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1章【明日から本気出す(だから今日は寝させて)】
【7】真実? ダメ。まだ秘密。
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「話題の傷だらけの少女というのは、君のことだね?」
リュード・バルトカディエは薄く微笑んで右手を差し出してくる。
冒険者ギルド長。そして俺達の拠点となるこの町、ドリトスク国辺境地ダスクの統括長。
それがこの男の肩書きだ。
ドリトスク国の最東端に位置するこの町は、タルシュット帝国との国境に最も近い場所にあり、貿易の要所でもある。
町規模であるにも関わらず、冒険者や商人が多く出入りをするのは、そういった理由からだ。
多くの人が集まるのだから、問題が起こることも日常茶飯事だ。
専ら騒動の原因は気性の荒い冒険者であり、その度に怪我人が出る。
そんな、荒くれた者も多い冒険者を束ねるギルド長という立場でありながら、リュードの印象はシルエットの細い、優男という感じだった。
金髪碧眼で端正な顔立ち。
表情は柔らかく、見るからに好青年という佇まい。
身長は、町を闊歩する屈強な冒険者達と比べると、やや小さめ。
いや、平均的な大人のサイズと言ったところか。
ただ、その目付きは鋭い。
優男という印象とは不釣り合いな獲物を射抜く様な尖った雰囲気が、リュードの目には在った。
見るからに異性からモテそうなタイプだな。
歳は30前後だろうか。
要所を治めるには、随分と若い。
それだけ有能ということか。
「ようこそダスクへ。私達は貴女を歓迎しますよ。町の住人も貴女をすっかり受け入れているようだ。入り口で傷だらけの少女が守衛と揉めていると聞いた時は何事かと思いましたが、大事なくて良かったですね」
「初めまして、リュード様。私はモニカと申します。このように得体の知れない娘を快く受け入れてくださった町の皆様には、深く感謝しております。暫くの間この町のお世話になりたいと思っておりますので、何とぞ良しなに」
俺達は宴の会場になっている中央広場から少し外れた場所に移動していた。
人気は疎らで、広場を囲むように建てられた壁に数人の酔っ払いが酔い潰れて寄り掛かっているのが見える。
未だ広場からは住人の笑い声や出店の呼び込みの声がひっきりなしに聞こえてくる。
歓迎の宴は盛大に行われた。
当初、主賓のモニカはお姫様か巫女なのかというくらい、異様な担がれ方をされていた。
宴が落ち着き、やっとモニカが開放された頃、リュードに声を掛けられたのだった。
ニコニコと笑いながらモニカの手を取り話しかけるリュード。
さすが町を束ねるような立場にある者は違うな。紳士然としている。
俺には到底真似できそうにない。
それに対してモニカも何時になく丁寧に返している。
こちらの猫被りっぷりにも目を見張るものがあるな。
その外面のほんの僅かでも、俺に向けてくれると嬉しいのに。
「えぇ、モニカさん。私共に出来ることがあればお手伝いしますので、何時でもご相談ください。身支度を整えるのも、元手は要りますでしょうしね。ギルド長として、何かとお役に立てると思います。折角ですので、こちらの二人もご紹介しましょう。私と共にこの町を管理、運営している者です」
そう言ってリュードは後ろに控えていた二人の男に目配せする。
その一瞬、俺とリュードの視線が鉢合う。
が、リュードの視線は何事も無かった様に流れて行った。
俺は眼中に無いって事か。
まあ、そうだろうな。
リュードの言葉を切っ掛けに、片方の男がスタスタと早足でモニカに近付いて来る。
服の上からでもでっぷりと肥えた腹が目立つ中年の男だ。
男はガシッと両手でモニカの右手を掴みモニカの顔に自らの顔を近付ける。
モニカの肩が僅かにピクッと動いたのが分かった。
「いやぁ~アナタがモニカさんですか~私はモリヤという者です。この町で商工ギルドの長なんてモンを務めさせてもらってます。いや、そんな偉そうな立場じゃなし、たまたま町で一番商売が繁盛してるってだけの一介の商人ですよ。祖父の代からこの町で商いをやらせてもらってるもんで、物と金の動きに人一倍敏感だったってだけなんですよ。元手があったからやりたいこと好きにやらせてもらえたってだけで、親父からは放蕩息子なんて言われた事もあるんですよ。旅商人や同期の商人仲間からもバンヘルンとこの若旦那はあの歳になってようやっと落ち着きが出てきた。なんて、揶揄されてるくらいです。もう若旦那なんて歳でもないんですがね。モニカさん、仲間達から幾らか話は聞かせてもらってますよ。難儀されて来たんですなぁ。私らは金と義理とを何時だって天秤にかけて商売してます。そういう生きモンです。何時だって金という第二の命を駆け引きの材料にしてるような立場ですよ。その商人に、それも、旅商なんていう何時金が無くなって野垂れ死んでしまうかも分からん者に『お代は要りません』と言わせるなんて、モニカさん、アナタ相当な交渉上手ですよ。私のお店で働いてほしいくらいです。あ、もし働き口をお探しでしたら何時でも声掛けてくださいね? 直ぐに時間作りますからね。それから……」
「ンッ! オホン! モリヤ殿、それくらいにしたらどうだ? お嬢さんが困っているじゃないか。それに、貴殿にその調子で続けられたら儂は何時まで経ってもお嬢さんにご挨拶出来ないではないか」
つらつらとのべつ幕無し言葉を続けるモリヤを、もう一人の男が咳払いをして制止する。
白銀の軽鎧を身に付けた壮年の男だ。
歳の割に多い白髪と、頬に残る大きめの刀傷が彼のこれ迄の人生を垣間見せる。
戦いの中にその身を置いてきた、歴戦の武人という風格を感じさせた。
「初めましてお嬢さん。私はオイゲン・ヴォイエンと申す者だ。この辺境地ダスクの師団長という大役を王から拝命している。以後、お見知り置きを」
オイゲンは自らの胸に手を当て、僅かに身を屈めて目線をモニカに合わせている。
リュードが紳士然とした人物だとしたら、オイゲンは正に紳士そのものだ。
相手が何者であっても礼節を払い、主君には忠を重んじ義を尽くす。
これが騎士道というものなんだろうと俺は思った。
「オイゲン殿は相も変わらず堅苦しいな。もっと砕けても良いではないか? モニカさんも、そう思うだろう?」
「モリヤ殿、騎士というのはそうもいかないのだ。相手を敬い尊重し、礼節を弁える。それが全ての基本なのだよ」
「私は、オイゲン様の騎士道も大変素敵だと思いますし、モリヤ様のお人柄も凄く暖かく感じました。お二人とこうしてご挨拶が出来た事は、私にとって大変幸福なことですわ。お二方、不束な娘ではありますが、何とぞ良しなにお取り計らいくださいませ」
ほう、と何やら感心した様にモリヤとオイゲンは顔を見合わせる。
「これはこれは。モニカさんはとても育ちが良いようですな。元はタルシュット帝国の豪商の生まれだとお聞きした。ならばこの立ち居振舞いも納得というもの。モニカさん、もし良ければ、家名を伺っても?」
「それは……」
モニカは視線を落とし、戸惑うような素振りを見せる。
「モリヤ、それは今度でも良いだろう」
リュードがモリヤの後ろから声を掛け歩み出ると、モニカ肩にポンと軽く手を置く。
「モニカさん、貴女は今日一日で瞬く間に有名人になってしまった。私とて貴女の出自にはとても興味があるのです。いずれ、その辺りも教えて頂ければと思っていますよ」
言い終えると、リュードは肩から手を離した。
ニコニコとした笑顔と裏腹に、その眼差しは鋭い。
「……はい。いずれ、お話させて頂きたいと思っております。今は、少しお時間をください」
「勿論ですとも。長く旅をされてお疲れでしょう。まだまだ貴女を歓迎する宴は続くようです。今宵はゆっくり楽しまれてください。それに、安宿では疲れも取れないでしょう。良ければ宿も此方でご用意しますが、いかがですか?」
モニカはリュードの誘いに首をゆっくり横に振る。
「リュード様、お心遣い感謝致します。ですが、こんな襤褸の様な小娘の為に宿を取ったとあっては、リュード様の名に泥を塗ってしまいますわ。私はこの者と同じ宿に泊まりますので、どうぞ、お気になさらないでくださいませ」
「貴女を歓迎する為に宿を取る事を、誰が咎めましょう。寧ろ手厚く持て成す事で私の名に箔が付くというもの。遠慮などなさらずとも良いのですよ?」
モニカがもう一度首を横に振る。
そのまま振り返り空気になっていた俺の右側に並ぶと、リュードに向き直る。
モニカが、左手で俺の服の裾を掴んだ。
「そうは参りません。私は、一度は奴隷にまで落ちた身。本来であれば、貴方様のような高貴な方に声を掛けられて良い身分ではないのです。私は私の領分というものを弁えているつもりです。この者の泊まる宿はお世辞にも良い寝床とは言えませんが、私には相応しいと言えましょう。それに、この者は取り柄こそ有りませんが、信用は出来ます。この男と一緒の方が、身寄りの無い私は安心が出来るのです」
俺は無言を貫いているが、内心モニカの言葉にギョッとした。
俺のことを信用していると言う言葉に驚いた。のではなく、リュードを貶める様な言葉を口にしたからだ。
案の定、モニカの言葉にほんの僅かに眉を歪めるリュード。
それでも俺の方を見ようとはしないが。
俺嫌われてんのかな。
あ、嫌われてるのかも。
俺達の事は粗方調べ終わっているようだし。
それくらいは俺にも分かる。
言葉の端々に、あの場に居た奴でも知らないような事が含まれていたからな。
それに、俺って悪い意味で有名らしいし。
「そうですか。それは残念です。これでも、巷では紳士だと評判なんですよ?」
苦笑しながら自身を揶揄するリュード。
対応は確かに紳士のそれだった。
「モニカさん、女性にこんな事をお聞きするのは失礼と承知の上での質問ですが、そちらの男性とはどの様な関係なのですか? 私は、彼は貴女を森で保護したというだけで、貴女方は今日知り合ったばかりだと耳にしました。ですが、それだけにしては貴女は随分彼のことを高く買っていらっしゃるようだ。お二人は以前からお知り合いだったということでしょうか? それとも、もっと違う何かがお二人の間にはあるのですか?」
漸く俺に視線を向けるリュード。
元々鋭い目付きが、蔑みの眼差しとして尖り切って、今や鋭利と言ってもいいくらい厳しい。
俺の嫌われ方が徹底してるな。
もうこれは殺意に近いんじゃないか?
殺意とは少し違うけど。
それにしても、何で俺はこんなに嫌われてるんだ?
片や最底辺冒険者。
片や辺境ながらも国の要所を任されたエリート。
俺とリュードに以前からの繋がりなど無い。
……と思う。
無いよな?
まあ、リュードが疑問に思うのは分かる。
何処の馬の骨とも分からん男が、初めて訪れた町で瞬く間に町の中心人物と接触して退ける特殊な女の子と、一体どういう関係なのか。
俺がリュードなら、同じ疑問を持つだろう。
「この者と私は、主従の関係です。彼は、私の為なら死ぬことも厭わないでしょう」
モニカの言葉にリュードの目が一瞬見開かれる。
リュードだけでなく、黙って成り行きを見ていたモリヤとオイゲンもその言葉に衝撃を受けた様だ。
またも顔を見合わせている。
モリヤに至っては腕組みをして頭を傾げている。
因みに、俺も内心目が点になっている。
確かにモニカの為に働くとは言ったけど、死ぬとまでは言ってない。
そういう状況に陥ったら……そうするかもしれない。
かもしれないが、出来れば死にたくはないな。
「……貴女は、まるで得体が知れないですね。人心を掌握する交渉術。話し方や立ち居振舞いからも、貴女の出自が一定の水準以上であることを示唆している。私達を相手取ってもまるで臆する様子が無い。それにその容姿……奴隷でも、そんな姿になる者はそう居ないでしょう。いや、本当に奴隷だったのなら、その姿に至る前に死んでしまうでしょう。それだけの傷を負って病にかからず、傷が壊死する訳でもない。……もしくは、その傷を負っても死ねないような特殊な環境に在ったのか。とにかく、とてもじゃないが私達が得ている情報からでは貴女の背景は読み取れない」
リュードの目には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。
得体の知れない者が、それも自分より二回り近く年下の少女が、おおよそ理解できないものとして眼前に立っているのだから。
モニカは薄く微笑むと、リュード達の顔をそれぞれ見た後、口を開いた。
「それは私の事を過大に評価していらっしゃるだけですわ。私は普通の娘。ただ、奴隷だったことがある、というだけのつまらない女で御座います」
こんな普通の娘が居るもんかよ。
「ですが、確かに私が語った言葉は、全てが真実ではありません。それはリュード様達の御察しの通りで御座います。ですが、私はただ、静かに暮らしたいのです。もう、何者にも傷付けられることのないように」
それが一番の大嘘だな。
「いずれ、本当の事を全てお話致します。ですが今は、皆様がご存知の情報だけで許して頂けませんか? 何とぞ、お願い申し上げます」
しおらしくお願いしている様で、その実脅迫の様に俺には聞こえた。
『お前らを騙してるいるのは認める。だが、黙認しないと煮え湯を飲まされるのはお前らのほうだぞ。事が終われば真実を教えてやろう』
そんな、悍ましいものの言葉を聞いた気分だ。
俺を背後から刺した時の様な、狂喜を醸している。
モニカが、本腰を入れた気がする。
その証拠に、オイゲンの雰囲気が変わった。
武人として、モニカから少女にあるまじき異様な空気を感じ取ったのだろう。
何でこいつは笑みを浮かべながらこんな背筋が強張るような異質な空気を纏えるんだよ。
本当に人間かよ。
幾ら地獄を見たからって、いや、地獄を生き抜いたからって、こんな進化、人間はしないだろ。
「……いずれ、と言うのは、具体的には何時になるのですか?それを確約して頂けるなら、今日のところは納得しましょう」
リュードは、ほんの少しの間思案し、モニカに提案した。
「三日。三日で結構です。お時間をください」
対してモニカは即答で返す。
いつの間にかその顔に笑顔は無く、表情は真剣そのものだ。
真っ直ぐにリュードの顔を見詰めている。
モニカに釣られて俺も同じ様にリュードの顔を見る。
リュードの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
あ、そうか、ギルド長なんだから、きっと強いんだよな。
モニカの異常さはオイゲン同様感じ取れてるのか。
俺は今まで自分以外に興味が無かったから、リュードの実力はちっとも知らないが、オイゲンと並び立つくらい強いのかも。
「三日? たったそれだけで? 何か、準備を。生活の基盤を整えたり、仕事を探すなどされるのでしょう? それを、三日間で済ませると?」
お前、モニカがそんな殊勝な事するとか塵程も思ってないだろ。
取り繕う必要なんて今更皆無だと思うが、それを口にすると不味い事になるって解るんだろうな。
因みにそれを口にすると、お前らも俺と同じ立場になるぞ。
とは言え、当のそんな立場の俺だが、モニカがこれから何をするつもりなのか、全く知らされていない。
ただ、リュードが言う様な些事はモニカは考えてすらいないだろう。
三日。
そんな僅かな時間で何をするつもりなのか。
「大丈夫です。三日後、全てをお話するとお約束します」
額から汗を垂らしながら、顎に手を当て暫く考え込むリュード。
モリヤも腕を組んだまま、何やら難しい顔をしながら考え事をしている。
こいつだけはこの空気の危うさに気付いてないみたいだ。
お前は本当に商才があるのか?
凄腕の商人は、切れ者って相場が決まってるんじゃないのか?
こいつだけはイレギュラーな事やらかしそうだな。
気を付けとこう。
オイゲンは仁王立ちでただじっとしているが、両手に力が込められているのが筋肉の動きで分かる。
何時でも抜刀出来る隙の無い構えだ。
それでも事の成り行きを息を殺して見据えている。
軽率な行動に出ないのは、流石騎士団長ということか。
て言うかこの空気怖いんだけど。
何でこんな修羅場になってんの。
「……分かりました。三日。私達は様子を見ましょう。貴女が何をしていても、口出ししないと約束します。モリヤ、オイゲンもそれで良いですね?」
リュードは重苦しく口を開いて、二人の顔を見た。
「了承しました。三日なら、何があっても修正可能な範囲です。私の不利益になる事は起こらないでしょう」
「……儂もそれで良い。三日間で何をするのか。何が出来るのか。とくと拝見させて頂く」
「モニカさん、私達三人は、貴女に対して不干渉を約束します。その代わり、前言を翻すことになりますが、お手伝いも出来ませんので。ご了承ください」
モニカは頷く。
「はい。それで結構です。ご理解頂けて幸いですわ」
そう応え、優雅にお辞儀をした。
そこに今までの異質な空気は無い。
こうして、初めての会談は終了した。
会談と言うか、ただの会合になる筈だったのに、結局こんな感じになっちまうんだな。
本当この女こえーよ。
リュード・バルトカディエは薄く微笑んで右手を差し出してくる。
冒険者ギルド長。そして俺達の拠点となるこの町、ドリトスク国辺境地ダスクの統括長。
それがこの男の肩書きだ。
ドリトスク国の最東端に位置するこの町は、タルシュット帝国との国境に最も近い場所にあり、貿易の要所でもある。
町規模であるにも関わらず、冒険者や商人が多く出入りをするのは、そういった理由からだ。
多くの人が集まるのだから、問題が起こることも日常茶飯事だ。
専ら騒動の原因は気性の荒い冒険者であり、その度に怪我人が出る。
そんな、荒くれた者も多い冒険者を束ねるギルド長という立場でありながら、リュードの印象はシルエットの細い、優男という感じだった。
金髪碧眼で端正な顔立ち。
表情は柔らかく、見るからに好青年という佇まい。
身長は、町を闊歩する屈強な冒険者達と比べると、やや小さめ。
いや、平均的な大人のサイズと言ったところか。
ただ、その目付きは鋭い。
優男という印象とは不釣り合いな獲物を射抜く様な尖った雰囲気が、リュードの目には在った。
見るからに異性からモテそうなタイプだな。
歳は30前後だろうか。
要所を治めるには、随分と若い。
それだけ有能ということか。
「ようこそダスクへ。私達は貴女を歓迎しますよ。町の住人も貴女をすっかり受け入れているようだ。入り口で傷だらけの少女が守衛と揉めていると聞いた時は何事かと思いましたが、大事なくて良かったですね」
「初めまして、リュード様。私はモニカと申します。このように得体の知れない娘を快く受け入れてくださった町の皆様には、深く感謝しております。暫くの間この町のお世話になりたいと思っておりますので、何とぞ良しなに」
俺達は宴の会場になっている中央広場から少し外れた場所に移動していた。
人気は疎らで、広場を囲むように建てられた壁に数人の酔っ払いが酔い潰れて寄り掛かっているのが見える。
未だ広場からは住人の笑い声や出店の呼び込みの声がひっきりなしに聞こえてくる。
歓迎の宴は盛大に行われた。
当初、主賓のモニカはお姫様か巫女なのかというくらい、異様な担がれ方をされていた。
宴が落ち着き、やっとモニカが開放された頃、リュードに声を掛けられたのだった。
ニコニコと笑いながらモニカの手を取り話しかけるリュード。
さすが町を束ねるような立場にある者は違うな。紳士然としている。
俺には到底真似できそうにない。
それに対してモニカも何時になく丁寧に返している。
こちらの猫被りっぷりにも目を見張るものがあるな。
その外面のほんの僅かでも、俺に向けてくれると嬉しいのに。
「えぇ、モニカさん。私共に出来ることがあればお手伝いしますので、何時でもご相談ください。身支度を整えるのも、元手は要りますでしょうしね。ギルド長として、何かとお役に立てると思います。折角ですので、こちらの二人もご紹介しましょう。私と共にこの町を管理、運営している者です」
そう言ってリュードは後ろに控えていた二人の男に目配せする。
その一瞬、俺とリュードの視線が鉢合う。
が、リュードの視線は何事も無かった様に流れて行った。
俺は眼中に無いって事か。
まあ、そうだろうな。
リュードの言葉を切っ掛けに、片方の男がスタスタと早足でモニカに近付いて来る。
服の上からでもでっぷりと肥えた腹が目立つ中年の男だ。
男はガシッと両手でモニカの右手を掴みモニカの顔に自らの顔を近付ける。
モニカの肩が僅かにピクッと動いたのが分かった。
「いやぁ~アナタがモニカさんですか~私はモリヤという者です。この町で商工ギルドの長なんてモンを務めさせてもらってます。いや、そんな偉そうな立場じゃなし、たまたま町で一番商売が繁盛してるってだけの一介の商人ですよ。祖父の代からこの町で商いをやらせてもらってるもんで、物と金の動きに人一倍敏感だったってだけなんですよ。元手があったからやりたいこと好きにやらせてもらえたってだけで、親父からは放蕩息子なんて言われた事もあるんですよ。旅商人や同期の商人仲間からもバンヘルンとこの若旦那はあの歳になってようやっと落ち着きが出てきた。なんて、揶揄されてるくらいです。もう若旦那なんて歳でもないんですがね。モニカさん、仲間達から幾らか話は聞かせてもらってますよ。難儀されて来たんですなぁ。私らは金と義理とを何時だって天秤にかけて商売してます。そういう生きモンです。何時だって金という第二の命を駆け引きの材料にしてるような立場ですよ。その商人に、それも、旅商なんていう何時金が無くなって野垂れ死んでしまうかも分からん者に『お代は要りません』と言わせるなんて、モニカさん、アナタ相当な交渉上手ですよ。私のお店で働いてほしいくらいです。あ、もし働き口をお探しでしたら何時でも声掛けてくださいね? 直ぐに時間作りますからね。それから……」
「ンッ! オホン! モリヤ殿、それくらいにしたらどうだ? お嬢さんが困っているじゃないか。それに、貴殿にその調子で続けられたら儂は何時まで経ってもお嬢さんにご挨拶出来ないではないか」
つらつらとのべつ幕無し言葉を続けるモリヤを、もう一人の男が咳払いをして制止する。
白銀の軽鎧を身に付けた壮年の男だ。
歳の割に多い白髪と、頬に残る大きめの刀傷が彼のこれ迄の人生を垣間見せる。
戦いの中にその身を置いてきた、歴戦の武人という風格を感じさせた。
「初めましてお嬢さん。私はオイゲン・ヴォイエンと申す者だ。この辺境地ダスクの師団長という大役を王から拝命している。以後、お見知り置きを」
オイゲンは自らの胸に手を当て、僅かに身を屈めて目線をモニカに合わせている。
リュードが紳士然とした人物だとしたら、オイゲンは正に紳士そのものだ。
相手が何者であっても礼節を払い、主君には忠を重んじ義を尽くす。
これが騎士道というものなんだろうと俺は思った。
「オイゲン殿は相も変わらず堅苦しいな。もっと砕けても良いではないか? モニカさんも、そう思うだろう?」
「モリヤ殿、騎士というのはそうもいかないのだ。相手を敬い尊重し、礼節を弁える。それが全ての基本なのだよ」
「私は、オイゲン様の騎士道も大変素敵だと思いますし、モリヤ様のお人柄も凄く暖かく感じました。お二人とこうしてご挨拶が出来た事は、私にとって大変幸福なことですわ。お二方、不束な娘ではありますが、何とぞ良しなにお取り計らいくださいませ」
ほう、と何やら感心した様にモリヤとオイゲンは顔を見合わせる。
「これはこれは。モニカさんはとても育ちが良いようですな。元はタルシュット帝国の豪商の生まれだとお聞きした。ならばこの立ち居振舞いも納得というもの。モニカさん、もし良ければ、家名を伺っても?」
「それは……」
モニカは視線を落とし、戸惑うような素振りを見せる。
「モリヤ、それは今度でも良いだろう」
リュードがモリヤの後ろから声を掛け歩み出ると、モニカ肩にポンと軽く手を置く。
「モニカさん、貴女は今日一日で瞬く間に有名人になってしまった。私とて貴女の出自にはとても興味があるのです。いずれ、その辺りも教えて頂ければと思っていますよ」
言い終えると、リュードは肩から手を離した。
ニコニコとした笑顔と裏腹に、その眼差しは鋭い。
「……はい。いずれ、お話させて頂きたいと思っております。今は、少しお時間をください」
「勿論ですとも。長く旅をされてお疲れでしょう。まだまだ貴女を歓迎する宴は続くようです。今宵はゆっくり楽しまれてください。それに、安宿では疲れも取れないでしょう。良ければ宿も此方でご用意しますが、いかがですか?」
モニカはリュードの誘いに首をゆっくり横に振る。
「リュード様、お心遣い感謝致します。ですが、こんな襤褸の様な小娘の為に宿を取ったとあっては、リュード様の名に泥を塗ってしまいますわ。私はこの者と同じ宿に泊まりますので、どうぞ、お気になさらないでくださいませ」
「貴女を歓迎する為に宿を取る事を、誰が咎めましょう。寧ろ手厚く持て成す事で私の名に箔が付くというもの。遠慮などなさらずとも良いのですよ?」
モニカがもう一度首を横に振る。
そのまま振り返り空気になっていた俺の右側に並ぶと、リュードに向き直る。
モニカが、左手で俺の服の裾を掴んだ。
「そうは参りません。私は、一度は奴隷にまで落ちた身。本来であれば、貴方様のような高貴な方に声を掛けられて良い身分ではないのです。私は私の領分というものを弁えているつもりです。この者の泊まる宿はお世辞にも良い寝床とは言えませんが、私には相応しいと言えましょう。それに、この者は取り柄こそ有りませんが、信用は出来ます。この男と一緒の方が、身寄りの無い私は安心が出来るのです」
俺は無言を貫いているが、内心モニカの言葉にギョッとした。
俺のことを信用していると言う言葉に驚いた。のではなく、リュードを貶める様な言葉を口にしたからだ。
案の定、モニカの言葉にほんの僅かに眉を歪めるリュード。
それでも俺の方を見ようとはしないが。
俺嫌われてんのかな。
あ、嫌われてるのかも。
俺達の事は粗方調べ終わっているようだし。
それくらいは俺にも分かる。
言葉の端々に、あの場に居た奴でも知らないような事が含まれていたからな。
それに、俺って悪い意味で有名らしいし。
「そうですか。それは残念です。これでも、巷では紳士だと評判なんですよ?」
苦笑しながら自身を揶揄するリュード。
対応は確かに紳士のそれだった。
「モニカさん、女性にこんな事をお聞きするのは失礼と承知の上での質問ですが、そちらの男性とはどの様な関係なのですか? 私は、彼は貴女を森で保護したというだけで、貴女方は今日知り合ったばかりだと耳にしました。ですが、それだけにしては貴女は随分彼のことを高く買っていらっしゃるようだ。お二人は以前からお知り合いだったということでしょうか? それとも、もっと違う何かがお二人の間にはあるのですか?」
漸く俺に視線を向けるリュード。
元々鋭い目付きが、蔑みの眼差しとして尖り切って、今や鋭利と言ってもいいくらい厳しい。
俺の嫌われ方が徹底してるな。
もうこれは殺意に近いんじゃないか?
殺意とは少し違うけど。
それにしても、何で俺はこんなに嫌われてるんだ?
片や最底辺冒険者。
片や辺境ながらも国の要所を任されたエリート。
俺とリュードに以前からの繋がりなど無い。
……と思う。
無いよな?
まあ、リュードが疑問に思うのは分かる。
何処の馬の骨とも分からん男が、初めて訪れた町で瞬く間に町の中心人物と接触して退ける特殊な女の子と、一体どういう関係なのか。
俺がリュードなら、同じ疑問を持つだろう。
「この者と私は、主従の関係です。彼は、私の為なら死ぬことも厭わないでしょう」
モニカの言葉にリュードの目が一瞬見開かれる。
リュードだけでなく、黙って成り行きを見ていたモリヤとオイゲンもその言葉に衝撃を受けた様だ。
またも顔を見合わせている。
モリヤに至っては腕組みをして頭を傾げている。
因みに、俺も内心目が点になっている。
確かにモニカの為に働くとは言ったけど、死ぬとまでは言ってない。
そういう状況に陥ったら……そうするかもしれない。
かもしれないが、出来れば死にたくはないな。
「……貴女は、まるで得体が知れないですね。人心を掌握する交渉術。話し方や立ち居振舞いからも、貴女の出自が一定の水準以上であることを示唆している。私達を相手取ってもまるで臆する様子が無い。それにその容姿……奴隷でも、そんな姿になる者はそう居ないでしょう。いや、本当に奴隷だったのなら、その姿に至る前に死んでしまうでしょう。それだけの傷を負って病にかからず、傷が壊死する訳でもない。……もしくは、その傷を負っても死ねないような特殊な環境に在ったのか。とにかく、とてもじゃないが私達が得ている情報からでは貴女の背景は読み取れない」
リュードの目には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。
得体の知れない者が、それも自分より二回り近く年下の少女が、おおよそ理解できないものとして眼前に立っているのだから。
モニカは薄く微笑むと、リュード達の顔をそれぞれ見た後、口を開いた。
「それは私の事を過大に評価していらっしゃるだけですわ。私は普通の娘。ただ、奴隷だったことがある、というだけのつまらない女で御座います」
こんな普通の娘が居るもんかよ。
「ですが、確かに私が語った言葉は、全てが真実ではありません。それはリュード様達の御察しの通りで御座います。ですが、私はただ、静かに暮らしたいのです。もう、何者にも傷付けられることのないように」
それが一番の大嘘だな。
「いずれ、本当の事を全てお話致します。ですが今は、皆様がご存知の情報だけで許して頂けませんか? 何とぞ、お願い申し上げます」
しおらしくお願いしている様で、その実脅迫の様に俺には聞こえた。
『お前らを騙してるいるのは認める。だが、黙認しないと煮え湯を飲まされるのはお前らのほうだぞ。事が終われば真実を教えてやろう』
そんな、悍ましいものの言葉を聞いた気分だ。
俺を背後から刺した時の様な、狂喜を醸している。
モニカが、本腰を入れた気がする。
その証拠に、オイゲンの雰囲気が変わった。
武人として、モニカから少女にあるまじき異様な空気を感じ取ったのだろう。
何でこいつは笑みを浮かべながらこんな背筋が強張るような異質な空気を纏えるんだよ。
本当に人間かよ。
幾ら地獄を見たからって、いや、地獄を生き抜いたからって、こんな進化、人間はしないだろ。
「……いずれ、と言うのは、具体的には何時になるのですか?それを確約して頂けるなら、今日のところは納得しましょう」
リュードは、ほんの少しの間思案し、モニカに提案した。
「三日。三日で結構です。お時間をください」
対してモニカは即答で返す。
いつの間にかその顔に笑顔は無く、表情は真剣そのものだ。
真っ直ぐにリュードの顔を見詰めている。
モニカに釣られて俺も同じ様にリュードの顔を見る。
リュードの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
あ、そうか、ギルド長なんだから、きっと強いんだよな。
モニカの異常さはオイゲン同様感じ取れてるのか。
俺は今まで自分以外に興味が無かったから、リュードの実力はちっとも知らないが、オイゲンと並び立つくらい強いのかも。
「三日? たったそれだけで? 何か、準備を。生活の基盤を整えたり、仕事を探すなどされるのでしょう? それを、三日間で済ませると?」
お前、モニカがそんな殊勝な事するとか塵程も思ってないだろ。
取り繕う必要なんて今更皆無だと思うが、それを口にすると不味い事になるって解るんだろうな。
因みにそれを口にすると、お前らも俺と同じ立場になるぞ。
とは言え、当のそんな立場の俺だが、モニカがこれから何をするつもりなのか、全く知らされていない。
ただ、リュードが言う様な些事はモニカは考えてすらいないだろう。
三日。
そんな僅かな時間で何をするつもりなのか。
「大丈夫です。三日後、全てをお話するとお約束します」
額から汗を垂らしながら、顎に手を当て暫く考え込むリュード。
モリヤも腕を組んだまま、何やら難しい顔をしながら考え事をしている。
こいつだけはこの空気の危うさに気付いてないみたいだ。
お前は本当に商才があるのか?
凄腕の商人は、切れ者って相場が決まってるんじゃないのか?
こいつだけはイレギュラーな事やらかしそうだな。
気を付けとこう。
オイゲンは仁王立ちでただじっとしているが、両手に力が込められているのが筋肉の動きで分かる。
何時でも抜刀出来る隙の無い構えだ。
それでも事の成り行きを息を殺して見据えている。
軽率な行動に出ないのは、流石騎士団長ということか。
て言うかこの空気怖いんだけど。
何でこんな修羅場になってんの。
「……分かりました。三日。私達は様子を見ましょう。貴女が何をしていても、口出ししないと約束します。モリヤ、オイゲンもそれで良いですね?」
リュードは重苦しく口を開いて、二人の顔を見た。
「了承しました。三日なら、何があっても修正可能な範囲です。私の不利益になる事は起こらないでしょう」
「……儂もそれで良い。三日間で何をするのか。何が出来るのか。とくと拝見させて頂く」
「モニカさん、私達三人は、貴女に対して不干渉を約束します。その代わり、前言を翻すことになりますが、お手伝いも出来ませんので。ご了承ください」
モニカは頷く。
「はい。それで結構です。ご理解頂けて幸いですわ」
そう応え、優雅にお辞儀をした。
そこに今までの異質な空気は無い。
こうして、初めての会談は終了した。
会談と言うか、ただの会合になる筈だったのに、結局こんな感じになっちまうんだな。
本当この女こえーよ。
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