ。貴方達は、町を守る人間なのでしょう?この男はこの町で暮らしている。そんな男が守った女なのだから、貴方達も私を守る義務があるのではなくて? なのにどうして貴方達は私の前に仁王立ちなさっているのかしら」
「その男のことはよく見知っている。町でも有名な男だ」
モニカの前に立つ守衛長らしき男が俺をチラリと見る。
視線をモニカに戻し、続ける。
「有名は有名でも良い意味ではない。真面目に働かず、冒険者を名乗るくせにギルドに顔を出すのは月に二度あるかないか。それも、長旅に出るならいざ知らず、ぼろ宿の一室に居着き、殆ど離れず、かれこれ4年は住み着いている。たまに依頼を受けても、取って来るのは小物が大半だ。新米冒険者の若造でももっとマシな仕事をするというもの。そんな男がふらりと連れて来た少女がまともな者とは思えん。それに……」
男はモニカのなりを見る。
訝しげにじろじろとモニカの服や身体を眺めた。
モニカが身に付けているのはおおよそ服と呼べるような物ではなく、千切れ掛かった薄い布と布が、これまた千切れそうな糸で繋がっているだけの粗末な物だった。
よく布を見てみると、細かい刺繍が施されていることから元は上質なドレスだった事が推測できるがとうに原型が分からない。
それに、どれくらいの時間を逃げて来たか、泥や汗、乾いた血の跡で、元の色もすっかり無くなっている。
元は領主の屋敷に有ったドレスなのだろうから、市井の人間の手が届くような代物ではない。
事によっては舞踏会や式典で着る様な絢爛な物だったのかもしれないが、今ではその見る影も無い。
「それに、何かしら? 私の身なりが気になるのかしら? それとも私の出自が気になる?」
モニカは少しの臆した様子も無く、守衛の態度に噛み付いた。
「この男のだらしのなさ、甲斐性の無さ、評判の悪さはようく解りました」
……酷い言い様だ。
何も言い返せないが。
「私の格好が見窄らしく、酷い有り様なこと、私が過去に何かしら問題を抱えているのだろうと勘繰るのも解ります。私自身の事なのだから、十分に承知しています。ですが、だからと言って私の様な年端もいかない女を、こんな往来で辱しめる必要は無いのではなくて?」
俺が辺りを見回すと、俺達を囲み遠巻きに見ている商人や旅人。
騒ぎを聞き付け集まってきた町の人間。
野次馬がどんどん増えている。
ヒソヒソと、俺とモニカを見て何やら囁きあっている。
俺のことを知る者は、物珍しげにモニカを見た後、俺の方を見て嘲けっている。
慣れたものだ。
普段から、俺が町を歩くとこうなんだから。
ただ、今日は違う。
モニカを舐めるように見る大衆の眼差し。
これは、いくら馬鹿にされ慣れている俺でも気分が悪い。
囁き声も単なる嘲笑ではない。
大半はモニカの身なりを見て哀れむ声だ。
しかし、ボロボロの服の間から覗く大小の傷を見て、モニカの身を疑う者もいる。
要は逃げ出した罪人だろうと思っている訳だ。
俺が良い意味で有名な冒険者だったのなら、こんな事にはならなかったんだろうな。
それを今思っても、どうしようもないが。
「我々は何も、君の事を辱しめようと思っている訳ではない。だが、その身の潔白を証明出来ないのであれば、町に入れることは出来ない。これも、町を守る我々の役目なのだ。ご理解頂きたい」
男が言うことは尤もだ。
「何か、君の身を保証出来るものはあるのかね?」
「無いわ」
即答だった。
「残念ながら、私の身を保証する物は何もない。あるとすれば、モニカという私の名前とこの身体だけよ」
そう言って、くるりとその場で一回りする。
そのボロボロの格好に似合わしくない、優雅な動きだ。
「……では、申し訳無いが、この町に入れる訳にはいかないな」
「まあ待ちなさいよ。要は、私が罪人ではないと証明出来れば良いのでしょう?」
言うが早いか、モニカは身に纏っているボロボロの布を、思い切り引き千切り剥ぎ取った。
「ちょっ! モニカ!?」
「様は……?」
「モ、モニカ様、急に何を」
俺が慌てて近寄ろうとしたところを左手で制止される。
俺達を眺めている野次馬も、これには面食らっている。
どよめきが起こり、モニカの全身の傷を目の当たりにした人々は、一様に顔を歪ませている。
若い女などは顔を手で押さえ、真っ青になっている。
それはそうだろう。
冒険者の様に日常的に傷を見ない人には、モニカの全身に残る傷痕はあまりにも凄惨で、この世のものとは思えないからだ。
「改めて自己紹介させて頂きます。私の名前はモニカ。隣国の、タルシュット帝国からやって来ました。私の父は豪商で、帝国ではそれなりに裕福な生活を送っておりましたが、貿易の旅の道中、野盗に襲われ、家族はその時殺されました。父も、母も。私だけが捕まり、5年もの間、拷問や凌辱を受けました。命からがら何とか逃げ出し、森に隠れていたところを、この男に助けてもらったのです」
「守衛さん達、私の身体をご覧なさい」
モニカは振り返り、守衛に背を向け、髪を纏め持ち上げる。
「私の祖国、タルシュットでは、罪人は首の後ろに烙印を押されます。どうですか。有りますか?」
先程の男が近寄り、モニカの首を確認する。
「烙印は……ないな」
「町の人々も、よぉく、ご覧なさい。私の姿を」
モニカは周りを見渡し、はっきりとした声を上げると衆目を一身に浴びる。
「この足。長い間捕らえられ、歪な姿勢のまま犯され続けた所為で骨すら歪んでしまっています。よくご覧なさいこの腕を。肉は刮げて骨は浮き、焼かれ爛れた肌は醜く溶けているでしょう。とくとご覧なさい私の身体を。打ち付けられ痛め付けられ黒ずんだ消えない痣。脇の腹は幾重にも切り付けられて、裂けたまま癒えた傷は二度と同じ形には戻りません。腹の肉は毟り千切られ、まるで穴が空いた様に塞がってしまっています」
「よくご覧なさい。私の姿を。5年間、凌辱に堪えたこの身体を。子供を産めない身体になって、醜く、人に愛されないような、化け物の様に変わり果ててしまってもなお、生き永らえたこの身体を」
モニカが喋り終え、訪れる沈黙。
人々は水を打ったように静まり、俯いている。
もうヒソヒソと囁く声は聞こえない。
顔を押さえていた女は嗚咽を漏らして蹲っている。
守衛の男達はおろおろと顔を見合わせあっている。
「守衛さん達」
呼ばれた男達は、一瞬ビクッと身を震わせて、一様にモニカを見詰めた。
「私は、少し疲れたのです。長い間でなくて構いません。この町で、休ませてはもらえませんか? 私を拐った野盗達も、こんな、何の価値も無い女には、もう用は無いでしょう。決して、ご迷惑はかけませんから。どうか……」
しおらしい声で、モニカは懇願する。
「う、うぅむ、しかし……」
判断を迷う男。
そこに声を上げたのは、町の人々だった。
「おい、守衛長さんよ。何を迷うってんだよ。そんな女の子一人救えないなんて、おかしな話じゃねえか。俺達は冒険者。戦いは俺達の専売特許だ。普段は依頼以外で働いたりはしねぇが、俺はその子の為になら、その野盗共が現れたとき、真っ先に戦うぜ。俺の仲間達だってそうだ」
近くに居た男の仲間達も一様に声を上げる。
「私達だって、その子を守るわ!」「女だからって、舐めないでよね!」「その子の敵は、町の女全ての敵よ!」「私達はその子を歓迎するわ!」
女達が口々にモニカを認める声を上げた。
「手前共も、微力ながらお手伝い致しますよ。その娘さんのお父上も、さぞかし無念だったことでしょう。商人を敵に回すと生きていけないことを、その者達に知らしめてやりましょう」「もしこの町に入れないのであれば、私達が娘さんの身を保証しましょう。何時でも他の町に連れて行って差し上げますとも。お代なんて要りません」「旅はみちずれってね! なかまはおおいほうがいいさ」
この町を拠点にする商人や、旅商人、それに旅芸人らが頷きあっている。
「……うぅむ。町の者が認めるので有れば、私達が受け入れない理由は無い。それに君の身を保証する人間も出来た訳だ。許可しよう。君は今からこの町の仲間だ」
あっと言う間に、モニカは町中の人を味方に付けてしまった。
「ほらあんた! 何時まで若い娘を裸でいさせる気だい? これを使いなよ!」
後から中年のおばちゃんに背中を叩かれ、大きい布を渡される。
新品のまっさらな白地の布だ。
俺はモニカに布を掛け、耳元で囁いた。
「俺の出番は無かったな」
モニカが振り返り、微笑んで俺に耳打ちする。
「当たり前じゃない。こんなの余裕よ。この町から、私の勢力を作ってやるわ」
本当に、恐ろしい女だ。
「それに」
モニカは笑っていなかった。
「真実を告げたまでよ」
俺達は冒険者連中や町の女に取り囲まれ、そのまま町の大広場に誘導される。
商人達も、町の商人ギルドと掛け合って盛大に出店を開く算段らしい。
モニカの大歓迎会が、急遽催される事になった。
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