社会人の俺が女体化したら転がり堕ちていった

ニッチ

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一章(心は)まだまだ男

第一話 新生活

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 ピピピ、ピピピ……。
 安普請の賃貸アパートの、やはり安っぽい造りの窓から、柔らかな春の朝日が差し込む。春風が外を泳ぐようにそよぎ、ふわふわした雀が三羽ほど電線に止まり、元気にさえずっていた。
 そんな一般大衆の朝を絵に描いたような室内にて、聞き飽きた携帯の目覚ましアラームが、金曜日の朝の到来を、告げていた。
 ……おれこと新妻にいづまあきら、二十九歳(彼女なし)は――あまり威張れた事じゃないが――若い頃はくだらない事を色々とやってのけた。不勉強や賭け事は当然で、犯罪スレスレの悪ふざけは数え切れないほどだった。女遊びこそ数は知れていたが、総じてDQNあくたれと呼ばれる部類に含まれたと思う。
 けど、その反動か、あるいは適職だったのか、Fラン大を卒業した後、てきとーに就職した今の会社では、一応は真面目にがんばってきた。日用品販売系の中堅企業の営業職で、商品力のおかげもあり、そこそこに仕事をこなして、早八年目となる。

「(今年で三十かぁ。アラサーってかおっさんじゃん)あー、クッソ。飲み過ぎ――」

 ? 伸びをしようとする手が止まる。止まってしまう。なんだ? 今の誰の声だ?
 ……けど、耳をすましても、小鳥の声以外は、国道を走る車の音だけだった。寝ぼけていたのかと、バッと音を立てて布団を払いのけて、上半身からだを起こす。
 ――え? 眼下に、見慣れない薄緑の寝間着パジャマに包まれた上半身が見える。
 まず――ブルン――っと、さっき眼の下で揺れたこの胸だ。なんと、野球ボール大くらいにおり、ボタンが窮屈そうに留まっていた。
 その謎の視覚情報に加えて、僅かに嗅ぎ馴れない匂いがしたが、体臭? 何とも言えないこれらの違和感が、風船を膨らませるみたく膨張し、脳を徐々に震わせていく。
 
「なん、だ? この胸。蜂に刺されたってこんな――」

 また女の高い声。
 部屋の中にいるとしか考えられない。けど、昨晩は野郎連中と飲んだだけで、女を連れ込んだ記憶なんか無い。

「(昨晩どころか、ここしばらくは仕事が忙しくて、女を連れ込む暇すら)――だ、誰だ?」

 なぜか、女の声はやや震えていた。割と綺麗な声だと、その時は気づく余裕もなかった。
 何より、言葉の内容がおれの心情とマッチしているのが、余計に気味悪かった。
 ――しばしの沈黙。女の声も止んだまんまだったが、身体の異常やら寝間着の問題が片付いていない。
 とりあえず携帯の電話番号を110けいさつへセットしつつ、ベッドから降りつつ、周囲を警戒する。

「(おかしい。隠れる場所なんてそう無いのに)……っ」

 へばりついてくる様な焦りによって、視界に入るサラサラした髪や、色のちょっとした違い、普段に比べて目線がいくらか低くなっていることにすら、気づけなかった。
 クローゼットや机の下などへ目を配りつつ、台所へ行って包丁を取り出そうと急ぐ。
 ――だがその途中、廊下より洗面台の鏡へ一瞬だけ目をやると、おれの心臓は破裂寸前までに膨張した。

「なっ!」

 誰だっ、という二の句も忘れて、思わず二度見、いや三度見してしまう。
 ――整った目鼻立ちに、淡い栗色の髪は肩まであり、口や顎の形も流線型シャープだった。いくらか釣り目であるため、少し気が強そうな感じもしたが、押し並べて美人と言われる顔立ちだった。
 そして、どことなく、パーツの細部や全体の雰囲気が、男だった時の自分に、似ている気が――。
 ドンッ。
 だがそのあまりの衝撃に、おれは思わず尻持ちをついてしまい、再びブルンと胸が上下する。

、ってて」

 悲痛な女の声、眼下のふたつの膨らみ、鏡に映った女の顔。これらが頭の中を洗濯機のようにかき回しやがる。

「う、ぁ?」

 伸ばしかけた手を眺めると、指や腕の毛がほとんどなく、また細くなっていることに気付く。さらによく見ると、脚も同様にスリムで、肌もなめらかであった。
 そして、このタイミングで、にようやく気づく。

「ハァ、ハァッ、ハァ!」

 目を見開き、肺へ過剰な酸素が送り込まれる中、震える指先が、寝間着パジャマの下半身へと潜り込む。
 汗で蒸れるトランクス――じゃない。股間部へピッチリ引っ付いている謎の下着に指先が触れる。
 覗き見るに、な、なんなんだ、この女物の地味な薄緑色の下着パンツは? ――い、いやそれよりも、な、
 いや、無かったというのは的確じゃなく、柔らかく薄い陰毛と、硬い股関節があるだけだった。

「――アっ」

 クラッ。
 頭の中が一気に冷たくなったかと思いきや、おれの意識が消失ブラックアウトしかける。
 ズルリと廊下にて倒れこむも、悪夢ゆめなら覚めてくれとばかりに、強くまぶたを閉じては開けた。

「ま、さか」

 ――顔や身体の変化に寝間着の違い。そして何より、異様にリンクするおれの心情と女の声。
 震える手が、おれの頬に触れた時、頭の中に亀裂が入った気すらした。

「お、れ。女に?」

 な、ってる?
 ア、あハ、ハハハ。ある、あるわけがない。
 だって、昨日の夜に変な薬を外国人マフィアに飲まされたわけでも、神社仏閣に小便を引っかけたりもしていないんだ。
 こんな超常的なこと、あってはならない。それを、確認――いや、証明しないと。
 熱くて冷たい頭でもって、必死に携帯を探し求めるころ、時刻は七時半を当に過ぎていた。余裕のない中、今日は遅出であった事だけを辛うじて思い出す。
 まず助けを求めるべく、適当な男友達ツレへアプリトークを使って連絡を取る。震える細い指で操作し、連絡を取る中、驚くべき事態が待っていた。

「おっ。明じゃん。朝一から電話ってなんだ? ……おっ、ひょっとして俺の朝勃あさだちを鎮めに来てくれんの(笑)? いやぁ、モテる男は辛いぜぇ」

 ――はっ?
 気がつくと何一つ言葉をかわさず、ぶち切っていた。ドクン、ドクンと、まるで耳の中で鳴っているみたいに、心臓の音が響く。
 なに、なんだよ? なんで、みたく返してくんだよ。
 喉元の奥から虫が這い上って来るような感覚がしたかと思うと、極度に喉が渇いていただけだった。別のヤツに急いで掛け直す。

「明か? まだお前、仕事してんのかよ。さっさと結婚しろよ、もうすぐ三十歳さんじゅうだろ? ボーイッシュで仕事に精を出すのもいいかもしれねぇけど、夢の専業主婦になれるなら、それに越したこと――」

 ピッ。
 内容の下品さがどうこう以前に、やはりおれを女だと認識していた。
 ! そ、そうだ。慌てて財布の身分証明書を確認する。探すのに時間がかかったのは、いつもの黒革の折畳みの財布ではなく、女物のシンプルな長財布に代わっていたためだった。
 改めて中身を確認して、免許証を見つける。生年月日や現住所は同じだが、証明写真は――さっき洗面台に映った女の顔にすり替わっていた……。

「ハァ、ハァ!」

 バタバタドタ。立ち上がる事も忘れて四つん這いで移動し、洗面所やクローゼットを漁る。見慣れない化粧品が散見し、スカートなどの女物の服に地味なブラジャー、さらに下着ショーツまでもが出てくる始末であった。

「なんだよ。こんなの、まるで――」

 最初から、おれが女だったと錯覚してしまうような、いや、そういう世界だったとすら思えるくらいだった。
 部屋の内装もよく見たら昨日までとはいくらか異なっており、色調やトーンはそこまでだが、女物の雑誌が置いてあったり、本革のハンドバックがフックに掛かっていた。
 静かに震える中、自分の身体を抱き締める。温かくて、柔らかい。

「びょ、病院に行くか? ――いや、何を言われるかわかったもんじゃねぇ」

 そもそも、おれが男であったと決定づけられる証拠は何も無いんだ。携帯の過去の写真や動画を見たが、たまたま先月に携帯を更新した際、内部データを消失したのを思い出す。
 またツイッター系もほぼやっておらず、クラウドデータも持っていないため、電子データからの確認はほぼ不可能だった。

「ホラーってレベルじゃ、ね、ぇ」

 本来なら自分を勇気づけるはずの声が、逆におれを不安に陥れて、混乱を加速させていく。
 ――ここで身体がブルッと震える。別に恐怖で震えたわけじゃなかった。

「と、トイレ」

 膀胱を圧迫される感覚、これは男であった時と大差なかった。
 急ぎ、安っぽくてキツイ芳香剤の臭いが漂う、狭いトイレへと駆け込む。脱ぐことがためらわれたが意を決して、寝間着と下着を同時に脱ぐ。
 スルル。

「うぉっ」

 野暮な言葉を、甲高い女の声にて吐き出す。
 腰肉はほどほどで、骨盤はやや広めであった。俗に言うであったが、その付け根から伸び出た足は、ほっそりとしており、太腿は引き締まっていた。

「(男だった時も、身体は結構しぼってたからな)っと、漏れる漏れる」

 冷たい便座に座ると、男だった時よりも不快感がいくらか強かった。
 とりあえずはと、嫌々ながらも股間付近の確認を行う。陰毛の面積は狭く、毛も細いため、申し訳ない程度に生えている印象を与えた。

「うっ」

 確認もそこそこに、ぶるっ、っと震えた後――チョロロロ――っと尻穴の辺りから小便が出始める。
 シャー。

「……ふぅ」

 弱くなった腹筋に力を加えて終えた後、未だ諦めきれないおれは、細い指でもって、薄い陰毛しげみをかき分ける。
 ひょっとしたら男性器チンポ矮小化ちいさくなっただけで、まだ残っているのかも? って。

「どこ、だよ」

 けどいくら探しても、陰毛の根元にある無数の暗い毛穴と、縦長なサーモンピンクの肉のひだが隠れ見えただけだった。
 眉間を抑えつつ、水洗した後、四畳半の狭いダイニングへ向かう。食欲なんて当然なかったが、テーブルの椅子の背もたれに、女物のありふれたスーツが掛けられているのに気づく。

「上着とパンツスーツ、か」

 だが確かに、もしもおれが女だったら、スカートなんて履かなかったのかもしれない。
 よくよく周囲やクローゼットを見返すと、服や下着も、飾り気があるのはあまり無く、スポーティーなのが多い気がした。

「いや、けど。……ん?」

 テーブルの上には小さな紙袋があり、中には落ち着いた色のコスメが入っていた。まるでつい最近、自分が購入した気配すらあった。

「女はスッピンで外へ出ちゃダメなのかよ」

 その袋の中身と地味なスーツを、一分ばかし、ジッと見つめた。

 * * *

 ガタン、カタン。ガタン、カタン。
 その後、おれは、まさかの行動を二つ取っていた。
 一つ目は化粧だ。とは言っても、動画を横目で睨みつつ、口紅とファンデとマスカラを、見よう見まねで塗っただけであった。アイシャドーなんて当然だがやってない(というかやり方が短時間ではわからなかった)。
 ガタン、カタタン。
 そしてなぜ、そんなトチ狂った行為をしたかというと、二つ目の理由である、電車へ乗ってためであった。もちろん現実を全て受け止めきれた訳じゃない。

「(女になってしまったことを確かめるなら、通い慣れている会社でわかることもあるはず)――せまっ」

 ギュウギュウの車内は、ある意味ではいつも通りであった。現在、住んでいる場所は大都市のベッドタウンの役目を持ち、朝はだいたいこんな感じだ。
 ハンドバッグを胸に抱いて首を動かすも、周囲の会社員サラリーマンが、いつもより高く見えた。
 もちろん、連中の背が急に伸びたわけじゃなく、おれの背が低くなったんだ。それでも、百六十センチくらいはあるように思えるが……。

「(家に一人でいたら本当に頭が狂いそうだった)にしても、進んで出社する日が来るとはなぁ――」

 超小声で愚痴る中、次の駅にて停車する。人の乗り降りが濁流のごとく行われて、結果的に人口密度がさらに高まる。
 花見についての広告が垂れ下がっているその真下、携帯も触れないくらいの狭さなので、仕方なく脳内会議を継続する。
 ――昔からの知り合いの発言も、物的な証拠も、全ておれが女であったことを物語っていた。つまり勤め先だって、女のオレを採用したことになっている、はず。
 男に戻れる方法があるかは別で考えるとして、しばらく女の身体で過ごさざるを得ないのは間違いなさそうだ。となると今後、何が起こるかわからないため、やはり無駄に有給やすみを浪費することは避けたい。
 モゾ。
 ――にしても、女という生き物はとにかく大変だと、このわずかな時間で痛感させられた。
 まず化粧に時間がかかるし、洗顔や髪型を整えるのが男の何倍も邪魔くさい。さらに駅へと走る際に気付いたが、体力も筋力も低く、それに革靴パンプスは窮屈で走りにくいし、揺れる胸がうっとうしいことこの上ない……。
 モゾモゾ。

「(てか、なんだぁ? さっきから尻の辺りに何か)ん」

 人が多いからとあえて無視していたが、ケツの辺りで、ズボンの上から何かが何度も当たってきた。

「(人が多いからしょうがないけど。子供でもいるのか? いや、こんな朝のラッシュ時に)――ッ!」

 ゾワワッ、うなじの辺りを毛虫が這うような感覚が走る。
 い、今。人の手が、意志をもっておれの尻に吸着してきやがったっ。

「(ほ、ホモ? ちが、今は女の身体だから)――こ、れは」

 手の平と指をグニグニと、気持ちよさそうに押しつけてきたかと思うと、指で掴むように引っ掻いてくる。そのつど、柔らかな尻は、そのいびつな握力に合わせて、柔軟に形を変えた。

「(これって、痴、漢? ヒィ、やっべ。どう、すれば)ぅ」

 恐怖と動揺で頭が沸騰しかける。
 ――ふと男だった時、痴漢の話を聞くつど感じた事を思い起こしてしまう。
 『コイツ痴漢だぞ~』って言えば済むだけの話なんだと。ほんと女ってだらしねぇな、と。
 けど、実際に恐怖で立ち尽くす我が身をもって痛感する。声を出せと脳が命令しても、神経はまるで霜が降りたかのように凍って、指先一つすら満足に動かせない。
 見知らぬ男に身体を触られるのが、これほど苦痛で恐ろしいなんて。
 モミュ
 ! ――そ、そうしている間も、動けないおれに気を良くしたのか、人差し指の爪を立てて、ズボンの上から始める。あまりの気持ち悪さとくすぐったさに、身体が縦にビクリと震える。

「(キモいキモいキモい)ぁ、っ」

 ハンドバッグをギュッと抱き締め、歯を食いしばりながら目を瞑る。人の密度がすごい中、何とか力を込めて尻をわずかに右側へ移動させる、が。
 ――モニ、グニ、グニュ。

「ひっ」

 まるで、悪代官がたまむれと悦ぶみたく、ゆったりと追ってきて、簡単に掴まれる。
 同時に『逃げていいなんて誰がイッた?』と責めんばかりに、尻と太腿の間あたりをつねられる。
 グッ、グニ。
 き、気色悪い意志の疎通と軽い痛みに、開きそうになった口を無理矢理に手で塞ぐ。不快感と恐怖を受け続けたせいか、尻のあたりがジンジンと熱くなってくる。
 ガー、プシュー。

「(駅?)わっ」

 途中の停車駅に止まり、再び人が出入りする。自身も含めて、立ち位置がシャッフルされ、先ほどより一メートルほど隅へ動かされた。

「(ハァ、フゥ。お、終わった?)く、ぅ」

 情けない事に、両肩が震えて涙が出そうになるのを、必死にこらえるのが精一杯だった。
 ――ち、痴漢ってあんなに怖いんだ。恐怖で本当に身動きが取れず、指一本動かすのさえ苦しかった。
 いや、それだけじゃない。自尊心プライドを踏みにじられ、さらに顔面に小便をかけられて、指で差されて笑われたくらいの屈辱だった。
 身をもって知ったからこそ言えるが、痴漢するヤツはみんな●ねばいい。
 ――けど、悪夢は続いた。

「(あと、一駅)……ひっ!」

 ガッ、ムニュゥ。
 病的なくらいにおぞましい電気と熱が、ビリリ、っと尻から全身へ伝播する。さらに、油断していたためか、痺れがお腹の下の深い部分をも触れてくる。
 壊れた玩具みたく首をギギギと左後ろへ回すと、すぐ背後の背の高いスーツ姿の中年おとこが、おれの尻を、鷲づかみにしていた。
 顔は雑誌で隠しているが、震える女の尻をこっそりと掴む男の表情なんて、想像するだけで反吐が出た。雑誌の隙間から漏れる微かな息遣いがキモすぎて、ムカついて――でも身を縮こめて目をつむるしか出来なかった。

「(こ、今度こそ、助けを、求めない、と)――ぃ!」

 おれの心のおびえと連動して震える尻を、あたかも舐めるように触ったかと思うと、やがて人差し指をピンと立てて、くる。
 シュ、シュ、シュ。

「(キモいキモいキモいキモい。もぅ、ほんうやだっ!)ひ、ぐっ」

 まるでチンポの代わりと言わんばかりにピストン気味に擦られて、そのつど、パンツスーツにはいびつなシワが何本も刻まれた。
 六割の不快感と、三割の恐怖、そしてにほだされ、股間がジーンと痺れ熱くなる。

「(もぅ、立って、られなく、なって)!」

 しかし地獄は終わらなかった。信じられない事に、その指先を鉤爪かぎづめへ変形させたかと思いきや、股間の――ま、前部分を指で引っ掻いてくる!
 カリ、グニ。
 男の爪が恥骨の辺りを擦り、そのつど、股から下がジリジリと震え、脚が産まれたての子鹿みたく内股になっていく。
 さらに第二関節の辺りで股間の頂点を、グリグリと刺激してきて、も、ほんと、キモすぎて倒れ、そう。
 そこで……やっと――。

「(は? ぅ)わっ」

 目的駅に着き、人の洪水に巻き込まれて下車する。
 ……結局、放心状態から我に返れたのは、発着駅プラットフォームの端に立ち、電車が発車した後だった。
 人が忙しげに行き交う中、立ち尽くし、さらに小さな嗚咽おえつが漏れそうになる。

「ひっ、グ、うぅ」

 痴漢、怖すぎだろ。
 今までAVとかで妄想してごめんなさい。気持ち良くなるとかあり得ないです。恐怖とキモさでもって、人間性を踏みにじる最低な行為だった。
 ――そもそも、泣いたのなんていつぶりだ? 男だった頃では思い出せず、女になった初日に、泣かされるなんて。
 涙を指先で抑えていると、心配してか(もしくは不信に思ってか)、駅員がこっちを見て話しているのに気付く。
 捉まる訳にはいかず、さりとてまだ泣き足りず、心を落ちつかせるため、急ぎ逃げるようにして、駅のトイレへと直行した。
 バタン!

「……うぅ、ウウ、くっ」

 危うく男子トイレに入りそうになったが、女子トイレの個室の便座に座る。ハンドバッグにあった女物のハンカチで涙を止めると、一滴一滴が吸い込こまれていった。
 人生で一番と言える、最低な出勤であった。臭う個室にて、顔面を覆って五分ほどが経つ。

「(でも、そろそろ行かないと)グス。あー、マジ最低」

 よろよろと立ち上がり、個室から出ようとした時だった。股の辺りからがあった。

「? なんだ?」

 慌ててパンツスーツと併せて下着パンティーの端へ指をひっかけて、下へとズラす。
 よくよく見ると、パンティーのクロッチ部分に、小さなみ? みたいなのが出来ていた。
 まさか、恐怖のあまりに失禁もらしたとでも?

「けど、にしては量が少ない?」

 眉をひそめつつ指先ですくい取ろうとすると、僅かながら粘性のあるナニかが付着する。だが、鼻に近づけて嗅いでも、トイレ独特の異臭に邪魔されて、よくわからなかった。

「――まぁ、いいか。量もそれほどじゃないし。病気でも無いだろう」

 そう呟き、ズボンを履き直した後、逃げるように会社へと向かっていった。
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