社会人の俺が女体化したら転がり堕ちていった

ニッチ

文字の大きさ
2 / 22
一章(心は)まだまだ男

第一話 新生活

しおりを挟む
 ピピピ、ピピピ……。
 安普請の賃貸アパートの、やはり安っぽい造りの窓から、柔らかな春の朝日が差し込む。春風が外を泳ぐようにそよぎ、ふわふわした雀が三羽ほど電線に止まり、元気にさえずっていた。
 そんな一般大衆の朝を絵に描いたような室内にて、聞き飽きた携帯の目覚ましアラームが、金曜日の朝の到来を、告げていた。
 ……おれこと新妻にいづまあきら、二十九歳(彼女なし)は――あまり威張れた事じゃないが――若い頃はくだらない事を色々とやってのけた。不勉強や賭け事は当然で、犯罪スレスレの悪ふざけは数え切れないほどだった。女遊びこそ数は知れていたが、総じてDQNあくたれと呼ばれる部類に含まれたと思う。
 けど、その反動か、あるいは適職だったのか、Fラン大を卒業した後、てきとーに就職した今の会社では、一応は真面目にがんばってきた。日用品販売系の中堅企業の営業職で、商品力のおかげもあり、そこそこに仕事をこなして、早八年目となる。

「(今年で三十かぁ。アラサーってかおっさんじゃん)あー、クッソ。飲み過ぎ――」

 ? 伸びをしようとする手が止まる。止まってしまう。なんだ? 今の誰の声だ?
 ……けど、耳をすましても、小鳥の声以外は、国道を走る車の音だけだった。寝ぼけていたのかと、バッと音を立てて布団を払いのけて、上半身からだを起こす。
 ――え? 眼下に、見慣れない薄緑の寝間着パジャマに包まれた上半身が見える。
 まず――ブルン――っと、さっき眼の下で揺れたこの胸だ。なんと、野球ボール大くらいにおり、ボタンが窮屈そうに留まっていた。
 その謎の視覚情報に加えて、僅かに嗅ぎ馴れない匂いがしたが、体臭? 何とも言えないこれらの違和感が、風船を膨らませるみたく膨張し、脳を徐々に震わせていく。
 
「なん、だ? この胸。蜂に刺されたってこんな――」

 また女の高い声。
 部屋の中にいるとしか考えられない。けど、昨晩は野郎連中と飲んだだけで、女を連れ込んだ記憶なんか無い。

「(昨晩どころか、ここしばらくは仕事が忙しくて、女を連れ込む暇すら)――だ、誰だ?」

 なぜか、女の声はやや震えていた。割と綺麗な声だと、その時は気づく余裕もなかった。
 何より、言葉の内容がおれの心情とマッチしているのが、余計に気味悪かった。
 ――しばしの沈黙。女の声も止んだまんまだったが、身体の異常やら寝間着の問題が片付いていない。
 とりあえず携帯の電話番号を110けいさつへセットしつつ、ベッドから降りつつ、周囲を警戒する。

「(おかしい。隠れる場所なんてそう無いのに)……っ」

 へばりついてくる様な焦りによって、視界に入るサラサラした髪や、色のちょっとした違い、普段に比べて目線がいくらか低くなっていることにすら、気づけなかった。
 クローゼットや机の下などへ目を配りつつ、台所へ行って包丁を取り出そうと急ぐ。
 ――だがその途中、廊下より洗面台の鏡へ一瞬だけ目をやると、おれの心臓は破裂寸前までに膨張した。

「なっ!」

 誰だっ、という二の句も忘れて、思わず二度見、いや三度見してしまう。
 ――整った目鼻立ちに、淡い栗色の髪は肩まであり、口や顎の形も流線型シャープだった。いくらか釣り目であるため、少し気が強そうな感じもしたが、押し並べて美人と言われる顔立ちだった。
 そして、どことなく、パーツの細部や全体の雰囲気が、男だった時の自分に、似ている気が――。
 ドンッ。
 だがそのあまりの衝撃に、おれは思わず尻持ちをついてしまい、再びブルンと胸が上下する。

、ってて」

 悲痛な女の声、眼下のふたつの膨らみ、鏡に映った女の顔。これらが頭の中を洗濯機のようにかき回しやがる。

「う、ぁ?」

 伸ばしかけた手を眺めると、指や腕の毛がほとんどなく、また細くなっていることに気付く。さらによく見ると、脚も同様にスリムで、肌もなめらかであった。
 そして、このタイミングで、にようやく気づく。

「ハァ、ハァッ、ハァ!」

 目を見開き、肺へ過剰な酸素が送り込まれる中、震える指先が、寝間着パジャマの下半身へと潜り込む。
 汗で蒸れるトランクス――じゃない。股間部へピッチリ引っ付いている謎の下着に指先が触れる。
 覗き見るに、な、なんなんだ、この女物の地味な薄緑色の下着パンツは? ――い、いやそれよりも、な、
 いや、無かったというのは的確じゃなく、柔らかく薄い陰毛と、硬い股関節があるだけだった。

「――アっ」

 クラッ。
 頭の中が一気に冷たくなったかと思いきや、おれの意識が消失ブラックアウトしかける。
 ズルリと廊下にて倒れこむも、悪夢ゆめなら覚めてくれとばかりに、強くまぶたを閉じては開けた。

「ま、さか」

 ――顔や身体の変化に寝間着の違い。そして何より、異様にリンクするおれの心情と女の声。
 震える手が、おれの頬に触れた時、頭の中に亀裂が入った気すらした。

「お、れ。女に?」

 な、ってる?
 ア、あハ、ハハハ。ある、あるわけがない。
 だって、昨日の夜に変な薬を外国人マフィアに飲まされたわけでも、神社仏閣に小便を引っかけたりもしていないんだ。
 こんな超常的なこと、あってはならない。それを、確認――いや、証明しないと。
 熱くて冷たい頭でもって、必死に携帯を探し求めるころ、時刻は七時半を当に過ぎていた。余裕のない中、今日は遅出であった事だけを辛うじて思い出す。
 まず助けを求めるべく、適当な男友達ツレへアプリトークを使って連絡を取る。震える細い指で操作し、連絡を取る中、驚くべき事態が待っていた。

「おっ。明じゃん。朝一から電話ってなんだ? ……おっ、ひょっとして俺の朝勃あさだちを鎮めに来てくれんの(笑)? いやぁ、モテる男は辛いぜぇ」

 ――はっ?
 気がつくと何一つ言葉をかわさず、ぶち切っていた。ドクン、ドクンと、まるで耳の中で鳴っているみたいに、心臓の音が響く。
 なに、なんだよ? なんで、みたく返してくんだよ。
 喉元の奥から虫が這い上って来るような感覚がしたかと思うと、極度に喉が渇いていただけだった。別のヤツに急いで掛け直す。

「明か? まだお前、仕事してんのかよ。さっさと結婚しろよ、もうすぐ三十歳さんじゅうだろ? ボーイッシュで仕事に精を出すのもいいかもしれねぇけど、夢の専業主婦になれるなら、それに越したこと――」

 ピッ。
 内容の下品さがどうこう以前に、やはりおれを女だと認識していた。
 ! そ、そうだ。慌てて財布の身分証明書を確認する。探すのに時間がかかったのは、いつもの黒革の折畳みの財布ではなく、女物のシンプルな長財布に代わっていたためだった。
 改めて中身を確認して、免許証を見つける。生年月日や現住所は同じだが、証明写真は――さっき洗面台に映った女の顔にすり替わっていた……。

「ハァ、ハァ!」

 バタバタドタ。立ち上がる事も忘れて四つん這いで移動し、洗面所やクローゼットを漁る。見慣れない化粧品が散見し、スカートなどの女物の服に地味なブラジャー、さらに下着ショーツまでもが出てくる始末であった。

「なんだよ。こんなの、まるで――」

 最初から、おれが女だったと錯覚してしまうような、いや、そういう世界だったとすら思えるくらいだった。
 部屋の内装もよく見たら昨日までとはいくらか異なっており、色調やトーンはそこまでだが、女物の雑誌が置いてあったり、本革のハンドバックがフックに掛かっていた。
 静かに震える中、自分の身体を抱き締める。温かくて、柔らかい。

「びょ、病院に行くか? ――いや、何を言われるかわかったもんじゃねぇ」

 そもそも、おれが男であったと決定づけられる証拠は何も無いんだ。携帯の過去の写真や動画を見たが、たまたま先月に携帯を更新した際、内部データを消失したのを思い出す。
 またツイッター系もほぼやっておらず、クラウドデータも持っていないため、電子データからの確認はほぼ不可能だった。

「ホラーってレベルじゃ、ね、ぇ」

 本来なら自分を勇気づけるはずの声が、逆におれを不安に陥れて、混乱を加速させていく。
 ――ここで身体がブルッと震える。別に恐怖で震えたわけじゃなかった。

「と、トイレ」

 膀胱を圧迫される感覚、これは男であった時と大差なかった。
 急ぎ、安っぽくてキツイ芳香剤の臭いが漂う、狭いトイレへと駆け込む。脱ぐことがためらわれたが意を決して、寝間着と下着を同時に脱ぐ。
 スルル。

「うぉっ」

 野暮な言葉を、甲高い女の声にて吐き出す。
 腰肉はほどほどで、骨盤はやや広めであった。俗に言うであったが、その付け根から伸び出た足は、ほっそりとしており、太腿は引き締まっていた。

「(男だった時も、身体は結構しぼってたからな)っと、漏れる漏れる」

 冷たい便座に座ると、男だった時よりも不快感がいくらか強かった。
 とりあえずはと、嫌々ながらも股間付近の確認を行う。陰毛の面積は狭く、毛も細いため、申し訳ない程度に生えている印象を与えた。

「うっ」

 確認もそこそこに、ぶるっ、っと震えた後――チョロロロ――っと尻穴の辺りから小便が出始める。
 シャー。

「……ふぅ」

 弱くなった腹筋に力を加えて終えた後、未だ諦めきれないおれは、細い指でもって、薄い陰毛しげみをかき分ける。
 ひょっとしたら男性器チンポ矮小化ちいさくなっただけで、まだ残っているのかも? って。

「どこ、だよ」

 けどいくら探しても、陰毛の根元にある無数の暗い毛穴と、縦長なサーモンピンクの肉のひだが隠れ見えただけだった。
 眉間を抑えつつ、水洗した後、四畳半の狭いダイニングへ向かう。食欲なんて当然なかったが、テーブルの椅子の背もたれに、女物のありふれたスーツが掛けられているのに気づく。

「上着とパンツスーツ、か」

 だが確かに、もしもおれが女だったら、スカートなんて履かなかったのかもしれない。
 よくよく周囲やクローゼットを見返すと、服や下着も、飾り気があるのはあまり無く、スポーティーなのが多い気がした。

「いや、けど。……ん?」

 テーブルの上には小さな紙袋があり、中には落ち着いた色のコスメが入っていた。まるでつい最近、自分が購入した気配すらあった。

「女はスッピンで外へ出ちゃダメなのかよ」

 その袋の中身と地味なスーツを、一分ばかし、ジッと見つめた。

 * * *

 ガタン、カタン。ガタン、カタン。
 その後、おれは、まさかの行動を二つ取っていた。
 一つ目は化粧だ。とは言っても、動画を横目で睨みつつ、口紅とファンデとマスカラを、見よう見まねで塗っただけであった。アイシャドーなんて当然だがやってない(というかやり方が短時間ではわからなかった)。
 ガタン、カタタン。
 そしてなぜ、そんなトチ狂った行為をしたかというと、二つ目の理由である、電車へ乗ってためであった。もちろん現実を全て受け止めきれた訳じゃない。

「(女になってしまったことを確かめるなら、通い慣れている会社でわかることもあるはず)――せまっ」

 ギュウギュウの車内は、ある意味ではいつも通りであった。現在、住んでいる場所は大都市のベッドタウンの役目を持ち、朝はだいたいこんな感じだ。
 ハンドバッグを胸に抱いて首を動かすも、周囲の会社員サラリーマンが、いつもより高く見えた。
 もちろん、連中の背が急に伸びたわけじゃなく、おれの背が低くなったんだ。それでも、百六十センチくらいはあるように思えるが……。

「(家に一人でいたら本当に頭が狂いそうだった)にしても、進んで出社する日が来るとはなぁ――」

 超小声で愚痴る中、次の駅にて停車する。人の乗り降りが濁流のごとく行われて、結果的に人口密度がさらに高まる。
 花見についての広告が垂れ下がっているその真下、携帯も触れないくらいの狭さなので、仕方なく脳内会議を継続する。
 ――昔からの知り合いの発言も、物的な証拠も、全ておれが女であったことを物語っていた。つまり勤め先だって、女のオレを採用したことになっている、はず。
 男に戻れる方法があるかは別で考えるとして、しばらく女の身体で過ごさざるを得ないのは間違いなさそうだ。となると今後、何が起こるかわからないため、やはり無駄に有給やすみを浪費することは避けたい。
 モゾ。
 ――にしても、女という生き物はとにかく大変だと、このわずかな時間で痛感させられた。
 まず化粧に時間がかかるし、洗顔や髪型を整えるのが男の何倍も邪魔くさい。さらに駅へと走る際に気付いたが、体力も筋力も低く、それに革靴パンプスは窮屈で走りにくいし、揺れる胸がうっとうしいことこの上ない……。
 モゾモゾ。

「(てか、なんだぁ? さっきから尻の辺りに何か)ん」

 人が多いからとあえて無視していたが、ケツの辺りで、ズボンの上から何かが何度も当たってきた。

「(人が多いからしょうがないけど。子供でもいるのか? いや、こんな朝のラッシュ時に)――ッ!」

 ゾワワッ、うなじの辺りを毛虫が這うような感覚が走る。
 い、今。人の手が、意志をもっておれの尻に吸着してきやがったっ。

「(ほ、ホモ? ちが、今は女の身体だから)――こ、れは」

 手の平と指をグニグニと、気持ちよさそうに押しつけてきたかと思うと、指で掴むように引っ掻いてくる。そのつど、柔らかな尻は、そのいびつな握力に合わせて、柔軟に形を変えた。

「(これって、痴、漢? ヒィ、やっべ。どう、すれば)ぅ」

 恐怖と動揺で頭が沸騰しかける。
 ――ふと男だった時、痴漢の話を聞くつど感じた事を思い起こしてしまう。
 『コイツ痴漢だぞ~』って言えば済むだけの話なんだと。ほんと女ってだらしねぇな、と。
 けど、実際に恐怖で立ち尽くす我が身をもって痛感する。声を出せと脳が命令しても、神経はまるで霜が降りたかのように凍って、指先一つすら満足に動かせない。
 見知らぬ男に身体を触られるのが、これほど苦痛で恐ろしいなんて。
 モミュ
 ! ――そ、そうしている間も、動けないおれに気を良くしたのか、人差し指の爪を立てて、ズボンの上から始める。あまりの気持ち悪さとくすぐったさに、身体が縦にビクリと震える。

「(キモいキモいキモい)ぁ、っ」

 ハンドバッグをギュッと抱き締め、歯を食いしばりながら目を瞑る。人の密度がすごい中、何とか力を込めて尻をわずかに右側へ移動させる、が。
 ――モニ、グニ、グニュ。

「ひっ」

 まるで、悪代官がたまむれと悦ぶみたく、ゆったりと追ってきて、簡単に掴まれる。
 同時に『逃げていいなんて誰がイッた?』と責めんばかりに、尻と太腿の間あたりをつねられる。
 グッ、グニ。
 き、気色悪い意志の疎通と軽い痛みに、開きそうになった口を無理矢理に手で塞ぐ。不快感と恐怖を受け続けたせいか、尻のあたりがジンジンと熱くなってくる。
 ガー、プシュー。

「(駅?)わっ」

 途中の停車駅に止まり、再び人が出入りする。自身も含めて、立ち位置がシャッフルされ、先ほどより一メートルほど隅へ動かされた。

「(ハァ、フゥ。お、終わった?)く、ぅ」

 情けない事に、両肩が震えて涙が出そうになるのを、必死にこらえるのが精一杯だった。
 ――ち、痴漢ってあんなに怖いんだ。恐怖で本当に身動きが取れず、指一本動かすのさえ苦しかった。
 いや、それだけじゃない。自尊心プライドを踏みにじられ、さらに顔面に小便をかけられて、指で差されて笑われたくらいの屈辱だった。
 身をもって知ったからこそ言えるが、痴漢するヤツはみんな●ねばいい。
 ――けど、悪夢は続いた。

「(あと、一駅)……ひっ!」

 ガッ、ムニュゥ。
 病的なくらいにおぞましい電気と熱が、ビリリ、っと尻から全身へ伝播する。さらに、油断していたためか、痺れがお腹の下の深い部分をも触れてくる。
 壊れた玩具みたく首をギギギと左後ろへ回すと、すぐ背後の背の高いスーツ姿の中年おとこが、おれの尻を、鷲づかみにしていた。
 顔は雑誌で隠しているが、震える女の尻をこっそりと掴む男の表情なんて、想像するだけで反吐が出た。雑誌の隙間から漏れる微かな息遣いがキモすぎて、ムカついて――でも身を縮こめて目をつむるしか出来なかった。

「(こ、今度こそ、助けを、求めない、と)――ぃ!」

 おれの心のおびえと連動して震える尻を、あたかも舐めるように触ったかと思うと、やがて人差し指をピンと立てて、くる。
 シュ、シュ、シュ。

「(キモいキモいキモいキモい。もぅ、ほんうやだっ!)ひ、ぐっ」

 まるでチンポの代わりと言わんばかりにピストン気味に擦られて、そのつど、パンツスーツにはいびつなシワが何本も刻まれた。
 六割の不快感と、三割の恐怖、そしてにほだされ、股間がジーンと痺れ熱くなる。

「(もぅ、立って、られなく、なって)!」

 しかし地獄は終わらなかった。信じられない事に、その指先を鉤爪かぎづめへ変形させたかと思いきや、股間の――ま、前部分を指で引っ掻いてくる!
 カリ、グニ。
 男の爪が恥骨の辺りを擦り、そのつど、股から下がジリジリと震え、脚が産まれたての子鹿みたく内股になっていく。
 さらに第二関節の辺りで股間の頂点を、グリグリと刺激してきて、も、ほんと、キモすぎて倒れ、そう。
 そこで……やっと――。

「(は? ぅ)わっ」

 目的駅に着き、人の洪水に巻き込まれて下車する。
 ……結局、放心状態から我に返れたのは、発着駅プラットフォームの端に立ち、電車が発車した後だった。
 人が忙しげに行き交う中、立ち尽くし、さらに小さな嗚咽おえつが漏れそうになる。

「ひっ、グ、うぅ」

 痴漢、怖すぎだろ。
 今までAVとかで妄想してごめんなさい。気持ち良くなるとかあり得ないです。恐怖とキモさでもって、人間性を踏みにじる最低な行為だった。
 ――そもそも、泣いたのなんていつぶりだ? 男だった頃では思い出せず、女になった初日に、泣かされるなんて。
 涙を指先で抑えていると、心配してか(もしくは不信に思ってか)、駅員がこっちを見て話しているのに気付く。
 捉まる訳にはいかず、さりとてまだ泣き足りず、心を落ちつかせるため、急ぎ逃げるようにして、駅のトイレへと直行した。
 バタン!

「……うぅ、ウウ、くっ」

 危うく男子トイレに入りそうになったが、女子トイレの個室の便座に座る。ハンドバッグにあった女物のハンカチで涙を止めると、一滴一滴が吸い込こまれていった。
 人生で一番と言える、最低な出勤であった。臭う個室にて、顔面を覆って五分ほどが経つ。

「(でも、そろそろ行かないと)グス。あー、マジ最低」

 よろよろと立ち上がり、個室から出ようとした時だった。股の辺りからがあった。

「? なんだ?」

 慌ててパンツスーツと併せて下着パンティーの端へ指をひっかけて、下へとズラす。
 よくよく見ると、パンティーのクロッチ部分に、小さなみ? みたいなのが出来ていた。
 まさか、恐怖のあまりに失禁もらしたとでも?

「けど、にしては量が少ない?」

 眉をひそめつつ指先ですくい取ろうとすると、僅かながら粘性のあるナニかが付着する。だが、鼻に近づけて嗅いでも、トイレ独特の異臭に邪魔されて、よくわからなかった。

「――まぁ、いいか。量もそれほどじゃないし。病気でも無いだろう」

 そう呟き、ズボンを履き直した後、逃げるように会社へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

リアルフェイスマスク

廣瀬純七
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

処理中です...