ロリ奴隷の悠々冒険記

虫圭

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1章【明日から本気出す(だから今日は寝させて)】

【6】ギルド長? 強いよね。隙がないと思うよ。

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 町への道中を歩きながら、俺とモニカは、『どうやって町に入るか』先ずはそれを考えていた。
 モニカの左側を歩く俺。
 森に来る時よりもペースは緩やかだが、町まではあと二刻程度の距離しかない。
 ゆっくり策を練る時間は無い。
 時間は無いのだが、正直に言うと、俺には策が思い付かず、小規模な商人に賄賂を渡して(ギルドの依頼報酬を受け取ってからになるので後払いになるが)、積み荷に紛れ混ませてもらう。
 それくらいしか捻り出せなかった。

「そんな危険度の高い策が実行出来る訳ないでしょう。積み荷を調べられたら即投獄じゃない。それに、顔見知りでもない商人が、前払いできない賄賂に頭を縦に振る理由が無いわ。貴方と仲良くなることが何か利益に為る訳でもなし」

「辛辣だな」

「真実でしょう」

 だからだよ。

「これまで怠惰に生きていた代償よ。それを私が返済しなくちゃいけないのは不満だけれど、貴方とは一蓮托生。この際、そんなものは完済してしまいましょう」

 俺のこれ迄の人生そのものが借金なのか。
 そして、一蓮托生になったのは俺の方だろ。
 なんて言ったらまた何か言われるだろうから、何も言わないでおこう。

「まあ、一蓮托生になったのは貴方の方なのだけれど、私と出逢わなかったとして、貴方の未来は真っ暗どころか貴方の進む先には虚無しか待っていなかったのだから、遅かれ早かれ、と言って差し支えないでしょうね。寧ろ、私が返済の助力になってあげるのだから、私の寛容さに感謝なさい」

 心が読めるの?

「その代わり俺はモニカの復讐の片棒を担ぐ事になったけどな」

 悔しいから言ってやった。
 俺は隣を歩くモニカの顔を下から覗き込む。
 モニカの身長は俺の胸辺りなので、結構深くかがみ込む形になる。

 俺の顔面にモニカの右ストレートがめり込んだ。

「五月蝿いわね。殴ったわ」

 殴られました。
 もう、殴るわよ? すら言わないんだな。
 警告が無くなった代わりに報告が入るようになったけど。
 このままだと、気付いたらモニカに殺されてた。
 なんて事になる日もそう遠くないかもしれない。
 死んだら気付けないけど。
 まあ、これでも冒険者の端くれ。
 痩せて骨が浮いてる様な華奢な女の子に殴られたところで、痛くないけどな。

「はぅっ!」

「蹴ったわ」

「…………っ」

「…………」

 ちょ、待って……。

「…………痛い……」

「大丈夫?」

 股間蹴られた……。
 全然大丈夫じゃない。
 冒険者も糞もあったもんじゃない。
 動けない。

「……ごめんね?」

 ? って何だよ……。
 ごめんなさいって言えよ。
 幾ら相手が自分より強いからって、やって良いことと悪いことがあるだろう。
 俺は、腰に両手を当て上半身だけ前のめった姿勢で地面を見詰める。
 姿勢を変えることすら儘ならない。
 何とも言い表せない鈍痛。
 ゆっくりと数を数え気持ちを落ち着かせる。
 じんじんと響く痛みの波が治まるのをただじっと待った。

「……そんなに?」

「洒落にならないんだよ。この痛みだけは……」

 暢気な口調でそう言って、未だ痛みの引かない俺を見下ろしているモニカ。
 顔を上げれない以上、どんな顔をしているのか分からないが、心配をしている様子ではないことだけは分かる。

「つまり、効果的ということね。重畳ちょうじょう重畳」

 心配はしてくれてないんだろうと思っていたが、まさか喜んでいるとは思いもしなかった。
 こいつは悪魔か何かなのか。
 痛みに堪える俺を嬉々として見守るモニカ。
 もうちょっと優しくしてくれても良いんじゃないか。
 こんなに痛そうにしてるんだからさ。

「……モニカ、一つだけ言っておくぞ。これは、最終手段だと知れ。これを頻繁に用いる奴は、誰からも信用されないと思え」

 漸く痛みが引いてきて、顔を上げた俺は、既に俺から興味を失って辺りを見回していたモニカ(俺は驚愕した!)の肩を両手でしっかと掴み真剣な眼差しでモニカの顔を見る。
 肩を掴まれたモニカは驚いた顔をしている。
 何故自分の肩が掴まれたのか理解できていない様子だ(俺は喫驚きっきょうした!)
 これは俺の優しさだ。
 反省はきっとしてくれないだろうから、忠告はしておいてやろうと思う。
 大事な事だ。
 いくらモニカが容赦の無い女だとはいえ、こんな物騒な行動を呼吸をするように実行に移す女と誰が一緒に居たいと言うのか。
 俺は言わない。
 だって怖いから。

「ちょ、放しなさいよ!」

 また蹴られた(上手い)
……股を、また、蹴られた……(現実逃避)

「気安く触れないでよね。私と貴方は主従の関係。貴方のことは、使えるしもべとしか思ってないんだから。貴方、森の中でも私を抱き締めたでしょう。あの時は私も少し冷静さを欠いていたけれど、その場の空気で何とかなると思わないことね」

 吐き捨てるように捲し立て、俺に背を向けスタスタと先に進むモニカ。
 俺はまたも前傾姿勢でその場を動けなくなってしまった。
 俺が悪いのか……。


***


「あら、お帰りなさい。今度の回復は早かったわね」

 俺が二度目の苦痛から回復している間に、モニカは一人で先に進んでしまい、もう町が見える所まで来ていた。
 俺が追い付いた時には、モニカは腕組をして町の入り口を見詰めて何やら考え事をしている様だった。
 中に入る手段を考えているのだろう。
 門の前には多くの人が列を作っている。

「それはもう、お陰様で。で、どうするんだ? 何か思い付いたのか?」

 皮肉たっぷりに謝辞を伝え、直ぐに話題を切り替える。
 もう蹴られるのは御免だ。
 モニカの横に立ち、同じ様に俺も門を眺める。
 商人は多く居る様だが、今から近付いて交渉を始めても意味は無さそうだ。
 後から遅れてくる者が居ないか、辺りを見回してみるが、それらしい姿も見当たらない。
 さて、どうしたものかな。

「中に入る手段ならとうに思い付いているわ。私が考えているのは、どうやって町に私のことを受け入れさせるか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、よ」

「うん? 何が違うんだ?」

「貴方は本当に愚か者ね。何の為に生きているのかしら。これからは私の為に生きるから良いとして、よくこれまで生きて来られたわね」

「良くねぇよ。何時の間に『モニカの為に働く』から、『モニカの為に生きる』になってるんだよ。似てても随分違うぞ。まあ、俺からすれば似たような意味だけど……」

「そうでしょう……?」

 尻すぼみになっていく俺の言葉に、モニカが満足げに嗤う。

「で! どこが違うんだよ!?」

 気恥ずかしさを誤魔化す様に勢いよく喋ったら語気が荒くなってしまった。
 手の平で転がされている様で、何とも言えない羞恥心に襲われる。
 嫌らしい笑みで俺を見るモニカに、キッと引き締めた顔で返す。
 俺の顔を見て、モニカも表情を真剣なものにする。
 視線を町へと戻すと、ゆっくりと口を開いた。

「少しは頭を使いなさいよ。私が上手く町に潜り込んだところで、貴方の根城に転がり込むのでは、それから動けなくなるでしょう。私は未だ何の後ろ楯も持っていないのだから。貴方が私の為に働くのは、下準備が整ってからよ」

 そう言い終えると、モニカは表情を一層厳しく変化させる。

「先ずは町の住人。それから、町を管理している人間。この二つに接触、懐柔しなくてはならないわ」

「そんな事出来るのか? 言っておくが、俺は低級の冒険者だから、お偉いさんとは何の接点も持ってないぜ?」

 想像してたよりも大きなものをモニカは見据えていた。
 町の住人に受け入れられるっていうのも容易じゃないのに、その上に立つ人間まで抱き込んでしまおうとしている。

「町に入る手段はあるんだよな? それはどうやるんだ?」

「入り口で騒ぎを起こすわ。そして町の住人を集めるの。門番がすんなり私を入れてくれる訳はないから、少し揉めれば物珍しがって集まってくるでしょう。周りには商人も居るし、好都合だわ」

 モニカは此方を見ないまま答える。
 俺に答えている間にも、その先の事を考えているんだろう。

「それで? 町の人を集めて、どうするんだ?」

「私のことを洗いざらい喋るわ」

「……本気か?」

 俺はモニカのこれ迄を詳しく聞いている。
 聞いたからこそ、モニカの為に働く決心をしたが、全ての人間が俺の様に考えるなんてことは有り得ない。
 哀れむ者、疎む者、利用しようとする者も出て来るだろう。
 全てを伝えるというのは、危険なんじゃないかと思う。

「そんな怖い顔しないでよ」

 モニカが振り向き微笑む。

「今のは言葉の綾というやつよ。私の全てを話す訳じゃないわ。洗い浚い話したように見せるだけよ。真実を多分に含ませて、嘘を吐く。全部を話せる訳ないじゃない。特に、私が元貴族だって事はね」

「……それで上手くいくのか?モニカの事を疎む奴、蔑む奴も中にはいるんじゃないか?」

「そんなの、この姿をしていたら当然の反応よ。私があの森に辿り着くまでに、誰とも会わなかったと思っているの? 捕まったりこそしなかったけれど、石を投げられる事くらいあったわ。侮蔑されることには、とうに馴れているの」

 モニカは、少しも辛そうな顔をせず、微笑んだままだ。

「それに、上手くやればその場に居る人間の殆どが私に味方してくれるようになるわ。私の話は同情を誘うもの。話さえ聞いてくれたらね。貴方の様に」

 苦笑いしたのは俺の方だった。
 本当、敵わないな。

「大丈夫なんだな?」

「ええ、大丈夫よ。ただーー」

 モニカはにっこりと笑みを深くして、そこで言葉を区切る。

「ただ?」

「万が一、私が衛兵に捕まりそうになった時は、あの町の事を全て捨てて、私の事を助けてくれる?」

 モニカの言葉に、不安は少しも感じられない。
 彼女は、解っていてそう言っている。
 俺が、彼女を裏切らないと、当然の如く確信している。
 だから俺は、当然の如く返す。

「その時はモニカを助けるよ。その為に全てを捨てる覚悟がある。俺がモニカを守る」

「そう。安心した」

 満足げに笑って、モニカが頷く。

「じゃあ、ここからが肝要なのだけれどーー」


***


 そして今、俺達の前には三人の男が立っている。

 商工ギルド、ギルド長モリヤ・バンヘルン。
 ドリトスク国辺境地師団、師団長オイゲン・ヴォイエン。
 冒険者ギルド、ギルド長兼ドリトスク国辺境地ダスク統括長リュード・バルトカディエ。

 この三人こそが町を担う中核の人間。
 その中核を取り込み、平和裏に町を牛耳る。
 それがモニカの本当の目的だった。
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